新明解国語辞典第7版によると、お化けは、
「化け物の畏れと親しみ(好奇心)を織り交ぜた呼称」とあります。
同じく、化け物は、
「(1)動物などが人間の姿に化けた物。
(2)正体の知れないものが、現実にはあり得ない特異の姿になって現れる物。」
ちょっと難しいので、例解小学国語辞典第四版を開くと、
お化けは、「化け物。ゆうれい。」
化け物は、「あやしい姿で絵で化けて出るもの。お化け。」
となっています。
ここで重要なのは、お化けは、幽霊と同じではなく幽霊を含んだ化け物を指しているところでです。
人により解釈はいろいろあるでしょうが、簡単に考えると、お化けは5種類くらいに分類されると思います。
1.動物系の化け物
2.幽霊
3.妖怪
4.自然界の化身
5.神様系の化け物
それぞれ、代表的な例を挙げていきます。
1.動物系の化け物
(1)狐、狸
(2)ムジナ(アナグマ)
(3)猫(猫又)
(4)ヘビ
他にも、カワウソも人をだますという話もあったりします。
狐や狸は有名ですね。「狐狸妖怪の類」というような使い方もあります。
ムジナは、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の「怪談」にも載っています。
2.幽霊
(1)お岩さん
(2)お菊
(3)牡丹燈篭
お岩さんとお菊さんは共通点が多く似ているようで似ていない江戸時代の怪談です。
江戸時代は、妖怪のところでも出典が出てくるようにお化け・化け物に関する研究の結果が多く残された時代のようです。
幽霊の話は、これら以外にも多くありますが、有名どころとして多くの人が挙げるのは、やはりお岩さん、お菊さんの怪談ではないでしょうか。
21世紀まで残った17世紀の怪談の代表作2つは、実は、全く異なる話なのです。
簡単にあらすじを書いてみます。
(1)お岩さん
貧乏な武家の娘、お岩さんが、貧乏だが普通の青年と結婚することができた。
ところが、この青年は結婚してから本性が現れ、不良(ちょい悪おやじ)になっていく。
そして、お金をそこそこ持っている武家の娘と仲良くなり、お岩が邪魔になる。
そこで、元普通の青年は、お岩を無き者にすることをたくらみ、ついにお岩は無念のうちに命を落とす。
こうして、お岩の恨みが祟りになって元普通の青年と小金持ちの武家に降りかかる。あな、恐ろしや。
(2)お菊(番町皿屋敷)
武家の屋敷に身寄りのないお菊がお手伝いとして一生雇う契約を結ぶ(お手伝いとは聞こえはよいですが身分は奴隷みたいなものです)。
武家の主人が、やきもち妬きの奥さんがいるのに、お菊を気に入ってしまう。でも、お菊は、主人のことは何とも思っていない。
そこで、主人、あるいは、奥さん(話によってどっちかです)が家宝である10枚組の1枚を隠してお菊に濡れ衣を着せてしまう。
最後に、主人がお菊を刀で切って古井戸に投げ込む、あるいは、お菊が失意のうちに古井戸に身を投げる。
こうして、古井戸からお菊の幽霊が「いちまーい、にまーい、、、一枚足りない」と夜な夜な現れるようになり、ついには、武家は取り壊しになる。
つまり、
(1)お岩さんは、個人の恨み(夫婦という対等な立場にありながら裏切られたことへの復讐)、
(2)お菊さんは、社会風刺(武家のお手伝いという社会的地位の低い者が被害者)
がテーマになっているのです。
ここで、お菊さんの話は、ご本人と遺族にとっては、社会批判と言ったほうが正確かもしれません。
むしろ、江戸時代の当時は、一揆や打ち壊し等と同様の政治に対する抗議活動だったとも考えられます。
ただ、現代にまで残っている理由としては、現代風に言えば、民族、国、地域、性別、習慣、性格などで個人を差別しないダイバーシティに通じるものと考え、「風刺」に留めておきました。
(3)牡丹燈篭は、足のある幽霊の話です。
中国が原産という説があり、幽霊に足がある根拠になっています。
3.妖怪
妖怪は、種類が多く地域差も大きいので、一つ一つ具体例を挙げるのはあえて避けたいと思います。
現代の多くの妖怪のもとは、江戸時代の鳥山石燕の作といわれる妖怪の画集(以下の4部作)に収められています。
