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    英文法は、「ゴルフ理論」と同じくらい面白い

    王様と私の英文法

    もくじ

    1. 節と小節
    2. 語彙概念構造
    3. 文法助動詞
    4. 法助動詞
    5. 動詞の分類
    6. 動詞の構文
    7. 時制と相
    8. 前置詞と方位副詞
    9. 節複合
    10. 英文解釈

    王様とは外項であり、私とは内項である

    結論から先に言えば、王様とは外項であり、私とは内項のことである。

    最初は、学校文法に出て来ない外項とか内項なんて言葉は知らなかった。 しかし、本能的に英文法には王様と私と言う二つの視点があると感じていた。

    王様(外項)と私(内項)の理解がなくして英文法の理解は不可能である。 それで、外項とか内項を教えない学校文法なんて無意味どころか有害ではないかと思うようになった。

    そもそも学校英文法は、形式文法だから、文型がどうのこうのと形ばかりを気にしすぎる。

    その文型とは、5文型と呼ばれるものが代表的であるが、 所詮、5文型で収まる筈はないが、かと言ってホーンビー先生の言う53文型のように 多すぎるのも困る。

    そもそも、我々は文型と言う文の形式にばかり囚われ過ぎるのではなかろうか。

    だから、反動で「英文法なんて勉強する必要はない。実践的な英会話を勉強すべし。」と 言うことになる。しかし、駅前留学でどれだけ英語ができるようになったのだろうのか。

    何にも準備をしないで駅前留学するのは、ゴルフのスイング理論を全く知らないで ゴルフの練習を始めるようなもので、手打ちのヘボスイングになるのは当然だ。

    ゴルフの練習と同じでヘボ(下手)を固める勉強(英会話)じゃあ意味がない。 そこで、5文型とは全く無縁の文法(機能文法や動詞意味論が近いようだ)を探すことにした。

    しかし、ゴルフの練習でシングルへの道が遠いのと同じように、 難解な機能文法や動詞意味論への道も遠いようだ・・・。されど行かん。


    ヤビツ峠方面から見た秦野CC(2007年4月29日)

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    参考書を参考にして作った参考書

    学校英文法の参考書は、他の参考書を参考にして作った参考書だ。 判で押したような説明ばかりであり、著者が独自に考えたと言う部分が殆どない。

    どうも学校英文法と言うのは、受験のための道具や手段であり、 趣味でノンビリとお勉強して見ようかと言う代物ではないらしい。

    受験のための問題を出す先生が、これまた他の参考書を参考にして参考書を作る当の本人なのだから、 判で押したような説明は、再生産されるだけで、面白くもなんともない。

    これじゃあ、日本人は皆な学校英文法など嫌いになり、学校英文法とは全く無縁な世界に走るか 英会話の即効性を求めて駅前留学に走る訳だ。

    自動詞の説明が不十分

    学校英文法では、自動詞の踏み込んだ説明が全くない。 自動詞とは目的語をとらない動詞のことだと言う説明くらいしかない。

    しかし、自動詞には「非対格動詞」と「非能格動詞」の二種類があって、 それぞれの主語の意味合いが全く異なるのだ。

    と言うか、「非対格動詞」には学校英文法で言う主語(S)がないのだ。

    「非対格動詞」は、典型的には以下のような「There〜構文」(存在構文)で使用されるが、 明らかに「There」は、意味上の主語(S)ではない。

    学校英文法では、「There」を仮主語と呼んで説明を誤魔化しているが、 意味的には明らかに通常の副詞に過ぎない。

    There was a little guinea-pig.
    There seems to be a problem.
    Has there been a phone call?
    There isn't enough time.
    

    「非対格動詞」は、上記の「There〜構文」の例のように、 「_VO」と言う形式をとる自動詞なのだ。 「There〜構文」とは「There+V+O」と言う形式の構文なのだ。

    つまり、「非対格動詞」は、学校文法における主語(S)が欠けて 目的語(O)が後ろに続く形式で使用される自動詞なのだ。

    学校英文法では、「There+V+O」の「O」のことを真の主語と呼んでいるが、 これは全くの認識の誤りであり、「O」は動詞の後ろにあるのだから目的語なのだ。

    「There〜構文」は、母親が赤ん坊に「あれが何々なのよ」と「O」の存在を教える基本的な文章だが、 学校英文法では、この基本的な文章(存在構文)すら満足に説明できないのだ。 赤ん坊はいい迷惑だ。これじゃあ英語嫌いになる訳だ。

