兵法
笹部主膳の家は代々鍋島藩御書物役であった。父も祖父も一生を佐賀城内の書庫で書物の保管と書類の整理に追われて過ごした。出世には縁のない武士であった。禄は三十石ばかりであったが、そこそこの屋敷を与えられ、一家が内職もせずに充分やっていけた。祖父も父も母もそのような生活に満足していた。
主膳も幼い時は、そのような暮らしの中で自然と書物ばかり読んでいるような子であった。たまに、近所の屋敷の子らと遊ぶことはあったが、相撲をしても、駆けっこをしても、何をしてもいつも、負けてばかりいた。
やがて、武士の子が学問と剣術を習いはじめる年頃になると、主膳も近くの私塾と道場に通い始めた。私塾での主膳は、周りの者が予想したとおり、初めから優秀な成績であった。道場での主膳は、周りの者も、そして主膳自身が一番驚いたのだが、同輩の者と比べて、思っていたほど弱くなかった。今まで負けてばかりいた他の子供たちと、対等にできるということが、稽古の励みとなり、学問よりも力を入れるようになった。決して強くはなかったが、その剣の形がすばらしく、素直であった。
やがて数年経ち、その剣の中に冴えが出始めた。そこからの上達は早かった。主膳も剣術が、おもしろくておもしろくて仕方がなっかった。そんな主膳を父は御書物役の子らしからぬ振る舞いと苦々しく思っていた。
十八の年、ついに佐賀城下の道場対抗の試合に道場代表として出ることになった。弱冠十八での出場。敗れはしたものの、人々の注目を集めずにはいなかった。鍋島藩剣術指南山崎信方の目にとまったのも当然のことであった。数ヶ月後、藩費をもって江戸の無現一刀流の道場に剣術修行に出ることを許された。
江戸での四年間は瞬く間に過ぎた。剣術はめきめき上達した。剣術はおもしろくて仕方なかった。江戸という町が主膳をそうさせたのかもしれなかった。
江戸は広い。主膳以上の剣の使い手はいくらでもいた。しかし、主膳は満足であった。免許皆伝は自分にはすぎる。目録でも充分道場は開ける。それさえもらえれば、江戸の出てきたかいがあったというものだ。いや、そのころの主膳にとってそれすら、いらなかった。毎日剣術ができれば、それで充分だった。やがて、あと一年もすれば目録がもらえるとさえ、うわさされるようになった。主膳は勿論内心そのつもりであった。
そんな時、突然国元から、帰国せよという書状が来た。まさに寝耳に水であった。父が急死したので、急遽帰国して家督を継ぐようにとのことであった。あと一年、もう一年あれば、目録をもらうことが出来るのに。しかし、父が死んだ以上、国に帰らなければならない。自分を推薦してくれた山崎信方の取りなしを期待して、主膳は江戸を去った。
佐賀に帰った主膳は親戚一同からすぐ家督を継いで、御書物役につくように言われた。藩の意向としても、藩費をこれ以上出すわけにはいかないということであった。たよりの山崎信方は指南役を辞していた。ついに主膳は母に懇願され家督を継いだ。
主膳は毎日登城した。しかし、仕事と言えば、蔵書の保管と毎日出される書類の整理であった。江戸の空気を吸い、剣で身をたてようと決意していた若い主膳には耐えられない日々であった。佐賀に帰った当初は、毎日続けていた剣術の稽古も時々休むようになった。本気を出して稽古できる相手が、いなかったこともあるが、それ以上にやる気をなくしていくことがあった。まだ佐賀で一番強くはないが、たとえ、一番になったとしても、それがなんだというのだ。江戸に比べれば、全く強さがちがう。まして、御書物役にとってそれが何になるというのだ。おれはなんのために、こんなに剣術の修行をしてきたのだ。やがて、木刀を持たない日が続くようになった。
