夢の終わりが夢のはじまり


キャスティングでカジキ。
この夢のようなことは、正に夢からはじまった。


 暖かい日差し。
適度なエンジンの振動。
頬をくすぐる爽やかな風。
疲れた体を夢の世界に引き込むには時間はいらなかった。


 「・・・・・・!・・・・・。」


 「??・・・・。 ・・!・・!!」

 「・・・・? ん?」

 何かまわりが騒がしい。
僕の夢が終了しようとしていた。
 
 K君「何かいた!!船長船止めて!止めて!」

寝ぼけている僕。
そして半分は、まだ現実ではなさそうだ。

 僕「なにかいたのー?」

僕と同様に睡魔に襲われていたS氏も、ざわついた船内の様子に起きてくる。

 H氏「ワフーじゃないかな??」

 H氏の指さす方向を見ると一瞬尾びれのようなものが見えた。

 僕「シイラかなー?」

 H氏とK君に投げろと促され目をこすりながら20Lb-Sグラスを手にしヒレらしきものが見えた。
その少し前方にルアーをキャストしてみる。
 ルアーはタックルハウスのブリット。
ジャークをするとイレギュラーに左右に揺れシイラにはかなり効果的だ。
 ラインスラッグをとって1ジャーク・・・2ジャーク。


と、左から突然黒い影が物凄い勢いでルアーをひったくるのが見えた。
次の瞬間、リールのドラグが悲鳴をあげる。
勢い良く引き出されたラインが海面を引き裂いていく。
まるでモーゼの十戒を見ているかのようだ。

次の瞬間魚が宙を舞う。

 皆「・・・・。・・カジキだーーー!」

僕の夢が、また始まった。

-それは-


 事のはじまりは4年前の2009年。
今釣業界で話題の勝浦沖の深海の怪魚が、大フィーバーする前の話。
その頃僕たちは、太海沖にその巨大魚を夢見て出船していた。
奴は、ほとんど当たらず、いつも悔しい思いをしていた。 
しかし、それも博打の釣りなので仕方がないと半分は納得をしていた。
 今現在の2013年は、その魚も誰でも釣れるとされ乱獲が影響したか、その数を減らしていた・・・。
とてもさみしいものだ・・。
 そんなある日のいつも通りの事。
沖上がりをして帰港した後、船長と話をしていると、

 船長「この時期、年によっては、新芽カジキがよくいるよ」

 とのこと。

 僕「ふーん。」

その頃の僕にはカジキなど夢の話で現実味がなかった・・。
 脳の片隅にインプットされたかどうか・・・。


 それから時は流れて2013年。
勝浦沖の巨大魚にも相手をしてもらい、海外へなんとか遠征も行くようになった。
少しは、大型魚に興味を持ち始めた頃の事だった。
 既にその時は、勝浦沖の例の巨大魚は少し下火になってきていた。
行けば(乗船すれば)まだまだチャンスはあったであろうが、それとは裏腹になかなかテンションが上がらなかった。
 上がらない理由は魚の減少ではなく、それを取り巻く周りの環境にあったように思われる。

 そんな時の事。
地元の漁師I氏(子供のころから20年以上の付き合い)から一報が入った。

 I氏「金目の帰りにメカがお昼寝してたぞ。カツオも結構いるしキメジも見るなー」
と情報が入った。
 I氏は漁師でありながら今流行り?のアジングを愛する漁師であった。
彼は、なかなかそれに拘っていてカスタムロッドを注文してしまうほどだった。
彼としては竿はしっかり曲がって魚をいなさなければ意味がないと最近の高弾性な鯵竿はお嫌いな様子だった。
そこで作ってしまったようだ。
彼との話は書き始めるときりがないのでまたの機会に述べるとして、このへんで退場していただく事にする。

 そんな僕は、カツオに新芽にシイラと、これは楽しそうだと夢を膨らませていた。
とにもかくにも新芽は、初めてのことであるのでいつもお世話になっている釣竿工房のH氏に電話をした。
大方説明を終えご意見をH氏に求めると。

