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よもやまdansk

〜デンマーク語・デンマークの日常風景に関するホームページ〜

『ナイチンゲール』

〜あらすじ〜

中国のある美しい森にそれはそれは美しい歌声をもった1羽のナイチンゲールが住んでいました.あまりにもその歌声がすばらしかったので,その評判を聞きつけて世界中から多くの人々がナイチンゲールの歌声を聞くために中国へやってきました.

やがて皇帝の耳にもその噂が届き,さっそく家来にそのナイチンゲールを連れてこいという命令をしました.家来はナイチンゲールをようやくのことで見つけ出し,皇帝の御殿で歌ってくれるよう頼みました.
その申し出を聞いたナイチンゲールは「わたくしの歌は,緑の森の中でお聞きくださるのが一番なのですが」と言いましたが,皇帝のお望みと聞いて喜んで一緒についてきてくれました.

さて,皇帝のいる広間に着くとそこには金のとまり木が置いてありました.ナイチンゲールはそこにとまり,それはそれは美しい声で歌い始めました.皇帝の目には涙が浮かび,やがてほほを伝わってこぼれました.その歌声はそれほどまでに皇帝の心に響いたのです.皇帝はお喜びになってごほうびをつかわそうと言いましたが,ナイチンゲールは「陛下の涙が私への何より尊いごほうびです」と言って何も受け取ろうとはしませんでした.
それから,ナイチンゲール自分の鳥かごをもらい,宮中に留まることになりました.毎日散歩に出る許可は出ましたが,その時は必ず12人の召使が一緒で,しかも彼らはナイチンゲールの脚に絹のリボンを結んで歩くのでした.

そんなある日のこと,皇帝のところに大きな包みが届きました.箱の中に入っていたのは,小さな作り物のナイチンゲールで,体中にダイヤモンド,ルビー,サファイヤが散りばめてありました.それだけではなく,ねじを巻くと本物の鳥そっくりに歌をうたいました.「これは見事だ!」と人々は口をそろえて絶賛しました.こうして,人々が作り物のナイチンゲールに夢中になっている合い間に,気付くと本物のナイチンゲールの姿が見えません!

宮中の人々は,「とんだ恩知らずの鳥だ」と口々にナイチンゲールを罵りました.そして,ますます作り物のナイチンゲールをほめたたえるのでした.
そして,次の日曜日にはこの鳥を中国の国民にお披露目することにしました.人々はその歌声に満足しましたが,本物のナイチンゲールの歌声を聞いたことのある貧しい漁師だけは,なんだか物足りなく感じていました.
それから1年経ったある日,突然その作り物の鳥は壊れてしまいました.もう修復することはできないので,1年にたった1度だけしか鳴らすことはできないということでした.

それからさらに5年後,国中は大きな悲しみに包まれていました.国民の愛する皇帝がご病気になりもう長くはないと言われていたからです.皇帝は大きな立派なふとんのなかで,冷たく青ざめておやすみになっていました.皇帝は息をするのもやっとでした.目をあけてみると,なんと胸の上に死神が乗っているではありませんか.
その時突然,窓のすぐそばで美しい歌声が響きました.それはあの生きている小さなナイチンゲールでした.ナイチンゲールは皇帝のご病気のことを聞いて,希望となぐさめを歌うためにはるばる飛んでやってきたのでした.ナイチンゲールが歌をうたうにつれて,皇帝の衰えた体の中に,生き生きと血がめぐり始めました.そして,最後には死神もいなくなりました.
「ありがとう,ありがとう!」と皇帝は何か褒美をとらせようと言いましたが,ナイチンゲールは「初めてわたくしの歌をお聞かせした際に皇帝が流した涙こそがなにより尊い宝物です」と言って,さらに美しい声で歌いました.
そして,これからは皇帝の御殿に住むことはできないが,自分の好きな時にきて,皇帝の幸せな人々のことや,悩み苦しんでいる人のことを歌って聞かせましょう,と言って飛びたっていきました.

〜解説〜

この『ナイチンゲール』(1843年刊行)はとくに解釈する必要もないかと思いましたが,アジアが舞台となっているという点で,アンデルセン童話の中でも珍しい作品であり,かつユーモアのセンス溢れたユニークな作品でもあることからみなさんに紹介することにしました.