失意の内に一年が過ぎた。その日、蔵書の虫干しを命ぜられた主膳は、歴代藩主の蔵書を書庫から出していた。たまたま、鍋島紀伊守元茂の蔵書から一冊の書物が目にとまった。『兵法家伝書』。その兵法という文字に興味をひかれ、虫干しの合間にばらばらと中身を読んでみた。「こっ、これは」と主膳は思わず声をあげそうになった。それは柳生宗矩が書いた、柳生新陰流の秘伝書であった。宗矩が臨終の床にあって、震える手で花押を書き、鍋島元茂に与えたものであった。その夜、城中に残った主膳は、書庫の中で夜が更けるのも忘れ、『兵法家伝書』読み耽った。
次の日、城から戻るとすぐ道場へ行き、稽古した。久しぶりの稽古であった。家に帰って湯に浸かると、体の節々が痛んだ。
それから何年かが過ぎた。佐賀で主膳に敵う者はほとんどいなくなった。佐賀城の重臣たちの間で、笹部主膳の剣の力量を惜しむ声が出始めていた。藩費で四年も江戸で剣術修行をさせたほどの男を、このまま御書物役で終わらせるのは惜しいというのである。この時代、出世が加増はめったにあることではない。そこで、ある功をたてさせ、その上で取り立てることにした。
主膳は隣の黒田藩に使者として赴いた。しかし、主膳はそのような事情を知る由もなかった。
黒田藩での任を終え、城を退出したばかりの笹部主膳は、晴れ晴れとした気分で福岡城下の武家屋敷の間を博多の下町へと向かって歩いていた。昨日までの緊張した心がうそのようであった。今朝の仕事で全て終わった。博多の町を一通り見たら、少し遠いが、太宰府まで回って、夜は博多のどこかの気のおけない旅籠を見つけて、そこでゆっくりして、あすの朝早く発とう思いながら、旅装束のまま歩いていた。
どっかで、気合いをかけて激しく木刀が打ち合う音がした。道場か、黒田藩の剣術とはどの程度のものか見てやろう。そんな気持ちで主膳はその道場を覗いた。
道から少し下がった所に塀があり、その向こうが道場になっていた。道から道場の中が丸見えである。主膳は道にすわって稽古を見ていた。江戸での激しい稽古を見てきているだけに、たいしたものには見えなかった。だれかが主膳を見つけた。
「そこのお人、そこで何をしておられる。」
一人の稽古着姿の若者が叫んだ。
「それがし、他藩の者でござる。あまりに激しい稽古ゆえ、向学のために拝見しておりました。不都合ならば退散いたしまする。」
「いや、それにはおよびませぬ。こちらに来てご覧くだされ。」
主膳はその声に誘われ、道場の中に入った。
「それがしは、肥前鍋島藩士笹部主膳と申しまする。貴藩に公用があって参りましたが、その用も終わり、国に帰ろうとしていたところ、あそこの道より稽古をお見受けし、あまりに凄まじい稽古ゆえ、向学のため拝見いたしておりました。」
鍋島藩と聞いてその若者の目が一瞬かわったのに、不覚ながら笹部主膳は気がつかなかった。
「どうぞ、ごゆるりとご覧下され。」
と、その若者は奥へ入ってしまった。
主膳は、道場の隅に座ると、しばらく稽古を見ていた。
先ほどの若者が、同じく稽古着姿の若者ふたりを連れてもどってきた。
「申し遅れましたが、それがしは筒井兵庫助と申します。この者たちは須崎忠信、伊勢利兵衛と申します。我ら三人ともこの道場で師範代をいたしております。お見受けしたところ、貴殿も相当の使い手と推察つかまつります。ひとつお手合わせを願いたい。如何でござろう。」
「いいえ、それがしはそのような者では……。」
『何を言うか、田舎者が、…』伊勢利兵衛が、聞こえるか聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。すぐに須崎忠信が手で伊勢の胸を押さえるのが見えた。