 H氏「カジキね・・・・。キハダね・・・。はぁ・・・。どうせ釣れないでしょ。シイラがちょっと釣れるだけでおわりそうだし・・。はぁ・・。そのシイラだって・・・。また君は、夢みたいな話を・・・。はぁ・・・・。」

と予想通りの反応をいただいた。
しかし、ここで引き下がっては実現しないと。
 
 僕「たしかにダメな可能性は高いですが。」
「今年の海は万が一があるかもしれないです。」
「行けばチャンスは0ではないので。」
「とりあえずカツオとシイラと遊ぶ位のきもちで・・。」

と食い下がる。
 
 H氏「はあ・・・・。」
「・・・。」
「まあ考えてみます・・・疲れました。」

 H氏の“考えてみます”。はほぼOKと見て問題ない。
いつも僕の我侭になんだかんだで付き合っていただける。
いざ船に乗ると誰よりもテンション高く気合が入っているように見えるのは、僕だけであろうか・・・。
違うみたいだ・・。
氏と釣りをした人は、皆同じ印象のようだ。
 最近のH氏の口癖は「疲れました」だ。
これはH氏が釣りを純粋に好きであるがために出てきてしまう言葉だと思う。
ご本人は、否定をするが氏は誰が見ても釣りが尋常じゃなく好きだ。
それゆえ釣に関わる釣り以外の要素が氏を釣りから遠のかせ、疲労させてしまっているように感じる。
 僕は、釣りは楽しい気楽なものと決めつけてしまっているので自動的にマイナス要素が頭を素通りしてしまう。
そう言う点では、僕が不真面目な人間のように思えてならない。
 H氏は、僕をこの世界に引き込んだ責任があるので基本的に僕の無茶な計画に参加していただくことにしている。
 僕は、誘い続けることがこの素晴らしい夢の世界を教えてくれたH氏への恩返しであると勝手に信じこんでいるのだ。
 とりあえず第一関門であるH氏の説得?は完了??した。
次は計画を立ててみる。
 メンバーは以下の通りだ。

 僕:お気楽な素人釣り師 夢は大きいが結果は伴わない
 
釣竿工房月代表 H氏:純粋に釣りを誰よりも愛する竿師

S氏:勝浦沖の超巨大スズキ風乗合で知り合った様々な釣りに精通するベテラン 

 僕は、最近S氏に色々とお付き合いいただいている。

 K君:地元の同級生
彼は、釣りが元々好きだったが、僕のせいで3年前からオフショアの虜に・・・。

 この以上4名で出船することになった。

 船は、K君の親戚のH丸。
キンメ漁がメインだがキンメが禁漁期になると釣り船も出船してくれる。
民宿も営んでおり、泊まりで釣をして、その後は、釣った魚をさばいてくれて宴会もできる。
釣りものは、幅広く相談次第。
餌、ルアーなんでもOK。
操船もかなり上手く過去に何度も助けられている。
色々な漁も経験しておりあらゆる魚に対応してくれる。
女将さんも船長も優しくて素晴らしい宿だ。
今まで何度かお願いしているがいつも魚をとことん追いかけ、こちらの無理なニーズにも答えてくれる。
 これも、地元の漁師歴がこなす経験値の結果と思う。
いつも無理ばかり言って申し訳ないくらいだ。

4人でチャーターするには、大き過ぎる位の船なのだが、昔は沖の鳥島まで行ったらしい・・・。
 -暑い夏の出船-
 その歳の夏 午前4時 外房某港出航。

 途中ちらほら鳥が舞っていてシイラは、居そうな感じだったが・・・。
 
 船長「灘(沿岸より)にマンビ(シイラ)がいることは、わかってるから帰りにやる。」
「まずはカツオまで走る。」 

 ということで東にひたすら走る。
一時間ほどで速度が緩み魚を探し始める。
進路は南寄りだ。

まだ魚が見えずテンションの上がらないH氏は

 「朝一にシイラも見えないとシイラさえもつれないんじゃないの?」

 とまだまだテンション低め。
今まで色々な釣りを経験してきたH氏だからこその悪い予感だろう。
この予感はあながちハズレではないことが後でわかる。
気楽な僕は“まあ船長が言うのならそうしよう・・なんとかなるだろう”と楽観的に考えるようにした。
夢への期待ばかりで、少し考えが甘いのかもしれない。

