最近の状況。(閉鎖後2年近くを経過して...)   

2014年9月15日



おや〜。これをお読みの方々がまだいらっしゃるのですね。 サイト閉鎖後に2年近く経過してもお読みいただいている状況なのですね。 本当に厚くお礼申し上げますよ。

あれから約2年が経過し、もう時代は変わってしまったのですが... PCマニアの時代はもう終わってしまったのですが... 当サイトのようなPCマニアはもう時代の先行指標ではないのですが... でも、あれから2年近くもたっても読み続けていただいている方々のために、 ちょっとだけですがお礼の意味で掲載させていただきます。

さて、久々の話なので何から書きますかね〜。 過去のSTD掲載順から考えて、まずは余談からですな。

☆祝・青色発光ダイオードでのノーベル賞受賞、そしてアベノミクスの良否。   
余談...当サイト周囲での報道から書くと、一般的な関連事項としてはまずは ノーベル賞受賞のお祝いとアベノミクスの良否点評価の2点ですかね。

余談の第一報はノーベル物理学賞受賞というお祝い事である。 当サイトのお仲間では飲み会で日本人ノーベル賞受賞者予想の話題になったりしたことがあるのだけれど、 友人がこのネタで予想的中となった。 (ちなみに、当サイト予想は超巨大磁気抵抗効果を発見した十倉好紀先生であった。 この予想もいずれ当たると信じている。)

今回の受賞の良かったところは、「天才」ではなく「努力の人」が受賞したこと。 もちろん、天才では無いと言ってもそれは従来のノーベル賞受賞者との比較であって、 我々と比較すれば天才なわけだが...

しかし、今回の受賞は「ノーベル賞とは言っても決して別世界では無い。」という印象を受け、 当サイトのような凡人でも努力すれば(ノーベル賞級では無いとはいえ)成果を出せるというやる気に火をつけてくれた。 後述するが、最近は研究開発に対するやる気が低下傾向だったので、これは本当にありがたいニュースだったね。

で...第二報はアベノミクス。 アベノミクスという経済方針には当然の事ながら良否双方がある。 良否の「良」と「否」のどちらの寄与が大きいかは人それぞれによって判断が違うだろうけれど 「良」の面から一つ言うと、おかげさまでリストラが急減したということだね。 もし、アベノミクスが無かったとしたら、当サイトのような無能人物はリストラされて、 もう無職の貧乏人になっていたでしょうな。 (海外移転企業の国内工場復帰開始となりつつある事も非常に良い話である。)

また、当然のことながら円安にも良否双方の効果があるが、 (良否どちらの効果が上回るかは人の価値観によって変わるだろうけれど) 当サイト的には利点が欠点をわずかながら上回っているように思える。

もちろん「否」のデメリットもあって、その典型例は経済団体の主張を受け入れて残業代ゼロ時代を作る可能性があること。 現段階では特許権を企業所有とする法改正を行うとしており、 これも愚論だとは思うが、残業代ゼロはさらに酷い。

たとえば特許権で考えてみよう。 国家によってこの発想は違うが、発明者優先がドイツと日本、契約状況で決まるのがアメリカ、 企業優先がイギリスとフランスである。発明の寄与が大きい工業界において、日本とドイツが世界的な優勢度が大きく、 アメリカは中程度。イギリスとフランスはこの5カ国の中では劣勢である。 つまり、特許権を企業優先とすることで発明者のやる気を落としてしまっているのである。 これは「10円取れれば100円失っても良い。」と考える愚論の象徴に思える。 特許権を企業優先とすれば、発明件数が減ってトータルの企業収益は逆に減少するであろう。

残業代ゼロはもっと酷いと思われる。つまり、自民党が野党化したのは残業代ゼロ方針が国民の大多数から大反対を喰らったためである。 これをもう一度やれば、次回の選挙で大打撃を喰らう事は必定である。 年末の選挙では中国の侵略的国家膨張指向を阻止するという意味で国民の支持を得ているし、 野党側の自滅的な状況が大きな相対的優位をもたらしている。 自民党は今回の選挙でもこの圧勝状況を維持できている。 しかし...このような状況ならば何をしても支持が得られるという訳では無い事には注意が必要だろう。

☆久々の秋葉原。   
では、当サイト的近況はどうだろう?

