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初夏 ぼくの机はベランダ向きになっていて、窓の外には、大家さんの庭の大きなカエデの木がある。今時分は、見事に茂った明るい緑の若葉が輝いていて美しい。こういう輝きを見ていると海へ行きたくなる。 高校2年の春、鎌倉へ遠足へ行ったのだが、ふとそのときの情景を思い出した。クラスの同級生たちがバラバラ歩いている。由比ガ浜のそばだ。弁当を食べていると、トンビが急降下してきて誰かの握り飯をさらっていった。友達の顔を思い浮かべると、借りたレコードのことや、録音してもらったテープのことや、ちょっとした音楽の話がよみがえってくる。 初夏。住宅街の坂道の向こうに学校の塀が見えてくる。当時普及したばかりのウォークマンで、ぼくはバッハの無伴奏バイオリンのためのパルティータや、セロニアス・モンクの「ブリリアント・コーナーズ」、デュラン・デュランやワムのデビュー・アルバムを聞きながら歩いている。 学校は嫌いだったけれど、坂道をのぼってゆくとき、次第に校舎が現れてくるのを見るのは好きだった。それは外側だけ、建物だけの幻想の学校だ。ぼくをわくわくさせる古い校舎。でも中で待っている現実はただの学校で、そこでぼくはただ消耗していくばかりだった。 体育の授業で、ラグビーやらサッカーやらやっていると、校舎の傍らに立つオンボロのプレハブから、サックスが聞こえてきた。3年になると空き時間が増えるので、ジャズ研の先輩が練習しているのだ。そんな瞬間だけは、塀の内側にいても、楽しいような気がしたものだ。ジョン・コルトレーンの「ソウルトレイン」もあのころ聞いた。初夏に合う音楽かもしれない。
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