 夢への入口はまだまだ見えない。
-タックル-

 僕は今回3タックルを用意した。
 
 1・ペンペンシイラ80cmクラス、カツオ用に
ロッド:MOON製5.6f-10Lbクラス フルカスタム
リール:P社格安スピン6000番 
メインライン:PE2号(モーリス)200m
リーダー: ナイロン50Lb1.5m(ヤマトヨ) 
 2・大型カツオ 大型シイラ メジ20kg前後用に
  ロッド:MOON製7.3f20Lbクラス フルカスタム
  リール:D社スピン4500番
メインライン: PE4号(YGK)300m
  リーダー: ナイロン80Lb1.5m(ヤマトヨ)

 3・カジキ 大型ツナ用に 
ロッド:MOON製7.6f 80Lbクラス フルカスタム
リール:S社スピン20000番 
メインライン:PE6号(YGK)400m
リーダー:ナイロン220Lb 5m(ヤマトヨ)

 1及び2は、キャスティングのライントラブルを軽減させるためショートリーダーとした。
3は、カジキのビル対策にロングリーダーとした。
どのタックルもドラグが長く引き出される可能性を考え接続にカルティバのタフステンスイベルをいれた。これは、スピニングリールにつきものであるラインのよれに対する対策だ。
ルアーによっては、アクションが悪くなるが、いい魚をかけてブレイクするよりは良いと僕は考える。
また3のタックルには、カジキのフッキングを考えシングルフックを改造しルアーにセットした。
 足りない経験ながら僕なりに考えてみた3タックルだ。
どの竿も僕の無茶な注文をH氏が形にしてくれたもので他人には使いづらいかもしれない・・。
しかし、フルカスタムとはそう言う事ではないだろうか。
他人にはわからないが、僕にはかなりしっくりくる。
相談してつくってもらったので竿の限界値もよくわかるのでここぞという時の無理ができる。

基本的に僕は、ブランド欲がない。
流行りもあまり気にしない。
自分で使って良いものは良いし、流行りのものでも使ってみて合わない物は合わない。
高くても安くてもダサくても古くてもそれは、あまり関係ない。
自分なりに理論を考えてそれに合うものを使用しているつもりだ。
流行りモノや高級品を使いこなせていないだけの可能性が高いとも思えるが・・・・・。

そんな事を考えていながらも海を見つめていると。

 鳥が集まり出す。

船上が殺気立つ。

全員竿を握り締め戦闘モードだ。
 良い感じに船長が鳥山に近づく。
船で鳥山を円を描くように回り込み群れをまとめていく。
後日聞いた話だがこの方法は、外房の引き縄の技法ということだ。
 突然のアタックチャーンス!
まるで何かのクイズみたいだが・・・。
全員がキャスト。
全員フローティングのペンシルだ。
 K君が口火を切る。
ヒット!僕にもバイトがみえた。
なかなかよさそうな水柱が上がった。
彼もこのところヒラマサやシイラと遊んでいるせいか、オフショアにも慣れてきた。
以前ほどヒヤヒヤしなくなった。
安心だ・・・・って、ドラグゆるゆるやんけ!?全く竿が曲がっていない・・・。


 僕「ドラグ締めて締めて!計ってきてないの?」
 K君「うん・・・。」

まだまだ彼はこういうところがいい加減みたいだ。
 僕も昔そうだったが色々と悔しい思いをしてから最近では、きっちり計測してタックルにあわせる。
 彼のタックルは50Lbクラスのキャスティングロッドに、PE5号リーダー80Lbだ。
それ相当の魚でないとまず切れない。
だんだんと良いテンションがかかってきて竿が良い曲がりになってきた。

 僕「ドラグそれくらいでいいよ。」

と・・・・切れた!!
なぜ?!
 彼の折角のファーストフィッシュは、魚種を確認することなく消えてしまった。
PEの途中から切れている。
後で聞いたことだがラインローラーのネジが緩んで隙間にラインが噛んでしまったとのことだ。なんと不運な。
なんて日だ!