まず、PCマニア氷河期なんだが...いやな予想は大当たりで、大進行中ですな。 PC市場は数十年間にわたって逐次市場が拡大してきたのだが、なんと先期より市場規模が縮小。 何十年もあり得なかった非常事態に至っている。

もちろんコンピュータ全体での市場が縮小しているわけではなく、 クラウドとかタブレットは勢いこそ漸減ではあるものの市場拡大を続けている。 つまり、タブレット関係の市場急拡大がPC市場を食い尽くしているわけですな。 あぁ、PCマニア氷河期...

タブレットは実需用途としては正しい製品だが、自作PCマニアから見ればまさに天敵。 というわけで、当サイトは非PC系タブレットは意地でも購入しません! (以前お試しで買ったICONIATAB-W500SにWindows8をインストールしてPC系タブレット代用品として使ってます。) 当サイトは過去にいろいろな予想をしていて、当てたり外したりしているわけなんですけど、 一番悲観的な「タブレットの普及によるPCマニア氷河期の到来。」という悪い予想に限って言うと、 10年以上も前の2002年1/8〜2003年1/2のコラムに予想して的中させているわけですからね。

また、当サイト自身にもいろいろあって、最近は秋葉原へ行く回数が減ってしまっている。 サイト最掲載期には月に2回ほど行っており、これでストレス解消ができたので会社の激務にも耐えられていた。 でも今は年4〜5回程度に減ってしまっており、その結果ストレスも進行。 業務のルーティンワーク化はプライドが許さないのだけれど、昔に比べるとやる気が落ちてしまっているんだね。 (一見何の役にも立たないPCマニア趣味も、ストレス解消を経由してじつは会社業務にも大きな改善効果をもたらしていたとはね。)

これは当サイトの心理的問題点だけではなく、秋葉原自身も魅力が落ちてしまっている問題点がある。 よく秋葉原に行っているPCマニアの方々ならばわかるだろうけれど、最近の秋葉原はもうPCマニアの街では無くなりつつある。 行けばわかるが、昔は少なかった料理店等がどんどん増えて、また、メイドさんたちも当時よりも多数増えていて、ある意味で観光地化しているのですかね?  人の種類も変わって、我々PCヲタク系マニア層は少数派。 (逆に女性客や外人観光客はどんどん増えているので、秋葉原が全体として衰退というわけではないのですが...)

直近、秋葉原に行った今月初期には、もうPCマニアは秋葉原の主流では無くなっていて残念だったけれど... 不幸中の幸いは下記写真だね。 当サイト的自作の原点は秋月電子なのだけれど、自作PC系ではなく自作電子系であるとはいえ、今でもお客様は多かった。

秋葉原風景。
右図は当サイト的癒やしの原点「秋月電子」。自作PC系のお店は減っているが...ここはいつ来ても人気だね。

あと、料理店が増えているとは言っても、当サイト的な秋葉原料理店の代表「サンボ」は今でも残っていた。 ライバル店が増えれば経営が難しくなるはずなのだが、このときは順番待ちまでたくさんいて、 当サイトは別店にするしかなかった。 これは不幸中の幸いの象徴だったね。 というわけで、ご飯は遅めながら帰り道の上野駅(京成成田線)近傍でカレー料理店「デリー」で 旨いカレーを食べようと考えていたら、こちらも大行列待ち。 旨い料理は料理店の王道とは言え、食感って人為差が少ないんですなぁ。