主膳はむっとするのを、ぐいと押さえて、
「それではすこし稽古させていただきましょう。」
と少しうわずっと声で言った。
初めに出てきた五人を手もなくあしらったのを見て、筒井、須崎、伊勢の三人の顔色が少し変わった。
主膳はしてやったりと思った。
「次はそれがしがお相手いたす。」
と伊勢が立った。
ふたりが蹲踞し立ち上がる瞬間、伊勢は蹲踞の姿勢のまま跳躍して主膳の右腕を激しく打った。主膳も避けたが、避けきれなかった。伊勢の木刀を受けた主膳の木刀が道場の端まで飛んでいった。もしまともに当たっていたら、主膳の腕は折れていたであろう。主膳の頭が上気してくるのがわかった。伊勢は自分の座についていた。
主膳は木刀を拾って、伊勢の方へ行こうとすると、須崎信吾が行く手を遮った。
「次はそれがしが。」
しかし、今度は蹲踞して立ち上がる瞬間、主膳が須崎の右腕を激しく打った。江戸仕込みの腕前である。須崎は主膳の木刀をまともに受け、激痛に道場を転げ回った。
すっと立った筒井兵庫助の目に凄まじい殺気が現れた。その殺気に答えるかのように、主膳の目にも殺気が現れた。これはもう稽古ではない。
礼も蹲踞もなかった。ただ無言で木刀をあわせた。須崎の押し殺したような痛みを堪える声だけが妙に道場に響いた。
筒井は八相に構え直した。しかし、構え終わらない前に、筒井は激しく打ち込んだ。主膳の目は筒井を見据えたまま、腕と体は筒井の木刀と軽くいなした。筒井は連続して打ち込んだ。しかし、主膳はぐっと筒井を見据えたまま、同じように腕と体が別の生き物ののように筒井の木刀をいなしていった。筒井の技が尽きかけた時、主膳の剣が打ち込まれた。と、両者はさっと分かれた。
「しまった!」
先に声を出したのは、主膳であった。主膳が構えを解いて、一歩前に出ようとしたとき、筒井兵庫助はゆっくり膝をついて、その場に倒れた。
道場にいた三十人ばかりは総立ちになった。めらめらと何かが燃え上がった。もうだれにも消すことが出来ない何かが。右手にだらりと木刀を持ち、じっと筒井兵庫助を見つめる主膳を取り囲んだ。しかし、誰もそれ以上動けなかった。
「何だ、この騒ぎは。」
主膳を囲んでいた門弟たちの後で、一括大声がした。
門弟たちはさっと両側に分かれ、道をあけた。その中を、中年の恰幅のいい頭を総髪にした男が入ってきた。道場の隅で苦しんでいる須崎と倒れたままになっている筒井を見、そして、ただ呆然と立ちつくしている主膳を見た。
「誰が他流試合を許した。」
「拙者、当道場の主、鳥居弥三郎でござる。門弟どもが大変失礼なことをいたしました。」
すぐに通された鳥居の居間で、鳥居は深々と頭をさげた。
「いいえ、そんなことを鳥居先生にされては困ります。それがしは、肥前鍋島藩士笹部主膳と申します。藩の公用で参った者です。とんだことをしでかしてしまったのは、それがしのほうです。怪我人の方は大丈夫でしょうか。」
それだけ言うと、主膳も落ち着いた。
「藩のお客人でありましたか。」鳥居の顔が少し曇った。「しかし、あなたはお強い。佐賀にこれほどの人がいたとは、知りませんでした。」
主膳は尋ねられるままに、今までの自分の剣術の略歴を話した。
「道理で。しかし、強くなるばかりが剣術ではありませんぞ…。」
そう言うと、鳥居は暫く目を閉じた。と、突然、
「平助!平助はおらぬか。」
「はい、旦那様。」
五十がらみの下男が敷居に手をついた。
「何をしておる。早くお客人にお膳をお出ししろ。」
そう平助に命じると、すっと立って部屋を出て行こうとした。しかし、敷居の所までくると鳥居は主膳に小声で言った。