 その後何度か鳥山にアタック3?6kgのカツオを4人で7本ゲット。
S氏は、普段は餌釣りがメインのようだがそこは流石今まで様々な国や魚種を経験してるため久しぶりのルアーもそつがない。  
 かけた魚は確実にモノにしていく。
やったことのない人には、あまりよく解らないと思われるが、
外房海域でのキャスティングで回遊魚をモノにするのは結構難しい方だと思う。
 まず鳥の群れを探し、その群れの走る方向を見定めながら船を群れに近づけ、船長と息をあわせてナブラに向けてキャストをし、魚を狙う。
 これはどこの海域でも同じかもしれないが、ほかの海域ではそれ以外にもチャンスがあると思う。
例えば、浮遊物などにつく魚。
パヤオなど人工物に付く魚など、他にもいろいろ狙い方がある。
しかし外房では、鳥以外には潮目位しか狙いどころが無い。
また、基本的に湾になっているわけでもなく、パヤオが設置されているわけでもないので、魚の出入りが激しい。
 黒潮の分流が挿してくると比較的魚は居るが、離れるとかなり厳しい。
また潮が挿してきても、魚に会えない事も多々ある。
それにもましてその年によっては、潮が挿さなければそのシーズンはキャスティングで遊べないこともある。(ヒラマサなどの沿岸性の強い魚は、例外はあると思う)
もちろん、船長の腕もかなり重要だ。
その点H丸の船長はかなり長けていると思っている。
 そういった事もあり、外房でキャスティングで回遊性の強い魚を狙う船はかなり少ない。
それだけ釣れない可能性が高いのだ。
 しかしながら、そういう特性を理解しながら釣りをする分には、
他船との魚の取り合いや乗合での混雑、色々なプレッシャーは極めて少ない。
また群れに当たるとスレた魚が少なく非常に。オイシイ思いをする事もある。

 それからカツオの群れもあまり浮いてこなくなりチャンスが減ってきた10時30分。
船長からそろそろ戻りながらシイラを探すとの話があった。
ゲットした数は少ないがアタックはかなりあり、サイズも満足だ。
あとは、シイラと遊ぼう。
そう考えていた。

 船は、かなり南下したためか、帰りはかなり時間がかかりそうである。
 
 帰りの道中も魚を探す。
しかしそれとは裏腹に、なかなか見つからない。
H氏の予感はあたったようだ。
全く生命感もなく、まるで海の砂漠だ。
そうこうしている間に眠気が襲ってきた。
昨日は釣りに行く興奮であまり寝れなかった。
未だにそんな状態だ。
子供でもないのに・・・・。

ミヨシではH氏とK君が雑談しながら魚を探してくれている。
まあ・・魚は彼らに任せて僕は夢の世界へと・・・。
隣ではS氏が既に眠りについていた。
S氏だけが地元ではなく遠くから来ているのでお疲れなのだろう・・。
風がなんとも気持ちがいい。
日差しも最高だ。船の振動と波の揺れが最高のゆりかごだ。

・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・。

 夢から冷めてまもなく僕は、カジキと戦っていた。
夢のなかにまた戻ってしまったようだ。
 
 H氏「合せをもっといれろ!」

 僕「!!!」

 H氏の言葉に眠気が覚め我に帰った。
竿をやや下方に向け体に引き付けるように確実に何度も合わせをいれる。合わせが決まるとロッドにテンションが、かかり良い曲がりをする。
 ドラグはけたたましい音を立てラインが引き出される。
ファイティングポジションを何とか整えた。

