1月31日水曜日

寒の水浄水器より貰い受け

白菜を塩もみして即席の漬物をこしらえる。仕上げに柚子の皮を放り込み揉みこむ。白菜はあるんだけど家ではこんな面倒なこと やらないなあ とアタクシ。そうそう、と今日水曜までの相方。ひとしきりうなずいている。白菜は確かにある。野菜室の一番下に白くいつも見えている。恐ろしいのでいつもそっと見るだけである。たしか、年末に買い求めた白菜の半分カットであるはずだ。奇しくも今日でまる一ヶ月になる。どうしよう。ちょっとほっとく。不在票が入っていて佐川急便からの届けものの時間指定をする。間違えて19時以降と間違えた。佐川急便はややこしい。ガイダンスのままに幾多の数字を叩いて行かねばならない。情報が多すぎて間違える。もしもしで、できないの?

待つ時間冷蔵庫の掃除に専念。次々とたまったままうずくまっている物体を引き出す。どうやら伊達巻らしきものが出てくる。これも白菜の仲間であった。グレープフルーツが硬くなってうずくまっている。カットしてあるレモンがカットされたまま固まってる。何故か肉マンも出てくる。いつ買ったか覚えがない。煮凝りが出てくる。ネコもいないか。棚を引き出して丸洗いする。二人暮しのときのまま残されている冷蔵庫である。いささかデカイ。西瓜を丸ごと冷やすことの出来る冷蔵庫という設定で買い求めた物体であった。ついでの洗濯機というのもデカイ。7キロと答えたら四人家族の相方が目を丸くしていた。棚を外して丸洗いしている最中に佐川急便が届く。野菜室までは届かない。白菜はまだそのままある。隣に見えていたの深緑の様子はニラのようであった。ニラはやばいか。大きすぎる冷蔵庫というのは生活を堕落させる。

何かを煮た丸ごと入れてある鍋。

という存在にも気がついているのだが、このところずっと様子をみているだけである。

健康ハイランドアイレクスはお二階筋トレ。高校の教員を退職して幾年かになるオバサン、いえ元教員が、腰に幅広のサポーターなど召してバーベルを持ち上げているものの、ぬた、のような頭髪がぬた臭いのである。今日だけじゃない。あれもご婦人の加齢臭なのであろうか。離れたところの機械から作業に移る。ウォーキングがぬくかろうと、帽子を被っていかなかった。帰り道はほとんど見頭が凍っている。夜は冷える。耳も凍る。

中学1年の木村くん。泣かせる。

厨房メモ さわらのホイル焼 

さわら 玉葱 セロリ ピーマン 塩コショウ バター 白ワイン←どうでもよか と思うがけっこう雰囲気の味つく とろけるチーズ 

すべてをアルミホイルにて包み上げ、200度で焼く。淡白なさわらも美味しいよ。

1月30日火曜日

行きしまま帰らぬ賀状ありにけり

暖冬でワカサギ釣りの氷が張らないようだ。今日などぽかぽか陽気である。これから2月にはいるというのに冬はどこへ行ったのか。今年はどうやら冬タイヤをはめることはないようだ。4本、ぬくぬくとベランダで陽に当たっている。大きなタイヤの脇をときどき淋しげなネコが通過している。子どもたちがエサだけ上げてるようだ。ここはネコは飼えない。もっともネコも飼われたくないかもしれない。ベランダは暖かいし、適当にご飯はあるし、一番は、暮らしにしがらみはないしわずらわしさもないいいかげんでわがままである。似てる生きものでもあるアタクシに。

快調にバタフライ。隣のコースで25人ほどのスクールが始まるもめげずに泳ぐ。大波小波渦も巻くけれどなんのその。ゆらゆらぷかぷか漂いながらクラゲ泳ぎに徹する。

昨日、ついでに買い求めたブリをネギと煮る。仕事では剥くけれど大根は面倒である。どうせ食さない。白くて太いネギをたくさん入れてことこと煮る。焼くと一切れ食するのも飽きる。ネギぶりは美味しい。ぶりはネギと煮るのがよろしい。アラが手に入ったらなお、よろしい。ネコも好きであろうな。

二時間ほどひたすら写真を取り込む。いささか事情が生じてポジをすかして見定めつつスキャナーで取り込む。取り込んでまとめて格納する。夕刻までそれで終わる。

厨房メモ ブロッコリースパ スパゲティ ブロッコリー トマト ベーコン 赤唐辛子 コンソメ 

スパを茹でる 茹で時間が長いのを活用してここでついでのブロッコリーを茹ですぎないように茹でる トマトにぐさぐさぐさっとフォークを突っ立てザボンとこの中にいれ引き上げる 皮むきの行程である ベーコンと唐辛子を炒める ここへすべてと 調味料を入れて調味 簡単でおいしいよ。

1月29日月曜日

閉めた店跡形も無く冬の猫

ゆりこ、女名であるが、 

アタクシの店でありました。更地になり車置き場になっております。隣が車屋さんだったので買ったのであろうか。欲張り大家であったから売らずに賃貸としているか。跡地にたたずんでいたりすると或は悲しげに見られたりする。たたずめない。もっとも悲しくもないし用事も無い。忘れ物があったとしてももう拾えない。過ぎたるものはほっときなさい。生き方である。

お客であったナースのサトウさんがお二階筋トレに来る。いつもはプールで歩いているのに派手なコスチュームで連れてきたお若いお嬢さんと歳を召された二人を仕切っている。サトウさんは仲間内での評判が悪かった。意地悪らしい。たしかに意地悪の顔はしている。意地悪の顔というものはある。意地悪をしているとどんどん顔が意地悪顔になってくる。まず笑っていても目が笑ってない。意地悪は、自分が意地悪をされるのを警戒して常にあたりに気を配る。じっと正面を見定めて四隅を見定めている。笑う気持ちのゆとりが無い、可哀想な生き方ともいえないことも無い。むろん、生き方はご本人の欲するままである。はたなどどうでもいい。余計なお世話である。

意地悪なサトウさんが黄色いハーフパンツでひっくり返っている。なるたけ見たくない。プールで歩いているときは背が低いのでほとんど顔だけが出ている。波がないからいいが、まさかの何かにつまづいたらたぶん溺れる。プールではいい。アタクシが移動している。お客であったから、お客であるときもひとまずの目礼ほどの挨拶は交わしていた。アタクシは常に移動している。プールに入るときだけ挨拶すればあとは知らない。お二階はそうもいかない。機械は据え置いたままである。据え置いた機械にあれこれすがり付いて筋トレに励んでいる。視界に黄色いハーフパンツが入らないよう努力する。もうお客ではないのだから黄色いハーフパンツのオバサン。と見ればいいのだが、どこか遠慮している。習慣はそうそう消せない。この性分は、店の跡地にたたずむことより悲しい。

本日の特売一切れ100円のブリの切身を、15切れ買い求める。紫花豆という大型の豆がある。12時間水に浸せとある。水に浸してある。あしたは煮豆も作らねばならない。準備が要る。水に浸す。厚切りぶりの切身がうまそうである。

厨房メモ キャベツのかき揚げ 

キャベツ 桜えび ベニ生姜 玉子 こむぎこ  

キャベツの芯というものがキャベツを食していると必然的に出てくる この部分は甘味がある 兎も好む 大丈夫、レタスではないからキャベツの芯ごときでは眠ったりしない ざくぎりにする 玉子と水とこむぎこを混ぜる ここへざくぎりキャベツと桜えびベニ生姜を参入し混ぜ合わせる 揚げ油にスプーンですくって、静かーーに滑らせ揚げる。

1月28日日曜日

金柑をつつく鳥をり街宣車

ソースのような醤油である。なにやら真っ黒い醤油であるなあとはかねがね感じてはいた。お醤油ってこんなにも真っ黒だったかなあむらさきというではないかむらさきと。醤油差しに残りを振り切っておどろく。1.8?のボトルの底に醤油の塊りがある。こんなに固まるものかお醤油って。ラベルを見てさらにおどろく。05年8月とある賞味期限である。とりたてて身体に異常はきたしてない。いまさら捨ててもなんともならないが、ひとまず醤油差しに詰めた醤油は流しへと流す。

朝一番、試験会場に向かっているはずの相方へ激励のメールを打つ。

外反母趾矯正用のサポーターは快適であった。たぶん付けたのは女性用であるが充分に用はたしたのであった。いささか夕べのアルコールが残る頭をなんとか持ち上げついでの体も持ち上げる本宮登山。日曜ごとにこんなところに登っててほかにやることはないものかも思うが、カンさんも毎週来ている。シノミヤさんも一日2度登ってる。まだほかにエイさんビーさん、シー子さんもチエミさんも日曜日の顔である。やっぱりほかにやることもない人たちであった。1時間16分で登りつめ、1時間04分かけて下山する。サポーターで足先を縛っている感じなので足が軽く感じる。いいね。調子に乗って走らないよう慎重に下山時の足を運ぶ。

超ミニの女性と行き交う。スーパーである。普通のミニではない。あれじゃ直立不動で足を運ばねば見てはならないものが丸見えになるではないか。ほとんどワカメちゃん状態である。それを許して共に手をとり歩く男の神経も尋常では、なかろう。思わずもう一度店内にへと戻りたくなる気持ちを抑えて帰る現場であった。あーーおどろいた。

厨房メモ 春菊と豆腐のポタージュ 

春菊 豆腐 牛乳 コンソメ 塩コショウ 

春菊は茹でる 茹でた春菊 豆腐 牛乳 片栗粉大匙半分をミキサーにかける 鍋に移して火にかけコンソメ以下で調味 とろみがくるまで煮詰める 良いよ。

1月27日土曜日

熊穴や日めくられずありカレンダー

明日は介護福祉士収得試験の受験日である。相方のAさんBさん、落ち着いて悔いのないように。

国家資格に限らず資格収得には線が引かれてある。因みにわらび餅うりに徹しているアタクシには受けようとも、三年従事しようとも、わらび餅を売っている限り受験資格がない。よかろう。思えば高校生であったとき、弟と妹のご飯を毎日炊いていたのが始まりであった。それからずっとご飯を炊き続けている。炊き続けて65歳になった。この先何年炊き続けていかねばならないのか考えるとくたびれるので考えない。勢いというものは、はずみがつくと止まらない。炊き続けていることがあたり前になってきている。