「よいか、笹部殿、拙者が平助以外の者から、何を言われてもこの部屋から出てはなりませんぞ。」鳥居の目がきらりと光ったが、すぐに顔全体に笑みを浮かべ、大声で、「では、笹部殿、ごゆるりとなれませい。」と言いながら出ていった。
廊下ではすぐ門弟たちが鳥居にどこからか駆け寄る気配がした。見張られているな。主膳はすぐにそう思った。無理もあるまい。これからどうするべきか、とんと主膳には見当がつかなかった。
平助が膳をもって入ってきた。
「腹のたしになる物だけ速く召し上がってください。」
主膳がきょとんとしていると、平助は横のふすまを開けた。そこには主膳の大小と荷物があった。
「召し上がったらすぐこの道場を出てください。ここからでは、佐賀に行くより、唐津に出た方が安全だ、と旦那様の言いつけでございます。」
「あのふたりの若者の怪我はどうだ。」
「須崎様は腕が完全に折れております。治っても、剣術はもうおできになれないでしょう。筒井様は、……、筒井様はお亡くなりになりました。」
「そっ、それは、……。なんと……。」
「さあ、はやく。一刻も早くここからお逃げなさらないと、あなた様のお命が危ない。さあ、飯だけでも湯漬けにしてかけこんでください。」
「しかし、何故、それがしのような縁もゆかりもないものを。」
「わけは道々お話しいたします。」
ふたりは裏木戸を通って外へ出た。平助に案内されるままに、主膳は一旦佐賀に向かった。しかし、城下を抜けてしばらく行くと、唐津に向かう間道に道をかえた。
平助の話によると、鳥居弥三郎は、もとは九州のある藩の高禄の武士であった。しかし、その藩が改易になったため浪人した。そのころ鳥居はまだ若く、剣の腕もたったので、剣で身をたてようと、武者修行をしながら諸国を浪々した。平助は弥三郎の祖父の代から、鳥居家に仕えていたので、弥三郎に従った。黒田藩に来た時、この藩の家老に認められ、その援助のもと城下で道場を開くことが許された。
だから、鳥居もこのような他流試合のもめごとは何度も経験している。二、三度殺されそうにもなっている。だから、主膳のことがひとごとには思えなかったのである。また、鳥居は黒田藩に恩義はあるが、佐賀藩には恨みはない。佐賀藩ではどうか知らないが、黒田藩では、あの弁財岳の訴訟のことで、未だに遺恨をもっているものがいる。伊勢利兵衛もその一人である。伊勢の家はもとは黒田藩の大身であったが、あの事件の後、落ちぶれしまったのだ。
「ふむ……。」
主膳は自分の世間知らずを恥じた。
「笹部様、今日の試合、貴方様の負けでございますな。」
「なに、わしが負けたと。」
主膳はむっとした。
「はい、てまえの主人、鳥居もよくこういうことがあって、てまえと夜道を逃げます時、よくこう言いました。小の兵法では勝ったが、大の兵法では負けたな、と。」
「大の兵法で負けた……。ううむ……。」
主膳はうなった。
いつしかふたりは、唐津に向かう街道に出ていた。日はとっぷり暮れていた。
「後は一本道でございます。今晩は幸い月もございます。急いで行かれれば、朝には天領との国境に出られるでしょう。遅くとも夕刻には唐津に着けるとぞんじます。では、てまえはこの辺で。」
「誠にかたじけのうござった。鳥居先生と平助にはなんとお礼をいったらよいか。この恩、笹部主膳、一生忘れぬ。」
「もったいないお言葉でございます。それよりも、お願いがございます。笹部様のお刀でこの左肩の辺りを峰打ちしてくださいませんか。」
「ばかな、そんなことできるか。」
「そうしないと、てまえ、道場に帰った時、言い訳ができません。きっと今頃やっきになって貴方様を捜しています。このことが露見したら、主人鳥居弥三郎も立場がございません。お願いでございます。」
