電源電圧変動のスペアナ解析(竜頭編)   

2003年7月27日




今回の話題はPCマニアの王道「オーバークロック」にしてみた。 (以下OCと略)

地球シミュレータ見学会であんなモンスターマシンを見てしまったので、 しばらくやる気を失っていたのだが... まぁ、我々アマチュアがあれに匹敵する演算能力のマシンを 手に入れるなんて現時点では絶対に不可能だし、 アマチュアらしく出来るところから手を付けていこう。

もっとも、20年後ならば地球シミュレータクラスのコンピュータが各家庭に1台ずつ 置かれている可能性十分なところが半導体技術の怖いところだ。 現に約20年前のスーパーコンピュータであるCray1は、たるさん手持ちの Celeron-2GHzマシンより格下の性能となってしまっている。 この業界は趣味で遊ぶ分には楽しいが、仕事として考えると進歩が早すぎて ホントに怖い業界なのだ。 (スパコンに関しては本人も非常に興味が湧いたし皆様の関心も高いようなので、 スパコン・ウオッチャーとして今後も折に触れて取り上げる予定だ。)

と言うわけで、PCの世界に目を向けてみよう。 今、Web上の予測記事ではPrescottの消費電力が意外に大きいという事で 問題になっているようだ。 100W近い消費電力だそうで...

で、以前は消費電力が増えると「CPUのメルトダウンが起こる。」とかで、 発熱が最大の問題と予想している記事ばかりだった。 だが、現時点でのPrescottの問題は予想以上の消費電力が災いして FMB1規格を再策定してFMB1.5を作らねばマザーが CPUに電力を供給しきれない事だという。 「Prescottの熱を逃がしきれるCPUファンが開発できない。」という話ではないのだ。 1)

今後はマザー上のオンボード電源のキャパを気にしながら OCするしかないわけで、OCマニアには住みにくい世の中になりそうである。

☆オーバークロック回想   
と言うわけで本題である。 OCというのはパソコンマニアのテーマとしては参戦人数最大のテーマであろう。 最近は静音PC化というテーマに押され気味ではあるが、 OC関連のマニア向けサイトは今でも人気で繁盛しているようだ。

OCの方法にはいくつかあるが、大雑把に言うと次の4つに絞られ、 それ以外の方法を検討していらっしゃる方は少ないようだ。
これらの内容に関してはそれぞれ達人がいらっしゃるようであるし、 レベルの低い当サイトがそれに向こうを張るのも何なのでここでは述べない。

では、これ以外に第5の道は無いのだろうか? と言うわけで、これとは別の方法でOC限界を高める方法について考えてみた。

以前熱中症で死ぬ前に...(異形チップコンデンサの謎) で少し書いたが、Pentium4やCeleronには異形チップコンデンサが搭載されている。 コスト対策としてCPUのコンデンサ用パッドに空きランドがある場合には、 ここにチップコンデンサを搭載することでOC耐性が上がる事が知られている。

ならば、マザーにコンデンサを追加搭載しても良さそうだが、 こちらはあまり効果が無いようだ。 秋葉買ってきた電源関係のイカレたジャンクマザーを修理する場合には 絶大な効果を誇る電解コンデンサの交換修理であるが、 OC関連の掲示板を覗いてみてもマザーへの電解コンデンサ追加で OC耐性が上がったという報告はあまり見かけない。 (AGPスロットの電源ラインにOSコンを追加して、 ビデオカードのOC耐性が上がったという話はある。) 逆に、OC耐性アップを狙って電解コンデンサを追加搭載したが、 思惑はずれて狙いを果たせなかったという報告が非常に多いのである。

かく言う、たるさん自身もそうだ。 以前トレンディーなマザーボードの死因?(前編)トレンディーなマザーボードの死因?(後編) で、チップコンデンサ追加とドライアップした電解コンデンサの交換で マザーを修理できた事を報告した。 しかし、これは電解コンデンサがイカレていたため修理で元に戻っただけで、 このマザーでのクロックアップ耐性はピクリともアップしなかったのである。 (このマザーは故障品を貰った訳だが、前にも書いた通りたるさんは 同じマザーを以前所有していたので比較できた。)

CPUの消費電力増大が問題になっている現状では電源品質がOC耐性を 左右していると考えても間違いではなさそうだが、なぜ効果がないのだろうか?