この作品は,「スウェーデンのナイチンゲール」と呼ばれた歌姫,イェニイ・リンドにアンデルセンが捧げた作品であるということが周知の事実となっています.彼女に捧げられた童話はこの『ナイチンゲール』だけではなく,あの有名な『みにくいあひるの子』や『天使』などといった作品もあります.
1843年,このときまだ23歳のリンドは,コペンハーゲン王立劇場の舞台でその美しい歌声を披露し,嵐のような拍手喝采でデンマーク国民に受け入れられました.そのとき以来,アンデルセンは熱烈に彼女に恋するようになるのです.
リンドの写真や絵は現在日本に出版されている多くの本でも確認することができますが,アンデルセンやデンマーク国民の心をたちまち掴んだのも納得がいくような,とても美しく魅力的な女性です.

では,この歌姫イェニイ・リンドがこの童話の主人公ともいえる鳥,ナイチンゲールのモデルとなっているのでしょうか.
いいえ,私はナイチンゲールを投影しているのはアンデルセン自身であると思います.

それはアンデルセンの自伝のひとつ『伝記』"Levnedsbogen"の中に,アンデルセンの幼少時代,彼がいかに美しい歌声を持っていたか,そしてそれが人々の間で評判になり,彼らから,「フュン島の小さなナイチンゲール」という呼び名をつけられたということが明記されていることからも推測できます.

さて,この童話にはふたつの相反するものが常に対比されて描かれています.ひとつは「自然」VS「皇帝の宮殿」で,もうひとつは「ナイチンゲール」VS「作り物のナイチンゲール」です.
これはどちらも「人工的なもの(作り物)」と「自然」とを対比させていると考えてよいでしょう.そのため,皇帝の宮殿はあまりにも不自然に描写されています.
ここで宮殿やその庭について書かれたくだりを引用します.

皇帝の宮殿は世界一立派で,どこからどこまできれいな磁器でつくられており,とても高価なものでした.けれども大変壊れやすくて,うっかり触ることもできないので人々は気をつけていなければなりませんでした.(…)本当に皇帝のお庭にあるものは何一つとして,巧みな工夫をこらしてないものはありませんでした.

こんな宮殿は現実には存在しませんが,まるで宮殿中が作り物のような印象を受けます.
そしてその宮殿の庭をどこまでも歩いていくと,やがてナイチンゲールの住む美しい森にでます.そこでは自然とともに生きている貧しい人々,例えば漁師や百姓などが登場します.
つまり,この『ナイチンゲール』の物語の中には,宮殿とそれを取り巻く自然,このふたつの相反する世界しか存在しないのです.

またナイチンゲールも2羽登場しますが,1羽は自然の中で生きる本物の鳥,もう1羽は作り物の鳥です.
ここでも「自然」VS「作り物」の図式が見られます.
この図式がこの童話の根底につねに存在しているわけです.

アンデルセン童話の中ではこのように王室や宮殿が物語の中心的世界として描かれることが多々あります.それはそういった王室や宮殿がアンデルセンにとっても生活の中心であったからです.彼は様々な国を旅する際,各国の王室に立ち寄ることはもちろん,晩年にはある宮中の一部に自由に出入りすることを許されていました.

この物語の最後に本物のナイチンゲールは,死の間際にあった皇帝を救い,宮殿(権力)の中ではなくて,自然や自然と共に生きる民衆の中で生きていきたいと望みます.そして時としてやってきて,そういった人々のことを歌って聞かせることを約束するのです.
ここで,このナイチンゲールとアンデルセンの共通点が見えてきます.
歌という表現方法を持ったナイチンゲール,一方,詩(童話)という表現方法を持ったアンデルセン,どちらも王室に自由に出入りすることができ,自然(またそこに属する一般市民)と人工的なもの(権力のあるもの)を結ぶ役目を担っていると考えることができます.
この『ナイチンゲール』のなかでは皇帝は絶対的独裁者ですから,宮中の人々は皇帝と同じ考え方しかできませんが,ナイチンゲールだけは皇帝に"Du"と呼びかけることができるのです.
(デンマーク語には「あなた」という単語に"Du"と敬称の"De"があり,アンデルセンの時代には目上の人や身分の高い人に対しては"De"を使わなければならなかったのです.)

この作品の中ではもちろん「自然」に焦点が当てられていて,「自然」こそが死やその恐れから我々を救ってくれるものだということが強調されています.けれどもアンデルセンは王室や人工的なものや作り物を完全に否定していたのではありません.
「自然」と「人間の創造物」がうまく調和していくこと,そして自分自身が芸術という才能をもってして,その架け橋となることをアンデルセンは望んでいたのではないでしょうか.

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