「あいわかった。」
と言い終わった時には、主膳の刀は平助の肩を峰打ちし終え、鞘に納まっていた。
夜通し駆け通した主膳は、明け方には国境の近くまで来ていた。早朝野良へ行く百姓に、後一里ほどの次の峠を越えたところが国境だと聞いた時、疲労感が急に主膳を襲った。もうその坂を登る体力も気力もなかった。山合いの少し田が開けたところがあった。道から少し外れた田の真ん中にある大木のほどよい木陰を見つけると、主膳は倒れ込むようにその下で寝入ってしまった。
「いたぞ!」
夢なのか、現実なのか。それから、何人もの人が口々に何かを怒鳴っている声。走り寄る気配。
「しまった。」
主膳は跳ね起きた。十人ほどの侍が主膳を取り囲んでいた。その木の周りはちょっとした草地になっていた。
「笹部主膳、捜したぞ。筒井兵庫助は死んだ。鳥居道場、いや、黒田藩の面目にかけてお主を斬らねばならぬ。いざ、刀を抜け。」
その声を合図に主膳を取り囲んでいた侍たちが一斉に抜刀した。
主膳はそれまで真剣で立ち合ったことがなかった。色々想像してみたりしたのだが、どうもわからなかった。ただ、非常に緊張して何もかもわからなくなるか、恐怖のため身がすくんでしまって体が動かなくなるか、たぶんそのどりらかだろうと思っていた。しかし、この時主膳は奇妙に落ち着いている自分を見出した。自分に非はない。ただ立ち合うのみだ。それで負ければ自分の剣はそれまでだった。その他のことは何も頭に浮かばなかった。 真っ青に済みきった空に、刈り入れのすんだ田が山間に見えた。山は既に紅葉がはじまっていた。こんな日を小春日和というのだろうか。
主膳は取り囲んだ侍たちを見回すと、大木を背にゆっくり刀を抜きながら、一歩前へ出た。侍たちの顔をゆっくりと見た。するとみな、肩で息をしながら、非常に緊張しているのが、見て取れた。知った顔もあった。伊勢だ。その横にはまだ前髪を落としていない少年も刀を抜いていた。伊勢が少年に何か言って、後ろに下がらせようとしている。他の者たちはじりじり間合いを詰めてきた。一番近い侍が大きく息を吸った。
馬が駆けてくる音が聞こえた。主膳も鳥居道場の門弟たちも一瞬気がそがれた。
「その勝負、待った。」
馬上の侍が叫んだ。
「おお、あれは。
誰かが言った。
「ちょっと待て。」
門弟のひとりが言い、間合いをひろげた。やがてその侍は大木のところまで馬を乗り入れてきた。
「その勝負待った。」
もう一度叫ぶと、馬から飛び降りた。
「その勝負、おれが代わる。そのほうたち、文句はないな。」
「はっ。筒井様がそう申されるのなら。」
鳥居道場の門弟たちは刀を納めた。筒井と呼ばれたその侍は真っ直ぐ主膳の方を見て言った。
「拙者、筒井右近と申す。昨日お主に打たれた兵庫助の兄にござる。藩からのお許しはでておらぬが、仇討ちと思いなされい。」
「仇討ち、それは……。」
主膳はそれはおかしいと言いたかった。あれは剣術の試合であったのだ。そういうことで仇討ちはとは。それに、兄が弟の仇討ちというのもおかしい。そう言おうとした時、右近はすでに馬の背に括ってあった一本の棒を取り出し、主膳の前で構えていた。
「拙者、黒田藩杖術師範を務める。よって杖でお相手いたす。いざ。」
と言い終わらないうちに、右近の杖はうなりをたてて、主膳を襲った。
間合いが違う。
主膳が左に体をかわすや、すぐにすねを杖が跳ね上げてきた。一瞬後ろは跳びさがった。それからしばらく、主膳は防戦一方であった。
右近に真っ向から見据えられ、仇討ちと言われた時から主膳の心に乱れが起こった。槍や薙刀など、間合いの違う得物との立ち合いを知らない主膳ではないはずだ。
