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朝食は北欧式にたっぷりしたバイキング形式。
ハムもチーズもサラダもたくさんの種類があって、それぞれとてもおいしい。
他にスクランブルエッグやミートボール、ソーセージなども。。。
自家製ドレッシングの中にはにんにく丸ごとはいっていました。
パンも、お母ちゃんの好きなちょっと酸っぱい黒パンやふかふかの白パンなど、豊富。自分で好きな厚さに切って食べれるようになっていました。
トースターで焼いて食べてることができるように、巨大なトースターがおかれていました。
バターがまたおいしい!パンにつけて食べるためのクリームチーズも香草がはいっていておいしかったです。
果物も多種類、ヨーグルトもシリアルも取り放題。
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これらの豪華な朝食でもお父ちゃんが最大に気に入っていたのが、ポーリッジ(洋風おかゆ)でした。
うすい塩味がきいていて、お腹にやさしい感じでいくらでも食べれてしまいう味でした。
ここのポーリッジは牛乳で割っていないので、逆に食べやすい感じがしました。
この後の旅行中も必ずといっていいほど朝食にはポーリッジがでましたが、このホテルのが最もおいしかったです。
おもしろかったのが、お父ちゃんがあんまり何度もおかわりするので、周囲の人にじろじろみられてしまったこと。
一人旅っぽい日本人の青年が、そんなお父ちゃんの姿をみて、おそるおそるポーリッジをとって食べているのをみました。彼の口にはあまりあわなかったみたいで、何度もおかわりをするお父ちゃんを不思議そうにみていました。確かに、日本のおかゆとは見た目も味も全然違いますし、好みがわかれるところでしょうね。。。
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ホテルの外観。
フロントの人は親切で、英語もわかりやすかったです。
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さて、慌ただしくチェックアウトをして、大きな荷物をごろごろ押しながら、地下鉄、路面電車を乗り継ぎ港へ向かいました。
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路面電車。ごまちが好きなものだから何度も写真にとってしまいました。
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路面電車の中です。
かなり揺れました。中央に連結のターンテーブルのようなものがついています。ドイツでのった路面電車よりもせまくて乗りづらかったです。日本の路面電車に近い揺れと乗りづらさでした。
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外からみても幅がせまいでしょう?
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チケットパンチャー。
我々は一日券だったので使用せず。
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さて、こんなにいそいで行ったにもかかわらず、午前中のヘルシンキ観光ツアーには間に合わず。というよりも観光ツアーの出発場所をみつけるのとチケット購入に時間がかかってしまった。。。
というわけで、港をぶらぶらした後そのままタリンに向かうことにしました。(大きなスーツケースを持ったままだったので。)
ちょうど港では、屋台市場がでていました。
お魚や食料品、衣類、おみやげもの等等。奥の方ではテイクアウトして簡単に食べられる焼いたお魚も売っていました。
中国系の観光客のみなさんがたくさんぶらぶらしていました。もちろん日本の人たちも。こういう場所ではすりが多いだろうからお母ちゃんは割と緊張していたのですが、日本人の女性二人連れの方はバッグを肩がけにしていました。大丈夫だったかな?