☆彼を知り、己を知れば百戦危うからず。(孫子)   
コンデンサの追加はOCに効果が有りと皆が考えるのだが、 なぜ効果が出にくいのか?  それには、まずその理由を知る必要がある。 孫子曰く「彼(原因)を知り、己(コンデンサ)を知れば百戦危うからず。」だ。

マザー上のコンデンサ追加で性能向上が狙いにくい理由を考えてみよう。 一つは追加コンデンサが電解コンデンサである場合がほとんどであること。 また、チップコンデンサを使用する場合は、電解コンデンサの高周波特性改善のため パラに0.1μF程度のコンデンサを追加する場合がほとんどであること。 この2点に注目してみたい。

では、コンデンサ追加の効能とは何なのであろうか?
それは、下記の2点である。

必要とされるコンデンサの能力は両者で微妙に異なる。

ノイズの低減の場合は、ノイズの周波数成分に見合った適切な種類のコンデンサを 選ぶ必要があるが、容量的には低周波で0.1μF、高周波で1000pFと言ったところだ。

電源ラインの電圧安定化の場合はこれとは事情が異なり、 容量が大きいことも大切である。 電源コネクタに追加コンデンサを付けたりする場合は、 100μF程度のOSコンを追加したりする場合が多い。 0.1μF程度では(ノイズ取りには効果があっても)エネルギー供給量が少なすぎて 電源電圧安定化にはあまり役立たないのであろう。 (ただし、LSIの電源ピン直下に付けるパスコンは 0.1μF程度でも電源電圧安定化に効果がある。)

では、電源ラインに含まれるノイズや電圧変動の実体はどうなっているのであろうか?

これを知るには、実際に電源にどんな電圧変動が生じているか観察してみるのが 手っ取り早い。ただし、電源の場合周波数成分がKHz単位からGHz単位の成分まで 広範囲に含まれているため、たるさん手持ちのオシロで 電源ラインのAC成分を見ても極めて大雑把にしか観察できない。 (たるさんのオシロは岩通のSS-5321で、測定周波数上限は250MHz) 以前、トレンディーなマザーボードの死因?(後編) に書いたとおり、このオシロではスイッチングノイズの測定がせいぜいなのだ。

と言うわけで、高い周波数まで傾向を知るためには、 どうしてもスペアナにお出まし願わなければならない。 ところが、このスペアナという機材...とてつもなく、お高い機材なのだ。 (天下一の貧乏人たるさんに一体どうしろというのだ!)

☆スペアナを求めて...   
このスペアナという機材、無線関係のマニアには上級者向け測定器として 特に人気がある機材である。 このスペアナ(スペクトラムアナライザ)と ネットアナ(ネットワークアナライザ)が無線関係測定器界の東西横綱で、 車で言うとベンツやポルシェにあたる。 「いつかはベンツ。」という車マニアは多いらしいが、無線関係のマニアは 「いつかはスペアナ。」という感覚であるらしい。

それだけに値段は高く、測定上限2〜3GHzの普及品の、しかも 中古でも20〜30万円するし、 数十GHzまで測定できてResBWも1Hzまで絞れるなどという最高級機の しかも新品ともなれば、マジでベンツとタメを張れるお値段である。 そんな機材をどこで見つけてくるのか?

いや〜、世の中にはいるのである。これを個人で所有している人が...

というわけで、前回の記事の冒頭に余談として書いた通り、 神奈川まで愛車プリメーラで爆走。スペアナを求めて浪々流転の流れ旅である。 (写真がピンボケで、再度湾岸高速を爆走しなければならなくなったことは 以前述べたとおり。)

あこがれのスペアナ(アジレント製8595A)
アンテナを付けて動作テスト中。見えているのはページャの電波
借り物なのが悲しい。マイ・スペアナが欲しいよ〜。


測定だが、周波数が周波数だけに適当な電線で接続して測定という訳にはいかない。 まず、8595Aの入力はDC成分を許容しないので、電源の高周波成分を測定するためには DCカットフィルターを挿入しなければならなかった。 こいつの周波数上限が3GHzなので、測定はMax3GHzまでという事になる。 (8595A自身は6.5GHzまで測定する能力がある。)

