音楽的快楽の日々* 16

Pさんの話


先月、友人のPさん宅を訪問した。赤ちゃんを見せてもらいに行ったのだ。元気な女の子で、歩けるようになったばかり。実に可愛かった。
Pさんは韓国人で、今は東京の大学院に留学中なのだが、本格的なラテン音楽通で、コリアン・ポップスの作詞家でもあり、プロデュースもこなすスゴイ人だ。村上春樹ファンで、日本語読書量も半端じゃないはずだが、それにしても日本語のペラペラぶりにはいつも感心させられる。
彼に最近制作に係わったYoon Sang のCD「移徒」をいただいたのだが、録音には日本のサルサ・バンドも参加していると言う。国境を越えた企画である。ブラジルっぽくもあり、ヨーロッパっぽくもある、ちょっと寂しげでアンニュイな、優しいヴォーカルが、なんともお洒落なのだが、とにかく音がいい。Pさんは、楽器演奏にしても歌にしても、「うまさ」にこだわる。最終的に「気持のいい音」であることを重視しているのがよくわかる出来映えだった。
残念ながらぼくは韓国・朝鮮語は勉強したことがないので、歌詞カードを見ても、Pさんが書いた歌詞の内容はまったくわからないのだが、聴いていると、どこか知らないヨーロッパ系の言葉のような印象を受けるから不思議だ。
彼の大学での専門はヨーロッパ映画。音楽的にはブラジルを中心にしたラテン音楽をなによりも愛し、長らくスペイン語の勉強を続けている。奥さんも韓国人だけれどパリで映画関係の仕事が長かったひとだ。でもふたりは今東京にいるわけで、ずいぶんインターナショナルである。
日本との接点で言うと、Pさんは坂本龍一も好きだし、80年代のいわゆる「ニュー・ミュージック」ムーヴメントも高く評価しているみたいだから、そのへんのテイストも、音楽人としての彼の現在に影響を与えているはずだ。今は、日本のポップスをインターネットサイトで韓国に紹介したりもしているらしい。
彼は何事にもとりあえず没頭するタイプなので、そういうことのあまりないぼくから見ると、おもしろいし、カッコいい。たとえば、面白い本があったら、寝食を忘れて平気で3日くらい読み続ける男だ。
何年か前のある日、ぼくは大学で彼を見かけた。ヘッドフォンステレオを聴きながら歩いているのだが、目がひどく眠そうだ。挨拶して、ずいぶん疲れてるみたいだけどどうしたんだ、と聞くと、「いやあ、今聞いてるこのCDなんですが、すごくよくて、昨夜聞き始めたらやめられなくなって、それからずっと聞いてたんで眠れなかったんですよ。」などと言う。
彼の音楽への愛は情熱的。ものすごく深いのだ。ぼくの音楽への愛もそれなりに深いはずなんだけど、愛のカタチにもいろいろあるってことかな。(20.Okt.2002)


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