・画図百鬼夜行
・今昔画図続百鬼
・今昔百鬼拾遺
・百器徒然袋
ちなみに、石燕はさらに古い妖怪画、「百怪図絵」「化物絵巻」「化物づくし」「百鬼夜行絵巻(室町時代)」をもとにしていると考えられている。
他にも、怪異の随筆集になりますが、「耳袋」(江戸時代 根岸鎮衛著)にも妖怪は出ています。
【参考】
妖怪図巻 京極夏彦、多田克己著 国書刊行会発行
4.自然界の化身
(1)雪女
雪の精と言われています。
「~の精」と呼ばれるものは自然界の化身であることが多いです。
これらも自然界にある、ありとあらゆるもの化身なので種類も多く、地域差も大きいので具体例は他にはあげません。
5.神様系の化け物
(1)夜叉、羅刹、阿修羅
(2)八咫烏
(3)ダイダラボッチ
(1)夜叉、羅刹、阿修羅
夜叉、羅刹、阿修羅は仏教での呼び名です。
もとは、起源が仏教より古いヒンドゥー教の神でもあります。
ヒンドゥー教は、インドの現存する最古の経典「ヴェーダ」を経典とする宗教(バラモン教など)が土着の宗教と融合して形作られていきます。
なので、実は、ヒンドゥー教自体がいつ発生したかはっきりわかっていません。
仏教は、ヴェーダを経典とする宗教にブッダ(釈迦)が出家し、その偽善的な修行に疑問を抱いたことが発端になっています。
ただ、仏教とヒンドゥー教、ヴェーダを経典とする宗教は、対立するだけでなく、教義や用語、神様など様々な面で融合しています。
夜叉は、仏教では、毘沙門天(インドの神様クベーラであまり有名ではない)の一族のインドの悪鬼です。お釈迦様が改心させ八部衆として仏を守る役目を与えられたことになっています。
日本では、人を喰らう悪鬼として物語に登場します(有名なものとしては「金色夜叉」ですね)。
なので、神様といえば神様ですが、日本では、仏教の八部衆よりも悪鬼羅刹のごとき扱いのほうが有名かと思われます。
羅刹は、ヒンドゥー教の神ではラクシャスのことで、仏教では、破壊と滅亡をつかさどる鬼神が仏教に帰依して十二天の一つとして仏を守っているとされています。
でも、日本では夜叉と同様に悪鬼として有名です。
阿修羅は、これも八部衆に含まれます(やっぱり、お釈迦様が改心させたことになっています)。
仏教の十界の一つでもあり、六道の一つでもある阿修羅道の元締めです。
ちなみに、修羅と阿修羅は仏教では同義です。
阿修羅は、阿修羅像が有名なため神様らしいといえばらしいのですが、実は羅刹とかかわっている可能性もあります。
仏教の中では、阿修羅は帝釈天と常に力比べをしていて、いつも負けています。
帝釈天はインドではインドラと呼ばれるヴェーダの主神の一人です(阿修羅はインドではあまり偉くないようです)。
帝釈天は偉いだけに、仏教の中で、羅刹に変身したりしています。
夜叉(と毘沙門天の一族)は、羅刹とも阿修羅とも直接関わりがないのですが、八部衆と十二天を並べると何とも不思議な相関が出来上がります。
八部衆は、以下の8つから成っており、あまり関連のなさそうな夜叉と阿修羅が並んでいます。
・天(サンスクリット語でデーヴァ)
・龍(サンスクリット語でナーガ)
・夜叉(サンスクリット語でヤクシャ)
・阿修羅(サンスクリット語でアスラ)
・残り4つは省略
十二天は、八部衆の天の中の十二神を指します。有名どころは以下ですが、夜叉と同属の毘沙門天とインドでは別格の帝釈天が並んでおり、帝釈天が化けたことのある羅刹も一緒に並んでいます。
・帝釈天
・閻魔天
・羅刹天(羅刹のこと)
・毘沙門天
・梵天(幼名が梵天丸の伊達正宗は幼少期に見た不動明王の像を見て心酔します。)
ちなみに、仏教の神仏?は、如来、菩薩、明王、天、その他に分類されており、不動明王は当然ですが明王に入ります。
ここで、天は八部衆の天と同じなので、これだけで考えると、仏教の立役者は、なんだかぐちゃぐちゃな関係になっています。
さらに、日本の七福神は、諸説あるので新明解国語辞典第7版を引くと以下の7人です。
・大黒天(インドの神、マハーカーラ)
・恵比寿(日本産)
・毘沙門天(インドの神、クベーラ)
・弁財天(インドの神、サラスヴァーティー)