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右の写真が北欧の豪華客船。
これに乗ることが今回の目的の一つでした。でも3時間以上かかるらしく、結局はヘルシンキータリン間は1時間で行ける高速船を選択しました。
ああ、思い出すだけでも気持ち悪い。。。
(↑つわりと船酔いのせいです。)
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港はかなりいい感じ。
奥の方にみえる赤いビニールシートが並んでいるところが屋台市場です。
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果物や野菜、魚介類が並んでいました。
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テイクアウトで食べることもできます。
中国系の人たちにうけていたのはこんな炒め物の屋台。
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我々もお昼がわりにいわし(?)のフライを買いました。
骨までやわらかくておいしかった。
日本のより味付けが少し油っぽくて塩辛い。
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こんな大きなフライパンみたいなので焼いていました。シャケの切り身を焼いてうっているお店が多かったです。手前のはイカのリングフライと付け合わせのポテト。
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お父ちゃんは早速ビール。
タリンに着いたらレンタカーだから飲めないもんね。
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これは観光フェリーの案内だったかな?よく覚えていないけど。
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食べ物の屋台が多いなかで、異色の絵を売るお店。この方はヘルシンキ在住のこの絵の作家さんなのだそうです。日本の雑誌などでも紹介されているけっこう有名な人らしい。手に持っていらっしゃるのが3人の子供の顔を描いたあったかい絵。現在我が家の玄関廊下にかざられています。
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ヘルシンキのインフォメーション。
実は絵はがきを売っているお店をさがしたけどなかったので港近くのインフォメーションまでわざわざ行ったのでした。ヘルシンキ1日観光ツアーの情報もここで。
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こんなクラシックなバスが走っていますが、これこそヘルシンキ一日観光バス。めちゃ魅力的。
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そしてこれが噂の高速船。
言葉にできないほどの揺れでした。
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ヨーロッパでは珍しいコイン式のロッカー。高速船の乗り場にありました。
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いよいよ船で国境越えです。
(↑ちょっと国境マニアはいっています。)
ヘルシンキの高速船の乗り場は割と普通のフェリ−乗り場でした。
チケット売りのおじちゃんから、船の時間の30分前には乗り場にもどってくるようにと言われていたのですが、ついつい市場での買い物に夢中になり結局20分ほど前にやっともどってきてそれからごまちのおしっこだの荷物をロッカーから出したりだのして、乗り遅れるのではと心配しました。
しかーし。
全然心配することもなく、あっさりと出国審査を通過し小さい待合室でむしろ時間をもてあますぐらい。
真っ昼間の便だからかえらくすいていて、別に並ぶ様子もなくみんなのんびりと船のゲートがあくのをまっていました。
まるで、田舎の港のフェリーで「今日はちょっくらお買い物にも行ってくるべ」といった人たち。
これがかつての東西の最前線!?
まあ、フィンランドは中立国だったから西とはいえないのかもしれないけど。
しかも、免税店もなし。
お父ちゃんのうんちくによれば、対岸のエストニアのタリンは10年前まではかつてのソビエト統治だったのであまり西欧化していなくて、タリンから来た人は一目でわかるとのこと。エコロジーにうるさい西欧人はもう着なくなった毛皮をこれみよがしに着てたばこを吸っているのがタリンからきた人たちらしい。
そうこう待っている間、お父ちゃんは我慢しきれなくなって、小さな待合室の売店でビールを一杯注文してしまいました。
お母ちゃんとごまちもジュースを飲んでのんびりしていたらやっとゲートがあいていよいよ乗船です。
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外観に比べ内部は割と旧式。日本ではローカル線でももはやみられなくなったような乗り心地の悪いシートで、スプリングもがたがたでした。リクライニングが壊れているものもありました。
旧ソ連のアエロフロートのシートの乗り心地が悪かったことは有名だけど、こんな感じだったのかしら。。。ただし、外人仕様なので、シートが広々と大きかったことが救いでした。
上の一番左の写真は救命胴衣の案内。子供用のものの表示の仕方がおもしろかったです。
お父ちゃんは外国では安全に特に気を配る方なので、まず最初に救命胴衣設置箇所を確認していました。
そして救命胴衣の数がやけに少ないことをしきりに指摘しつつ、その近くの席に陣取りました。
つわりのお母ちゃんはその席がトイレの近くで臭いがつらかったけど、それより安全に気を配るお父ちゃんを頼もしく感じていました。
しかし、この後高速船が走行を開始すると、すさまじい揺れが始まり、お母ちゃんは完全にダウン。
船は今にもひっくり返るのではないかと思われるほど波に乗り上げては飛び跳ねるの繰り返しでした。
お母ちゃんはもうろうとした頭の中で、
『タイタニック号が沈んだ時は、妊婦は真っ先に死んだに違いない』
『でもお父ちゃんとごまちさえ生き残ってくれればいいわ』
などと訳のわからないことを考えていました。
船の前方には小さな免税店があり、お酒などを販売していました。
客室乗務員のような大柄な女性が飲み物の注文をききにきたけど、高額だったので我々は注文せず。
周囲の人たちは割と注文していた様子で、その後ものすごい揺れの中をジャンプするように飲み物を配る彼女たちの姿に感服しました。
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●エストニアのタリン到着●
そうこうしているうちにお母ちゃんは眠ってしまい、気がついたらエストニアの首都タリンに到着していました。船から降りて、地に足がついたときのうれしかったこと。。。
フェリーの船着き場はまるで瀬戸内のフェリー発着場のようにローカルな雰囲気でした。
ものすごく簡単な入国審査を終えてエストニア入国です。
港からタリン中心部までは歩いても15分かからない程度とのこと。
近すぎてバスなどの公共交通機関もないらしいのですが、ごまち連れで大きな荷物を持っている我々はもったいないながらもタクシーを利用することにしました。
レンタカーはタリンの空港で借りることに予約していたので、なんとかして空港まで行かなければなりません。タクシーで行ってもそんなに距離はなさそうだったので、そのまま行ってもらうことにしました。
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タリンの空港では特に問題なく予定通りレンタカーを借りました。
タリンの空港駐車場で。
(タリンの空港がまた小さかった!)
