旅日記風野辺山電波天文台見学記   

2004年9月30日




☆旅日記   
今年の夏は帰省できなかったので、遅まきながら飛び石三連休に有給休暇を付けて 4連休とし、実家に帰省をしてきた。夏休みにガンガン仕事をしたので、 中間期末の繁忙期と言えど文句を言う人もおるまい。

で、愛知県まで帰る訳だが、東名高速や中央高速は正直もう飽きた感じだ。 元々ブラブラとドライブするのは大好きだから、今回は12時間かけてぶらりと 下道帰省と洒落てみることにしよう。 経路は中央道沿線の下道経由で、沿線の名物を見ながらのんびりぶらり旅だ。

第一目的地は直径45mもの大パラボラがそびえ立つ野辺山電波天文台である。 他にもお祭り見物とかあるのだが、当サイトはあくまでPC系サイトなので、 旅日記では電波天文台以外は余談として簡単に述べるだけにする。

さて、愛車プリメーラは甲州街道を西へ西へと進む。 甲府を過ぎ、韮崎で国道141号に乗り換えると、だんだん国道の傾斜が急になってきた。

野辺山は高原の上にあり、空気が薄くなっていくのが耳の違和感でよくわかる。 プリメーラのエンジンはNAなんで、心なしかパワーが落ちているようだ。 登坂車線のトラックを追い抜くのにフルアクセルをくれてやるのは、 初めての経験である。

アクセルを踏んでもスカッと力が抜ける感じで、トルク感が落ちている。 その昔、高度1万mのB-29を追いかける零戦のパイロットも こんな気分を味わったのかね〜、なんて考えてしまった。

ペンションで有名な清里を抜けると、もうすぐに野辺山だ。 急だった傾斜も平らになり、高原のさわやかな雰囲気が旅心をくすぐる。 なかなかいい感じの高原である。

電波天文台は野辺山駅から少し南に細道を入ったところにある。 45mのパラボラは目立つから、晴れてさえいれば野辺山駅から 道に迷う事はないだろう。駐車場もそこそこ広くて、いいところだ。

☆ミリ波干渉計   
駐車場脇の守衛所で記帳すれば見学は自由にできる。 入り口から順に見てみよう。

入り口を入ると、まず直径10mのミリ波干渉計群が見えてくる。 守衛所近くでは小さく見えるが、近づくにつれてその大きさに驚かされる事になる。 45mの方に気を取られて軽く考えていたが、こちらの大きさもかなりのものだ。

遠くに 10mパラボラ群が見えてくる。 小型のパラボラだが、 近づくと意外に大きい。 真下では仰ぎ見る事になる。  

ミリ波干渉計はアンテナゲインよりも分解能に重きを置いた観測装置だ。 アンテナは移動台車で移動させることができ、年に何回か配置を変えるそうである。 (基線に沿って電車のレールと同じものが敷設されていたが、 こんなバカでかい機材を移動させるのは大変なんだろうな。)

基線は小文字のyを左右逆にした形になっており、その基線中の配置ポイントを 移動させることで干渉パターンをフレキシブルに変えながら測定データを 蓄積してゆく事ができる。

これにより、実質的に直径600mのアンテナに匹敵する分解能を得られるそうだ。 ちなみに、観測周波数は80〜230GHzである。

太陽系外の惑星系を発見するなど、研究成果も順調のようだ。

☆電波ヘリオグラフ   
次に見学したのは太陽観察用の電波ヘリオグラフである。

太陽観察用の電波ヘリオグラフ
観測対象が太陽なので、アンテナの直径は小さい。

電波ヘリオグラフは基本的には太陽観察用なので、アンテナゲインは それほど必要ではない。このため、アンテナ直径は BSアンテナよりちょっと大きい程度(直径80cm)になっている。 ただ、分解能を上げる必要性から東西500m・南北220mの範囲にT字型に 84基のアンテナが並べられている。