激しい杖の攻撃であった。ややあって、右近の攻撃が緩んだ。主膳は青眼に構えた。右近は、ちょうど槍が構えるように中段に構えた。ようやく主膳はいつもの剣の心を取り戻しかけた。このままではどうしようもない。主膳は地を蹴って、跳躍したかと思うと杖の合いの中に入った。主膳は勝ったと思った。主膳は槍や薙刀ではこの方法で勝ってきた。しかし、その時、体のどこかに激痛がはしった。右近が握っていた柄と思われていた部分がその瞬間物打ちに変わっていたのだ。息が出来なくなった。鳩尾を突かれたのだ。後はどこをどう打たれたのか、主膳にはわからない。そのまま意識を失っていった。
夜が明けたようだ。小鳥の声が聞こえる。
もう起きる刻限だ。薄目を開ける。おや、ここは自分の部屋ではなさそうだ。また、お城の書庫で眠ってしまったか。だんだん意識がはっきりしてきた。お城の書庫ではない。おれはどこにいるんだ。何をしているんだ。僧侶がひとり枕元に座っている。ここは寺か。その横には侍が座っている。はて誰だ。と、記憶がよみがえってきた。主膳は反射的に飛び起きようとした。が、同時に激痛が体を走った。
「起きてはならぬ。怪我はたいしたことはない。しばらく寝ておれば治る。」
枕元の僧侶が言った。
「気がついたから、もう心配せずともよい。」
今度は侍に言った。
「それでは拙者はこれで。後はよしなにお願いつかまつる。」
侍は一礼すると部屋から出て行った。
「お待ち下され。筒井殿、これはいったい……。」
「よいから、寝ていなされ。」
和尚は起きようとする主膳を止めた。横になった主膳はまた寝入ってしまった。
それから数日後。
紅葉の始まった山々が幾重にも見える縁に座って時をすごすことができるまでに、主膳は回復した。夕日でますます山々が赤くなってきた。二日ほどの間におこった様々なこと、そして今の自分の不可解な状態、まだ夢でも見ているような心地であった。
「ほう、もうそうやって座れるようになられたか。若い方はよいの。ここに運び込まれた時はどうなることかとおもっていたがの。」
いつの間にか庭の木陰から現れたこの寺の和尚が声をかけた。
「これは和尚、たいへんお世話をかけております。ところで、和尚、それがしんはわけがわかりませぬ。それがしは筒井殿の弟を殺した男です。あの時、筒井殿は弟の仇討ちだと言って勝負を挑まれた。そして、私は負けた。当然殺されていたはずです。だのにとどめをささずに、こうして怪我の手当までしてくだされた。いったいこれはどういうことなのですか。」
「つまりだ。」和尚はすこし間をおいた。「筒井殿はあなた様を助けたかったのじゃ。助けるにはああでもしないと、鳥居道場の者どもが納得しないじゃろうが。」
「ううむ。」主膳はことばが出なかった。「しかし、それでは何故それがしを助けよとなされたのか。弟を殺した相手、憎くないはずがないではありませんか。」
「筒井殿は鳥居殿からことの顛末をお聞きなされたのだ。それを聞いた筒井殿は黒田藩の杖術指南を勤めるだけの兵法家と思いなされい。」
「……。」
「笹部殿はいま、兵法家だからこそ仇を討たなければならなかったと思っておいでだろう。どうじゃ。」
「はい、その通りです。」
「はっはっはは。小さい兵法じゃのう。よいか、笹部殿。黒田藩の侍がひとり殺された。相手は憎き佐賀藩の侍。いくら剣術の試合じゃとてこれでは黒田が収まらぬ。そこでその佐賀藩の侍を来たとする。まして相手は藩の公用できていた。今度は佐賀藩が収まらぬであろうが。そんなことが公になれば幕府が黙っているはずがない。そうなってらどうなると思う。まさか取り潰されることはなかろうが、処分を受ける者が両藩から多数でるはずじゃ。そうなれば自分と同じ悲しい思いをするものが多く出る。しかも、それは佐賀藩にとっても、黒田藩にとっても益のないことじゃ。」