    これからは、学校英文法における主語(S)とか目的語(O)と言う意味の曖昧な用語は止めて、 外項(S)とか内項(O)と呼ぶことにしよう。

    外項(S)は動作主(使役主)であり、内項(O)は、その動作の影響を受ける対象である。

    では、「There〜構文」のおける外項(S)は、どこにあるかと言えば欠落しているのである。

    あえて言えば、「There〜構文」のおける外項(S)は、神であり自然であろう。 外項(S)は、王様なのであるから、憚って言わないのである(欠落している)。

    そうすると、内項(O)とは、神や自然の僕(しもべ)である「私」である。

    「There〜構文」は、目に見えない神や自然(外項)の力によって、 私やもの(内項)が存在していることを示しているのである。 赤ん坊には、このように教えるべきではないか。

    いずれにせよ自動詞と言えども、動作主(外項)が神や自然であったり、 自分自身が自分自身を対象(内項)として、動作するような場合が多いから、 他動詞と較べて本質的な違いはないのである。 つまり、他動詞と自動詞の違いをベースにした学校英文法の五文型は、 本質的な根拠に乏しく意味が殆どないのである。

    むしろ、他動詞と自動詞の違いよりも、自動詞の「非対格動詞」と「非能格動詞」の違いの方が大きい。 「非能格動詞」は他動詞と同じ構造(ただし、動作対象が自分)なのに対し、 「非対格動詞」は動作主(外項)が神や自然(王様)である点が異なるのである。

    しかも「非対格動詞」は、動詞の次に目的語(内項:O)が来る訳だから、 目的語を持つと言う意味では、他動詞と同じなのだ。

    この衝撃の事実を知った貴方は、もう学校英文法にはアホらしくて戻れない。

    that節とto不定詞の説明が不十分

    学校英文法への不満で最も大きなものは、that節とto不定詞についての気の利いた説明(比較)が殆どないことだ。 日本語にはない概念なので、そもそも気付いていないのかも知れない。

    that節は、文型を議論する場合でも、極めて重要な要素だと思うが、 5文型におけるObject(O)の一つだと言う下らない説明が多い。 そもそもObject(O)って何なのか全く定義がないのにバカにしているぜ。

    また、that節をキチンと説明できないと、to不定詞の説明もできないと思うのだが、 that節の説明とto不定詞の気の利いた説明は、学校英文法ではまるで無関心なのだ。

    そもそもthat節というのは、客観的な情報(説明)を示すための独立した節(投影節)であり、 日本語と大いに異なる英語の特徴でもあるのだ。

    しかもthatが省略された場合は、新情報であり、thatが省略されていない場合のthat節は、 旧情報である点などをしっかり教えて欲しいものだ。 そして、第五文型(S+V+O+C)は、to不定詞の場合よりも、もっと主観的な表現であることも・・・

    学校英文法が、それを説明しない(説明できない?)のは、怠慢じゃあないのか。

    英語と日本語の違いをキチンと説明してくれなきゃあ、 いくら英会話でネイティブの発想になろうと言っても無理だわさ。

    おどろおどろしい学校英文法の用語

    学校英文法の用語は、「目的語(オブジェクト)」だの「不定詞」だの「仮定法」だの一般的には訳の分からない用語が好きである。

    また、「過去形」だの「過去分詞」だのと「名は体を表していない」用語が多すぎる。

    まあ、これらの用語は江戸時代の終り頃に作られたらしいから、 これは学校英文法が明治時代から何も進歩していないことを示している。

    江戸時代の「寿司」「天麩羅」「蕎麦」などに代わる料理が明治政府以降に出なかったことから分かるように、 明治政府以降の霞ヶ関のお役所主導の文化レベルが江戸幕府と較べて極端に低かったことを示している一例である。

    明治政府の作った乱暴な政府と軍隊は潰れたが、江戸時代レベルの学校英文法は、 乱暴な霞ヶ関とともに戦犯岸信介や戦犯米内光政のように生き延びた。

    学校英文法は、主語の考察がない

    学校英文法の五文型を見れば分かるように、全ての文は、主語+動詞(S+V)で始まっている、 この主語(S)についての気の利いた説明を聞いたことがない。

    近年の生成文法の成果だと思うのだが、主語になれるのは、外項(行為者)と内項(行為の対象者)の2種類と、 形式主語と呼ばれる「there」「it」などがあり、それぞれ表す意味が大きく異なるのだ。

    学校英文法を習って英語嫌いになる人が多いのは、このような様々な主語の考察をしないで、 無理やりS+Vで始まる例の五文型を覚えさせられるからだろう。

    少なくとも「be動詞」と一般の「do動詞」の場合の主語は、意味が違うように思えるし、 対称的な「be動詞」と「have動詞」の場合の主語も、意味が違うように思えるのだが、 学校英文法は全く知らんぷりなのである。学校英文法は雑としか言いようがない。