しかしそれと同時に色々な不安が頭をめぐる。
カジキだと思っていなかったためにライトタックルで針掛かりしてしまった。
リーダーもかなり短い。
しかもそれは80Lb。
魚体にメインが触れればキレる可能性もあるし、リーダーもビルであまり擦れてしまえば簡単に切れるだろう。
 地元の漁師の話では100号ナイロンでも切れることがあると聞かされている。
フックは,トレブルであるので掛かりが悪ければ簡単に外れてしまう。
また、掛かりが深くても、飲まれていればリーダーなんてすぐに切れてしまう。
ドラグだってライトタックルではあまり締められない。
どう考えても取れる要素は無いに等しかった。
あれだけ準備してきたのにコイツと勝負を夢見て来たのに。
なぜライトタックルを握ったのか。
獲物が分かっていなければ、念には念を入れて、80Lbを握れば良かった・・のだが。

 そんな不安を自ら打ち消すように仲間に冷静に受け答え、まるで全く焦っていないかのように会話をした。
これは一つの自己暗示だ。落ち着け!落ち着け!自分に言い聞かせる。

 カジキは、洋上で暴れ狂っていた。

時に何度も激しいジャンプとテイルウォークを繰り返した。
奴も必死に違い無かった。
当然である彼にとっては命の危機である。
何の抵抗も感じていないかの用にラインを引き出していく。
ドラグテンションはわずか4kg。
一瞬もっと締めなくてはと思ったが、思い直した。
締めたら切れる可能性が高くなるこのまま好きなだけ行かせよう。
こいつにはちょっと締めたぐらいじゃ変わらない。
 それは、今思い起こせば冷静な判断だった。
自己暗示が少しは効果があったようだ。

 H氏「20sぐらいだ。大丈夫!とれる!落ち着いて行け。」

 H氏は慌てて取り出したカメラを撮りながらアドバイスをくれた。
流石冷静だ。
百戦錬磨は伊達じゃない。

 


 しかし、初めてのカジキとのファイトででよく解らなかったが、今まで戦ってきた他の20sクラスの魚とはかなり違う気がした。

H氏は、僕の気を楽にさせるために言ってくれたのではないだろうか?
そう思えた。

 カジキの戦い方は、僕が今まで経験した魚とは、異質に感じられた。
シイラのように物凄い速度で左右にランをする。
左前方で暴れていたかと思えば、次の瞬間には右前方で激しく舞い踊っている。
一瞬見失うこともしばしばである。
その度にリールは、けたたましいドラグ音と言う唸りを上げて壊れんばかりだ。
 かと思えば、直下に向かいダイブして行く。
下へ下へ向かう魚をリフトするのはかなりしんどいところ。
タックルに対して少しオーバーな魚体であるためか、少しずつしか浮いてこない。
それでもSグラスの特性を生かしたファイトを心がける。
 それは、バットに負荷がかかるようにロッドの角度を慎重に調整しリフトをする。
この作業を繰り返して行くと、Sグラスの復元力にはいつも助けられる。

ラインを引き出され回収。

それをまた何度も繰り返す。

出される時は、一気に引き出され・・。

回収は、ほんの数メートル。
短いときは数センチ。

気の遠くなるような攻防だ。

一時は、300mある内の200m以上ラインは出ていた。

船長の操船や、仲間の素晴らしいアドバイスや指示に助けられ、カジキの猛攻を何度となくかわしてると、
漸くカジキにも疲れが見え始めたのか、徐々に距離がつまっていく。

 船の横舷まで寄って来るとその姿をしっかり確認できた。
フックはかんぬきにしっかりと掛かっていて、ルアーも飲まれていない。
リーダーも絡んでいない。
勝負だ!そう思いドラグを締めた。
慎重にゆっくりと。(後の計測では手元で6kg)
 と、次の瞬間カジキは息を吹き返しテールウォークを繰り返す。
近い!ラインにスラックが出来てしまう。
あせってラインのテンションを保つようにハンドルをまわす。

