初夢コラム(鬼笑い予想編)   

2003年1月2日




1月2日、仕事の督促もここ愛知県の実家までは届かない。 いや〜、ヌクヌクと現実逃避モードぉ〜。 よいお正月です。(後が怖いけど...)

さて、旧年中の予想の決算ができたところで、 旧年中の大ボケ長期予想に続いて10年後のパソコン予想をしてみよう。 今回は去年の大ボケ予想をさらに進化させて、10年後のパソコンの姿を もう少し詳細に考えてみたいと思う。

☆旧年の鬼笑い予想を考える。   
とは言っては見たものの、10年後といっても 現在のパソコンとまったく違ったシステムが実現できる訳ではないだろう。

これは、今から10年前のパソコンを考えてみればわかる。 今から10年ほど前といえば、CPUでは486がようやく主流になった頃である。 OSはWindows3.1とDOSがメインで、CUIベースのOSが 陳腐なGUIベースOSにようやく置き換わった頃だ。

それから類推すると、現状から10年後を考えてみても それほど劇的な質的変化が起こるわけではないだろう。 あくまでも現状の変化の進展であると思われる。

そこで考えてみると、10年後のシステムとは性能UPとネットワークの進歩は あるだろうが、それに付随したシステムの質的変化は(これから述べること以外は) 少ないだろうと予想するのである。10年後というとドッグイヤーで言うと70年後の予想となるわけだが、 10年後のパソコンでも、質的変化が無ければ現在の我々でも 苦もなく使いこなすことができるはずだ。

☆ユビキタス・コンピューティング社会は実現せず。   
さて、10年後にはCPUやグラフィックシステムの進歩はもちろんあるだろうが、 現状の進歩の速度が最も速いのは何と言ってもネットワーク帯域である。 1000BASEシステムも十分普及価格帯の射程に入った現状では、 ネット帯域の向上速度はCPUの演算速度向上よりも速い ということに異論のある方はいない思う。

つまり、10年後のパソコンを予想するには、CPUだけでなく ネット帯域の向上を計算に入れたシステムを予想しなければならない。

その場合、パソコンの演算速度は現在のPen4程度で問題ないことになる。 必要な演算能力はネットを通じて借用すればいいからである。 パソコンのCPUはもはや必要なく、CPUに相当するパーツは ネットを通じて流される情報のセキュリティーと圧縮・解凍を担当している にすぎないと思われる。

また、486クラスのCPUがコア化している現状を 考えれば、10年後にはPen4クラスの演算能力を持つ低消費電力のCPUコアを核に 全システムがワンチップ化されている事は想像に難くない。

つまり、10年後にはネットワーク帯域の進歩により、 ユビキタス・ネットワーキングが実現され、これにより ユビキタス・コンピューティングは必要ないことになる。 (以前書いたことだが、ユビキタス・コンピューティングによる グリッド化は空間起源のレイテンシ問題が避けられない。 サーバー一元管理のほうが効率がいいのだ。)

たとえて言うと、これは地方都市への新幹線の開通みたいなものだ。 新幹線の開通で地方都市が活性化されると読んで新幹線を誘致したものの、 実際には「新幹線があるなら主要都市から新幹線で日帰りすればいいや。」 となって、かえって地方都市が寂れてしまったという話がある。

パソコンでもこれは同じ話で、高速ネットワークが常時接続されているなら、 わざわざローカルに使用頻度の少ない高性能(=高額)パソコンを 置く必要など無い。 ローカルにはネットワーク端末が置かれ、サーバーから演算パワーを 必要なときに必要なだけ借用すればいいからである。 (つまり、演算パワーの電気料金化である。)

ユビキタス・コンピューティングとユビキタス・ネットワーキング。 どちらも今後のPCシーンを考える上でのキーワードであるが、 実は両者は両立し得ない概念なのではなかろうか?

☆ユビキタス・ネットワーキングはどこから始動するか?   
では、このようなユビキタス・ネットワーキング化は どこから始まるのであろうか?

