音楽的快楽の日々*25

ニセモノのホンモノ



1980年代後半、大学生のころ、ぼくはトム・ウェイツというひとの音楽が好きだった。初期は、なんとなくまがいものっぽいジャズを歌う、しゃがれ声の飲んだくれシンガーというイメージだった。ヤバそうな流れ者が、酔っ払ってノスタルジックな曲を唸る、という趣向だ。このひとの音楽は、芝居っけたっぷりで、物語を感じさせるのだが、聴いているほうには、それが素なんだか演技なんだかよくわからない。

ステージを見たことはないが、やはり演劇的な見せ方をしていたようだ。ぼくが好きな"Frank's Wild Years"もそのまま自演ミュージカルの楽曲らしい。

このひとは、"Stranger than Paradise"や"Night On Earth"で有名なジム・ジャームッシュ監督の映画"Down by Law"にも出演している。すごい存在感だし、茶目っ気のあるいい演技だった。ゴツイしムサイし、怪優系かもしれないが。この映画では、音楽も担当していて、これがまたカッコいい。脱獄モノの映画自体も粋で気が利いており、独特のテンポで見る者を引きつけてくれる。共演のジョン・ルーリーもミュージシャンだが、役者としても十分に魅力的だ。

架空の古きよき時代、実際には存在しないはずの懐かしい場所、そんな世界を旅するような不思議な雰囲気が、トム・ウェイツの魅力だ。どこかで聴いたことがあるような、でも、それがどこだったのか、なんだったのかは思い出せない。引用や模倣は、ニセモノの臭いを漂わせながら、やがて怪しげな物語に流れ込む。体験させられてしまった者にとっては、それはもうホンモノだ。

ピアノ弾き語りがメインのジャズ風味ノスタルジーの世界も捨てがたいが、"Rain Dogs"のギター、木琴、"Franks Wild Years"のアコーディオンで、芝居小屋の怪しさに磨きがかかる。

最近、あの音の感触に思わぬところで再会した。エルヴィス・コステロの2002年のアルバム"When I was cruel"である。これがまた楽しい作品なのだ。リュック・ベッソン制作のTAXIシリーズで流れていたフランス語ラップを思わせるスタイルなど、全体にマグレブ、中近東、フランスのエッセンスを感じる仕上がりなのだが、その無国籍なる夜の旅のバックに、トム・ウェイツ的なギターとアコーディオンが聞こえてくるのである。

もちろん、コステロさんはどこまでもコステロさんだ。「あれ、これなんだっけ?」なんて言ってるうちに、もう次の引っかかりでこっちを惑わせる、あの、ずらされた模倣・引用の奔流、颯爽たるニセモノのホンモノぶりは、まさに痛快である。

(17.feb.04)


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