メ ニ ュ ー

思考編

技術編

戦術編

練習編

用語編


2.スポーツの役割


A.少年スポーツが盛んになっている

@「遊び」から「スポーツ」へ

 これまで述べてきたように、近年は子どもたちの遊び時間の減少、遊び方の変化で、子どもの身体活動の時間が少なくなってきています。

 このような子どもたちの状況をよく認識している親は、スポーツクラブやスポーツ教室に参加させることによって、運動や活動の不足を補おうとしています。

 スポーツクラブやスポーツ教室に参加させれば、自分たちよりも専門的な知識や技術を持った指導者が、よく考えられたカリキュラムにのっとって指導してくれるので、自分たちの時間や手をわずらわすことなく子どもは鍛えられ、たくましくなっていくと考えています。

 親の立場からすれば、本来は家庭で、あるいは子どもたちだけで行っていた活動を専門家の手にゆだねる訳ですから安心です。また、そういうクラブや教室は管理やサービスが行き届いていますから、親の仕事は、経費を負担することと、子どもの移動の安全を確保することに限られます。

 

A競技スポーツの隆盛が少年スポーツを刺激している

 少年スポーツが盛んになっているもう一つの理由に、各スポーツでの最高レベルを競い合う大会や競技が組織を整え、非常に盛んになっていることがあげられます。

 特に、1980年代に入ってからは、世界のトップレベルの大会であるオリンピックや世界選手権(ワールドカップ)を、マスメディアがかなり積極的に放映するようになりました。

 そこで演じられるプレーの数々は、私たちを感動させるに十分なものです。こうした世界あるいは日本のトッププレーヤーたちのもたらす感動は、子どもたちばかりでなく大人をも、直接あるいは間接的にスポーツへと向かわせているのではないでしょうか。

我が子もスポーツマンに、という親がふえている要因はこんなところにありそうです。

 

B.子供をスポーツに参加させる大人の期待

@強くたくましい子どもにしたい

 親が子どもをスポーツ教室やスポーツクラブに参加させる理由の第一は、自分の子どもの心と体を強くたくましいものにしたいというものです。これは心情的に理解できますし、子どもをスポーツ教室やクラブに参加させる親の動機を調査した研究結果にも表れています。

 自分の子どもがもっと丈夫に育ってほしい、少しぐらいの困難を乗り越えられる精神力を身につけてほしいというのは、子を持つ親の正直な願いです。

 強さ、たくましさ、健全さなど、スポーツの持つよい面を子どもは身につけてくれるだろう。親はスポーツにそれを期待しているのです。

 

A友だちを作り、道徳心を育てたい

 第二の理由は、スポーツ教室やクラブに通うことによって友だちを得ること、そして集団の中に入ることによって、ルールやマナーなど子どもの道徳心を育てたいということです。

 スポーツという人間の活動欲求を満たす活動を通じて友だちを作り、そうした友だちや指導者との人間関係から、社会生活に必要なルールやマナーを身につけていくことを期待しています。

「スポーツの友は生涯の友」「スポーツマンは礼儀正しい」などという言葉に親の期待を感じることができます。

 一言でいえば、親は「社会性」を身につけさせたいのです。

 

B親の動機と子どもの動機は違う

 親が子どもをスポーツ教室に参加させる主な理由は上記の通りです。 しかし、子どものスポーツ指導に携わる人は、子どもは親の動機を持ってスポーツをするのではない、ということをしっかりと把握しておかなければなりません。

 子どもは、「おもしろそうだから」、「かっこいいから」、「やってみたいから」などの単純な理由でスポーツをやるのです。特に、サッカーや野球などのスポーツでは、マスメディアやマスコミを通じて自分たちが目にするスターたちに対するあこがれ、自分もああなりたいという願望でスポーツに熱中します。「親にすすめられたから」というのは、柔道や剣道に比べると非常に少ないのです。

 このような子どもの動機をしっかりと理解して子どもに接しないと、大人の価値感や大人の文化の押しつけという問題が生じてきます。

 

C.少年スポーツの問題点

@親の期待通りの効果が得られるだろうか

 親は一般のスポーツマンに対する好ましいイメージ、つまり、身体的な強さ、精神的な粘り強さ、明るさや礼儀正しさなどを「スポーツ」に期待します。

 しかし、単に子どもを「スポーツ」にかかわらせただけで、親の期待通りの効果が得られるのかを考えてみる必要があります。なぜなら、スポーツは「両刃の剣」という言葉があるように、反社会的、反道徳的傾向を生むことがあるからです。