実はもう始まっているのである。 最近流行の写メールがまさにそれである。

写メールは携帯とデジカメの融合家電である。 だから、これをユビキタス化の第一歩として捉えている人はほとんどいない。

しかし、写メールの写真画像データをネットワークによりサーバーに 蓄積できるようにすれば、デジカメと違って写せる枚数に事実上 制限が無くなるのである。

これは、テレビ電話機能をデジタルビデオとして機能するようにした場合も同様で、 もはやDVCのテープ残量を気にせずに事実上無制限の撮影時間が可能になる。 (電池容量の制約はあるが...) 現在のデジタルビデオはDVCからSDカードに代表される固体メモリへの過渡期にある。 しかし、最終形態はユビキタス・ネットワーキングを利用した 遠隔ストレージレスシステムになると考えられるからだ。

しかもこの場合、DVCのテープ用メカが不要になるために、 消費電力減(=稼働時間延長)と軽量化、そして高信頼性も果たせるのだ。 (余談だが、デジタルビデオってなんであんなに故障しやすいの?)

そうすることで、将来的にはデジタルビデオでもデジカメ以上の小型化・ 長時間駆動が可能になり、事実上デジカメという分野は消失してしまうだろう。 (というか、デジカメがビデオ系に進化してデジタルビデオを蹴散らす シナリオの方が現実味があるが...)

ユビキタス・ネットワーキングのもたらす社会とは、 それによってそれぞれの場所にある高性能なパソコンをネットで結ぶ ユビキタス・コンピューティング的世界をもたらすと考えられているが、 たるさんはそうではないと思う。 ユビキタス・ネットワーキング...それは、 ユビキタス・コンピューティングの無用化であり、 ローカルシステムの簡素化であると予想するのである。

☆まずモバイル機器とゲーム機から。   
では、10年後の脱パソコン化までの経過を予想してみよう。

まず、ユビキタス・ネットワーキングの恩恵を得られる分野から ネット化が進展するだろう。 そういう意味ではパソコンはローカルCPU最後の牙城になると予想する。

ユビキタス・ネットワーキングの最初の課程は、 それによる恩恵、つまり、軽量化と演算パワーの集中が必要な分野だ。

先に述べたとおり携帯はそうなのであるが、あとはPDA等が そうだろう。PDAにはHDD等は組み込みにくいが、 無線ネットワークを使えば事実上無限容量のストレージ機能を組み込むことができる。 また、Palmのように演算パワーの制約から機能を削減する必要もなく、 デスクトップCPUを使ったマシンと同等の演算能力を確保できるのである。

また、ゲーム機なんてのもそうなるだろう。 ネット対戦が大流行だが、ローカル側にPS2のような高性能ゲーム機を 使う必要はない。サーバー側が高性能ならば、ローカルは通信帯域さえ 確保できればいいのだ。

同様に、ネット対戦ゲームに限らず、サーバー側で演算能力を確保する方式ならば、 課金方法だって変わるはずだ。 ゲーム用CDを購入するのではなく、ゲームを使っただけ時間に対して課金する 方式にできるため、違法コピーや中古販売問題が無くなるメリットがある。

話は変わるがSONYが次世代PS2用にセルというネットワーク中心のCPUを 開発中と伝えられている。これは、CPUを並列接続することで 演算パワーを高める目的で専用インターフェイスが装備されていることが特徴だ。

しかし、ネットワーク帯域の進歩が進めば、今セルの搭載方法として予想されている 次期PS2側にセルを複数実装するなんて方式はまったくナンセンスで、 ゲームサーバー側が複数のセルの集合体になればよい。 ゲーム機側のセルは過去のゲームの互換性だけ確保できれば良いので、 1個で問題ないことになる。

話がそれた。 つまり、ユビキタス・ネットワーキングによるローカルシステムの簡素化は 携帯・PDA等のモバイル機器とゲーム機から始まると予想するのである。

そして、それらはノートパソコンへと波及してゆき、 ついにはローカル側のモバイル系機器やゲーム機を徹底的に 解体してゆくと考えるのである。

☆パソコンが無くなるとき。   
では、パソコンはどのように消滅してゆくのであろうか?