ゆっくりと1キロバタフライをこなす。潜って見ている人もいる。見ている人に照準を合わせもっとゆっくり丁寧に水を掻く、水を蹴る。ピースサインをする。うそうそ、そんなゆとりはない。水圧は難儀きわまりない。なるたけ大仰に水をかき水を蹴る。モデル水泳をお見せする。日常的に見られる

戦争。の準備

厨房メモ 白菜の重ね煮 

白菜 鶏ひき肉 パン粉 牛乳 塩コショウ コンソメ 生姜 

白菜はラップに包み チン 鶏ひき肉以下を練りこみ チンした白菜と混交 ラップをしてふたたびチン 牛乳をかけて水溶き片栗粉。

1月26日金曜日

熊穴になっても続く歯の治療 くまあなになってもつづくはのちりょう

夕食に何度か続けて口の中を噛む。あまりの痛さに5センチほど椅子から飛び上がる。三度までは口惜しくて覚えているがその後の四度か五度かは腹立たしくて覚えがない。これまでも時に噛むことはあったがしばらく思い出せないくらい噛んでなかった。数年分がまとめて来たようだ。人体の不思議である。

出勤途中で事故渋滞にはまる。一見して先に事故があったことはわかる。渋滞が普通じゃない。ひとまず電話を入れる。時間には入れない。10分は猶予を持って入っているが無理がかたまってつながっている。Uターンして反対車線へ逃げ込む車もいる。アタクシは進まねばならない。現場に差し掛かるとコンビニに寄りかかるように大型トラックが横転している。起こすのか引っ張るのかこれも大型のクレーン車が車線を塞ぎ、あっちへ行けと行きたくない方へ警察官が指示を出している。仕方がない。通るに通れないのである。今日の相方もこの道を来ているはずであると職場に着いたら相方は届いていた。工夫して抜け道を走ったようだ。アタシャ工夫などしとうない。安全にわかる道まで走り遠回りして届いた。おかげで久しく見てなかった海を見ながら走れた。海岸通皮膚科という看板が、山の手の郵便馬車、みたいでユニークである。対岸で風力発電の風車がいくつも並んでいるのが見える。追突しないように時々前を確認しながら海を見て走る。

頭のほうから見ても裕子奥様であることは確認できたが間違えるとややこしい。と思ううち、やはり裕子奥様が寝ていた上半身を傾け笑顔を向ける。やっぱりね、二人目のお子を産んで見た目に太られたが、裕子奥様は脇腹をつまんで、ここがあ。と顔を崩している健康ハイランドアイレクスである。アタクシは筋トレに入る。裕子奥様はランニングマシーンに飛び乗る。筋トレに入りながら裕子奥様の美しいお尻にしばし魅入る。この世で美しいもの二つ、夕陽と形のいいお尻を上げてみる。たぶん明日は美しいものが違う。美しいものは刻々変化する。沈む夕陽みたいに。そのあと急ぎ20分泳ぎ、急ぎ頭を丁寧に剃り上げ、眉毛を残して顔にある毛という毛を丹念に剃る。歯医者が待っている。去年の夏から始まった治療が冬を越しそうである。

噛んだ舌の痛みが喉まで響いている。焼酎、氷、レモン、水、とグラスに満たし飲んでみる。

厨房メモ 白菜と鶏肉もものクリーム煮 

白菜 人参 しいたけ 鶏肉もも フレッシュクリーム コンソメなど 

白菜と鶏肉ももをひたすら煮る 人参 しいたけもむろん一緒に コンソメ、塩コショウで調味し仕上がりにフレッシュクリームを入れて軽く煮詰める。

1月25日木曜日

鈴懸の木に寄りかかり冬の影

鈴懸の木 世界各地でよく植えられてるが、日本には少ない。と山渓カラー名鑑 日本の樹木には記述がある。プラタナスは確かに近くの小学校で見るだけ。他で目にすることはない。当地は海軍工廠のあった地である。見るもの苔むした老木古木桜だらけである。

一念発起やる気になる。酒場日記を書かねば。店主である孑孑店。前号発行が昨年7月。年3発行が年を跨ぎ堂々と半年になっている。2007年冬の駆け足。腰を上げるのが重い、とも言う。バッテリー充電不足でスターターがなかなかかからないのであった。私信、栄子さんオカダさんみさきさんイツコさんハツコさん。出されてない原稿は速急に下さい。頼みますお尻をつんつんと突付いてくだされ。酒場日記はけいこさんが居たハッピーを舞台に8枚ほど書き上げます。すでに3枚は書いたかな。詩はいつも唐突に出てくる。引き出しを置けばなんとかなる。まだ原稿到達のない栄子さんオカダさんイツコさん。

続けて続けて毎日毎日ひたすら眠く、夕方ひっくり返ったら1時間間違える。暗いと思ったら5時を廻っていたのだった。一時間眠っていたのか本を読んでいたのか目をつぶっていただけなのか不明である。ある意味ではこうしたことが認知の始まりでもある。といわれる。

むらいさんが今日は杖を外して歩いていた。いいことである。転倒して車椅子で移動していたのであった。むらいさんは80歳くらいではないだろうか。にんげんは幾つになっても機能を働かせればなんとか年齢に応じた元に戻すことが可能である。ガラス戸越しにむらいさんにエールを送る。わらび餅のほかに菜めしご飯も食べていただく。あっちとこっちがときに混在する。あっちは賑やかなあっち。こっちはここである。分けていかねばならない。アップする写真もときに混在する。賑やかなあっちの写真、こっち、側の静かな写真。サイズも違う。

わかっておりまする。外反母趾はあっち側。これも作為。写真技法。マリコさん。

風が冷たく老いた二人、ご夫婦であろう。風に逆らって懸命に自転車のペタルをこいでいた。わらび餅など食べに来てはいけない。ペタルをこぐ足先の力が脳にも到達する。機能は動くことに有り、という今日の戒め。

厨房メモ 大根 すね肉牛のスープ煮 

大根 すね肉 あれば白ネギ 塩コショウ あったら白ワイン なければ酒 固形スープなど ついでに買ってね圧力鍋 ひとり暮らしもおつなもの。アタクシおすすめ。

すべてを煮込む。簡単。

1月24日水曜日

勘助の墓苔むして寒牡丹

ほぼ毎日立ち寄るスーパーの筋向いに小学校がある。学校と歩道の境界に植えられているプラタナスが、寒風吹きすさぶ青空に実を揺らしている。揺れているのは見えるのだがプラタナスは高木でどうがんばってももぎり取ることは出来ない。そう果の集まった集合果はそのうちバラバラになって落ちてくる。どうかしたかげんにか丸ごと落ちていたのを去年拾った。おもしろいもので、部屋に入れたプラタナスの集合果はどうやら状況に観念したらしく、テレビの上のフウやらコットンフラワーやら、マツボックリにならって、バラバラになりかけたままそこで凍結し今年に至っている。いつだったか足助町の山奥の校舎だけ残る小学校で、それはそれはどでかいプラタナスの大木を見た。大人が3人手を広げて取り囲んでもまだ幹はあり余ったかも知れない。隣町のプラタナスはおおかた伐採されたようだ。大きいだけで手に余る地域住民の苦情に押されて。この学校のプラタナスも行く末を案じてはみるが、ヒトのおもわくなどなんのその、威風堂々と小さな校門と並んで聳え立っている。

これは鈴懸けの樹だよ、と立ち止まって見上げる人を見たことはない。樹はそこにあるだけで人は生活するに忙しくせこせこと下を通り過ぎるだけである。

状況を共用しつつ、しみじみ状況を齧りながら読みたい本というものもある。しかし読み始めると止まらない。あたかも犬がご飯を食する如しである。ゴールデン・リトリバーという犬を飼っていた。大型犬のわりにはおとなしい犬で、たまに意地悪をして食べている最中ご飯をとりあげても仕方無しに待っているような犬であった。もっとも犬の方がわかっていて、どうせすぐにくれるだろうと大様に構えていたのだろうが。ふざけて取り上げる人もいないものだから、残しておこう残しておこうと思いつつとうとう食してしまった。

風邪っぽいのでビタミンCを摂る。C1000タケダの100%ドリンクを飲む。スクイザーでたっぷり絞ったシモンを焼酎に投入し鉄瓶に湧いている湯を注ぎ込む。傾がないが我が家には鉄瓶が常備、湯をたぎらせている。自然通気型開放式石油ストーブとある。つまり円筒型ストーブの上に鉄瓶を乗せている。鉄瓶の湯がなくなり、蛇口の下へ直接鉄瓶を持っていき水をそそいで手の甲に大やけどをした真理子の事件はいつだったか。つい最近のようであり、ずっと昔のようでもある。土曜日にやけどした右手の平の水ぶくれが、破れて穴が空いている。マウスを持つといささか痛むが明日には塞いでいよう。

厨房メモ きゃべタマ つまらないね 

でも サワーキャベツが手に入ったらおいしい キャベツ 玉子 市販の鶏がらスープの素 或は 中華味の素 塩コショウ 

キャベツを切る 割りいれた玉子でくたくたにする。好きな子がいてたまに出向いたスナックでよく食した。なんか安全なうえ、頼みやすい唯一のメニューであった。懐かしい。そういえばどうしているであろう、あの子も家族でやっていたあの店も。

