音楽的快楽の日々*11

街が呼んでるぜ!


印象的な歌に町の名前が出てくると、その町のイメージが変わる。あるいはイメージが強化される。学校で習ったとか、映画やテレビで見たとか、新聞や雑誌に載ってたとか、親戚が住んでるとか、旅行した、とか、その町についての情報がたくさんあればともかく、やっぱり、子どもの頃、若い頃は経験不足だから、そうそういろんな場所にリアリティがあるわけもない。

そこへ、地名の出てくる名曲である。イメージに与える影響は大きい。

たとえば、町ではなくて国だけど、ポーランド。

ぼくにとってのポーランドの真ん中は、いまだショパンである。アンジェイ・ワイダも見たし、クシシェトフ・キシェロフスキ(これでいいんだっけ?)にもはまった。『私生活のない女』もいい映画だった。ドイツ経由になるけどギュンター・グラスも読んだ。大学受験では地理と世界史を選んだから歴史と地誌もそれなりに学んだ。映画で見た俳優たちの、ブルー・グレイの透き通る瞳も忘れられないが、やっぱりショパンなのである。ほかのことをなにも知らないころに、「このひと、パリにいたんだけど、ポーランド人なんだ」ということを知ってしまうと、メロディと一緒に頭と心にこびりついてしまうのだ。

子どものころ、ヨコハマと聞くたびに、ヨコハマへ連れて行ってもらうたびに、『ブルーライト・ヨコハマ』が頭のなかを流れたものだ。原由子の初ソロ・アルバム『ミス・ヨコハマダルト』に入っていた『イチョウ並木のセレナーデ』という曲がぼくは好きなのだが、この曲で「渋谷から横浜までずっと音楽ばかり・・・」と歌っているのが頭のなかで鳴り出すと、高校時代毎日通学で乗っていた東横線が突然夢のある乗り物になって、つい横浜まで乗って行きたくなり、ついでに江の島まで行って日が暮れたりしたものだ。

それで、ロンドンと言えば、クラッシュの「ロンドン・コーリング」。だからって、「ロンドン行けば道ゆくひとみんなパンクなんだろう」なんて思ったことはないけれど、少なくとも、「ロンドン」、と聞くと、合言葉みたいに「コーリング」というぐらいの強烈な結びつきはできちゃったかな、と思う。クラッシュというバンドは、歌がうまくて、曲が明るくカッコよく、歌詞が社会的・政治的な強さ鋭さを持っている。ぼく好みのパンクである。名盤「ロンドン・コーリング」の同名の一曲目、せっぱつまってる感じ、これ以上じっとしていられない感じ、その気になりさえすればなにかできちゃいそうな感じがひしひしと伝わってくる。「怒れる若者全体」なんていう嘘っぽい対象を相手にしているわけじゃなくて、「イラついてるけど、自暴自棄になるほどはまだ絶望してない労働者階級の若者」とでも言うべき、ある程度絞られた対象に、政治的に利害関係のはっきりしたメッセージを投げかけていて、それがただの愚痴や罵声じゃなくて、社会の矛盾の核心をついている点、怒りをぶつけるべき敵がかなり明確になっている点がいい。だからある意味できっちりマジメなんだけど、そのせいでノリが悪くなることもないし、カラッとしてて、いかしてる。

よくイギリスは階級社会だと言うけれど、ことの本質を見極めれば、その残酷さと野蛮さは日本だって変わらない。日本では、ほんとうは存在する「違い」が、そして「利害の対立」が隠されているだけだ。「はっきりさせようよ、東京もさ」、と「ロンドン・コーリング」を聴くたびに思うのである。

この曲については、まったく個人的な偶然から来る連想関係がある。昔、青函連絡船というものがあった。つまり、青森と函館を結ぶ連絡船である。トンネルが通じる前はこれしかなかったのだ。あの麗しの演歌歌手石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」にも歌われている、あれだ。80年代の終わり、多分、連絡船最後の夏だった。ぼくは東京からドン行列車で北海道旅行に出発し、あの船に乗った。そのとき丁度ヘッドフォンのなかで、「ロンドン・コーリング」がかかっていたのである。だから、今でもこの曲を聴くと、長旅に疲れ、寝不足の目を血走らせながら、なぜか北海道に殴り込みに行くみたいな気合を入れている自分がよみがえってくるのである。その後、函館在住のSさんの案内で市内を観光し、夜は彼の家でビーチ・ボーイズを聴いた。女の子を誘って、夏にふさわしいBGMを選んで、おしゃれな部屋でクールに軽薄にキメていたわけではない。Sさんはディープなポップス・マニアだ。ぼくらは訳知り顔で薀蓄を傾けつつ、ムサ苦しい男二人ビールを飲みながら、じっと名曲に耳傾けていた。

