時流に流されなかった開発・地球シミュレータ


2002年8月25日




いや〜、長い間更新をさぼってたなあ〜。 すんません。 (べつに手抜きをしていたわけではなく、このお盆休み、実は ある資格試験をめざして受験勉強していたのである。)

たるさんは夏休みの宿題を31日勝負で片づける計画性ゼロの バカ小学生タイプだ。だから、 お盆休みは当然のごとく予定より遅れた勉強計画を睨みながらうめいていた。 「もうダメだぁ〜。」って。

しかも、なにをトチ狂ったか第一種を狙ったとあって、 さすがにトリ頭たるさんの手には余りった。 (なんせこの試験、最低限の定番テキストと言われる本1冊だけで 700ページ以上ある。他に過去問集や基礎データ本とかが必要。)

自己採点によると総合点では予想合格点を上回ったものの、 暗記を最も苦手とするたるさんは法規が予想足切り基準点に足せず、 あえなく撃沈と相成った模様だ。 あきらめて、第二種(1ランク下の資格。こちらは学生時代にまぐれで合格した。) で国家講習受けに行くか〜。

って、愚痴モード全開でも仕方ないので、試験疲れのリハビリに Webで見ていた記事に対するたるさんの考えを書いてみたいと思う。 (内容が幾分薄めなのは試験勉強で時間が取れていないためだ。 事情が事情だから、笑って許してちょ。)

☆地球シミュレータに対するアメリカの焦燥   
前々回、宇宙人はいるか?(SETI@homeを見て考えたこと)その1 において日本が開発したスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」について述べた。 最近、暗い話題ばかりが多い日本で、 「日本製スーパーコンピュータが世界最速の座を久々に奪還。」 という明るい話題であった。

この地球シミュレータの演算性能に関してはおもしろい話がある。 スパコンランキングとして世界でもっとも権威あるTOP500.orgの Top500スパコンランキングで堂々の第1位を受賞したわけだが、 ここのリンク先にあるサイトのコメントがすべてを物語っている。

詳しくは TOP500 Supercomputer Sites にアメリカ側から見た地球シミュレータの評価記事 の詳細があるのでお読みいただきたい。 たるさん同様に英語の苦手な方は スパコンランキングの「TOP500」が更新 - 地球シミュレータ堂々1位 でも良いだろう。 最も象徴的な記事は primeur にある。 見出しからして Japanese 'Computenik' Earth Simulator shatters US supercomputer hegemony (日本の地球シミュレータが、スパコン分野におけるアメリカの主導権を粉砕する。) である。

たるさんの拙い英語力で読み解くに 「今まで世界を席巻してきたアメリカのグリッド型スパコン技術が地球シミュレータの 出現で大いに揺らいでいる。」という危機感がアメリカ側にあるらしい。

我々日本人から見たら過剰反応とも思えるのであるが、記事の中で 地球シミュレータの出現を、旧ソビエトに宇宙開発競争で敗れた 「スプートニク・ショック」になぞらえているぐらいだ。 (対抗機種開発用予算獲得のために、わざと過剰反応しているという説もあるが...)

しかし実際、地球シミュレータの演算能力はすばらしいそうだ。 前回チャンピオンであるIBMのASCI Whiteが7.226TFLOPSであるのに対し、 地球シミュレータは35.61TFLOPSだから一気に約5倍である。

技術革新の非常に早いこの分野において2連覇は確実視されており、 場合によっては3連覇すらありうるという評判である。 (Top500は半年毎に更新なので3連覇なら、世界最速の座は1年半)

では、何故地球シミュレータがそれほどの高性能を発揮できたいのであろうか?  開発者に会うことができたら、是非聞いてみたいことだ。

☆たるさんが予想する地球シミュレータ勝利の本質とは?   
実は、上記で紹介した記事では地球シミュレータが最速の座をゲットしたことは 書かれているが、何故最速足り得たかについてはほとんど解説がない。 もしPUの個数で前チャンピオンASCI Whiteを上回っていただけならば 何の工夫もないわけで、あえてここで紹介する事もないと思われる。

しかし、地球シミュレータは過去のスパコン開発トレンドとは大きく異なった 特徴を持っている。それは、各PUがベクトルプロセッサで 構成されていると言うことだ。

アメリカでは、過去に「ベクトル型並列スーパーコンピュータは死んだも同然」 と評する研究報告書が出ていたそうである。 また、ベクトル型コンピュータの老舗クレイ社でNEC製のスパコンを 扱うようになったのも、 スパコンの主流がグリッド型スカラースパコンに移ったと判断してのこと だったと思われる。