    日本人は、文部(科)省が決めたレベルの低い学校英文法で英語がヘボになった。

    ちなみに日本人のゴルフは、ベンホーガンのスイングを否定するレッドベターという 変な外人のためにゴルフがヘボになった。

    生成文法が、学校英文法の欠陥を救うか

    学校英文法の欠陥は、文の形式を重視し過ぎる点にあるが、 日本の英文法学者は文の形式しか興味ないと言う極端な生成文法とやらを勉強しているらしいので、 ますます学校英文法の欠陥は改善されないのだ。

    文の形式しか興味なくて、記号ばかりの無味乾燥な生成文法なんて全く興味はないし、 どう考えても生成文法が学校英文法の欠陥を救うとも思えないので、 文の意味を重視する機能文法に頼るしかない。

    言語学って文学の一つだから、もっと情緒的で意味を重視するのかと思ったら、 工学的で記号的なヘンテコリンな生成文法のような無機質なものを研究しているんだね。

    本ページでは、M.A.K.ハリディ著山口登、筧壽雄訳「機能文法概説」と 西巻尚樹「英語力」(KKベストセラーズ刊)を参照している。

    最近、生成文法でも文(特に動詞)の意味を重視する「動詞意味論」(影山太郎著)なるものを発見した。 影山太郎先生は、漢字の読めない麻生太郎さんと違って、素晴らしい英文法学者であり、 その著書は、ちょっと難解な「機能文法」の理解を大いに助けてくれる。

    が、影山太郎先生の素晴らしい業績は、一向に学校英文法に反映される気配がない。

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    他動詞と自動詞の差とは

    どうも英語の動詞の言うものは、七変化するらしく、 名詞や形容詞と同じようなものらしい。

    例えば、過去分詞とか進行分詞などの所謂、動詞の相変化は、 動詞が形容詞に変化したようなものらしい。 当然、動詞は名詞にも変化する(動詞は、元来が名詞だった)。

    だから、動詞が一般に他動詞と自動詞に分けることができると言うものではなく、 ある動詞の意味の違いによって、他動詞になったり自動詞になったりするらしい。

    生成文法では、能格動詞(ergative verb)と言う他動詞になったり 自動詞になったりする動詞(openなど)を定義しているが、 要は動詞の表す意味によって、他動詞になったり自動詞になったりすると言う訳だ。

    そもそも、自動詞なんて存在しなくて、大自然(神)が行為者の場合か、 単に他動詞の目的語である再帰名詞が省略された形が、歴史的な自動詞の使い方の始まりであった。

    生成文法では、行為者のことを外項(x)と呼び、 行為の対象者のことを内項(y)と呼ぶらしいが、 自動詞は、単にxが大自然(神)の場合か、x=yの場合であると言うことだ。

    目的語がなく省略されただけだから、動詞の表す意味によって、コロコロ変る他動詞だの自動詞だのの違いをベースに 学校英文法の五文型は作られているが、こんな不安定な性質を持つ動詞の分類をベースを 文法を作るから訳が分からなくなるのだ。

    動詞の用法は、名詞や形容詞と同様に個々に大きく異なるので、 それぞれを調べながら覚えるしかない。 つまり、「haveは、現在完了形を作る」などと覚えるのではなく、 あくまで「持つ」と言う状態を表す非対格他動詞的意味から用法を覚える方がいいのではないか。

    現在完了形とか仮定法なんて難しい文法用語も、江戸時代の学者が考えたものであり、 そもそも名が体を現していない化石のような用語だから覚える必要はないようだ。

    動詞の意味範囲

    英語の動詞は、何らかの「行為」があり、その結果として自分または他者の「変化」を引き起こし、 自分または他者は、ある「状態」に落ち着くと考えられているらしい。

    他動詞: 使役変化他動詞(壊す、入れる)
     
    働きかけ動詞(押す) 所動的他動詞(ある、見える、聞こえる)
       
    行為 変化 状態
    (xが行為・活動) (yが変化) (yの状態)
       
    自動詞: 活動動詞(働く) 変化動詞(育つ)
    移動動詞(流れる)
    状態動詞(ある)
    非能格動詞
    (work, talk)
    非対格動詞
    (happen, fade)
    非対格動詞
    (be, remain)
     
    [x=y:脱使役化]能格動詞(beak、freeze)

