儚き偶像の彼方 -V-
FISH NAVIの向こうから

その1 2011年8月4日

いきなりですが、これが巷を騒がせている?“イシナギ”です。
竿師MOONが釣り上げたものです。


ちょっと解説すると、ここでいうイシナギは俗に「オオクチイシナギ」のことを言い、スズキ科の魚では最大かと思われます(クエなどはハタ科なので・・・)。普段は水深400mもの深海に生息しておりますが、初夏〜夏にかけて産卵の為に浅場(水深150mほど)へ移動するので、この間が釣りの好ターゲットとなります。アベレージでも30kgと驚きですが、釣師が目標に掲げているのは全長2m(100kg)オーバーとまさに畳サイズ!イシナギはイカが大好物なので、まずは活イカを確保すべくイカ釣りから始め、そこから本命のイシナギに展開していきます。泳がせ用のヘビータックルを用い、狙う獲物が大物だけに、むしろ釣れない方が正しいといっても過言でないほど一発大物狙いの世界であります。
「食」においても超高級魚で味は絶品!まさに季節魚でありながら狙って釣れる(獲れる)魚でないので市場にはほとんど出回る事がありません。イシナギの名前は知っていても、その素顔や生態はまだまだ謎な魚でありました。

そんなイシナギを愛して止まない竿職人の彼から、その過熱ぶりは普段から聞いておりましたが、どうやら今年は特別なようだ。
  1回の出船でトータル10本ぐらい釣上げられているそうで、多い人だと1人で数本、中には今期通算で10本以上釣っている人もいるとか。
驚くべき事は、釣れるサイズも半端なくつい最近、勝浦で100kgオーバーが釣り上げられ、50kgオーバーは数知れず・・・・と言っている事がケタ外れ。
釣り船が帰港しイシナギの水揚げが始まると周囲のギャラリー達が集まるほどで、過去にさかのぼってもここまで釣れた事はないそうだ。

その大物釣りを実現する為、調整や段取り、身を削って、気を振り絞って・・・・・、日々費やしてきた努力と、その努力を支える精神力は相当なものであったと思います。
そのプレッシャーの中で獲ったイシナギは紛れもなく貴重な1本になった事でしょう(平均サイズだけどねと冷静でしたが)。


  彼のJr.と比較してもかなり大きい事が分かりますが、親父が苦労して取った獲物、そんなオヤジの背中に映ったものを感じ取ったに違いないでしょうね(たぶん)。
こういう風景が今の時代に足りない「食育」の一つなのかもしれません。
とにかく相手は巨魚なので、仲間に近所に親戚に・・・おすそ分けされたそうです。そりゃ〜当然ですわね(大きいですから)。
釣師しか味わえない特典がここにある事を改めて教わりました。

その2

依然イシナギは好調なよう・・・・
彼と共にイシナギを追う若手ながらベテランアングラーの磯野先生、昨年バリ島で見事ファーストGTを釣るも、このイシナギ釣りに関しては苦戦されているご様子・・・。

もちろん簡単に釣れる魚でないだけに、挫けそうな時もあったでしょう、もう嫌になった時もあるでしょう・・・・。
漁場の豊かな外房の海ではありますが、時にはそんな夢見るアングラーの心をいとも簡単にヘシ折ってしまうのです。

 大物ラッシュが続く中、今期こそが最大のチャンスであると、彼と共に気持ちを奮立たせ、その想いを全て餌イカに託し、ひたすらポイントに流す・・・、流す・・・・、そして流す。

 水深150mに潜む大きな黒い目は、投入されたイカをしっかり見ていたのでしょう、そんな磯野さんの竿を曲げたのは、何と“63kg”という巨大イシナギでした。
15分程のファイトの末、水面に浮上した規格外の大きさに歓喜よりは唖然。磯野さんにとっても念願のファースト・イシナギ!でもサイズはその名に似つかない驚愕60kgオーバー!「写真や動画では伝わらない!八鳥君に実物を見せたかったと、お化けサイズだった」・・・彼がその時の様子を熱く語ってくれた。

言うまでもなく、この水揚げは勝浦港のギャラリー達を沸かせたであろう。

磯野さんは、この数日後には入籍という人生の節目を迎えるにあたり、その最高のお祝いに匹敵するプレゼントになった事でしょう・・・。

ここまで重量級だと個人レベルではどうこうできないので、漁協に贈呈されたそうです。

磯野さん自らハードルを高くしてしまった・・・(笑)。これを越すのは難しいですよ〜。

いや、もしかしたらこの勢いで更新してしまうかも(恐)。「W」でおめでとうございます。今年のバリ島ではお手柔らかにです・・・・

その3 2011年8月9日

 依然イシナギは好調、でも・・そんなイシナギ釣りにも複雑な事情がありそうだ。
まず、この釣りにおいて、釣った巨大イシナギの行方は、
(1)各自で持ち帰るか
(2)大き過ぎて対処できない場合は船長に引取ってもらうか