1月23日火曜日

寒椿煤けた分離帯に咲き かんつばきすすけたぶんりたいにさき

冷蔵庫の大掃除をする。いつか飲もうと買ってあるゼリー状のおにぎり。ウィダーインとかなんとか。6ッつもある05年、ちょっと古いか。捨てる。去年とおととしのバレンタイン、どうしよう。どうぞアタクシにはチョコレートを下さいますな。絶対食さないであろう冷凍食品のあれこれ。捨てる。冷凍して食すのは食パンとご飯だけのようだ。残り物を冷凍するとどんどん溜まっていくきりがない。なのに残ると冷凍する。冷凍してある不気味な烏賊の足とか冷凍しそこなって色の変わっている蛸を捨てる。ついでに今日は冷凍する観念を捨てる。すっきりする。

住宅の四辻で事故である。四辻がけっこう大きい。けっこう大きい四辻だけに車は信号が変わりかけていても突っ切る。ときには途中で信号は赤になっていたりする。四辻が本来の四辻であったら車も警戒してそろりそろり通過するのに、住宅が建って本来を広げてしまったために通過する車は警戒心を解いている。ワゴン車が横倒しになってガードレールにぴったり引っ付いている。ベービーカーが放り出されている。軽の車が横倒しのワゴン車の後方でポールに真正面から突っ込んで前部が大破している。程々の年配の女性が救急隊に事情を聞かれている。ワゴン車の乗組員はすでに運ばれたようだ。野次馬がどんどん膨れる。空っ風も膨れて吹いている。新車かと見たワゴン車のカーナビアンテナが錆びている。たぶんひごろ手入れは丹念に行われていたワゴン車が、丹念に磨かれたであろう横腹をアスファルトにこすりつけ横倒しになっている。後輪の一つがくにゃりと曲がっている。修理しても乗れまい。大破した軽も。こうした状況を目にするたびにスピードはひかえめに。黄色は止まる。とこころに戒める。信号一つ急いで突っ切っれば、まかりまちがえてこのザマである。ベビーカーの子は眠れるか夜。震えていたという幼子も眠れるか夜。

信号が変わったので左折しようとハンドルを切ったとたん、横をスクーターがすり抜けようと出てくる。バカヤローである。郵便局のスクーターと新聞配りのスクーターは常に無法走行をしでかす。次の信号で一緒になったが下りていって脅かすべきであったか。

快調に1キロバタフライ200バック。黄色いキャップに黄色いゴーグルに黄色い水着である。タンポポだ。ビート板を蹴っていた白いキャップに白い水着の、山で大きなイヌを連れていた黒い奥様は隣のコースへと逃げる。相性の悪い人というものはいる。アタシャ避けてはいないけれど。

調理場である。用が生じて調理場へ持ち込んだ。窓に立てかけてみた。いい感じで寝ている。キティはアタシじゃない。相方が持ち込んだ。

厨房メモ ホウレン草とハムのコールスロー 

硬めに茹でたホウレン草とロースハムを和える。今日はロースハムをソフトサラミに変えた。年配の方への愛情である。

1月22日月曜日

何処より現れ消えたの竈猫 いずこよりあらわれきえたのかまどねこ

分別ゴミを出しにと戸を開けたとたん、深い霧にびっくり。霧を掻き分けビンカントレイと分別。ベランダを見ると霧が流れている。おーー、裕次郎ではないか。霧がながーれてー、咽ぶよなときどき霧も発生するが、今朝の裕次郎霧の深さは格別。こんなときしがらみのないカメラマンはあわてふためき右往左往しているであろうと、しがらみに拘束され撮りには出られないアタクシはそれでも口惜しいのでベランダから幻日のような薄明かりの太陽を撮る。

郵便の払い込み取り扱い票の不条理。いつだったかどなたかも書いていた。届くのはコピーである。ホンモノは郵便局が取り上げてしまう。ホンモノが欲しいと思うことはないか。新川和江さんや、カネコトウタさんが払い込み用紙で払い込むことはないかもしれないが、あったら欲しくはないか。直筆である。なにより手のぬくもりが内包されている。コピーが届けられるというのはやはり不条理である。ぬくもりの内包されたホンモノを下さいな。事はお金である。まかりまちがってのトラブルということあろうが、本人の書いたものを取り上げてしまうという不条理はない。コピーを取っておくことで充分であろうに。事務処理が円滑に出来ないのは承知の上で。これってなんともならないの? でもやってくださいな。やれば出来るはずだ。その郵便局がその場で送り届ければ済む。

通信欄というのもある。これはいい。これはいいが払い込みはその性質上ほとんど事務処理にしか使用しない。通信欄があったところでここに私的な通信はまず書かない。でしょう。しかも受け取りの半券がいかにもみみっちい。小さいのである。ちいさいみみっちい場所に遠慮しがちに、ぎゅうぎゅうづめで長い所番地を書くつらさ、かなしさ、わずらわしさ。いつであったか、これってなんと読みますか? いいから仕事しない。アタクシは憮然と言い放ったのであった。読めるように書けるように大きくしなさい、なんで半分半分こにしないの? あんなめめこしい受け取り票。郵便局を持って出た途端失くしている。風に飛ばしている。民営化する郵政公社はこうしたところから改善すべきである。あれは厳然たるお上のおしきせがそのまままかり通っている遺跡でもある。

年賀状の整理をせねば。もう出さないあんな詩人こんな詩人。閉業したとはいっても出さねばならなかったあの先生この先生。めんどくさいのは大当たりを探す番号合わせである。200枚でも当たり馬券は2枚。3等の年賀シートである。夏になりませんように。あるのである。こうして目の届く場所に散らかったまま。

厨房メモ ココナッツカレー 

ココナッツ缶 鶏肉もも 人参 玉葱 市販のどこでもルウ 

カレーを作る 仕上げにココナッツの缶をあけ 注ぎ込む。マレーシアの生まれの猫じゃない限り、猫は食べないな鶏肉入りでも。

1月21日日曜日

教室は整然とあり冬林檎 きょうしつはせいぜんとありふゆりんご

納豆事件、朝晩2パックずつ4パックであるか。これを毎日。平たく考えても痩せるどころか太るがね。憤然といまさら怒ってなんなる。食わないで歩きなさいとアタクシは申し上げた。納豆も冷凍しておく。出して食べる頃には解凍が始まってます。ふん!! 

もの凄い登山者を目撃。これぞ納豆パワーではなかろうか。最初パジャマを着たまま登ってきたのかと錯覚した。寒いからであろうかフリースらしき掛け物を腰に巻きつけ出ていた足から見えたのはふくらはぎまであるスカートだった。ワンピースというの? ここまではまあ、いいか。ありがちではある。ハキモノであった。トイレのスリッパごときのハキモノなのであった。これは凄い。思わず声を掛けていた。それって、上まで行くのはおよしになられたほうがいい。どうやらお子と来られたようであるるお子はどんどん先へ行ってる。スリッパをペタンペタンさせながらお母さんは登っていった。アタシ ら ただ見送った。本宮登山も15年くらい来ているのであろうか、初めて遭遇したスリッパ登山。ご婦人は強し。

そういえば昨日の学校である。終わって出したものを片付けてくれていた女子生徒が急に固まってしまったのである。固まったまま下を向いている。写真を収納してきた大きなダンボールの箱が潰れていた。うまく紐が結べずに難儀をしたのであろうか。どうしたの? と思わず声を掛けていた。返事がない。どうしたのよ? 返事がない。女子生徒は硬直したままだ。アタクシは片付け物に必死である。必死にバッグへと出した小物を投げ込んでいる。ね、どうしたの? 具合でも悪いの。なにやら女子生徒が忍び笑いをしているではないか。なにしてんの? いいよ、ボクが自分で結ぶから。結びかけたら女子生徒は硬直を解いた。さあ、と廊下に出て教室を振り返ったら、なにやらみーーんなうなだれてじっとしている。瞬間 あら、ここってみどり教室だったのか。と女子生徒を見たら 瞑想の時間なんです。はあ? 瞑想。あーー、それで急にうなだれたのか。どうやら瞑想をしなくてはいけない三人の女子生徒をたたき起こしたらしい。学校もいろんなことをやっている。瞑想タイムであるか。アタクシの講演は長くなって瞑想タイムに食い込んでいたようだ。

厨房メモ 手羽元と大根のすーぷ 手羽元 大根 長ネギ 生姜 酒 塩

手羽元は一度熱湯をかけて臭みを抜いておく すべてを混交しことこと煮こむ 煮込んだら塩で調味 圧力鍋があれば申し分なし。

ここを便所のスリッパで登るなんてとても出来ない。やっちゃうのがお母さん。母も強し。

1月20日土曜日

教室は仄かに匂い枇杷の花   きょうしつはほのかににおいびわのはな

時間がまったくないのであった。しゃべり始めるとどんどん分岐していく阿弥陀くじのごとし留まることがない。うっかりすると戻るに戻れない。ときどき我に帰り修正する。

校門に立つ松を見ていたらいきなり超ミニの女子高生。見るものが思わず下がっている。陽の光の下あの太き短き白いものはなんだ。学校訪問である。超ミニの女子高生もガイコクジンの女子生徒を伴い学校訪問の一員であった。悲しいのは市内一斉に学校訪問の日が始まる。行きたくとも あっちこっち草子 と、訪問することが物理的に阻まれる。こうした催し、いくばくかずれて行えばいいのにねえ。松の木一本にまつわる話でも1時間はかかる。山Gさんに出あう。童話を書いている。時間が来て講師の23人順番に呼ばれていく。生徒が迎えに来る手順になっている。ファイアーマンが呼ばれて出て行く。少林寺拳法が袈裟を着て出て行く、袈裟ならアタクシの法が似合うのではないか。世の中でもっともキライなボーイスカウトの団長らしき人物が子牛に牽かれて行く。全身くにゃくにゃのこんなことをいってはいけないよな、しかし、見るもどこを見たらよいのか視線が惑うくにゃくにゃした人が、体の倍ほどの空間をこしらえて妙に元気に出て行く。