パソコンの機能を考えるに、もっとも基本的な要素は 「記憶」と「演算」である。そのどちらもが、 軽量化・効率・消費電力といった問題でスタンドアローンという使用 形態がボトルネックになってしまっている。

しかし、デスクトップ・パソコンそれ自体はノート型やPDAのような 制約が出にくい分野だ。 サイズも大きくてかまわないし、モバイル機器のような 消費電力面での制約も少ない。

だから、上記のローカルシステムの簡素化効果ももっとも出にくい。

これが、システムの簡素化がもっとも遅れると予想した最大の理由だ。 しかし、ここでもゲームの適合性がユビキタス・ネットワーク化の 進展を早めることになると考える。

たるさんが普段メインに使用しているマシンのCPUはCeleron300A@450MHz オーバークロックである。 そして、皆様のパソコンはたるさんほどショボくはないだろう。

では、ゲームやビデオ編集以外の用途でCPUパワー不足を感じる方は いらっしゃるだろうか?

たるさんの体感では、 インターネットでWebを見たり、メールを書いたり、ワープロ・表計算といった 通常の用途ではCeleron300A@450MHzで何の不自由もないというのが実情である。 たるさんはPentium4-1.5GHzマシンも所有しているが、 ゲーム以外でこの電気馬鹿食いマシンを立ち上げることはない。

しかし、最近のFFXIに見られるようにゲームはパソコンの能力的余力を 奪いつつある。そうなれば、intelのようにひたすら高クロックという 解決方法もあるにはあるが、 ネット端末的使い方にすることの方がよほどスマートだし、そうなってゆくだろう。

CPUの進化よりゲーム負荷の進化(こういうのを進化と言うかどうかは別として)が 速ければ、これがパソコンのユビキタス・ネット端末化の切り札として 作用するように感じるのである。 (たるさんはネット対戦はほとんどやらないが、FFXIの出現で 高額な対応ビデオカードがバカ売れした事実を考えると、 ネット対戦ゲームの力は侮れないように思う。)

そして、そうなったが最後、 パソコンは遅いという風評が定着し、演算パワーを借り受ける方式へと 変化してゆくのではなかろうか?

多数のユーザーのタスクを合わせれば、負荷の平準化・効率化の面で 有利であるし、また、グリッド・コンピューティングのような形態は 空間起源のレイテンシ問題1)が解消できないので不利であるからだ。

つまり、コンピュータはバーチャルなパーソナル化へと進化し、 物理的にはパーソナルではなくなるのが正常進化といえるのではないだろうか?  こうして、パソコンは10年後には消滅していると考えるのである。

パソコンの無い世界...ネット端末だけの世界... 鬼が笑い死にする大ボラだが当たるだろうか?  まあ、10年後なんてこの世界では誰も予想できないけど、 こんな世界を予想してみるのも楽しい正月である。2)



1)
ある雑誌にこのような空間起源のレイテンシを解消する方法が載っていた。 ローカル側でグリッドサイドに投げた演算の結果を予測をし、 予測が正しい場合はローカル側の結果をそのまま使うことで レイテンシを短縮するというのである。 つまり、一種の予測制御である。

たるさんは、これを見たとき大笑いしてしまった記憶がある。 問題を解消するための技術ではなく、 アプリオリにまずグリッドありきの発想だからそうなってしまうのである。

考えてもみてほしい。 たとえ予測が正しかったとしても、予測のための負荷はそのまま 演算パワーを奪ってしまう無駄な負荷である。 元々、空間起源のレイテンシが発生しないサーバー側ですべてを管理する ユビキタス・ネットワーキング利用方式ならば、 そもそもこのような予測をする必要がない。 演算結果のCPU間のやりとりに遅延が生じないからである。

この辺りの詳細は2002年7/20掲載の 分散処理から集中処理へ・時代のトレンドを読む をご覧いただきたい。 レイテンシ問題を解消させたいならば、サーバー側での一元管理を実現する 集中処理方式が一番であると思う。

2)
現実逃避? CADの仕事はどうした?ですって?

あぁ、現実を思い出させないで。 お願い!

用語の統一
「ユビキダス」ですが、「ユビキタス」の発音の方が圧倒的に多いようなので、 用語統一します。朝のNHKニュースで坂村先生も「タ」派でしたし。