 例を上げれば大人の世界では、薬物使用いわゆる「ドーピング」が問題になっています。勝つためには手段を選ばず、そんな傾向が出ています。これは少年スポーツには当てはまらない問題ですが、少年スポーツには「やりすぎ」によるスポーツ障害が顕在化しています。

 また、少年スポーツでは次のような問題を考えておく必要があります。

(1)「根気」がスポーツの場のみで発揮される

 親はスポーツで頑張る子どもの姿を見て、よく頑張れるようになった、根気強くなったと思います。そして、それが他の生活場面たとえば学習場面でも発揮されるだろうと思いがちです。

 ところが、子どもの心理にはスポーツは好きだが勉強はきらいだ、サッカーは好きだが水泳はきらいだというものがあります。つまり頑張ろうという気持ち(動機づけ)は、一般化する場合もあるし、特殊な場面に限定されることもあるのです。

 スポーツをやっているときは本当によく頑張るし、行動もきびきびしているのに、家の中では何もしようとしない子どもがいて親を嘆かせますが、子どもは自分の好きなこと、楽しいこと、子どもなりに価値を見出していることに対してだけ「根気強い」ということも理解しておかなければなりません。

(2)「礼儀」がスポーツの場以外で生かされない

 「礼儀正しい子」、「あいさつのできる子」に育てたい。親は「クラブ」や「教室」にこんな期待します。

 しかし、スポーツの場を離れるとろくにあいさつもしない子、グランドの石やゴミは一生懸命拾うけれどもそれ以外の場で平気でゴミを捨てる子がいます。これも、スポーツの場での指導が一般化していない例です。

 スポーツの場では、「お願いします」「ありがとうございました」とみんなそろって元気に言う子どもは、それを単なる「儀式」として行っている場合があります。

 自然に、「ありがとうございます。」「こんにちは。」「さようなら。」と言える子どもは、スポーツに参加させただけでは育たないのです。

 

A大人が組織するために生まれる弊害

 少年スポーツの活動というのは、子どもたちだけでは成り立っていきません。大人が組織・管理しなければやっていけない状況にあります。

 計画的、継続的、組職的にやることのメリットは当然ありますが、同時に大人が「管理」するための弊害が生まれていることも事実です。

(1)大人が喜ぶから頑張る子ども

 将来はあんな選手になりたい、自分はあのチームの選手になるぞ、そういう思いで子どもがスポーツに熱中するのは実に自然な姿です。やる気の源が自分自身の中にあります。これを心理学では内発的動機づけと呼んでいます。

 ところが、子どもの心の中にあまりやりたくはないけれど、親が見ているから、親が喜ぶから頑張ろうという心理が芽生えることがあります。

 スポーツでいい成績をとるかどうかで、大人の評価や社会の評価が違ってくることを子どもたちは知っているのです。これは、やる気を起こさせる源が自分の外にあるので外発的動機づけと呼ばれています。

 外発的動機づけをうまく刺激して、子どもたち自身の心の中の内発的動機を引き出すことができればいちばんいいのですが、時として外発的動機だけで子どもたちが活動を続ける場合があります。

 この場合の問題点は、外からの刺激がないと子どもはやる気をなくしてしまうということです。親が見ていなかったり、大人が干渉しないとどうも熱中しない。そんな子どもが育っていきます。子どもの心の中の欲求を引き出すようにしないといけません。

(2)大人に言われたことしかやらない子ども

 スポーツの場面での大人の「管理」のしすぎは、子どもの自主や自律の妨げになる場合があります。

 親がそろえてくれたおそろいのユニフォームを着て、指導者が言うとおりに動いていれば「何かをやった」という気分になります。笛の合図で、指導者の指示に従っていれば非常に居ごこちがいい。子どもがスポーツする環境をすべて親が作り出し、指導者もマニュアルどおり、理論どおりに子どもを動かしていれば、子どもは大人の干渉を受けることに慣れきってしまい、そこに「ここち良さ」を見つけてしまいます。

 大人が子どもを管理し、厳しい訓練に耐えさせようという背景には、そういう管理や訓練の厳しさに耐えて初めて強くたくましい心や体を築くことができる、という考え方があります。大人が示したある基準や枠組みを通過しなければ、子どもは強くならないという修業的発想です。

 子どもの自由な発想や自立心を育てるには、大人の「管理」や「干渉」のタイミングとそのやり万に気を使わなければなりません。

 

