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    秦野の歴史から日本の歴史に飛び火してしまった

    日本の歴史

    もくじ

    1. 秦氏と応神天皇
    2. 騎馬民族征服王朝説
    3. 佐伯好郎博士
    4. 空海と景教
    5. 秦氏と猿田彦
    6. 秦氏と藤原氏
    7. 豊の秘密
    8. 太平洋戦争

    秦氏が日本の文化のルーツか?

    秦野の歴史を調べると、日本の歴史になってしまう。 どうも秦氏は政治の表舞台に出ないで経済面や文化面で活躍しているらしく、 目立たないのだが日本の経済や文化のルーツらしいのだ。

    と言うのは、神社と言うのは日本の文化そのものと思っていたが、 何と京都や全国に神社を作ったのは、秦氏らしいのだ。

    秦氏の宗教は、もともと景教と言われているから、 古代イスラエルの風習が日本の神社の風習になっていると言うのだ。

    DNA鑑定によれば人類は皆、アフリカ出身だと言うから、 日本人はアフリカの出口である古代イスラエルから来たと言われても驚くに値しない。

    しかし、歴史教科書で見るように政治面から見ると様々な権力者の栄枯盛衰がある訳だが、 秦野は古代イスラエルから(?)はるばる日本に渡来して以来、 現在に至るまで経済面・文化面で日本を支配し続けているのではないか。

    戦後の首相の名前すら覚えられないのに、歴史教科書で時の政治面での権力者の名前を覚えても あまり意味がないのではないか。

    歴史教科書には出てくる政治面の権力者(=さまざまに変化する)の歴史ではなく、 歴史教科書には出てこない経済面・文化面の権力者(=秦氏)の歴史を追って見たい。

    政治的な権力なしになぜ秦氏が経済面・文化面の権力者になれるかが不思議な点であるが、 それは天皇制の維持と同じ理由によるのではないか。

    つまり、秦氏は陰で(主に文化面で)天皇制の維持に貢献することで、 経済面・文化面の陰の権力者になれているのだと思う。

    秦氏が作った文化は、日本の心の故郷でもあるのである。

    日本人のルーツは古代ユダヤ人か

    朝鮮半島経由と黒潮経由の古代ユダヤ人

    イスラエルの支族のある一族は黒潮に乗って倭国に辿り着き、北九州に都を築いた。

    その王国をヤマトと定めた。魏の国はこの卑弥呼のヤマトの国を、邪馬台国として記録に残した。

    一方大陸から朝鮮半島を経由して倭国に渡来した一族は出雲に都を造った。

    後に両国は争いとなり、出雲はヤマトに国を譲った。

    時が流れ邪馬台国が畿内に移り(神武東遷)大和朝廷となり、 天武天皇の時代に国の記録を残す事になった。

    神武天皇以前を神話の世界とすることにし、 九州の都(邪馬台国)をイスラエルの祖・アブラハム生誕の地・タガマハランの名を取り高天原とした。

    更に出雲の国との戦いも神話とし、出雲の地を神との約束の地・カナンを和訳し、 葦原の国として残した。その後九州から東遷して神武天皇が大和に都を開いた年を、 流浪の旅の始まった年・紀元前660年を当て、皇紀元年として残した。

    伊勢神宮の八咫の鏡

    伊勢神宮の八咫の鏡の裏にあると言われる碑文には、へブル語に大変似た文字が中央に書かれており、 「オール・ヤーウェ」と読める部分がある。

    これは、「光はヤーウェである」の意味だと言う説がある。

    勿論、「神ヤーウェ」と言うのは、イエス・キリストのことだと言う。


    伊勢神宮の八咫の鏡の裏にあると言われる碑文

    以上