もし、ベクトル型がスパコンの主流と考えていたならば、スパコンを軍事開発の 中核的存在と考えているアメリカが、その技術を日本に任せるなどということは 絶対にあり得ないことであったはずだ。

つまり、グリッド型スカラースーパーコンピュータ技術に 絶対の自信を持っていたアメリカとしては、この方針で スパコン分野では日本に十分勝てると踏んでいたらしい。

しかし、今回の出来事でアメリカ側は素直にこの報告書の誤りを認めた と聞く。(この辺の決断の速さは日本も見習うべきだろう。)

このことから考えると、地球シミュレータの高性能の秘密は、やはり 各PUがベクトルプロセッサであることにあるという 最大の特徴に起因すると考えるのが妥当だろう。

☆数は力なり?   
グリッド型スパコンは基本的にアメリカ型物量作戦を基本としていて、 PUの個数で勝負という世界である。 例えば、前回のTop500スパコンランキング王者である IBMのASCI Whiteは、8192個のPower3プロセッサを 結合したマシンである。

PU自体はPower3であるから、パソコン用CPU+αといったレベルだ。 なぜならば、Power3はPowerPCをベースとし、浮動小数点演算を強化した スカラーCPUだからである。 まさに数は力なりである。

ところが、地球シミュレータのPU数は5120個であり、 PUの個数だけから言ったらASCI Whiteに完全に負けている。 これで約5倍の性能差を見せつけるわけであるから、PU自体が いかに優れているかがおわかりいただけよう。

もちろん、PU間を結ぶ結合網のアーキテクチャや並列プログラミング技術も 重要ではある。しかし、地球シミュレータの結合網自身は 8台のPUを結ぶノード内が共有メモリ方式、ノード間はクロスバー方式だから、 この点ではあえて枯れた技術を選んだとも言える。

余談だが、クロスバーは多段ではなく単純な1段方式である。 結合の柔軟性とレイテンシを重視した結果だろうが、かなり強烈な力技だ。 性能は高いだろうが、ハードウエア量は膨大だろう。 もしたるさんが設計者なら、こういう力技はビビってしまって選択する勇気がない。 地球環境をシミュレートするという目的を考えれば、 結合が単純でメッシュ分割に適したトーラス・メッシュ辺りを考えただろう。

話を元に戻そう。では並列プログラミングはどうなのであろうか?

たるさんはプログラミング技術に関してはドシロウトだから あまり自信は無いのであるが、並列プログラミング技術は ベクトル、スカラー共通の悩みだから、ここで大差が付くとも考えにくいと思う。 (教科書的には、並列プログラミングは若干ベクトル有利らしいけどね。)

地球シミュレータの本質はやはりベクトルプロセッサの採用にあるようだ。 死んだと言われていたベクトルプロセッサ技術が見事に復活した瞬間 と言っても言い過ぎではあるまい。

☆スカラー vs ベクトル   
これについては、反論もある。

「スカラープロセッサは価格が安くベクトルプロセッサの価格とは 比較にならないので、コストパフォーマンスの点でスカラーが勝る。」 という主張である。 個別性能が低ければ、その分「物量」で補ってやればよいという発想だ。

これは、ベクトルプロセッサがコンシューマ向けでない限り正しい判断である。 プロセッサのコストは量産規模に大きく依存するから、 コンシューマ市場で量産されるスカラープロセッサはとにかく安い。 現状ではプロセッサコストはたぶん比較にもならないだろう。

しかし、たるさん自身はコンシューマ向けプロセッサ自体がベクトル型となる時代が 近い将来やってくるのではないかと考えている。 特にゲーム機用途は有望だろう。

現状のゲーム機はPS2に見られるとおりCPUより グラフィックの能力向上に力を入れている。 だから、現状のトレンドとこの考え方は一致していない。

しかし、リアリティーは3Dグラフィック能力によってのみ体現されるものではない。 今後、リアリティーの追求は物理モデルのリアル化に向かってゆくはずである。 だから、ゲーム機はリアリティーを求めれば求めるほど科学技術用途の シミュレータ的要素が増してゆくとは考えられないだろうか?