D.少年スポーツに何が求められているか

@スポーツを行うメリット

 前節まで少年スポーツにおける大人と子どもの関係、そしてそこから派生してくる少年スポーツの問題点について述べました。しかし、当然のことながらスポーツは人間に様々な利益をもたらしてくれます。

(1)様々な欲求を充足してくれる

 人間には様々な基本的欲求があります。本質的にスポーツはそれらの欲求を何らかの形で満たしてくれます。たとえば、人間には活動欲求があります。スポーツを適度に行うことによってその欲求は満たされます。活動欲求の旺盛な子どもたちにとっては、スポーツはこの上ない欲求のはけ口となります。

 また、人間の本能といってもよい欲求に、集団を作る欲求があります。スポーツの場はある意味では社交の場です。スポーツを通じた人間関係ができ上がることによって、集団をつくりたいという欲求が満たされます。1人選びの増えた子どもにとって、スポーツの集団の一員になることは実に意義のあることです。

 人間には自分の存在あるいは才能を他人に認めてもらいたいという欲求もあります。これは承認の欲求と呼ばれますが、スポーツの場で子どもが夢中になってやったこと(内発的に)を指導者や親に評価してもらえば、子どもは非常に安定した自己イメージを築いていくでしょう。

(2)体力の向上、基本的な運動技能の獲得に役立つ

 これは改めて言うまでもないことですが、子どもの発育・発達を考慮したスポーツヘの取り組みは、子どもの運動能力や、将来に渡って長くスポーツとつき合うための運動技能を高めてくれます。

(3)決断力や判断力を養なえる

 スポーツの場での頭の使い方と、算数や国語を勉強しているときの頭の使い方を比較してみると、両者には少し違いがみられます。

 まず、勉強の場での頭の使い方をみると、たいていの場合はある決まった答え(関係やルール)を捜していくというものです。すでに決まっている答え(少なくとも出題した人はわかっている)を当てるのです。そこには判断とか決断という要素は含みません。ここではいかに記憶するかが大事です。

 ところが、サッカ−のようなスポーツの場面では、競争相手に勝ったり、いい記録を出すために、自らが様々な要因を分析、判断し、どのような行動をとるかを決断しなければなりません。ここが勉強の場面の頭の使い方との決定的な違いです。スポーツマンには、決断力や行動力があるといわれる要因はこんな所にあるのかもしれません。

 

Aスポーツから最大限のメリットを得るために

(1)スポーツからメリットを得るにはどのような指導をしているかにこだわるべき

 これまで述べてきたことをまとめれば、単に子どもをスポーツ教室やクラブに入れれば子どもがスポーツの持っているよさを吸収するだろうというのは、少し短絡的すぎるということです。

 スポーツから最大限のメリットを得たい、あるいは子どもにメリットを与えたいと思うならば、指導の中身にこだわるべきです。

(2)少年期の指導者が考慮すべきこと

 少年期の指導者が子どもたちのよさを引き出すためには、上図に示してあるような点を考慮すべきです。

@子どもの実態を把握する…まず子どもたちがどのような存在なのかをしっかりと認識しなくてはなりません。少年期の子どもを一口でいえば、様々な可能性を含んではいるが、非常に未完成な存在であるといえます。

A適切なアドバイスを与える…「のどの渇わいていない馬に水を飲ませることはできない。」といわれますが、子どもがやる気のないとき、あるいは聞く気がないときに、いくらいいアドバイスをしてもダメでしょう。子どもがその気になったタイミングを見逃さずに、少しだけヒントを与えるようにします。

B様々な種類の運動を経験させ、楽しさを追求する…前述したように少年期は神経系の発達が盛んな時期です。この時期にいろいろなスポーツを経験させたほうがよいといわれるのは、そうすれば神経系がいろいろな動作に対応できるようになるからです。また、子どもにやらせ過ぎは禁物ですが、子ども自身が夢中になっていつまでもやっているというのは少しも問題がありません。子どもに楽しさを経験させ、自らスポーツに熱中する内発的に動機づけられた子どもを育てることです。

C望ましい自己イメージを育て、自立(自律)を助ける…指導者は子どもたちと日常接していく中で、子どもたちが自分に対して描くイメージ(自己イメージ)を望ましいものにしていく配慮が必要です。自分はダメなんだという否定的な自己イメージを作ってはいけません。思春期を過ぎて自立するための土台を作るのが仕事です。

 

出典 「少年サッカーの指導」著者 加藤 久