それぞれのアンテナからの信号を相関を取りながら合成することで、 直径500mのアンテナと同じ分解能を得ることができるそうである。 ちなみに、観測周波数は17〜34GHzである。

観測データの展示もあったのであるが、いわゆる電波望遠鏡的な ボケボケな画像ではなく、まるで可視光で観察したような クリアな画像が得られていた。 特に太陽フレアの研究では世界をリードしているそうだ。

カミオカンデでニュートリノ天文学の新境地を拓いた小柴先生の 逸話が有名なため、天文学は実学としては役に立たないという イメージがあるかもしれない。 しかし、太陽ヘリオグラフの成果は人工衛星の運用等にも役立つデータであり、 実学的要素も大きいと言えるだろう。

実際、2003年の巨大フレアでは地球観測衛星みどりの電源系が損傷した例がある。 太陽フレアは人工衛星に損傷を与える場合があるので、 そのメカニズムの解明は実学的にも重要である。 特に通信衛星はIT分野にも直接の影響があるしね。

☆45m電波望遠鏡   
そして最後は横綱の土俵入り。なんと直径45mの大電波望遠鏡だ。

おぉ。遠くにそれらしいのが見えてきた。 それっぽい注意書き。 真下ではデジカメの視野では全景が入らない。  

とにかくでかいというのが正直な印象だ。 パラボラが上を向いていたので、下から見上げるとお椀がのし掛かってくるようで、 かなりの威圧感がある。

こちらは深宇宙を探査するため、分解能よりゲイン重視である。 (とは言ってもこれは単体の話で、10mミリ波干渉計と組み合わせて使うことも できるから、その場合は分解能も格段にアップできる。)

ミリ波用だから 鏡面の精度もかなり高い必要があり、このためパラボラ面は多数のセルに分割され、 それぞれがアクチュエータ制御で理想状態になるように制御されているそうだ。

おもしろいのは、パラボラ面を支える骨組みである。 なんせ、この巨大なお椀をミリ波で使える精度を保ったまま 全天に向けて振り回さなければならない。

しかし、角度が変わると骨組みが自重で歪んでしまう。 それを抑制しようと骨組みを強化すると、その強化部材の自重で さらに歪みが発生し...と、堂々巡りで、いくら骨組みを強化しても パラボラ面を維持することはできなかったそうだ。

で、どうしたかというと、骨組みの自重による変形は防がないという方針に 発想を転換したそうである。要するに表現は悪いが歪みっぱなしというわけ。

ただし、骨組みが歪んでも歪んだ形もまたパラボラ面になるように 骨組みの構造を徹底的に解析してあるそうだ。 口で言うのは簡単だが、全天でパラボラを維持したまま変形する訳で、 計算は大変だったろう。逆転の発想というところだが、さすがに頭のいい人がいるね。

45m電波望遠鏡の全景
かなり離れてようやく全景を収められた。

こちらは、その巨大なゲインを生かして星間分子の研究などが行われているそうだ。 たるさんは化学出身なんで昔少々習った事があるのだが、主に 分子の回転スペクトルを観察しているのだろう。

化学系が本職なんで興味がわいたのだが、 それにしても星間分子ってのは常識はずれな分子ばかり。 一応、水、アルコール、アンモニア等の常識的な分子もあるのだけど、 常温常圧の地球上では安定に存在し得ない分子が多い。 まるで反応中間体だ。

星間ガスってのはとても希薄なので、反応が平衡になるまでの 緩和時間が桁違いに長いからだろう。

☆それ以外の機器   
実物の展示は無いのだが、パネルでその他の機材も紹介されていた。 PCに関係ありそうなのは、受信機と分光相関器かな?