 「巻いて!巻いて!」と声が飛んでくる。

しかしカジキは、方向を変えこちらに向かってくる!
ラインを急いで回収しながら突進してくるカジキの姿が見える。
こちらにビルを向けて突進してくる姿は恐怖を覚える程だ。
このままジャンプをして船に飛び込んできたらどうしよう・・・。
 そんなことを考えている一瞬の隙にカジキは、船の下にもぐり一気に裏側へ回ってしまった。
 僕「まずい!ラインが擦れる!」
体をめいいっぱい船から乗り出し竿を海中に突き刺し船底を擦るのを防ごうとする。
その間もドラグは、出っぱなしだ!つらい体制が続く。
船のミヨシを回って裏に回ろうにも体勢が悪すぎる。
万事休すか・・。
船長早く!早く!船をまわしてくれ!・・。
まにあわない・・。
ラインが船底を擦る。
まずい!
 カジキは、ラインスラッグができるとバレてしまうとラインをフリーにすることをためらっている僕だった。

 H氏「ベールをかえせ!切れるぞ!」

 その声にすぐさまベールを返す。
フリーになりすぎバレることを防ぐためスプールをサミングしながらラインを出す。

 K君「船長バック!バック!早く早く!」

まもなく船長が船を回してくれ、また戦闘体勢に。
 何とか仕切り直しに成功。

危なかった。

本当に終わったと思った。

気を抜くと一瞬で終わってしまう。

仲間が船長に身振りや声で指示を出してくれている。
とてもありがたい。

こう言う時には、チームプレーがなくてはならない。
20分ほど経ったであろうか、カジキもジャンプは繰り返すが、そのキレはと言えば
次第に無くなってきた。

モリを船長が用意し始める。
船長は、不意な走りに備えて操船中。
そこで、ヤリの大役はS氏となった。
 程なくカジキは横舷により泳ぐ時間が多くなった。
普通であれば勝負はもうついたはずだ。
まともなタックルであればリーダーを手繰りモリで打つ。
それで勝負ありだ。
しかし、ショートリーダーに細ラインでは、手で掴みモリを打つこともできない。
ライトタックルでは最後の浮かせができずモリの射程距離に入らない。
 流石にS氏も失敗をするわけにはいかないと遠目では打てない。
そうこうするとカジキはまた息を吹き返し走り出す。
それの繰り返しで膠着状態だ。

ラインもそろそろ擦れて限界だ・・。
どうしよう・・。
あと一浮きが浮かない。
やはりだめなのか!?

 その膠着状態を打ち消したのはこの人だ。
そう船長。
なかなかつかない勝負にじれてカムロ(操舵室)から出てきた。

 船長「もうきりがねえから!打つから!」

 ミヨシに船長が立ち構える。
最後の気力をふりしぼりカジキを船長のところへ寄せる。
しかしまた最後の一歩が足りない!
近くに浮かない。
あと少しなのに!
とカジキも船長の海の男の殺気と迫力に負けたのか、船から少し遠いところ数メートルに浮いて顔を覗かせた。
その一瞬を見逃さず船長のモリが飛ぶ!
我々には射程距離外でも、船長には十分射程距離。
一発だ。
勝負は決まった。

 皆「よっしゃーーーー!」

カジキに鮮やかな青いストライプ模様が浮き出る。模様の変化は、声の出せない魚の最後の断末魔のように感じられた。
勝った・・・。
勝った!
勝ったんだ!

