音楽的快楽の日々*1

ボクシングとシューマン

その夜ダイニングで、ぼくはシューマンの交響曲第四番を聞いていた。
なんとなく飽きてきたので、そのままテレビをつけるとボクシングのタイトルマッチをやっていた。すさまじい打ち合いで、悲しくなるほどに熱い試合だった。ところが、音声を消して、それを眺めていると、試合の映像とシューマンとが妙にロマンチックに響き合い始めるのだ。甘く情熱的な旋律がうねるなかで、パンチが決まり、ロープ際の連打があり、切れて腫れ上がった目蓋にワックスが塗りたくられ、3度目のダウンを喫したチャンピオンがフラフラと立ちあがり、その凄まじい執念に、心なしか怯えたような目をした挑戦者のフックが、アッパーが空を切る。
シューベルトじゃ感傷的すぎるし、メンデルスゾーンは華やかさがあまりにもシャープだ。ブラームスは垢抜けないし、ベートーベンならそれなりにはまるかもしれないけど、ボクシングの不条理な哀しさが行き場を失ってしまい、やや滑稽な取り合わせになるだろう。
となると、やっぱりシューマンか。作曲家同様やっぱり音楽もハンサムなのがいい。おかげで、ボクシングと重ねたときの変態的な絡みが凄みを増すのである。(3.02)


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