どんどん出て行って最後に残ったのは琺瑯看板蒐集家の佐Mさんとアタクシだけになった。遠くから佐Mさんが クセのある二人だけが残ったねえ とゲキを飛ばしてくる。まったくそのような。仕方がないので前にある 三河太鼓 お菓子だ、を食する。佐Mさんが呼ばれていなくなる。アタクシが最後にぽつねんと取り残されたのであった。

滞りなく45分が消化する。この学校にいた50年前のアタクシを考える。いたはずの65歳になったようこちゃんを考える。いたはずの65歳になったさえちゃんを考える。いたはずのちいさかったきょうこちゃゅんを考える。みんな生きているであろうか。なぜかいたはずのおとこのこが出てこない。お疲れ様でした。

山本勘助の墓に行く。健康ハイランドの近くにあるのであった。知っていたが一度も行ったことはない。風林火山である。勘助の遺髪が埋められている本体のない日墓である。誰もいない。勘助の墓に手を合わせる。むろん何の意味もない。礼節だけの行為である。明日は団体本宮山。幾人いらっしゃるかわからない。声かけがあって団体で登る手はずになっている。雨でなきゃ。

厨房メモ かぼちゃのそぼろ煮 

南瓜←トンガ産は皮が硬い。皮を削ぎとって妙に色が変わる表皮にぶちあたったらその表皮はすべてこそぎ取ること。レンガのごとく硬く食せない。鶏ひき肉 砂糖 いろづけの醤油 

南瓜はカット 色が変わる程度に鶏ひき肉を炒める ここへ南瓜を潜入 圧力鍋の場合は半分ほどの水加減で圧がかかったら瞬時火を落とす。←ここがこつ。

冬山の少女ははにかみながら行き

掌にでも入りそうな女児を見る。プール。

あまりに小さい。たぶん小さい。とても小さい。小さくともしっかりした大きな目でアタクシを見上げていた。

学校訪問の用意をする。いくつか大小のマツボックリ。瓶に入れたマツボックリ。フィルムケースに入れた森のエビフライ50個、フィルムケースはカメラのキタムRでどさっといただきしもの。全紙大に伸ばした写真、ご苦労ではあるが学校で用意してくれる投影機は、そこにあるだけの機能。写真を美しくしてはくれない。いえ、そのまま映してはくれない。現物を持っていくに限る、というのが昨年の結論。学校訪問は今年で何回になるのであろうか、年一度である。一クラスに出向き身辺雑事を語らう。今年もマツボックリと写真の話。ペットボトルに入れた水、ピンクの風呂敷、テレコ。広角をセットしたカメラ。教室、というものはいいものである。いいものを明日一年ぶりに体感する。

観覧車の夜景を見る。一度ここへきてしっかり撮ってみたいものだとも思うがなかなか実行できない。行動力の欠落である。さまざまな事情が生じ明日の朝も1時間早い。

こんな買い物をする自転車。MTBに前カゴがあるのが不思議。

厨房メモ 鶏肉のクリーム煮 

鶏肉もも 長ネギ 人参 ホイップクリーム 塩 コショウ あったら白ワイン 

鶏肉もも 長ネギ 人参を圧力鍋に放り込み、水を材料の半分ほど入れて7分 自然放置 ホイップクリームをあったら白ワインで暖め塩コショウで調理 鶏肉もも 長ネギ 人参を鍋から取り出して上から掛ける。超カンタン、それでびっくりするほどおいしい。

1月19日金曜日
1月18日木曜日

バス停は路線なくなり空っ風 ばすていはろせんなくなりからっかぜ

パチンコの大好きだった、いや、だったではないか生活を知らないおバアちゃまと出あう。

店のお客であった。

おバアちゃまと息子と嫁とおバアちゃまのご亭主。テキヤの流れを汲んでいた家族で、お祭りになると嫁がたこ焼きを売り息子は輪投げの当番であった。アタクシはそのころロンゲ、すなわち長髪であった。縛って肩まで垂らしていた。僧侶になった頭で認識できるかと思ったが声をかけた。知らん顔で通り過ぎてもよかったのだが、変わらない元気のよさである。仕事柄いささか気になる。幾つになられたのか。いかにして達者なのか。どうやらわからないかとそのまま通り過ぎようとしたらなんと、アラマ 久しぶりだねえと。さすがパチプロである。認識は素早い。

マスターか、あたしゃ四十肩になっちゃって、と左手で右の肩を揉む仕草をする。久しぶりのあいさつとしてはいささか唐突ではある。小豆のように小さい目がしっかりアタクシを見据えている。スゴイで目である。鷹だ。

四十肩、で何歳になったの? とアタクシ。3だよ。3か。名前があったはずであるが名前を思い出せない。で、43か? とは言ったものの、いくつだよ。いささかアタクシも乱暴ではある。83だよ。はあ、83か。組長をやらされてねー、と風の又三郎のごとく団地の階段を駆け上り行ってしまった。

厨房メモ さつま芋 

オレンジジュース 砂糖 

さつま芋は虎剥きにして水に晒し灰汁は抜きましょう オレンジジュース 砂糖 を加えゆっくり煮込む。一つ食したがアタシャ一つのまま。

1月17日水曜日

ミルキーの影も侘しき冬ざるる みるきーのかげもわびしきふゆざるる

ここもか、という感じの納豆騒動。彦Sか商店のおじさんは怒ってました。健康ハイランド脇にある、白菜をこつこつ売って、大根をこつこつ売って家を建ててしまった彦Sか商店。賞味期限が切れた食品。捨てるものですか。半値で売りさばく。買うほうも納得済みの彦Sか商店に念のためと偵察に立ち寄る。テレビはむちゃくちゃだねーー、テレビがむちゃくちゃじゃなくて、なんでも痩せたがるヒトがいるのがむちゃくちゃなのである。歩けばいいのだよーとここでもアタクシ。問屋で納豆の入荷制限があって、3パック入れてるのに2パックしかくれない、怒ってた。怒ってた。

太った太ったと、筋トレのメニューが記録されているので見てみたら、なんだ。同じではないか。ここ数ヶ月はなんら変わりは無い。どこが太ったというのか。体が重いと感じていたのも錯覚に過ぎなかった。

正月のミカンが硬化している。もともと剥きものは人体以外興味が無いのでミカンも食さない。頂き物がそのま硬化していくことになる。昔、炙り出しという遊びがあった。ミカンの汁で字を書いた半紙を乾かし、一点に火をつけるとずるずる半紙を焦がしながら火が走るのであった。三角の袋入りピーナッツにはこの炙り出しが小さく折りたたまれて入っていてそのままおみくじになっていたような覚えがある。火種は火鉢の火、小さな紙であるからつかの間の楽しみであるが今も心に残っている。さりとて半紙はあってここにミカンがあって炙り出しを再現できるのだが絞ろうという気にはならない。昔、でそれはよかったのだ。

ミルキーがないよとレジ打ちのこに。え、不二家、あーーあ、あの事件の? ほとんど感心がない様子である。会話はそれっきり。レジ打ちはレジを打つだけでいい。アタクシは明日の仕入れを済ませればいい。帰ってすぐに手を洗いうがいをする。風邪は買いたくない。手洗いとうがいは習慣付けている。

妙齢の御婦人がマットの上でずっと話しこんでいる。すでに30分は経過している。筋トレはすんだ、まだ話し込んでいる。健康ハイランドお二階筋トレスタジオである。一風景である。納豆がないからボウリングの玉をならべ置く。

厨房メモ アボカドまぐろ 

アボカド マグロ 中落ちでもなんでも きざみ海苔 わさび 醤油 

アボカドは角切り 同様マグロも 中落ちなら上にのせる きざみ海苔 わさび ここへ醤油を垂らす。絶品。この下へご飯を入れ込めばアボカドまぐろ丼ともなりまっせ。

アボカドの選別。緑色はまだ食えない(>_<) すぐ食べるならこげ茶色したものを買うこと。軽く握ってそうね、なんていうか握りつぶさないような感じ(;^_^ これが食べごろ。あんな感じね奥さま握り具合は。

緑色しかなかったら買ってきて室温でほっとく。そのうち褐色になってくる。行き過ぎた褐色は筋が入ってまったく食べれない。買って体験するとよくわかる。うっかりが多くて店ではなかなか食べごろが出せなかった。人気だったけど。アボカドがまだ食材として浸透してない。蛇足だがアタクシは大好き。

1月16日火曜日

朝はせわし芋たこなんきん8時半 あさはせわしいもたこなんきん八時半

未納の保険料を納めに市役所に立ち寄る。ひらひらと冷蔵庫の扉に貼り付けてある、数あるなかの一枚の納付書がずっと気になっていたのだった。確認してみると ここへ 引っ越してから届けられているようだ。住所が ここ になっている。それにしても平成16年というはいささか古い。3期分の8300円。このままほっとくわけにもいかんべえ。しばらく待たされる。こっちへと連れて行かれしばらく待たされる。古すぎて資料が無いのか。連れて行った一人と新しい一人がうやうやしくお辞儀をして 納付されてます はあ、これって16年ですね。この年に未納はございません。はあ。お支払いしなくていいのであるか、これはお預かりして破棄いたします。ルンルン、儲かった気分で役所を出る。どういう手違いでこれが行ったのか わかりません、どうしたのでしょう、わからないのは当方のほうである。宝くじでも買ってみるか。

買うべき納豆がない。納豆異変である。数日異変が続いている。なんでも、うっかりテレビだかちやっかりテレビだか、うっかり奥さんだか、ちゃっかり奥さんだかが納豆ダイエットで納豆を買い占めているようである。この前はココアだっじゃないの。マシュマロ異変もあったような。世の女性たちはそんなにも痩せたいものか。だったら食うな。なんにも食うな。アンパン食うな。大福食うな。ウグイス餅食うな。納豆なんか食ってないで歩いたらどうだ。アタシャ切実納豆である。コレステロール値を下げる 記憶力を高めボケを防ぐ がんを防ぐ 血圧を下げる 糖尿病を防ぐ 血栓を防ぐ 老化予防の納豆を、問題はここである、好きでもないのに、好きでもないのに薬と断じてかれこれ1年は食し続けている。だいたい痩せない。納豆食って痩せるものか。現にタシロサンお腹出てきてるよーとプールのおばちゃんたちは囁いているではないか。大きなお世話であるが現実は直視せねば。ねばねば。

今週妻が浮気します。止める手立てはなかった直視も身を持って。妻のケータイは一度見た。見ないほうがよかったとちょっと悔いている。見ていいことは ない。この先見てしまった哀しい記憶が消せない。ボケないかぎり。

イチビキ納豆も困惑しているらしい。売れればいいというわけでもないだ。処理能力というものがあるようだ。一日にこしらえる量は決まっているようだ。あわてて機械を導入してもうっかりテレビは保障してはくれまい。ココアもマシュマロも今はそっぽを向かれている。ほとぼりが冷めるまで甘納豆に切りかえるか。

命がけのワンショット。納豆が無い!!