    上記の表のように他動詞だろうと自動詞だろうと、動詞は、「行為」とその影響による「変化」「状態」のいづれか、 または全部を表すのであって、本質的な違いはないのだ。

    通常の自動詞と言うのは、自分自身が目的語だから省略されるだけであるし、 主語(行為者)を省略したいために、目的語(行為の対象)を主語の位置(先頭)に持ってくる 一種の受動態のような使い方が多いので、そちらの仕組みを学ぶ必要がある。

    学校英文法が得意な完全自(他)動詞だとか不完全自(他)動詞だとか、あまり意味のない用語や分類は、 覚える必要がないと思われる。ありゃあ、江戸時代の英文法ですぜ。

    21世紀の英文法では、自動詞の場合だったら、上図にあるように「自動詞は、非能格動詞(スル動詞)と非対格動詞(ナル動詞)と、 その両方の性質を持った能格動詞の三つに分類できる」と言うことを学ぶ必要があるのじゃ。 当然、江戸時代の英文法にはない話だ。

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    動詞とは何か

    英語における動詞とは、助動詞やtoの次にある言葉だと思えばよい。

    学校英文法では、「英語における動詞は、主語の次に来る言葉である」と言う説明が多いが、 あれは間違いであり、主語の次に来る言葉は助動詞なのだ。

    I (do) bookmarked the page.(助動詞doが省略されている)
    I will google that word.
    

    上記では、助動詞の次に名詞を並べれば、その名詞(bookmark, google)は動詞に変身している。 つまり、英語における動詞の前身は、名詞であった訳だ。

    do/will助動詞が、名詞に対して動詞的な力を与えたのだ。日本語でも「ゴルフ」と言う名詞に 英語のdo助動詞に相当する「する」を付ければ、「ゴルフする」と言う立派な動詞になる。

    つまり、助動詞(特にhave/be/do)は、動詞としては、名詞から派生した一般の動詞よりも遥かに先輩であり、 「動詞の総本山」と呼ぶべきではないだろうか。

    また名詞は、助動詞だけでなく、既存の動詞と一緒にくっ付いて動詞的に使われ、 最後は自分自身が独立した動詞になると言う変遷を辿るらしい。

    I am going to play golf this afternoon.
    I am going to golf this afternoon.
    

    上の二つの文は同じ意味だから、「to play golf」 = 「to golf」と言うことになるが、 ここで、「playは目的語(object)のgolfをとるから他動詞で、golfは自動詞だ」と言った 学校英文法的でバカな議論は意味ないよね。「play golf」で一つの動詞な訳だ。

    これで、学校英文法の目的語(object)なるものの概念が意味ないことが分かる。

    そして、助動詞(通常、do助動詞は省略されているが、疑問文や否定文で顔を出す)の次にあるのが動詞だから、 助動詞は色々な言葉を動詞にするエライ言葉(動詞の親なのだ)であることが分かってくる。

    英語の理解は、「be/have/do助動詞」の3つだ

    学校英語の文型は、「動詞」を中心に分類しているから、 「be助動詞」や「have助動詞」「do助動詞」の意味がよく分らない。

    英会話って、以下の例のように主語と「文法助動詞(be/have/do)」と 「法助動詞(shall,will,canなど)」だけで会話できるのだ。

    学校文法の言う5文型「S+V+・・・」と言う形は、最初の文だけですぜ。

    The duke's given away that teapot, has't he?
    公爵は、あのティーポットをあげてしまった。そうなのね。
    Oh, has he? えー、あげてしまったの?
    Yes, he has. そう、あげちゃったの。
    No, he hasn't! いや、あげちゃいませんよ。
    He hasn't, but he will. あげていないけど、あげるでしょう。
    Will he? あげますかねえ。
    He might. あげますとも。
    

    そこで、英語の文型を「be助動詞型」「have助動詞型」「do助動詞型」「法助動詞型」の4つに 分けたらどうであろうか。いや、文型ではなく4種類の意味付けがあるのだ。

    否定文だって、この助動詞に「not」を付ける訳だし、 疑問文や倒置文だって、この助動詞と主語の位置をさかさまにしたものだ。

    私が思いまするに、「have助動詞」は王様(支配者)が使い、 「be助動詞」は私(被支配者)が使い、 「do助動詞」は、その中間にあり、王様の私の両方が使いますのじゃ。

    これを「王様と私の助動詞論」と名付けたいと思いますのじゃ(勝手にしたら?)。

    しかし、戦後生まれの新しい機能文法の本を読むと、動詞群は「定性(助動詞)+複数の補助動詞+事象(本動詞)」と言う組合せと言う説明だから、 機能文法も英語の文型(機能の分類ではない)が主語(これも異論があるが)の次に「be/have/do助動詞型」または法助動詞から開始することを認めている。