まあ、ロンドンに話を戻すと、ポール・マッカートニーの「ロンドン・タウン」という曲も、うわー、これぞイギリス、ロック・ポップスの母国!っていう味わいがジワーっとひろがってなかなかいいんですけどね。こっちは湿り気と、やまない雨と、かわいげのある皮肉、驚くような工夫と、いい加減さの同居、あまりにもポール。さすが。

ニュー・ヨークと言えば、ビリー・ジョエル。アルバム"Turnstiles"にはいっている "New York State of Mind"である。

もちろん、ビリー・ジョエルの場合、どの作品も、なんらかのかたちで背景はニュー・ヨークなのだけれど、一曲選ぶとなれば、そのものズバリのこの曲でしょう。味のある、究極の都会、それはやっぱりニュー・ヨークなのかなあ、としびれてしまう。厳しくて、孤独で、でも、そういう無数の名もない者たちが行き交う、意外と人間臭い下町風情、誰もが結構重い自分の人生を背負って、さまざまな事情を抱えて通りすぎてゆく場所。"piano man"も続けて聴きたくなる。

ぼくにとってのニュー・ヨークは、なによりもまずウディ・アレンのニュー・ヨーク、そしてビル・エヴァンスのニュー・ヨークだけど、同時にベルベット・アンダーグラウンドとアンディ・ウォーホルのニュー・ヨークでもあり、スザンヌ・ベガのニュー・ヨークでもある(彼女の一枚目のアルバム"Suzanne Vega"の世界はすばらしいと思う)。そのほかの映画で言うと、"once upon a time in America"でのこの街が印象的だった。わりと最近のところだと、"buena vista social club"で、キューバの老ミュージシャンたちが、カーネギー・ホールでの公演のために訪れて、ニュー・ヨークの街を散歩する短いシーンが新鮮だった。一時期はやってたポール・オースターの小説や、映画になった『スモーク』とかにも、「ああ、ニュー・ヨーク」って憧れを掻き立てるものがあった。

ぼくのなかのシカゴはブルースの町。まず思い浮かぶ曲は、Otis Span の"Nobody knows Chicago like I do"だ。(in : Blues never die) でも正直言って、街としての映像的リアリティは薄い。アクション映画とか、ギャング映画で舞台になってたよなあ、という記憶はあるのだけれど、それ以上のものではなくて。

で、サン・フランシスコって言えば、ドアーズ。映画でもテレビでもよく映ってる坂と海と路面電車、(これだけだと長崎や函館と変わらないけど)ここにジェファーソン・エアプレインとか、ドアーズが重なるわけ。でも、これじゃ1970年代限定って感じだな。映画なら、『フォレスト・ガンプ』を見るとヒット曲もたくさんかかっていて、ちらっと映るサン・フランシスコも、恥ずかしながらぼくの思い描くステレオ・タイプとほぼ一致。

ベルリンなら、ルー・リードがその名も「ベルリン」という、美しくも陰惨なアルバムを出しているし、デヴィド・ボウイの"Heroes"はベルリン録音で、タイトル曲も「壁」をモチーフにしていて、もろにベルリン。そう言えば、ヴィム・ベンダース監督の「ベルリン天使の詩」にも、ルー・リードって出演してなかったけ? この映画で言えば、どっちかって言うと、Nick Cave の印象のほうが強いけれど。(ちなみに、この映画やベンダースやNick Caveは、ぼくのベルリン・イメージとはほとんどなんの関係もない。)それとも、ゴダールの「ドイツ零年」だったっけ。これはちょっと好きな映画。わざわざ渋谷でレイトショーに出かけたかいがあった。でもやっぱり、カラヤン、ベルリン・フィルの街であり、ブレヒトの街みたいな気もする。そのほかドイツだと、キース・ジャレットのケルン・コンサートが有名だから、行ったことのない街だけど、ちょっとだけ関心をそそられる。

最後に、ぼくのお気に入りの土地プラス音楽セット。夏です。カリフォルニアに、ビーチ・ボーイズとイーグルス。Surfer Girl, Surfin' USA, In My Room, Fun,fun,fun, Wendy, California Girls, Take It Easy, Tequila Sunrise, Hotel California, New kid in Town, I can't tell you why, ...なんて具合に聴きながら、渋滞とは無縁のハイウェイを飛ばして、海へ・・・。

ぼくが人生でただ一度体験したカリフォルニアの海は、水が冷たくて、波が高くて、サーフィンやるわけでもないぼくにはちょっと厳しかったけど、あの広々した風景と、アバウトでフレンドリーなひとびと、ちょっと内陸に入れば砂漠っていう環境のもたらす、湿った潮風と砂漠の風の狭間っていう雰囲気が、たまらなかった。

自分自身の青春はボロボロでも、あとになってみると背景に救われることもあるんだなあ、なんて気分にさせてくれるのである。たとえばこの幻想のカリフォルニアは。(9.Juli.02)


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