Cyber Japanesque


 ましゅさんより芳しい美しい文章をいただきました。これは現か夢か幻か・・・?


とある桜が咲く頃の向島。

ちょっとしたお付き合いでその時期には向島でお座敷に入ることがあります。

ただでも一見お断り、その一角にどんな人間が出入りし、 どんな宴が繰り広げられているかなど、 通りに面したところでは垣間みることもできない謎おおきところです。

ここは料亭○○○。 普段でも選ばれた人間しか立ち寄ることのできないこの一角に、 の時期ともなればなお厳選された人種しかここにくることはできません。 隅田川のほとりに白く沸き上がる桜明かりはまだ寒さがのこるこの時期に、 すこし強い風にあおられゆれた枝から突然舞い上がる桜吹雪。 この川沿いの暖かな座敷の上から眺めることを成功者のシンボルとしてきた、 厳しい出世戦争に勝ち抜いた人間だけが味わえる極上のお遊び。

その人間たちが今続々とこの部屋に入ってきたところです。 ちょうど20人ほどが座るお膳の間にいろとりどりの着物を着た若い女が その人間たちとほぼ動じに席につきました。 社会情勢にうとい私でさえもマスメディアで目にしたことのある人達ばかり。

表情を変えず小さなグラスに半分以下注がれたビールを手にする男達。 膝上に置かれた重ねた手に目線をおいたまま静かに正座する着物の女達。

どこぞの企業の下手な懇親会ではございません。 挨拶もなく乾杯も手短。

ビールだけではなく燗や冷酒の入ったガラスの急須も運ばれてきました。

隣に座る若い代議士が私に自分のグラスを手元に用意するよう勧めましたので、 席を立とうとすると、 向い側の若い女将は優しく微笑みながら、 私が用意しますから座っていなさいと目で合図してくれました。 女将は紺色の作務衣を着物のように上品に纏った女中に注文を出しています。 すこしして芸者全員の小さなグラスが配られました。

横並びのテーブルに小さな膳。 青白い硝子細工の小鉢にはイクラの散りばめた何やら白い食べ物が一口。 特に香りがないのでなんの小鉢かはわかりません。 一目で板前だと分かる服装の若い男がお椀の入った大きな盆を持って2人入ってきました。 一瞬立ち込めた吸い物の柚の香り。 しかしそれは幻であったかのように日本酒と暖めた焼酎の匂いの中に消えました。

徐々に各席ごとに会話が盛り上がってきました。 さっきまで袖口が肌寒かった私もなんだか顔が火照るのがわかります。 お酒に酔ってきたのか熱気が部屋に立ち込めているのか、 そんなことどうでもいいんですけど。 日本酒のちょこを唇に運ぶ若い芸者もいますし、 お湯で割った焼酎の梅つぶしながら一生懸命かき混ぜている私より年上そうな芸者もいます。 そして彼女はその焼酎をすこし口に含み、小さくうなずいてとなりの客に渡したのです。 あぁ、 なんだか始めてのお座敷も慣れてきたようです。 さりげない行動で人間関係を読む余裕が出てきました。 芸者達の中にはお客と顔見知りがどうやら半分以上いるようです。

私たちの席周りで今日の髪型や着物の柄について話が始まりました。 そう、髪型も着物もみな個性がありますし、 私はというと出入りする置屋の姉さんに着せてもらったこげ茶に打ち出の小槌の模様の入った少し地味な着物です。 しかしそれはかえって色とりどりな着物に身を纏う娘達の中で目立ってしまうのです。 美容院の男の先生は今日の着物は大人っぽいので髪の纏めは下の方で結って、 前髪は高く上げすぎないほうが上品だと随分気合を入れて髪を作っておりました。 私は他の置屋からやってきた年配の姉さんたちの深々な嫉妬の視線を感じながら、 誰よりも丁寧に先生から髪を結っていただいたのです。

今日の着物も髪型も大変私は気に入っていますし、 うぬぼれるようですがここにいる誰よりも上品にまとまってる気がしたのです。 部屋の隅の床の間に飾られた大胆に生けられた大きな桜の枝。 勝手な解釈ですがとてもその桜とも今日の私はコントラストが合うのです。 茶色い着物に身を纏い、すこしお酒が入った私はもともと色白の頬を仄かな桜色に染めているのですから。 私から遠い席に座る芸者の一人も少し大きめの声で私の着物をうやましがる言葉を発しますし、あからさまに見慣れぬ私に嫌悪の視線を注ぐ芸者もいます。

食事に誘いながら左隣の男は名刺を差し出し、 私は後ろに手を回し背中と帯の間に挟んだ手ぬぐいを出して名刺を包みました。 それを見ていた右隣の主賓が前触れもなく私の耳たぶを触り 「すごい福耳だな〜」といいました。 慣れない私はいい感じはしませんでしたがはにかみながら誉めの言葉にお礼を言いました。 そのまま男は膝に置かれた私の右手の上に自分の手を乗せ私の顔をしげしげと覗き込みながら部屋中に響く大声でこういいました。 「こんな綺麗な子、いたかな?しかしすごい美人だね」 酔ってる中年の言葉はとても安易で重みもありません。 それに私は絶世の美女ではないですし、 向島に出入りしてまだ一度も神々しい美人も着物美人にも出会っていませんから、 特に私がそうみえたのでしょう。 強いて言えばこの男の右隣に座る女の子は着物美人と称されるでありましょうか。 視線が合い、私を覗くその目は消して大きくはないけど切れ長で視線はまっすぐでした。

しかし私はそのまっすぐ注がれた彼女の視線に意味があることを直後に認識したのです。

隣の男の右手を強く握ったままこっちを向いた彼女は、 あまりにも分かりやすい激しい嫉妬と怒りをその目にあらわにしていました。 そして今度は悲しみを込めて隣の男の横顔を見詰め始めました。 男は気付かないのかきづかぬ振りをしているのか、 そのまま私たちの手をさりげなく払い席を立ち、仲間のお客に酌に行きました。

実は私はその例の彼女の歳を22歳と聞いていました。 しかし正直いって当時25歳の私よりいい意味で随分老けているように見えました。

その視線やしぐさにそれを感じたのです。 細かいことは良く説明できませんが、 顔から作り出される表情の一つ一つに連動する手の動き、 着物の着こなし、そう言えば彼女も今日は時代劇の街の娘風な着流し風の着物をきています。

周りを見渡して決して派手な行動や目立つ言動もないのに、 彼女がこの部屋の中にいる誰よりも目立つような気がしてきました。

さてすっかり窓の外の桜は霧雨に濡れ、 風も部屋の中まで届くほどの音でふいてまいりました。

 

・・・続く


[Cyber Japanesque Home]    00/04/09 02:21

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