受信機はノイズレベルの限界まで微弱な信号を受信する関係で 液体He温度(絶対4K)まで冷却されている。 フロアノイズレベルを決める最大の要素は熱雑音であり、 室温動作では-174dBm以下のレベルは実現不可能だからね。 4Kまで冷却すれば熱雑音は4K/300Kまで低下する理屈だ。

分光相関器は各パラボラからの信号を合成するための相関処理と、 各周波数成分に分けるための高速フーリエ変換を行うための 機材であるが、要するに専用スパコンである。

この相関器は専用機ではあるが、完成当時は当時の世界最速 スパコンを凌ぐ演算性能だったそうだ。 チップの上に書いてあるUWBの文字がそれっぽい。

余談だが、次代を担うALMA計画では地球シミュレータをも凌ぐ演算性能の 超高性能分光相関器が必要だそうだ。

地球シミュレータもそうだが、テクノロジは厳しく難しい 研究需要に応える事で進歩する。 今、日本の国家財政は火の車だけど、科学技術こそは資源のない日本を唯一支えられる 大黒柱だけに、この手の予算は頑張ってケチらないで行きたいね。

☆余談編1:高遠まつり   
電波天文台以外にも各地へ寄り道していた訳だが、それは当サイトのネタ的に ふさわしくないと思われるので余談として簡単に掲載しておく。 (この手のネタに興味のない方は読み飛ばしてください。)

野辺山の次の寄り道は、桜の名所として全国的に有名な高遠である。 ここで、高遠まつりが行われていたのだ。

高遠まつりと鉾持神社

高遠まつりでは屋台(山車)が1台出ていた。 本当はもう一台あるのだが、人手不足で隔年毎に1台ずつ出るのだそうだ。 というわけで、商店街の駐車場を使わせていただいた手前もあり、 地酒2本を購入して地域経済活性化に少しだけ貢献してみました。

真澄の方を先に飲んでみたのだけど、日本酒通の知り合いによると この酒は「日本酒好きなら知らない奴はモグリ。」だそうだ。 実際、そこまで言うだけあってフルーティーでとても旨かった。

三味線をベースとしたお囃子がゆっくりと町を練り歩く。 それにしても、なんか心休まる町並みだね〜。

な〜んて言っていたら、地酒を買った酒屋のご主人が インターネットで地酒の受注を受けていたぞ。 いかにも酒蔵風の古い作りの酒屋の中に液晶モニタがあって、 それを見ながら発送の荷札をプリントアウトしているのは、なんかシュールな光景だ。 回線さえあれば遠隔地でも商売できるってのが、いかにも時代の流れだね。

焼き味噌仕立ての高遠蕎麦。 地酒・仙醸みずほ(左)と真澄(右)

昼食は有名な高遠蕎麦を頂いた。蕎麦自体は普通の信州蕎麦の様だが、 焼き味噌が薬味に添えられているのが特徴である。 他にごまだれのつゆもあって、そちらも美味しかった。 次回は伊那名物ろーめんを掲載してみたいね。

駒ヶ岳の千畳敷カールを目指して見るも... 麓(左)でも信州平谷(右)でもこの様子。

高遠の後は、駒ヶ岳の千畳敷カールを目指してみたのだが、 生憎の悪天候で中断せざるを得なかった。 駒ヶ岳の頂上付近は今が紅葉真っ盛りのはずなのだが、 この様子では登っても無駄だろう。次回、捲土重来の予定。

☆余談編2:窯垣の小径   
寄り道の第二弾は、瀬戸にある窯垣の小径である。 窯垣とは、窯業で使われた廃材を利用して作られた石垣であり、 瀬戸物の町瀬戸ならではの光景だ。

ちなみに、小径の途中に資料館がある。 コンクリート製ではなく、昔の民家を買い取った古い建物であるのが嬉しい。 ボランティアの方々がお茶をサービスしてくれる親切さ。 こういう風景もまた、癒し系日本の原風景なんだろうな。

日本の原風景・瀬戸物の町「瀬戸」の窯垣の小径

石の代わりに使われている廃材であるが、丸いのが「ツク」 と呼ばれる柱、板状のものが「エブタ」と呼ばれる棚板である。 いずれも、製品である陶磁器を窯で焼くときに効率よく 窯に詰め込むために使用する台座の一部である。

窯業はクラッシックなセラミック産業の一種であるが、IT産業やPC業界が 半導体パッケージやコンデンサ等でセラミックの恩恵に浴している 事を考えると、これもPC向けのネタであるとも言えるかもしれない。 こじつけっぽいですけど...