「そこまで……。」
「自分の弟を殺されて平気でおれる者があると思うか。笹部殿、武士は何のために剣術をしておるのじゃ。兵法は何のためにあるのじゃ。兵法が人を殺すてためにあると思うなら、それは大間違いじゃ。目先の勝負に勝った負けたと一喜一憂する、それは小さい兵法じゃ。」
主膳は思った、おれは負けた、筒井右近に、小の兵法でも、大の兵法でも。
「和尚、お願いでございます。是非、筒井殿にお会いしとうございます。」
「筒井殿はもう黒田藩にはおらぬ。おられるはずがないではないか。あなた様が気が付かれたのを見届けて、その足で出奔された。」
「なんと。ではそれがしはどうしたら。」
「兵法とは何ぞ。そこじゃの。」
数日が過ぎた。怪我もすっかり癒えた主膳は本堂で三面六臂(三つの顔と六本の腕)の一体の仏像に見入っていた。通りがかった和尚が言った。
「ほう、熱心にご覧になっておいでじゃの。昨日もずっとご覧になっていた。そんなに気にいられたか。」
「はい。なぜか心惹きつけられます。」
「それは阿修羅像じゃ。」
「え、あの興福寺の。」
「知り合いの仏師がの、若い頃修行で奈良にいた頃、興福寺の仏像を見る機会があっての。その中でも、阿修羅像に感動して、毎日見に通ったそうだ。その感動を忘れね内にと、毎晩仕事場の隅で彫り続けたのが、これじゃ。国帰る時、持って帰ってきたのだが、自分の家に置いておくのは恐れ多い、寺で預かってほしいというので、預かっているのじゃ。
もちろん、形はまねても、本物には到底及ばぬと言っておった。特にその表情のやわらかさは、木彫りではどうしても出ないそうだ。本物は漆ででておるからのう。しかし、本物を見ることができぬ、わしらには、これで十分すぎるほど十分じゃ。
阿修羅はお釈迦様をお守りする八部衆の守護神じゃが、その前は、帝釈天と戦う戦闘神であった。正義は初め阿修羅にあった。だが、いつまでも戦い続け、しかも、負け続けたので、妄執の悪となり、そこは修羅場となってしまった。
しかし、この守護神としての阿修羅像は全然違うの。左の顔はがまんするこどもの顔。右は怒りをあらす少年の顔。そして、正面は苦悩する青年の顔というものかの。それにして、守護神にはとてもみえませんな。」
さらに数日後、主膳は和尚をその部屋に訪ねた。
「ほう、もうすっかりよくなられたようじゃな。して、これからどうなさる。」
「これだけのことになってしまい、筒井殿も黒田藩を出奔なされたうえは、それがしも佐賀にはもどれませぬ。」
「されば、どうなさるおつもりじゃ。」
「和尚、どうか弟子にしてくれませぬか。」
「出家なさるというのか。ふむ……。笹部殿、あの答を聞いておらぬが。兵法とは何ぞ。返事する前にそれをお聞かせねがおうか。」
「兵法とは、この世を己が生きる術。つまり、兵法によって自分の魂を錬磨し、この世に自分の道を切り開き、その自分の道を生き抜くことと思っておりました。しかし、それがしは最も根本的なところを見落としておりました。それは、自分だけが生きたとしてもそれは生きたことにはならない。人を活かしてこそ、自分が生きることができると言う事です。そこまで考えると今までの自分の剣が浅ましく、愚かに思えてなりません。それがしは武士として、人として根本のところを取り違えていたように思います。もう剣をとる気にはなりませぬ。僧になって本当の魂の修行をしたいのです。どうか、弟子にしてくださりませぬか。」