DCカットフィルター
電源測定なのでAC成分だけを抽出する。


また、入力が50Ωなのも心配のタネだ。 本来ならばハイインピーダンス・プローブを取り付けて測定すべきだが、 たるさんも持ち主もこれを持っていなかった。 信号系測定の場合は回路途中にスペアナ入力を接続して測定するというのは まったくナンセンスである。(スペアナ自身が終端の場合は別だが...) 測定系自身が被測定物の状態を変えてしまうからだ。

ただ、電源測定の場合は伝送ラインのインピーダンスが低いはずである。 0.1ΩのESR増大が許容できない世界であるから、 たぶん50Ωの測定系がぶら下がっても大きな問題にはならないだろう。 データが無いので、高い周波数まで本当に低いのか?と言われれば証拠は示せないが、 インピーダンスが高ければ電力供給もノイズ取りも出来ないので、 まともなマザーなら低いはずだ。

この点から、たぶんハイインピーダンス・プローブを取り付けなくても、 それほど大きな誤差は生じないだろうと考えて、実験強行となった。

テスト中の風景
マザーの裏側からSMAコネクタが出ているので
ケースに組んでの実験は出来ない。


測定したのは下記の条件でだ。 CPUがチャチなのは、後の改造リスクを考えての事である。 我が家でOC耐性の高いのは苺皿・Celeron-2GHz・Celeron300Aといったところだが、 苺皿・Celeron-2GHzでは改造に失敗して壊れた時ショックが大きいし、 Celeron300Aは日常使用しているマシンに使っている。 その点、Duron-900MHzはもう世間的価値は無いCPUだしね。 (それに、こいつはOC特性が根性無しの問題児なので...)

測定点はCPUになるべく近い接続可能な場所と言うことで、 CPUソケットの裏面端子半田面とし、オープンループを最小限にするために SMAコネクタをマザーに直接半田付けした。 これをSMA同軸ケーブルでスペアナまで引っ張り、 SMA-N変換コネクタ経由でスペアナに入力している。 (Nは太すぎてこの手の実験には向かない。)

実験使用機器 使用パーツ
CPU Duron-900MHz
Spitfireコア
マザー AOpen製AK77-333
ビデオ DIAMOND製STEALTH-III
(Savege4チップ)
メモリ DDR-256MB
(スペック333MHz-CL2.5)
HDD SEAGATE製ST3491A
(実験用540MB)
電源 AOpen製400W
(無音の響 FSP400-60GN)
CPUファン AOpen製ACK7L

実験が実験なのでHDDやビデオカードがショボイのはお許し頂きたい。 最新型を取り付けてCPUごと吹っ飛んだら、ショックがでかすぎる。 (ヘタレと呼んでくだされ。) ただし、電源とCPUファンは手持ちでの最良の品を選択した。 放熱と外部電源が律速になると、この後行うマザー改造の効果が 見えてこなくなる可能性があるからだ。

☆簡易測定:電源電圧変動の周波数成分   
まずは、無改造のまま電源ライン電圧変動の周波数成分を測定してみた。 現状での電圧安定化の実体である。 早速測定結果を見て頂こう。

電源OFF時のスペクトル
Center:500MHz Span:1GHz 10dBm/div
ResBW:1MHz VBW:100KHz

Windows起動終了後のスペクトル
Center:500MHz Span:1GHz 10dBm/div
ResBW:1MHz VBW:100KHz

Windows起動終了後のスペクトル
Center:50MHz Span:100MHz 10dBm/div
ResBW:1MHz VBW:100KHz

Windows起動終了後のスペクトル
Center:500KHz Span:1MHz 10dBm/div
ResBW:10KHz VBW:10KHz

Windows起動終了後のスペクトル
Center:100KHz Span:200KHz 10dBm/div
ResBW:1KHz VBW:100Hz


まず、この図にはない1GHz以上の領域であるが、1.8GHz近傍にCPUクロックの 2倍波と思われる成分が見つかった以外は極めて静かであった。 (方形波の高調波成分ならば基本波の次は3倍波のハズだが... まぁ、事実は事実ということで。) このため、解析はCPUクロックの基本波以下で考えている。