ともあれ、陶磁器産業は数百年前には当時のハイテク産業だったわけで、 (戦国時代、織田信長が鉄砲を買う軍資金を得るために 瀬戸の窯業を保護したのは有名な話。) 窯業がリニューアルされてセラミック産業という形で日本の IT産業を支えている現状はとても興味深い。

余談だが、セラミック産業はスキル・ノウハウ集約型産業であって、 製造設備投資に耐える投資余力があっても ノウハウがなければ容易に新規参入できない。 日本の電子部品産業がDRAMや液晶とは違って韓国・台湾勢に 容易に追いつかれないのは、このような歴史的下地があってのことなのだ。 (これはホントの話1)である。)

☆余談編3:横須賀まつり   
名古屋から知多半島方向に南下したところに東海市がある。 ここで、横須賀まつりが行われていたので、早速寄り道してみた。

山車集合中。(1台が出た直後でした。)

山車は全部で4台。隔年毎に半分づつ出るのだそうだ。 山車にはからくり人形が乗っていて、動いているところを見物できたのだが、 なかなかおもしろい。

方向転換の方法は、佐原や石岡の山車とは違っている。 前半分の車輪を担ぎ上げて浮かして、後輪だけで屋台を回すのである。 (わかりやすいように下記に経時変化を示した。)

前半分を担ぎ上げて回すのが、横須賀流の廻し方。

若い衆が屋台の前の担ぎ棒を気合いで持ち上げるのは、見ていても力が入る。 関東の山車まつりとは違った趣があって、こちらもなかなかグッドだ。

☆余談編4:さびれゆく大須   
旅の終わりは名古屋の電気街・大須で締めくくりだ。

いや、地元に就職した仲間から聞いていたのだが、 秋葉原同様に大須の衰退も著しい。 写真を見ての通りである。

第一アメ横ビル2Fでボントンが営業中だったのを見かけたときは、 思わずホッとしてしまった。小学生時代の面影を残すのはここ位のものだ。

たるさんは大須で電子工作を学んで育った訳だけど、 小学生時代に半田付けのイロハから学んだ我が青春の大須が こんな事になって、寂しいったらありゃしないよね。

入り口脇の一等地が... 中もガラガラの閑古鳥 大須商店街は持ちこたえている。 

う〜む、秋葉原(東京地区)・日本橋(大阪地区)・大須(名古屋地区)といった、 いわゆる三大電気街はいずれも崩壊に向かいつつあるのであろうか?

大阪の日本橋には最近は行ったことはないのだが、これも 当サイトの情報網によれば壊滅状態との事だ。 電気街の衰退は全国的に時代の流れといえるのだろう。

不幸中の幸いは、大須は秋葉原と異なり電気街だけでなく普通の商店街でもあること。 商店街というと、シャッター通りと化している地方都市を彷彿とさせるが、 大須に限っていうと商店街としてはちゃんと機能している。 写真の通り、人通りもそこそこあるようだ。

電気街には、ハードウエア関連の技術者を 養成するスキル養成機関みたいな側面がある。 (たるさんが知るハイスキルな人材のほとんんどは、 マイコン少年かアマチュア無線小僧の成長した姿である。)

つまり、三大電気街の衰退は日本経済におけるIT産業の地盤沈下を 人材養成面から象徴的に表していると言えるだろう。 大げさなことを言えば、電気街の危機は人材養成面から見た日本経済の危機 でもある。このままでいいのであろうか?



1)
もっとも、この理屈で行くと景徳鎮とかが将来的には日本の電子部品産業の 強力なライバルになるわけだが...

今まで内戦やら文化大革命やらに明け暮れて後れを取ったが、 窯業の本家・中国では電子部品産業が発達する下地は十分あると思う。