この場合、ベクトルプロセッサのサブセット版をゲーム機に使うことでコストを 下げるという方法は将来的には可能性大だと思われる。

また、スカラープロセッサはベクトルプロセッサに対して メモリレイテンシの性能に占める比重が大きいという欠点がある事も重要な理由だ。

メモリとプロセッサの速度乖離が問題となっている今、 (スパコン分野ではパソコン界よりももっと深刻な事態になっているらしい。) レイテンシよりバンド幅の重要性が大きいベクトルプロセッサの採用は、 この問題を軽減するのに有効な手段だろう。

メモリの将来を考えると、レイテンシよりバンド幅改善の方が 圧倒的に進歩の速度が速いので、この点でもベクトルプロセッサの方が未来は明るいと たるさんは考える。

そして、もしゲーム機用途のような量産規模の大きいプロセッサで ベクトル型プロセッサが量産されれば、 「コストパフォーマンスでスカラー型が勝る。」という 主張はまったく根拠を失うのではないかと考えている。

もちろん、この考え方はこの分野での主流とは言い難いかもしれない。 しかし、開発者が現状のトレンドに流されずベクトル型の将来性を信じて 開発を続けていたとすれば、それは凄いことだと思う。

☆得意分野を生かす   
実は、今回の世界最速奪取の意義はここにあるとたるさんは思う。 最速の座をゲットしたこと自体は、実は大した栄誉ではない。

もし、地球シミュレータがグリッド型スカラースパコンであったならば、たとえ 最速の座を奪取したとしても、それはアメリカの開発方針をキャッチアップして、 それをスケールアップしただけと言うことになるからだ。

事実、NEC(地球シミュレータの製造元)に対抗して、 とある国産メーカーが65TFLOPSの世界最高速次世代スパコン開発に 名乗りを上げた。 しかし残念な事に、このコンピュータは PU個数16384個の力技系 グリッド型スカラー・アーキテクチャであった。 世界の時流を後追いしたのである。 (だから、たるさん的にはこのプロジェクトはあまり評価しない。 このメーカーは、かつてベクトル型スパコンで名をはせただけに残念である。)

もしPU個数の増設だけが高速化の理由ならば、 過去日米経済摩擦で指摘された問題点をそのまま踏襲した開発経緯となってしまう。 たとえ世界最速の座を奪取したとしても、 アメリカ側の感覚では「猿マネ」という評価になるはずである。

しかし、地球シミュレータは 「ベクトル型並列スーパーコンピュータは死んだも同然」 と言われた世界の風潮に逆らって日本が得意とするベクトル演算機構で勝負し、 成功した点に大きな意義があると思う。 そして、その成果はスパコンの主用途が科学技術計算である限り 新たなトレンドとして定着するに違いない。また、 日本のコンピュータ開発は外国勢の後追いのみという批判も収まってゆくに違いない。

分野こそ違うが、たるさんも技術開発の末席に加えていただいている身として、 この事例は多いに参考になる。 技術開発とは己の得意分野を生かしてこそ成し得る物であり、 時流におもねって開発テーマを設定しても所詮「猿マネ」レベルにしか 到達しないと固く信じているからである。 (いや、オタクサイトの戯れ言とは言え、マジでそう思う。)

最近の日本は中国・韓国の追い上げで自信喪失気味だ。 しかし、今のところ中国・韓国はスーパーコンピュータを作る技術を持っていない。 この点から見ても、日本の得意分野を生かすことでまだまだ 日本製造業復権の芽はあるのではないか?

地球シミュレータの内部構造を予想しながら、開発者のプレッシャー (特に日本のような開発環境で、世界の時流に逆らうのは かなりの勇気が必要だったはずだ。) に思いをはせつつ、そう思った。

地球シミュレータは、世界の風潮に流されなかった希有な開発事例として 語り継がれるに違いない。 ひょっとしたら、数年後には「地球シミュレータ・時流に逆らった執念の開発物語」 とでも銘打った番組が、中島みゆきの「地上の星」をBGMに某公共放送で 放映される日が来るのかもしれないなあ〜。

いや〜、本日は柄にもなくまじめなお話でしたねえ。 でも、実際そう思うのである。



P.S.
と書いてきたら、Power4の技術をつぎ込んだ次期PowerPCチップ では本格的にベクトル演算機構を内蔵させる予定という記事を発見した。 アメリカの最速スパコンがPower3を使用している事を考えると、 この措置は明らかに地球シミュレータの成功を意識していると思われる。

さすがアメリカ。問題点の修正は実に早いですな。 この点は、日本もよく見習わなければならない。

ところで、どなたか地球シミュレータの著作権フリー画像を知りませんか?  このページ、画像がまったく無いので少し寂しい。

−お詫びと訂正−
Top500スパコンランキングの運営元がIDCとなっていましたが、 TOP500.orgの誤りでした。お詫びして訂正させていただきます。 ご指摘ありがとうございました。