周波数成分としてはいろいろなピークが見つかるが、 900MHzと100MHz以下が非常に騒がしい事がわかる。 一番電圧変動の大きい成分は900MHzのピークであり、これは測定したCPUが Duron-900MHzであるから、ある意味でまったく順当な結果である。 CMOSはON-OFF時に一気に電力を消費する性質があるため、この結果は 電源ラインを痛めつける最大の成分がCPUクロックに同期した CPU内部のトランジスタのON-OFFである事を証明している。

たたし、ここで測定しているのは内部クロックのラインではなく、 あくまで電源ラインである事に注目して頂きたい。 電源のデカップリングが理想状態ならば、 本来このようなスペクトル成分は観察されないはずなのだ。

問題はアドレスラインやデータライン、制御ラインといった端子の周波数は 内部クロック倍率分だけ低いことである。 数あるCPU端子の内、意外なことに直流を扱っていると思われている電源ラインが、 実はもっとも高周波を扱っているのである。

また、100MHz以下はマザー上でも扱っている信号だから周波数成分は単純ではない。 スパン100MHzでのスペクトルがそれを証明している。2)

1MHz以下で見えてくる等間隔のピークは、 オンボード電源のスイッチング周波数成分だろう。 これは基本的には非対称三角波なので、高調波成分を多く含んでいる。 200KHz以下の測定で見える3波から、このマザーのスイッチング周波数は 60KHzであろうと推測される。 ちなみに、AK77-333のオンボード電源は2フェーズ方式で、 昔測定したK7T-PRO(シングルフェーズ)のそれが100KHzだった事から考えて、 妥当な値であろう。 なぜならば、2フェーズの60KHzというのはシングルフェーズ換算だと 120KHzで、能力的にほぼコンパラだからである。

いずれにせよ、周波数成分としては100MHz以下とCPUクロックという2つの領域に 2分され、中間周波成分のレベルが比較的低いのが特徴 である事が明らかとなった。 いろいろな周波数成分が雑多に各種存在するのではなく、 パワースペクトル分布はCPUクロックを上限周波数としたU字型なのだ。

さて、次回は負荷の激しい状態でこのスペクトルがどう変化するかと、 マザーへのコンデンサ追加でOC耐性がどう変わったかの実験結果を報告したい。 ただし、今回がスペアナまで駆使した「竜頭編」であるのに対し、 次回は「蛇尾編」である。 データは既に出ている(整理中)が、その名の通り結果は推して知るべしである。 無念ながら、マザーへのコンデンサ追加はまたも失敗に終わるのだろうか?  もう、死屍累々である。



1)
熱中症で死ぬ前に...(異形チップコンデンサの謎) や、続・熱中症で死ぬ前に...に書いたとおり、 当サイトでは熱問題より電力供給問題が重要と再三主張してきたが、 この予想はマヌケサイトの主にしては珍しく的中したようである。

ただし、熱設計のスペックも5℃ほど厳しくなったようだ。

2)
ResBWが1MHzと大きめである事も原因であるが、CW測定ではないので単純に ResBWを狭めて測定すればいいというわけではない。 CW波ではなく、ランダムな変調を受けているようなパルス性の信号の場合、 ResBWを極端に狭めるとスプリアス(偽信号)を発生させる恐れがあるからだ。

また、ノイズ測定だけに帯域と信号強度には相関関係がある。 ホワイトノイズを仮定した場合、帯域を10倍にすれば理論上は 強度が10dBアップするはずだ。

このように、スペアナ測定におけるインパルス応答や測定帯域幅という 難しい問題があるので、この辺りは兼ね合いが難しい。 (本を読んでみたりしたのだが、たるさんにはインパルス応答理論は難し過ぎるっす。 良い睡眠薬になりましたなぁ。) まあ、100MHz以下は難しいことを考えず、トライ&エラーで測定定数を決定してある。 とりあえず、相対比較ならば条件を同一にすればいいハズだ。