 がっぷりと皆と握手をした。

 夢の時間も終を告げ現実に戻った。

 あとの僕の記憶は曖昧だ。
肉体的なモノはそうでもなかったが精神的な疲れと開放感で放心状態。
船長とS氏が二人掛りで揚げる。
推定40sのクロカワだ。
皆に言われるがままにポーズを決め写真をとった。

初めてのカジキとの戦いは、楽しかった。
そして色々と得るものも多かった。
課題もかなり多くなった。
夢のまぐれの釣りから少しでも現実的な釣りにするにはどうしたら良いのか・・・。
悩みが増えて楽しさが倍増だ。
次は、さらなる高みを目指して。
偶然から、確実へ・・。
夢の釣りから、現実の釣りへ・・。

-終わりに-


                 

 生を受けてから30数年。
物心がつくころには、釣キチであった亡き祖父に連れられて釣竿を握っていた。
年齢を重ねるごとに釣りに対する楽しみ方、取り組み方が変わってきた。
ある時は、ただ魚が釣れることだけで満足をし、またある時は、雑誌などを読み漁り有名人にあこがれ流行りを追いかけてきた事もあった。
 与えられた情報に何の疑問も持たずただ真似をするだけ。
狭い世界での常識にとらわれて、自らそのハードルを高くしていった。
 そんな釣りに変化が訪れるときが来た。
それは、仕事を始めた事からであった。
僕は、ある種の技術職のようなものに就いている。
それは、なかなかうまくいかず悩んでいる時だった。
そんな時、大先輩からその後の生き方に影響を与える言葉をもらった。
「すべてを簡単に信じるな。疑う目をもて。正しいかどうかを見極められる目をみにつけろ。それだけで、ある程度まではいける。だがそこから伸びるやつは、人がくれたアドバイスを柔軟に受け入れられるやつだ」 

 そんな一見矛盾するような言葉だった。
しかし非常にバランスが難しいがこれは、重要だと思えた。
仕事を続けていく中で少し意味がわかってきたような気がした。
 釣りに対しても同じように取り組むようになってきた。
すると、釣りにも変化が訪れて来るようになった。
 
 十人十色と言われるように、
人が10人いれば皆全く違った考えや取り組み方があって、どれが正解でどっちが優れているなんてことは無いと思われるので。
これは、あくまでも僕の釣りに対する考えなのでご批判などは勘弁していただけるとありがたい。

 僕の言う釣りは、自然の型にはまらない自由さと、人間の浅はかな理論と技術を融合したものだと考える。
なのでなるべく考えられることは、理論的に考え、構築していこうと努力をしている。
自然という不確定要素をなるべく確実性の高い釣果につなげるには、どれだけ確からしい理論を重ねられるかだと考えているからだ。
ラインブレイク一つをとってみてもそうだと思える。
 以前であれば、PE2号で切れたから4号にしよう。とか、A社で切れたから新発売のB社のにしてみる。
これは、一見もっともらしい改善のように感じられるが、全く的外れとの事にある日気が付いた。
例えば、場所や対象魚に対するリーダーの長さや種類は適当だったか?
ラインに適合したロッドだったか?
ドラグは、確実に設定していたか?
ノットは適正だったか?
ラインは劣化していなかったか?
ラインをリールに巻くときに熱が発生して強度はおちていなかったか?
ガイドが割れていなかったか?
などなど・・・。
他にももっと多くの条件を精査して初めて2号ではだめであったとか、A社はだめであったのではないか?と考えられることができるのではないだろうか。
 このように、ライン一つをとってみても考えることは、膨大なのである。
これを他のさまざまな要素に対して考えを巡らせて、魚へと近づいていくのではないだろうか。
 終わりが全く見えないのだがそれが、それこそが楽しい。
簡単に答えが出ない。
むしろ正解なんてきっと出ない。
積み重ねることによって近づくことはできても絶対にたどりつくことができない難問。
 諸先輩型の言葉を胸に、今日も釣りを続けていく。


釣れた魚が大きいか、小さいか。
型が良いか、悪いか。
よくたたかったか、どうか。
そういう鑑賞や、評価は、この一瞬のずっとあとになって、頭と心と体にいろいろなものがもどってきてからのことである。
恋、野心、闘争、放浪、友情、酒、そして死などとおなじように、釣りにもまた最良、最高、最善は、一瞬にある。
すべてのために一瞬
一瞬のためにすべて
                            開高健 「ああ。二十五年」より抜粋
2013年12月吉日 Y.I