タコ飯 

タコ シメジ 人参 ご飯 塩 醤油 市販のだし液状←楽チン(;^_^ 

タコはどんな風にでもカット シメジはほぐす 人参は千切り 市販のだし液状←楽チン(;^_^ をいれてなおかつ塩 醤油で色づけ 普通の水加減で炊き上げる。んま(^.^) お試しを、

1月15日月曜日

琺瑯の看板ありや冬の家   ほうろうのかんばんありやふゆのいえ

あたたかき焼酎をいただいております冬の部屋。

健康ハイランドアイレクスは、お二階筋トレ。なんだかこの頃、ポパイみたいなもりもりの肉体になってきているではないかなあと感ずるも、すべては錯覚に過ぎない。

泰子さんと暮らしていた2年弱。美恵子さんと暮らして2児の女子がいた9年間。真理子さんと暮らしてゴールデン・リトリバーがいた12年。生きる過程は複雑であるが現実である。クリック一つのジャンプするごとしである。元に戻れないのは悲しいが いい。先へと進まねば。錯覚の積み上げが今日に至っている。

諫早市真崎町へ電話する。お仲間のお一人である。お顔は存じ上げない。退会すると申し出た今日、続けます、の短い伝言。よかったではないか、止めるのは簡単。持続する苦痛を背負っていかねばヒトだから。と短い電話口の伝言。

タシロフォト教室である。写真の基本なんてない。あるのは一歩前へ出る勇気だけである。アタクシはそれほど写真はやってきてない。今日始めたデジタルも、20年続けている銀塩も、撮る姿勢に変わりはない。嫌われますよカメラマンは、嫌われて1枚 ふーーー、やったか。という写真に出あう。つらいが写真である。ワタクシ的には写真を始めるのが40年遅かった。これが無念である。

厨房メモ 大根とシーチキンの煮付け 

大根 シーチキン コンソメ 砂糖 片栗粉 

大根は適当にカット シーチキンは蓋を開ける この二つをひたひたと煮る。なにがなんでもひたひたと煮続ける。やわーなったら水溶き片栗粉でとろりとさせる。写真は 蝋梅。

1月13日土曜日

冬構鳶の飛び交う入り江かな ふゆがまえとびのとびこういりえかな

学校の日は来週であるな、と幾度も確認する。一日だけ学校が一般開放される名づけて学校の日に、一クラス45分を受け持ちマツボックリの話をすることになっている。マツボックリのあれこれをいくら並べ立てても、マツボックリである。あまりにも退屈するであろうから、後半は写真の撮りかたに移行する予定でもある。もともとは学校でさえ手に余る詩の話にしてもらえないだろうかという要望もあったが、詩の話は大人が聞いていても辟易する。それでも一応曲がりなりにも詩人をやっている。大した詩人じゃないが少しは詩の知識もある。学校側からの要望もあることだからと、簡単な暗喩の詩の用例として、アタクシの好きな セネガルの動物園 天野忠 の詩を選んで読んでいたときのことだ。読んでいて、

「人嫌い」は背中を見せて椅子にかけ

じいっと青天井を見てばかりいた

に来たときであった。うめき声がしてドタリと倒れる音がした。暗記しているわけではないから、本から目を離し音のした方へ目を向けたとき驚いた。女子生徒がひとりながながと横たわっているのが目に入ったのだ。先生は付いていた。付いて駆け寄り抱き上げようとしたが女子生徒なのでためらいがあったのか、アタクシに どうしたらいいでしょう と聞いてきたのである。どうしましょう。アタクシが抱き起こすか。しかしひとまずその場でのアタクシは客人の域を超えられない。アタクシのできることはまず朗読を中止することだ。誰かが保健室へ飛んで行った。ような気がする。女の先生が数人駆けつけてきた。ような気もする。女子生徒は動かないまま保健室へと運ばれていった。

それ以後、アタクシは乞われても学校で詩の話をしない。可愛そうに感受性の鋭い女子生徒は、緊張がセネガルの動物園の檻の中へと入り込み、そこでプツンと切れたのである。大人でも退屈する詩の話を中学生に読んで聞かせるのは残酷である。残酷どころか居合わせた30数人が総じて詩に対しての嫌悪感を覚えたかもしれない。現代詩を語ってアタクシは現代詩を破壊していたのである。

年賀状にまじって届けられた一枚の訃報に呆然とした。よく知っていた家のよく知っていたご主人がこの押し迫った暮れに亡くなったとあったのだ。83である。そうか、80才を越えられていたのか。天沼を離れて40年近くなる。自分は歳を重ねているのに毎年出している相手方は歳が止まったままになっていた。あの時中学生であったお嬢さんも55歳になっているのだ。あの子が55歳か。

ゆっくりと静かなプールでゆっくりとバタフライを泳ぐ。

厨房メモ ホワイトカレー 

ハウス食品ホワイトカレーのルウ 鶏肉もも 玉葱 人参 コーンホイール ホウレン草 牛乳 圧力鍋 

中華なべで玉葱を炒める しっかり炒める 人参はぶった切り 鶏肉ももは面倒なので二つ切り 圧力鍋に炒めた玉葱とぶった切りした人参と 二身に切断した 流行です 鶏肉ももとを放り込んみ ひたひたの水を加えて圧をかける 圧がかかったら7分細火、で火を切り自然放置。その間にホウレン草を茹でておく 圧が抜けたらルウを割り入れ溶かす 分量の牛乳を入れて出来上がり コーンホイールとホウレン草はトッピングに、

1月12日金曜日

寒いです一人の部屋のワンカップ

奇妙な人に捕まる。ちよっとヘンな人でもある。ヘンではないか普通であろうが妙に物事にこだわる人らしい。どうもこうした手合いは苦手である。懸命に話しかけてくるが返事に窮する。返事をするとどんどん話が先へ広がっていく。ひろがっていくのはいいがすぐ戻って来る。広がっていって戻って来る。この繰り返しである。アタクシは忙しい。新しい場所の車止めの縁石を設置している最中である。やってもやらなくてもいい車止めだがせっかく運んできたのである。重たいせっかくを下ろして前輪の前に置く。この人はあれこれ住宅の仔細を把握している。アタクシのことなどいきなりタシロさんと呼びかけてきた。住宅の役員のことが気になるようである。すべてのことを把握していたい性格のようだがアタクシを捕まえるのはお門違いではなかろうか。アタクシは新しい場所に車止めを置こうとしているのに忙しい。邪魔な砕石をシャベルで運んでくぼんだ箇所に埋めていく作業に忙しい。たださえ西風が激しい。西風と喧嘩しつつ縁石を設置している最中である。ここへ場所を移ったのですかとの問いかけにもせわしく答えねばならない。こうなったいきさつを2年前からしゃべらねばなるまい。皆さんより2ヵ月遅れで入居して一番隅をあてがわれて冬の毎朝は松の木の蔭になった氷漬けの車の氷剥がしからスタートせねばならないしなくてもいい苦労などたぶん明日からは氷剥がしはやらなくてすむであろう新しい場所の古い縁石を設置している最中など語らねばなるまい聞いてくれるであろうか、聞きたがる奇妙な人が。

石見銀山というワンカップを買う。石見銀山がダンボールの中で山になっている。石見銀山ではなかったかネコイラズである。ワンカップである。小ぶりな円いカップのかたちにそそられる。円いものはいい。カップお尻肩肘。

健康ハイランドアイレクスの駐車場の四つ角で出会い頭の事故処理に出あう。見事にフロント部分が剥がれて停車している車の前で困惑した女性が困惑した青年と事故処理に当たっている巡査の冬篭守しているような顔の前を見ながら駐車する。職場を出てすぐ同じような事故を見てきた。優先道路なんて存在しない。四つ角は止まらにゃ。喋りすぎた。

厨房メモ キャベツとベーコンのお好み焼き 

キャベツ ベーコン シラス マヨネーズ ソース キャベツ 

ベーコンはざく切り ベーコンを炒めてキャベツを参入 シラスを加えて お皿へ。ソース マヨネーズをかける。ついでのおかかも。 

1月11日(木曜日)

        深谷ねぎ剥きつま白き富士の嶺

年度末の、

悪習が始まる。道路工事。どう考えても拡幅なんか必要ない道路である。これはもうどうでもいい。長い区間を通り過ぎながらふと考えた。トイレはどうすんだ。両側は畑である。見たって簡易トイレなど立ててない。どうすんだ。うっ、なんて来ることもあろうに。どうすんだ。アタクシはどうしてたろうか。30年前似たような仕事をしていた一時期がある。仕事中にトイレに入った記憶がない。懸命にあれこれあった現場を思い出している。皇居前、環6、目白通り、鎌倉、一日我慢していたのか。うっ、なんて来なかったのか。喉が渇いて道端のホースから水はよく飲んでいた。トイレの記憶がない。二月に終わります、の看板を過ぎる。