上記2択になる。

特に後者の場合、そのまま市場のセリに出すのですが、シーズン当初は浜値kg800円と高額取引されていたのが、もうkg200円を割っているとの事。「超」が付くほどの高級魚なのに、欲しがっている人が山ほどいるのに・・・・、それでも暴落しているのだ。

その理由は簡単、地域限定で爆発的に釣れ(漁でも獲れ)、その水揚げされるイシナギは全てヘビー級(30kg〜100kg)、大波のように一気に押寄せたイシナギは、地元のバイヤーも捌き切れず、それぞれの受入先もパンクしているのであろう。

それでも滞りを避ける為、最終手段として値段を下げてでも流さなければならないのが本音だと思うが、魚の価値を下げるのは人間の勝手な都合にすぎない。

 イシナギはまぎれもなく高級魚である、これもしっかり補足しておきたい。

イシナギについていろいろ調べるうちに、知れば知るほどこの魚に惚れてんでいく。

そんな日々の会話のなりゆきからであろう・・・
「で、八鳥さん、いる?」
とのお言葉、絶妙なタイミングで天からイシナギが舞い降りた感じがした。

彼自身、「ウチの家族もいっぱい堪能したし、あげる人にも全て渡した。価値のないものとして流通されるなら、欲がっている人(価値が分かる人)に渡ればイシナギも本望だろう、次に獲物が釣れたらの話だけどね」・・・・
そんな竿職人の言葉は、人に対しても、魚に対しても心意気を感じた。


そうなると、まずは弊社近くで磯料理屋(竹波)を営むマスターにプレゼントするのが本命の1本、
追加があれば私の分も・・・

「とにかく2本はノドから手が出るほど欲しい人がいますよ」

と伝えこれで【釣り手】、【受け手】、【運び手】の気持ちが一つになった瞬間だった。


・・・全ては成りゆきに任せ、でもすべき時が来たらビシッと・・、7月も終わりになろうとした時、遂にその日が来た。

朝6時に1本目、7時に2本目のコールが入った。
開始早々食ってきたとの事で、まさに船上からの生電話であった。
私もルンルン気分で勝浦へ車を走らす・・・。
勝浦に到着すると、氷でキンキンに冷えた2本のイシナギがそこにあった(30kgと35kg)。
「別にアベレージサイズだよ」といたってクールな態度、奥さんや子供も、横たわったイシナギには見向きもせず横をタッタッタッ・・・と通り過ぎる。
  何ちゅう家庭や、きっとこの家庭では日常茶飯事で巨魚は見慣れているのでしょう・・・。
その場の雰因気に未練を残しながら、早々に2本のイシナギに車に積込み、立会人の釣主(彼)と共に帰路鎌倉へ。

到着すると竹波マスターが外で待っていてくれた。

イシナギを見つめる嬉しそうなマスターの顔。

我々はそれで十分だった。

数日後、メニュー板を見ると、定食・刺身・鉢物・煮魚・塩焼き・・・・。

そのTOPをイシナギで飾り、地元や観光客の胃袋を満たした事は言うまでもない。
よかった、よかった、まずはミッション終了。

その4 2011年8月11日

 ついに筆者・八鳥家に待望のイシナギ(30kg)がきた。
「心して食しますからな」
と早速解体作業に取りかかる。
まずは鋤引きにてウロコを取り、裸にされたイシナギは白肌でちょっとセクシー。
丸ごとの巨体はここで見納め、しっかり目に焼き付けて、その後は勢いよく解体を進め現実的な形に・・・。
背骨はまるで獣のよう、各パーツの大きさは規格外、全てがビックリではありましたが、包丁の入れる箇所、進める手順は普段やっているスズキと同じでした(やっぱスズキの仲間なんだな〜)。

そんな解体も終盤に入り、お世話になっている方へのお裾分用は「刺身用と昆布〆用」のサクを1セットづづ用意し、各料理の用途に応じカット、それぞれ真空脱気シーラーして、解体完了!
後片付けをして、就寝・・・・・。
これからのイシナギ料理が楽しみである。

 

 

 

 

 

