音楽的快楽の日々*4

なにも聴きたくないとき

ぼくは音楽好きだが、ときおり、なにも聴きたくなくなるときがある。そんなときはたいてい、全体的に調子が悪い。もちろん、聴きたくないのではなくて、よい意味で忙しくて、聴くひまもないとか、聞くこと自体忘れていたよ、とかいうこともあって、これなら問題ない。でも、どうも気持が落ち着かない、自分のペースを失っている、このごろ生きててつまらん、というようなとき、音楽を聞く気になれないようだと、ちょっとばかり絶望が深くなる。結局、そういう憂鬱な時期は過ぎ去るのを待つしかない。さすがの音楽も万能ではないのだ。
でも、そこまで落ち込んでいないときは、お気に入りの音楽のおかげですっかり愉快になってしまうこともある。ステレオの前に座って、レコードやCDをひっぱりだして、聴きたい曲を次々にかけていると、子供のような楽な気分になってくる。無駄で贅沢な時間は、生活感覚・存在感覚を日常から逸脱させてくれるものだ。始まりも終わりもない流れが、気がつけばもうすべてを潤しながらすぐそこにあって、ぼくは海の底で夢でも見ているみたいだ。
できることなら、パラレル・ワールドへのジャンプはときどきやったほうがいい。でないと目の前の狭い世界に囚われてしまって、せっかく生きてるのにもったいないから。それとも、これを現実逃避というのだろうか。いやいや、「現実」なんてものはいつもその場しのぎの言い逃れみたいなものなんだから、こいつを疑って、更新しつづけるためにも、遊べる遊びは遊んでおく、逃げられるものなら逃げてみる、というのはやっぱり悪くない。帰ってきたときには「現実」の姿も変わっているというものだ。


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