駐車場を入れ替える、という報告を受ける。陽が当たりぐっと手前になる。出て行く一戸があるようだ。そのあとにアタクシが入る。毎朝のアタクシの苦労を見るに見かねていた会長の配慮である。もともとのアタクシの場所には障害を持つ人が止めている。これは動かせない。アタクシもあきらめていた。新しい年の朗報である。三角定規の出番は二日でなくなった。凍る冬場の一段落。新しい場所には夜間の照明が入りこんでいる。念願のナビが付けることもできそうか。今の場所は真っ暗。

撮り置きしてある冬の写真を取り込む。使用ソフトはフォトショップ6.0。スキャナーはフィルムスキャナー・ミノルタ・デマージュ・スキャン・デュアル。ゴミが無数にあるポジフィルムである。ゴミの一つ一つを丹念にコピーで消し去る。こつこつ作業であるが消えていく過程を楽しんでみる。

靴を買う。2980円。これでいいかと迷ううち、こっちへどうぞと。もう一ランクでーす。ブリジストン同じメーカーで3980円。ふーーん、迷っている客には一つずつランクを上げていく商法のようである。気が付くと無数の靴に取り囲まれている。巧みなさばきにそのまま従い3980円を買う。靴など買うつもりはなかったのに、やれやれ。

厨房メモ ふろふき大根風の煮物 

大根 ふろふき はぁ、間違い 手羽元 人参 市販のだし できれば白味噌 砂糖 片栗粉 あったらいいなの圧力鍋 

大根は厚めにカット 人参も同じく 鍋にカットした大根人参手羽元を適当に入れる だし 砂糖 で点火。 圧がかかったら細火で7分 自然放置 たぶんおつゆが多めに出来ているはず 水溶き片栗粉でとろりとさせる。

1月10日水曜日

溝を朱で染めて絵となれ寒椿 みぞをしゅでそめてえとなれかんつばき

棒棒鶏 ひじきの煮つけ おでん と作って帰ってきて洗濯物を取り込み、自転車で健康ハイランドへ、筋トレを済ませてお風呂に入り頭を剃って親のものへ行って郵便物の確認をし、北風を押して歯医者へ。ここまでが2時45分。今の時間はモーツアルトのメヌエット聞きながら耳掃除をしているがいっそがしいのである。3時45分まで食べても飲んでもいけませんといつもながらいわれるが、そんなに食いしん坊ではないよお嬢さん。しまった、本屋によって週刊誌を立ち読みしてくるのを忘れた今日の見出し 切り取られた乳房と下腹部の闇 そのままスーパーへ明日の買出し。食パン 骨付き鶏 豆乳 牛乳 クリームシチュー 人参 バナナ 小松菜 長いも かぼちゃ 帰ってきて読みかけだった朝刊を寝転んで読む。今日のののちゃんは昨日と同じ ふじわら先生である。

棒棒鳥は四川料理の一つで茹でた鶏肉を棒でバンバン叩くことからついた名である。とどっかで読む。ソースに使う芝麻醤はチーマージャンと言うとこれもどっかで読む。どっかで読まないとずっと知らないままで過ごすことになる。バンバン叩くから バンバンジーね。ジーはなんだ。チンパンジーのジーか。

マフラー騒音の規制を強化するというが250cc未満のオートバイとスクーターが殊更にうるさいのである。この殊更にうるさい250cc以下は対象にならないというのだから規制も何もあったものじゃない。そのうえ使用中の車は対象外ということだから、町が静かになるのはいつになってのことやら。とかく人は音を立てたがる。脱衣場のガラス戸をけたたましく開けて半分しか閉めないで行ってしまったおっさん、戸くらいきちんと閉めなさい。

急激に朝が冷え込んでいる。出動する車のフロントガラスが凍結している。三角定規がこんなときのために活動する。三角定規を当てて削り取るのが毎朝の日課となっている。土曜に職場の新年会があるが欠席を伝える。電車で出かけると片道2時間を要する。行って帰るだけで4時間。夜が一晩潰れる。寝ていたほうがいい。

厨房メモ ひじきご飯 

ひじき 人参 ボイル大豆 市販のだし 砂糖 醤油 

だし以下でひじき以下を煮る できれば圧力鍋が得策である。早く軟らかく煮える。味を見て薄ければ調味する ご飯に混ぜる 美味しいよ。

1月9日火曜日

隙間風畳の縁より吹き上がり すきまかぜたたみのへりよりふきあがり

前日が赤いと間違える。今日は何曜日だ? 

これまでの住まいは凄かった。敷居と畳の間からひゅうひゅう風が吹き出るのである。練炭火鉢はないけれどストーブの点けっぱなしで酸欠になるという心配はおかげでしなくてすんだ。せっせと隙間にボール紙を詰め込んで隙間風を防いだもんだった。そのくせ夏はことさらに暑い。今の住居は鉄骨コンクリなので柱もなければ、さがしても隙間などない。壁に円形の空気穴がしつらえてあるものだから開けておくとそこからひゅーひゅー音が鳴る。想像するにたぶんこれが虎落笛なのであろうかと。

20円不足していましたから、20円分切手を貼ってもう一度差し出してくだされ。と郵便物が付箋を付けて戻って来る。そうであるか定形外であった。100円貼っても足りなかったか。めんどくさいので余分に切手を貼ることはままある。たまには目をつぶるという温情はないものか。20円ぶん切手を貼り足してポストへ。ポストが遠いんだよ。丸紅の社長のお屋敷には、中庭にポストがあったのをアタシャ知っている。住宅には60世帯が入居しているのである。ポストの一個くらい置けないものか。

健康ハイランドアイレクスはプール。のんびり泳いでいたら隣のコースでスクールが始まる。大波小波が沸き起こる。そのたんびに軽いアタクシはあっちへふらふらこっちへふらふら。もう少し静かに泳げないものか。無理か、カノンさんカノンさんと念じて1キロバタをこなす。スクールはまだ続いている。学習塾の奥さんが入って来くる。派手な奥さんで今日も真っ黒い体に白い水着をご着用である。アタクシの黄色も派手ではあるが白い水着を着るオバサンスイマーは大会に行っても見かけない。誰もいない山の稜線で行き会ったことがある。さすが水着は着ていなかったがここで始めて口を聞いた。まさかとも思う山の中である。知らん顔もできない。口を聞いたのはこれが最初で最後である。むろん今日もお互い会釈もしない。派手なオバサンスイマーは隣のコースへとすっと入っていく。キライなニンゲンというものはこうして間合いを取っていく。

昨日深夜のドキュメンタリー 空師 再放送は そらし と音読し、映像では町にそびえるケヤキの大木を切り倒す仕事に従事している男の話であった。巨樹を切り倒すなど恐ろしげな、塩を撒き酒を振りかけたくらいで巨樹が許してくれるものか。この男の顔にはまだ茨や棘が見えていた。巨樹を切り倒す手順はわかったが恐ろしげなドキュメンタリーであった。

枝打ちされた大銀杏

逞しく甦っている同じ銀杏 国有地陸上自衛隊駐屯地内である。

厨房メモ 豚肉のチーズ焼 

豚薄切り肉 塩コショウ クッキングチーズ ホットケチャップ タバスコあったら胡瓜 ふりふりレタス 

フライパンで薄切り豚を焼く 塩コショウ 焼きあがったらクッキングチーズ ケチャップ 蓋をする

1月8日月曜日

人日や烏飛び交う畑かな じんじつやからすとびこうはたけかな

相変わらず世情は休日であるが休んではいられない。ぐずついた天気が一日続く。降るでもなく止むでもなく冷たい雨でもある。朝、すれ違ったミニパトカーの後部座席にゴミの袋が積まれてあった。当地のゴミの袋は指定されている赤い袋である。目立つのだ。パトカーで家庭ごみを運んできたのか。そうではあるまいが誤解はされかねない。ミニパトカーであろうがパトカーである。考えてもゴミを運ぶ仕事をしていたとは考えにくい。もっとも不法投棄のゴミを収集して運んでいた。ということもある。祭日である。交通量は少ない。信号の連結はこんなにできていたのであったか、と感心するほどにスムースに走行する。

午後から成人式の晴れ着姿をゲットしに神社でも寄ってみるのだと言ったら タシロサーーン、成人式は昨日でおおかた終わっているよ と言われる。そういうものであったのか。この辺はたぶん昨日。そういうものであったのかと、それでももしかしたらと考えあぐねているうち雨もしつかり降ってきている。もしかしたらはありません。あきらめて筋トレに出向く。雨で祭日というと、こんなところがお金はかからないし手ごろなのであろうか。いつに無くトレーニングに励む見かけない人が右往左往している。

アイスランドの銀たらは肉厚であぶらが乗っていて旨い。妙なカップを見つける。いつ買ったのかまったく覚えが無い。取っ手がカップに垂直に付いてなくやや斜めに付いている。出来損ないであろうかと手に持つと馴染むのである。なるほど人間工学的の発想らしい。左手でカップを手にするとまことにしっくり指に馴染むのであった。コーヒーカップであろうが大ぶりなので焼酎を温めて飲んでいる。

夕方近く、小さなさつま芋をアルミホイルにくるんでストーブに載せ焼き芋を作ってみる。夜に作っても絶対に食べない、いつもそのままゴミ箱行きとなるストーブ焼き芋である。買い物に出かける間に出来ている。熱々は旨いです。石焼芋に引けはとらない。毎日閑さえあればあんなにも食していた餅を正月が終えたら食してない。毎年たいていこんな状態で切り餅は夏場へとそのままほったらかされてフィルムが空気で膨らんでくる。捨てごろのサインでもある。先日うっかり見損なっていた「空師」の再放送がある。大樹を刈る男の映像のようだ。午前0時まで起きてなければ。録画しても絶対見ない。そんなビデオが何本もごろごろしている。