    王様(支配者)が使うhave助動詞

    have助動詞は、生成文法で言うところの「非対格他動詞」に相当する。 「非対格他動詞」は、状態を示す他動詞と言う意味だ。

    英語は、途中経過よりも結果としての状態を知りたがる言語だが、 have助動詞は自動詞系のbe助動詞と並んで「状態を表す他動詞の総本山」なのだ。

    have助動詞は、「A have B」で、A⊃Bであることを示しておりますのじゃ。

    使役の意味のあるhave助動詞も、完了の意味を表すhave助動詞も、 皆な「A⊃B」と言う関係を示している。

    「have助動詞+人間(私)」ならば使役を表し、 「have助動詞+過去分詞」ならば完了や経験を表す訳だ。

    私(被支配者)が使うbe助動詞

    have助動詞は、生成文法で言うところの「非対格自動動詞」に相当する。 「非対格自動詞」は、状態を示す自動詞と言う意味だ。

    英語は、途中経過よりも結果としての状態を知りたがる言語だが、 be助動詞は他動詞系のhave助動詞と並んで「状態を表す自動詞の総本山」なのだ。

    be助動詞は、「A be B」または「A be belong to B」で、A⊂Bであることを示しておりますのじゃ。

    be助動詞は、「=(イコール)」に近い意味だなんて単純に思っていると、 have助動詞との違いが分からなくなる。

    「be助動詞+形容詞/副詞句」ならば王様に支配されている状態を表し、 「be助動詞+過去分詞」ならば受身(使役の逆)を表す訳だ。

    「This is a pen.」なんて文章は、単に「This = a pen」と解釈するよりも、 「This ⊂ a pen」(これは「ペン」と言うモノの一つでござりまする)と、 私(家来)が王様に説明する表現と解釈すべきなのだ。

    「ペン」と言うものが私ではなく王様側にあると意識されており、 この「a pen」 は、他にも一杯あるというような認識もある。

    逆に「I have a pen.」は、私が王様の立場で「a pen」を支配(占有)している訳だ。

    無味乾燥なdo助動詞

    do助動詞は、生成文法で言うところの「非能格他動詞」と「非能格自動詞」に相当する。 「非能格動詞」は、状態ではなく自発的・意思的な行為そのものを示す動詞と言う意味だ。

    英語は、途中経過よりも結果としての状態を知りたがる言語だが、 do助動詞は、状態を表すhave助動詞be助動詞と並んで「結果・状態の原因となる行為を表す他動詞/自動詞の総本山」なのだ。

    do助動詞は、「A do B(名詞)」で、AがBという行為をすることを 示しておりますのじゃ。

    つまり、「AはB(名詞)をする」という名詞(外来語が多い)の動詞化が、 発端だったのでござります。

    日本語でも「ゴルフする」とか「プレーする」とか言いますよねえ。

    そのうち、「Bは名詞である」ということ忘れ去られるようになり(名詞の動詞化)、 「do助動詞」が省略されるようになった。

    しかし、疑問文や否定文になると「do助動詞」が 「オレを忘れるんじゃないゾ」と顔を出すのである。

    現在の学校文法(5文型)は、この「do助動詞」が省略された 名詞が動詞化された一般動詞が最も大事なんだぞと言っている文法だから、 「be/have/do助動詞」の重要性が分らなくなっておりますのじゃ。

    「do助動詞」は、先ほど申しましたように無味乾燥な世界だから、 現在の学校文法が無味乾燥になるのも仕方がないのでござりまする。

    また「do助動詞」は、出たり隠れたりする気まぐれな助動詞だから、 現在の学校文法が例外だらけの文法になるのでござりまする。

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    節と小節

    英語の文は、複数の節で構成されている場合が多いことを示す。

    群と句

    英語の節と同様に、群や句も複数の品詞で構成されている場合が多いことを示す。

    助動詞

    いわゆる助動詞(have/be/do/shall/will/can...)について、議論を行う。

    動詞の種類

    M.A.K.Halliday(ハリディ)と言う人が考案した機能文法と言うものから、 文法助動詞(have/be/do)に対応している動詞の種類を学ぶ。

    副詞

    助動詞的な使われ方をする動詞(get/take/make/think/believe/expect...)は、 前置詞や前置詞から分かれた副詞と結びついて、群動詞(熟語)と呼ばれる使い方をされるが、 英語では最も特徴的な表現である。

    前置詞と方位副詞

    前置詞句(前置詞+名詞)と方位副詞(名詞が欠落した前置詞)は、 have/be助動詞と結びついて、非常に多くの意味(メタファー)を表す。

    英文解釈

    練習場ばかりでなく、たまには試合に出ないと・・・。

    以上