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借りた車はマツダの車。
いつも借りるその時まで車種はわからないのですが、またもや日本車でがっかり。でも、贅沢はいえないですよね。エストニアのマーク入り。
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日本からの予約時に、フェリーの港やタリンの市街地で借りれないことが不思議だったのですが、行ってみて納得。だって本当に小さい街だったのですもの。。。
結局空港がもっともレンタカーをかりるのに適している場所なのですね。
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空港の売店で簡単な食料(水やお菓子)を手に入れていざ出発!
そこでは買い物したものを入れるビニール袋は有料だったのでびっくり。その後バルトの国々ではビニール袋が有料の場所が多かったです。買い物は自分の袋持参で行くのが普通なようです。エコのためか単なる節約のためか。。。
お母ちゃんが荷物の中にふと入れておいた折りたたみビニール袋が、旅行中かなり重宝しました。
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本当にのどかな風景でした。
戦車が通れるのではないかと思うほど単調な直線道路は、市街地も完全に迂回して通っているので、むしろつまらなく思えるほど殺風景。
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日本ではあまり一般道を走っていないような大型の車もどんどん走っていました。
ごまちは『働く車』が大好きなので、大喜び。
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この日はできればエストニアを抜けてラトビアまで行く予定でした。道もよいことですし、快適に車をとばして約2時間で海沿いの避暑地パルヌに到着しました。
ところが、この辺りでお母ちゃんがまたもやダウン。
つわりのみならず、なぜかお腹がしくしく痛みだし、どうにも座っていられなくなるほどだったのです。
最初は何の痛みかわからなかったのですが、どうも子宮ではなく下痢のよう。。。
妊娠がわかって以来、下痢と便秘を繰り返していたのですが、この時のはまた最大の波のようでした。
運転しているお父ちゃんには悪いのですが、ずっと後部座席で横になってげぼげぼ吐いたりしていたのですが、どうにも我慢できなくなって公衆トイレを探してもらい駆け込みました。
(汚い話でごめんなさい。。。)
この時のトイレが、公園にある有料トイレでした。
おばあちゃんが二人前に座ってのんびりおしゃべりしながら番をしていましたが、とにかく余裕のなかったお母ちゃんは、まったく英語の通じないおばあちゃん達への交渉はお父ちゃんにしてもらい、なにはともあれ中に。
結局1時間弱はトイレにこもっていたと思います。
波が何度かくるのでおさまるまでとうてい外にでれる状態ではなかったのです。
(本当に汚い話でごめんなさい)
おばあちゃん達が心配してかわるがわる様子をみにきてくれるのですが、英語が全く通じない。他に誰もいなかったので時々お父ちゃんが様子を見に来たりしていました。
その間ごまちは公園でお花や虫とおとなしく遊んでいたようです。
お父ちゃんも手持ち無沙汰だったらしく、男性トイレの写真など撮ってその位置の高さを記録に残していたようです。
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