厨房メモ 簡単豚肉のから揚げ  

から揚げは空揚げと表記するが正しいようだ。銀座を だったと思うが 歩いていて 空揚げランチ とあったのを見て思わず空を見た覚えがある。30年も前のことだ。

ももの薄切り 醤油 酒 小麦粉 玉子 あったら胡瓜 

ももの薄切りは酒と醤油で下味をつけておく ボウルにもも肉 小麦粉 玉子を割りいれ静かにかき混ぜる 油でおのおのがくっつかないようにして揚げる あったら胡瓜はつけ合わせ、油っぽいから胡瓜がよか。

1月7日日曜日

荒天や凧1枚も寄せ付けず

揚がっている筈の、

凧がいない。一匹もいない。1枚も揚がってない。場所を間違えたか、遠めに見る田んぼの中にテントがあるにはある。人影もあるにはある。状況を聞こうにもあるのもは水溜りのできた田んぼと鉄道だけである。風が強く雪も混じってきた。普通に考えて凧揚げに興ずる天候というにはさいささか難がある。雪は横殴りに降り出して来ている。はっきり言ってこれは嵐である。嵐に凧は揚がるか。蛸を揚げたらヒトも揚がる。1時間車を飛ばしてくる前に、会場に電話をするという手出ては考えつかなかったのか。広大な畑なら1時間も掛けて来なくても近くにこの手の田んぼはいくらで存在する。こうなれば仕方がない。是非にも及ばず。帰るしかない。はは。どんどん霙がひどくなる。どんどんアタシャ情けのうなってくる。探してもタコはいない。イカもいない。メダカもいない。しかしタコのアタシャ写真を撮るだけ。今日に掛けて一年準備していた関係者も凧作りも、

無念であったろうな。

虹が架かったのだった。しばらく虹を見ていた。半分しかない虹を見ていた。そうか写真に撮ろう。自転車である。強風と細かい雨に逆らいながら戻ってさあ、と虹の見える場所へと帰って構えたらすでに虹はいなくなっていたのだった。虹よお前もタコか。

年末の福引が年始にもあった。3枚引けるようだ。1等3万円の買い物券である。年末に引いた5本も5等であった。年末の不運が年始へと続く。スカを称して5等がこの店の福引である。

コウテイペンギンの繁殖を見ている。交尾が終わるとメスはさっさと元の海へと帰っちゃうのは何故だ。そのあと卵を引き受けたオスの行為が涙ぐましくいじらしい。はあ、メスはやがて生まれるヒナのためにエサを取りに行ったらしい。寒さでカメラが作動しないと言ってるシーンを撮ってるカメラはどのカメラだよ。思わず川口浩探検隊を思い出していた。

厨房メモ ものぐさピザトースト 

食パン←冷凍 とろけるチーズ ケチャップ タバスコ ふりふり お魚ソーセージ 

パンを焼きケチャップをぬったくり とろけるチーズをのせ お魚ソーセージをアレンジ ふりふりはサラダ菜みたいな葉っぱ これを一番上に置いて ばりっとパンを半分に折る そのままがぶりつく けっこういいもんだ。

一番奥がアタクシの愛車。総崩れしたあとここへ来た。

1月6日土曜日

すっげえ雨決して雪にはならぬ土地

初なんとか

と言うのは多々あれど、書初めが今日だったようである。アタクシの泳ぎ初めは昨日であった、筋トレ染めも同じうに昨日であった。今日はそのままプールへ。真央ちゃんの滑ったリンクで泳ぐ日はまずは6月に到来する。そのころにはリンクの氷は溶けて水が張られているはずだ。年間を通してプールが開業していればいいのにと思うが、夏場しか泳ぐ人は来ない。現に健康ハイランドのプールでさえ、ちらりほらりの花ーーーびら、である。コースを独占して一人泳ぐ。ターンをして水の中を潜り抜け、キックを2度打ちガバっと頭を出し大きく呼吸する。いいものである。ときどき魚の気分になる。マグロは口から水を飲んで酸素を取り入れているらしい。それだけにずっと泳いでいなければ呼吸が止まって死んじゃうのだそうな。眠るときも泳いでいるのか。考えれば考えるほど実にくたびれる話である。

珍しく金Dさんが入ってくる。しばらく泳ぐのは止めて筋トレだけに専念すると言っていた金Dさんがどうしたのか、泳ぐための筋肉は別にあるみたいで少しでも泳いでないと腕が上がってこない。と金Dさん。そうですねえ、と答えたが今さらに。もうアタシらとしなんだから、タイムレースは放棄したらどうですかとも言えない。遮二無二タイムめがけて突っ走るイノシシもいるのである。無事これ名馬 アタクシはこのまま姿勢は変えない。故障しないこと。それでなくとも油断して転倒したりしてるのだから。腕を上げると電撃のような痛みが走り抜ける。右の肩である。いつからか覚えがないが治らない。それでも水の中では肩が動く。人体どこぞか苦悩を抱えて呼吸しているようだ。あまりに眠くて川べりウォーキングのあと横になったら寝ていた。あまりに眠くてウォーキングの帰りずぶずぶと畑に入ってしまっていた。眠っていたのである。川べりだと片側はのり面であるぞ。転げ落ちてる。眠りながら歩かないように。

厨房メモ 鶏肉ももと長いも厚揚げ人参の煮付け 

鶏肉もも 長いも 厚揚げ 人参 市販のだし 砂糖 香り付けに醤油 

すべては食べやすサイズにカット 圧力鍋使用 調味料も適当に入れる おおむね適当でよろしい いい加減のようだがまさか市販のだしを一本いれることもあるまい すべて慣用が肝 圧がかかったら7分火を細く 止めて自然放置

1月5日金曜日

うず高く正月のだし積まれたり

人体の構造をバラバラにして構築してみる。バラバラにした人体は構築できないことを想像している。母親は、娘が息子によって切り刻んだであろう包丁で白菜を切って父親と雑煮を食ったのだろうか。

突如、あやちゃーん、あやちゃーん スーパーのレズである、レズじゃないレジである。一つ飛ばした向こうのレジの子に声をかけているのだが、お腹が空いてるのか大声出す習慣がないのか、生来声帯がか細いのか、 あやちゃんーーに、声が届かない。アタシャその場で立ち往生である。あやちやーーん、はまだ続く。あやちゃーーんはこっちに気がつかない。

昔、花園神社の酉の市で はなちゃんやーーーい、とおどろおどろしい見世物があった。大きな板に赤いペンキが塗られていて 大イタチであーる。と言っても不思議ではなかったいい時代である。はなちゃんやーーーいのはなちゃんはろくろっ首のはずだったが、箱に被せた大風呂敷が動いていただけで天幕の外に放り出された。

声の掛け方が新宿花園神社になっている。あそこ? とアタクシは目で追い、はなちゃんに手振りをする。なんとか声をとどかさねばアタシャ立ち往生のままになる。どうしたのよ。レジで手を振り上げて入れれば忙しくも目の淵に届いたようである。はなちゃんではなかった、あやちゃんがこっちに目を向ける。ひとまずアタシの役目は完了した。それからが妙な会話になった。一般の人がここを通るのでアタシは裏へ行ってきますけどいいのかなあ、あやちゃんも何やら答えているが、一般人であろうアタクシには会話の内容が宇宙語になっている。ここに入っちゃいけなかったの? あやちゃんはおっぱいが大きい若いこで、声を掛けたこはおっぱいはちいさいがおきれいな娘さんである。こうしたときアタクシは至極寛大になる。で、これってどうすんのよ? スイマセン、ちょっといいですか、とやっとレジの前にいたアタクシに気づいたようである。カゴを縦に立ててレジをストップさせた。ちょっといいですか? いいも悪いもアタシャ状況が飲み込めない。アタクシとアタクシの買った荷をそのまへ行っちゃったのである。こうしたときもお若いおきれいな娘さんというだけでアタクシは寛大になる。時間が来てレジの交替なんであろう。誰もいなくなったレジの前で仕方がない虚空を見つめてしばしたたずむ。俳句なんかあぶりだしてみる。

レジの前誰もいなくて困ったな 

小学生が詠んだ 

井村屋の芋羊羹が食べたいな とあまり大差ない。な。

しばらくて同じお嬢さんかすっ飛んできてアタクシの荷をひったくるようにしてレジを通していく。無言のままである。結局なんだったの? 何があったの。ションベンか。 お金をお支払いしてレジ袋に サバ 生姜 太いネギ 南瓜 長いも 生揚げ と〜ふ ついでの牛乳 を詰め込む。何だったの? おっぱいの小さなおきれいなお嬢さんは黙々と仕事を継続している。キツネに化かされるとは、かようなことであるか。油揚げも買っていたのだった。

厨房メモ 簡単ハヤシライス 

適当なハヤシライスのルウ市販のもの 牛肉薄切り タマネギ 人参 菜花 ごはん 圧力鍋 

中華なべでタマネギを炒める 色が付いたらお肉を投入、色が変わったら火を止め、圧力鍋に ここへすかさずカットした人参を参入 蓋をして圧を掛ける 適当 圧がかかったら火を止め自然放置 水を足してルウを入れぐるりと溶けるまで火を入れる。彩りに菜花を茹でてアレンジする。かんざしのように。こうしたことは料理に大事。

ごめん。4日を削除してしまった。ひとまず復元。

1月4日木曜日

鳶のまた今日は大きく冬うらら

切り刻むと、

片腕で3つ。片足で3つ、胴体は? 人体の節を数えている。今日の歯医者宅の事件である。

怨念は恐ろしいが一般的な世情は動いてないようである。刹那的な道路状況である。国道と交わる交差点を直進する。アタクシの前にも後ろにも車がない。国道の信号が変わる前に直進する。そのままどんどん直進する。信号は青のままである。たぶんこうした連結で信号は設定されている。郵便局は動いている。人はカランとしている。不快な外国人がいない。不快な外国人がいないだけで郵便局はすっきりしている。おおきな荷物を送りに来ている外国人がいない。郵便ポストの口があまりにも小さいのが田舎の現実である。多少都会で暮らしていた。郵便ポストを探すということはなかった。A4サイズの郵便物を投函するのに迷うこともなかった。あまりにも田舎の郵便ポストの口は小さい。田舎サイズである。風景は広いのに。もっともっと風景が広くなるにしたがって郵便ポストは探すのに難儀する。もっともっと風景が広くなっていくにしたがって郵便ポストはなくなってくる。