「ふむ……。そこまでよくお考えなされた。おやめなされい、僧になるのは。いや、お断りいたそう。そこまで考えてこそ剣を修行する資格があると言うものじゃ。よいか、そこまで考えておられるのなら、人を殺す剣ではなく、人を活かす剣を修行なさるのじゃ。つまり、『活人剣』じゃ。」
「『活人剣』」
「今まで修行された剣を捨てて僧になったところで、いかほどの者になれるか。それより、笹部殿の活人剣を完成されなされい。これこそが笹部殿ができる兵法であろうぞ。」
主膳は和尚にずばり心の中を言われたようであった。今まで暗かった心のその部分に明るく光がさすようであった。主膳は心の奥から気力が湧いてきた。
「そうじゃな。弟子にはできんが、新しい名前をつけてしんぜよう。愚僧の名は宗庵と申すのじゃが、あなた様の剣術の流儀はたしか、無現一刀流であったな。そうさな。無庵ではどうか。」
「無庵。」
「もう何ものにも囚われる事無く、剣の中に自分の庵を見つけなされい。」
笹部無庵は佐賀に戻ることなく、剣術修行の旅に出た。
「小七さん。」と声がして、障子がすっと開いた。お駒が敷居のところに座っている。「お酒は足りてますか。」
「酒はいいから、文さんが来たらここに通してくれ。」
「えらい根つめてはるようやけど、何を読んだはるの。ちょっと聞いたんやけど、今日えらいめにあいはったそうやね。」
「この手紙はそのことと関係ない。これは春川先生からの手紙や。」
「そう言えば、先生、この頃お見かけしませんな。」
「そう、そのことや。だからちょっとひとりにさせといて。」
「でも、小七さん、今日あんなことがあったのに……。小七さん、ほんまに落語家? 剣術と落語と、どっちが本業かわかりまへんなあ。」
「なんやと。」
「おお、怖い怖い。これは、うちのおごり。」
と、お駒は銚子を置いていった。
春川の手紙はさらに続いていた。
私が無庵先生のもとを去って、大坂に剣術修行に出る時、無庵先生はこの活人剣の話をしてくださった。そして、最後に柳生宗矩の言葉を掛け軸にして下された。『兵法は人をきるとばかりおもふは、ひがごとなり。人をきるにあらず、万人をいかすはかりごと也。』そう、私の居間に掛けてあるあおの掛け軸だ。私は自分の剣の礎を見失った時、心に浮かんだのは無庵先生のまさにこの言葉、『活人剣』であった。しかし、この『活人剣』を以てしても、私の悲しみと後悔は容易に癒すことができなかった。私は答を得るべく、大坂にいるという無庵先生を数日捜し歩いた。
ここは堂島にある鍋島藩蔵屋敷。お夕はもう眠ってしまった叔父夫婦に気兼ねしながら、まだ縫い物をしていたのだが、さきほどの蔵屋敷の裏木戸を叩く音に胸騒ぎを覚え、縫い物をする手を休めじっとしていた。こんな夜更けに木戸を叩くなんて、いったい何が起こったのかしら。やがて木戸の方から小走りにだれかが駆けてくる足音がする。その足音がぴたりとお夕の家の前で止まった。近所に遠慮しながら静かに叩く音は、お夕の家の表戸であった。
「誰です。」
「夜分に申し訳ありません。源助でございます。お夕様はもうおやすみですか。」
「ああ、源助ですか。どうしたのです。今開けますから。」
今では蔵屋敷の木戸番をしながら余生をおくっている源助が入って来た。
「今しがた先手の文吉という親分がこれを今すぐお夕様にお渡ししたいと……。」
源助は手にもっていた手紙を差し出した。
それからしばらくして、蔵屋敷内の御船入から堂島川に小舟が一艘、三つの人影を乗せて漕ぎ出された。
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