その5 2011年8月19日

遂に憧れのイシナギを食した。
一見スズキとイメージしたものの、身質、食感、味、それは全くの別物でした。
身を切る触感はとても柔らかいながらも、筋繊維がしっかりしており、日数が経ってもコリコリ感が劣る事はなく、また熱を加えても身崩れする事なく、プリプリ感
(例えるなら、エビや鳥モモ肉のような)が味わえるので、どんな料理でもしっかりとした歯ごたえだった。


刺身、しゃぶしゃぶ、昆布〆、漬け、塩焼き、煮付け、揚げなど、・・・何にしてもパーフェクトな魚で、その中で私が感動したのは、「昆布〆」であった。
昆布を敷いて3日ほど寝かせた身は、昆布のうま味を吸い、かつ味わい深くなっている。
  一般的に魚身は時間が経つと柔らかくなるのですが、イシナギの身はこのコリコリ感を残したまま、味わいが深くなっていくのだ。ちょっと大げさな言い方かもしれませんが、究極の魚料理がここにあった。

私が知るイシナギは、肝臓にはビタミンAを多く含んでおり、その肝臓を食べるとビタミンA中毒(症状としては頭痛や吐き気、皮膚が剥がれる)になるので、1960年に食品衛生法で、肝臓の販売は禁止になった。
イシナギに問わず、サメ、大型魚、老成魚などの肝臓はたくさん食べない方がいい・・・というのが定説だが、特にイシナギの肝臓には、魚類の中でもスバ抜けてビタミンAを多く含んでいる。

ここで補足しておきたいのは、「ビタミンA」とは、生きる為には絶対に必要で、成長、粘膜や皮膚再生、免疫力UPに欠かせない化合物であるということ。
過剰摂取は先ほど述べた通りですが、逆に欠乏すると夜盲症(鳥目)になったりと、多くても少なくても体に良くないという事ですね。
よくビタミンAの欠乏による夜盲症の薬として、ヤツメウナギの乾物を食べると良いと言われており、これもイシナギ同様、ビタミンAを多量に含む魚であるからで(含有量はイシナギと比べると少ない)、もちろん頻繁に食べると中毒になる事は言うまでもない。

 

イシナギの「食」に関して、ほとんど知らない事ばかりで、魚人生を歩んでいる私にとって本当に良い経験をさせてもらいました。

終わりに添えて

 

そんなこんなでこの夏は、イシナギ中心の釣りではあったが、心の平安はいつもなく、

 明日どうなるかともわからぬ心は、日々との戦いであったが、先進国が抱える悩みはいつもそのようなものであろうか。

これが明日食べるものがなくて、あるいは、明日撃たれて死んでしまうかもしれない恐怖と隣り合わせな毎日を送る世界の2/3の人々の事を思うと全く極めて贅沢な悩み話である。

 今年は、日本人自殺者よりも急成長するお隣韓国のほうが多かったという事であるが、悩めるアジアの人々の中でもっとも贅沢な国の中の2つに入るのではなかろうか。

愚かな人間でたかが職人風情と言われても仕方がない事ではあるが、それでも考えてしまうのは仕方のない事である。

過去に

「お前だけがそのような事を考えてどうなるのか?」
「お前は小石川療養所か?」
「その行く先々の貧乏人の事をいちいち・・・・・・・・」
とある遠征釣師に言われた事があるが、世界中を歩く遠征人の中にも考えは極めて心の狭い人はいるのが本当のところなのだろう。

また名人というには、宇宙の果ての向こうにありそうな若者に

「釣りの事で解らない事があれば何時でも聞いてください。」

「はっきり言ってデータも持っていますから。」

などと言われ、蔑まれたが、それも己の小さき器の代償と受け入れがたきを受け入れた。
その目をじっくりと見ようとしたが、彼の眼は焦点定まらないかの如く泳いていた。

その二周り近く年下の彼から見下すようなあの顔が浮かび、忘れては時々思い出す。


 現在の日本は法治国家であって、人情沙汰などあってもその場で切り倒す事などまずあり得ないが
腰に大小を持ち合わせていた時代ならば、即袈裟がけで真っ二つになっていかもしれない。

2011年は様々な出来事があり、10月は、独裁者の40年の長き渡る支配も終焉を迎えた。
その最後を映像で観るにつけ、こうも悲惨な結末なのは歴史の通りなのかもしれない。


今だ世界は、混乱と貧困と飢餓にあるのは誰もが知る事実である。

そのような中で自由に発言し、国家という後ろ盾のある人間という保証があるのも過去の先人達が築き上げた土台の上に成り立っていることを改めて認識した。

2012年はより平和が訪れている事をひたすら願うのであった。

 

2011年10月24日

今年はこの小さなチビナギクンからスタートした。
胃袋には40cm程度のサメが入っていた5.8kgのチビナギ。
水深は120mダチ

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