コンビニの郵便ポストは信頼できない。コンビニの郵便ポストは信頼できない。コンビニの郵便ポストは信頼できない。ウォーキングを兼ねてポストまで郵便物を差し出しに行く。年賀状の整理をする。今日届いた年賀状は来年出さない。来年元旦に届いたところで出さない。出さない方がいいような気がする。コンビニの郵便ポストは信頼できない。ハツミさんと出あう。スーパーで40歳は越えたであろう16歳のハツミさんをちょっと思い浮かべているハツミさんと出あう。明日のお弁当の準備らしい。ねえ、マスター、離婚したんだよねー、だからどうしたのよ。2回か3回か覚えがないよ。アタシは1回だもんね。回数の問題ではないと思うがハツミさんに出あう。アタクシは梅干し片手である。フィギアを見る。エアロを抱いて滑走する浅田選手の真っ白なパンツを見る。

妹を切り刻んだ弟は今夜眠れるだろうか。

厨房メモ にうめん そーめん 

ネギ ヒガシマルのつゆ 

そーめんをゆでる 8倍に伸ばしたヒガシマルのつゆの素であったかいそーめんをつくる。すすっと吸う。具はあまり必要でない。海苔の一片でも浮かべるだけでいい。個人的にはすき焼きを食した正月明けであります。

1月3日水曜日

破魔矢手に少年は駆け下りていき

ちょっと迷っていたが、そうだ7日の日曜日は凧下大会に行く予定があったのだった。しかしまあ、なんて人気なのこんなしんどい山登りが。団欒が数を成して登っている。3歳くらいのおんなのこなんてふくれっつらしている。そりゃ親が連れてきたのだから仕方がないだろうがテレビの前で遊んでいたいだろうに。あいかわらずチンチロチンチロやかましい鈴であるが、今日はヒトも賑やかしい。カノンさんカノンさんと我慢する。鈴くらいでいちいちハラが立っていてはこのさき健康に生きていけない。大型犬を連れて登ってくるヒトもいたが無視する。妙に快活に足が運ぶ。快活に登って快活に下りてくる。

2007年の三が日は無事終える。本宮山も例年なら年末に掛けて降雪があるはずなのにカランとしている。あたたかい正月が終わる。郵便局へ年賀状を出しに行くついでに100均ショップの入っているビルを覗くとエレベーターが動いて明かりも撞いているのが見える。どうやら正月営業していたような気配である。小さなコーヒーカップが入っているかどうか見に行ってみる。わけあっていくつも要る。排水溝のパイプを洗う3メートルの管なんかも買ってみる。もっと長いもっとましなクリーナーがあるはずだがどこへしまいこんだか。このごろ失せものを探すことにやや、くたびれている。おおかたひょいと出てきたりするものだから探さずほっとく。昨日パソコンの大掃除を終えてほっとしていることもある。お正月は大掃除の日でもあったのだった。

厨房メモ かぶのそぼろ煮 

かぶ 鶏ひき肉 生姜 醤油 砂糖 酒 みりん 水 

かぶは繊維が案外苦になる 厚めに剥く 剥いた皮は捨てずに 繊維に剃って千切りにする 鍋に生姜以下をいれて煮立てる ここへ千切りしたかぶの皮を投入 ひき肉を参入かぶを入れて煮てください。水を加えて煮汁が多めになるので水溶き片栗粉でとろりとさせる。ご飯にかけてもおいしいよ。

蕪の葉 油揚げ 醤油 酒 砂糖 市販のだし 蕪の葉は茹で上げる 絞って短冊にカット 醤油以下で煮る 茹でるのがめんどい人は炒める 炒めてから同じように煮る。無駄がなくおいしいよ。

ホットドッグの具に餃子を詰めている。あまり並んでる人はいなかった。

1月2日火曜日

正月やややひっそりとエレベータ

お正月だから

と、お屠蘇代わりに日本酒を求めに近くのスーパーへ。春鹿 という辛口の奈良酒が気に入っている。もっとも焼酎に馴染んだ口には日本酒はどいつもこいつも甘い。雨が降ってくる。いいでしょう春雨である。夕暮れに急にハラが空いてくる。気がついたら遅い朝飯でお昼を食し忘れていたのだった。安い日本酒なら置いてある。お正月であった。

住宅もひっそりとしている。3時というのに、二日にもこの頃は配達のある郵便もやってきてない。筆まめソフトを使ってオリジナルの名刺を作ったのだがプリントにどうやっても10枚載せられない。たしかできたはずなのに。筆ぐるめの方が簡単だったのにとぼやきつつあれこれ考察しているうちに突如載っかる。なんだ。たぶん忘れる。やり方をマニュアル本に記入しておく。知りたいことが書いてないというのがマニュアル本でもある。と考えてみればオリジナルと言いつつも、同じパターンを選択してそれにはめ込めこめば、えがったのとちゃうやろか。たぶん。ずいぶんと遠回りをしている。タバスコの瓶をテーブルから落としてしまう。底がきれいに円く割れて中身が飛び散る。まあ、災難ではない。財産が増えたかとふき取る。ものは考えようである。

なんか朝から昼から飲んでいる。コンドウさんパターンではないか。安っぽいCDラジカセが音だけ出している。今年はこいつから何とかせねば。パソコンへ移してみる。似たようなものである。似たようなものであるがパソコンの方がお利口さんである。ちゃんと曲名を教えてくれる。余計なお世話でもあるが。パソコンのわずらわしいところである。ほっといてもらいたい。

頂いた年賀状を1枚1枚ゆっくり見る。そうか、柿Hさんは今年定年を迎える年となったのか。校長先生である。思えばあれこれ25年以上の永きに渡るお付き合いになっている。先にアタクシの方がご無礼してしまった。用務員の永Yさんのお嬢さんは中学生になっている。独身時代の永Yさんの方が印象が鮮やかである。

かわらないとしこちゃんの筆跡も見ている。

もう一日しか休みがないと思うとうんざりである。年末のミカンが腐ってきている。新幹線の乗車率も130%を越えているようだ。もう一日、つかの間の休みがかろうじて残された。

厨房メモ たたきごぼうの酢煮 

ごぼう 酢 白胡麻 赤唐辛子 砂糖 塩 市販のだし ごぼうはゆでる そして叩く 叩くのはスリコギ或は包丁の柄など 煮汁を作り叩いたごぼうを入れる 味が染みた頃 酢を参入 最後にすり胡麻 

1月1日(月曜日)

自転車の前後背に子の新松子

じてんしゃのぜんごせにこのしんちぢり

結局深夜の初詣をしたのだった。もの凄い人の波である。人が大河を成している。ゾンビの映画を年末に見た。わーー。ごめんなさい。善男善女である。豊川稲荷は妙な稲荷である。本尊は妙厳寺というお寺。神主はいない。本尊は尼さんで周りは坊さんばかりである。鳥居の下を坊さんが歩いている。だれも困ったといわない。アタクシも子供の頃から慣れている。不自然には思わない。尼さんのマスコットのキツネが商売繁盛の信仰をもたらした らしい。しかし時の流れは止められない。ここも空き店舗が目立つ。

大河を撮っているうち除夜の鐘が鳴りだした。鐘を撞く坊さんを撮る。鐘楼の階段を登りつめて遠慮しがちに坊さんを撮る。撮っている最中思いもよらぬ坊さんから新年の挨拶をされる。去年は山中でアオバト、今年は坊さんである。ちょっと嬉しい。3時過ぎに寝る。さすがに朝が起きれない。目覚ましの あしたがあるーー、あしたがあるーー、あしーたがあーるのさーー、でちょっと目覚める。続いての鳩時計でちょっと目覚めてそのまま寝込む。昼ごろ改めて豊川稲荷へ。ごめんなさいはせがわさん。午前中は起きれなかった。3時間ほどいたのであろうか。砂埃に参る。もうもうたる砂ぼこりである。駅へも出向いてみる。とにかく歩くしかない。歩くうちにはいろはがるたのイヌのように棒に当たることもある。犬も歩けば棒に当たる の絵柄はいつも犬が棒に当たってキャンとないている図柄であった。棒が宝袋という図柄もあるはずである。どうやら関東は災難の戒め。関西は吉兆の印になっていると聞いた。ものは考えよう。いまさらいろはがるたもないか。

不思議なひとから年賀状が届けられていた。ほとんど音信不通になっていたひとである。セラピーなどしていて元気らしい。ちょっと色々思い出す。お尻がふっくらしていたことなど思い出す。ひどく痩せていた時があったことも思い出す。たくさんのいろいろを思い出す。年賀状はいいものである。名曲アルバムをかけている。通販で買い求めたものだ。紅白の騒がしさはあれはあれでよいのではないか。興味はないがお祭りだ。

あらためましてみなさま明けましておめでとうございます。

昶さんも明けましておめでとうございます。クリスチャンであった温子さんも明けましておめでとうございます。くにおさまも明けましておめでとうございます。てつおさまも明けましておめでとうございます。どうぞ命ある限りよろしゅうお付き合いおねがい申し上げます。

厨房メモ 鶏肉手羽のしあわせ煮 鶏肉手羽 ブロッコリー 醤油 みりん 酒 水カップ1くらい 

ブロッコリーは茹でておく今、とてもお安い  鶏肉手羽はポキッと折って醤油以下でさっと煮る 茹でてあるブロッコリーと掛け合わせる。もちろんブロッコリーの茎も捨てずに茹でてね。