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Copyright 朴 文奉 & Hagure, Last Update on 18-11-07



はぐれ雲御殿wwwc meta check

日ここにホームページを開設できたことは実にめでたい。思い起こせば1989年夏、ワープロと付属の低速モデムで物は試しとニフティに繋いだのがそもそもの発端であった。低速モデムはオンラインでの読み書きに最適で、しかしそうこうしているとニフティや NTT からの請求に目玉を飛び出してしまうことになるのだった。おまけに半年もの間、初期設定のまま東京のアクセスポイントに接続していた(@_@)。

フティで腰を落ち着けるようになったところが BBS 9番、BFREE と呼称されるエリアである。ここには実にさまざまな話題が飛び交い、宗教宣伝誹謗中傷売春勧誘侃々諤々喧々囂々、およそなんでもありの荒野であったが、良質かつ真摯な議論や、それを通した魂の交流もまた確かに存在した。自他に厳しく、かつまた稀代の愛の人でもある、自称 「暴言大王」 からの手厳しい発言に対して、ふやけた自己弁護に基づいたいくつかの批判があり、私は反批判の為に人並みに緊張しながら初めての投稿を行なった。入会から3年後の夏の事、ハンドルネームは はぐれ雲 と決めた。

秋、ニフティは BFREE で少なからず発生するトラブルを回避すべく商売としても最も安直な方法を選び、11月4日をもって利用者たちの多くの声を無視して BFREE を閉鎖した。ここを立ち退かされたネット流民たちは分散しつつも緩やかな連帯を維持し、あるいはまた、時期を前後して提供され始めたインターネットへの接続サービスを利用して、無辺の海へのオデッセイに船出すべく艫綱に斧を振り下ろした。

ロニクルを繙けば Internet Society が発足して神戸にて最初の会議( INET '92 )を開催し、CERNWWW を発表し、更には日本初のプロバイダとなる IIJ( Internet Initiative Japan )が設立されたのも、この年であることが判る。

ームページ開設にあたり、原点となった BFREE と当時の仲間たちへの愛惜をこめ、私にとっての記念碑的初投稿と閉鎖当日の最終投稿をここに再掲示する。以下、このサイトは私の備忘録(不定期な日記、身辺雑記)と訪問者の為の掲示板から構成される。その他は必要に応じて対処されるであろう。ううむ、御殿にしては極めて安普請だな。

用とお急ぎのない方はご笑覧あれ。

2001年4月吉日 by はぐれ雲

以下に、更新履歴(画面上部の更新期日表示をクリック)から一部を転載する。

* 01-06-15
BFREE の3編を NIFTY の BFREE な日々、以後の投稿を NIFTY の AfterBFREE な日々 に整理。

* 04-10-20
Internet な日々 を作成。

* 10-01-15
諸般の事情により「はぐれ雲御殿」を知人のレンタル鯖から自宅鯖に移動。掲示板と備忘録を削除。

* 10-09-09
10年近く稼動してきた自宅鯖を8月末日をもってインターネットから撤退し、本日「はぐれ雲御殿」をプロバイダ朝日ネットの会員用ウェブ鯖に移転した。

* 10-09-23
地元に関連した下記の6記事を自宅鯖から当サイトに移転し、作成日付に従って配置した。
「有度ふるさとマップ」
「震洋艇の掩体壕」
「第2回里山のにぎわい祭り」
「いろいろな東海道」
「日朝親善の碑」
「謎の卍マーク」

* 11-06-03
「イラク自衛隊派兵違憲裁判の会・静岡」サイトのファイルをアーカイブに登録。

* 11-08-10
「山下清とその仲間たちの作品展」をアーカイブに登録。
「IT講習テキスト追補版(私家製)」をアーカイブに登録。
「シネ・リブレ」をアーカイブに登録。

* 13-10-18
各記事に作成日付を付加し、トップ頁にメアドを表記。

* 15-07-07
トップ頁に wwwc のバナー表示を復活しメタ・タグを2行追加。

最終加筆訂正 2018年9月13日
hagure_jp・yahoo.co.jp



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