・福禄寿(中国産)
・寿老人(中国産)
・布袋(中国産)
大黒天は、ヒンドゥーの主神、シヴァ神のことで、ヒンドゥー教の布教とともに、ヴェーダの宗教の主神、帝釈天であるインドラを、退けています。
その大黒天が、インドでは端役の毘沙門天と並んでいます。これは、十二天でも同じなのですが、実は中国で仏教を広める時に「西遊記」「封神演義」といった庶民向けの物語で毘沙門天が托塔李天王(たくとうりてんのう)として登場することに由来していると考えられています。托塔李天王は中国の有名な武将になぞらえた英雄なので、外国であるインドの宗教の主神と同格に扱われているというのが専門家の見方だそうです。
ちなみに、大黒天は因幡の白ウサギで有名な大黒様(大国主命=おおくにぬしのみこと)とも民俗学的観点から言われています。
このような、古い宗教の神が新興宗教の中に取り込まれ、主神の引き立て役になるのは、あらゆる宗教で見られます。
日本では、鬼が有名です。
鬼は、仏教が日本に入ってきたときに、それまで信仰されていた神道の神々や地域の土着の神々の中で、名前(仏教の中での役割)を与えられなかった神々の総称といわれています。
また、京極夏彦氏は、小説「魍魎の匣(もうりょうのはこ)」の中で、魍魎とは仏教以前の宗教が、さらに古い宗教を取り込む際に名前を与えなかった神々の総称ではないか、と説いています。
ちなみに、「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」の魍魎と単独で使う「魍魎」とは違うものだとも書いています。
ついでに、鬼について補足しておくと、鬼は怪異の総称としても使われていたようです。
例えば、「鬼火」はわかりやすく言うと「怪しい火」という意味で、決して鬼が持っている提灯(ちょうちん)のことでもありませんし、鬼のバーベキューのことでもありません。
また、鬼は、寅皮のパンツにツノにキバ、赤や青の肌の姿で描かれる化け物のことを言う場合もあります(むしろ、こっちの方が有名ですが)。
この化け物は、実は西洋人の姿を模したものだという説もあります。
【参考】
ヒンドゥー教
(2)八咫烏(やたがらす)
天照大神(アマテラスノオオミカミ)の使いとして知られています。ただの使いなら動物でもよいのですが、神格化され足が3本あるので化け物と言えるでしょう。
織田信長と敵対する一向一揆で石山本願寺を守った一向宗の鉄砲の名手、雑賀孫一の旗印にも使われています。
(3)ダイダラボッチ
悪いことはしない超巨大から普通に大きい巨人で、自然界の化身に近いのですが、化ける元の自然物、自然現象がはっきりしていないので神様系にしています。
漁ができる干潟や浅瀬を(偶然とか自ら進んで)造るという伝説が各地に残されています。海を掘った土は、高い山になります。
また、ダイダラボッチが作った山や干潟は信仰の対象になることがありますが、ここで大事なのは、ダイダラボッチは崇(あが)められますが、神には祀(まつ)り上げられないのが一般的なので、ダイダラボッチは神様ではなく、化け物ということにしておきます。
こんな話をしていると、竜とかヤマタノオロチも化け物に当たりますが、竜は水神であることが定説であり、もとは大河の化身と考えられていることから分類した上での例としては省きました。ヤマタノオロチは、スサノオノミコトが退治した化物としては知られていますが、正体は古事記にも日本書紀にも書かれていないようなので分類できませんでした。
ついでに、スサノオノミコトの血統である大国主命は天照大神に、出雲を中心とする山陰地方とか中国地方を差し出して国が統一されたような話が有名です。
ところで、暗闇で、一瞬目に入った青白い影を見たときは、
「キャー、お化け!」と叫びましょう。
暗闇だから、幽霊だと断定できないから、怪しいものの総称「お化け」を使うほうが正しいということです。
「キャー、幽霊!」と叫ぶのは、幽霊の正体を知っていて、その幽霊が自分に祟っている時だけなのです。
夏のお化け屋敷で「キャー、幽霊!」と叫んだあなた、悪いことしていませんよね。