ちなみに、アキバ訪問は悪い話だけでは無かった。 秋月電子もサンボも、当サイトが大学生だった頃(20年以上前)からあったお店だものね。 次々とお店が追い込まれる悪い状況とは言え、人気店は時代の流れに流されない。 これらのお店ならば当サイトが死ぬまで持ちこたえられそうな状況だ。

当サイト的秋葉原ご飯のお店「サンボ」。
20年以上前から食べに行っていた当サイト的定番店だ。

まぁ、そんなわけで、社会的にもプライベートでも良い状況では無いが、最悪の状況も回避できていたというわけですな。

☆量子論が時代の改革指標?   
というわけで、PCマニア時代は終わってしまったわけだが、 ムーアの法則の終演も確実になってきた。 ムーアの法則は経験則ではあるが、ドッグイヤーと言われた超高速進化の半導体事業で これほど長い期間に的中し続けた法則であることはまさに尊敬に値する。

しかし、いくら半導体業界の改革がすばらしいとは言っても層間原子数個の状態で古典的半導体動作状況を維持できるわけが無い。 つまり、古典的半導体動作状況が崩壊寸前なのは、ムーア自身の主張でなくても正しいと判断せざるを得ない状況なのである。

ならば...現段階ではCPUとメモリの同一チップ化は製造原理上困難であるから、 貫通ビアで疑似統一化する必要がある。 これが直近での改革指標である。

しかし、これ以降はどうするか? ここから先は夢物語しか存在しない。 なぜならば、必要な物をすべて統一化すれば、この方向で半導体事業としてはもうすることが無いからである。

とすると...ここから先は夢物語しか書くことが無いのであるが... 当サイト的には原子レベル以下でのミクロンルール進歩は原理上できないから、 同一ミクロンルールでの性能の向上、すなわち古典的半導体論での動作では無く、 量子論的な状況での動作を研究するしか無いと考えている。

よく言われる言い方としてはスピントロニクスが有名なのだけれど、 要するに電子には電荷以外にスピンがあるのだから、電荷だけでスピンを利用していない 現状の古典的半導体を電荷−スピンの両用で複合化し、量子化するというわけですな。 (いや〜、実際にはノーベル賞級の開発能力が必要なわけですが...)

ただ、これが将来もし実用化されたとしても、もうPCではなくクラウドがメイン用途となるはずだ。 だから、自作PCマニアとしてはあまり意味が無いわけだけどね。

ともあれ、ハイテク産業の代表例とされていた半導体において、なんといままでが古典論だったのは意外だ。 たとえば、磁性体産業ではスピンの考えを古典論で導入する事は原理上不可能だから、 当初から量子論で理論が作られている。1)

磁性体と半導体のどちらがハイテクの代表かと言われれば、もちろん半導体である。 しかし、今までならば半導体は古典論で説明可能であるにもかかわらず、磁性体はいきなり量子論が必要なのである。 つまり、理論面だけ見れば半導体は長くローテクが通用した産業なんだね。

量子論は現代物理学の基本なのであるから、これが導入される必要のある分野に進歩できれば 次世代の進歩分野として再進化できるようになると思われる。 難易度は極めて高いが、それ故に一度当たれば進歩の効果も極めて大きいことが予想できる。

そして、上記では半導体と磁性体を比較したけれど、半導体にスピンの概念が導入されればそれは半導体の磁性体化も意味するのである。 つまり、磁性半導体という意味にもつながっていくのであろう。 スピンの利用という概念は異分野との統合という意味でもブレークスルーの代表例ですな。

☆人工知能の時代。コンピュータの進歩は量から質へ。   
というわけで、ムーアの法則終了以降はブレークスルー無しには進歩できないというPCマニアには受け入れられない状況なのだけれど、 PCだけではなくコンピュータという面では革新的なブレークスルーが発生し始めていると思う。 それは、ムーアの法則という「量」的な話では無く、人工知能の進歩という「質」的な面である。

当サイトでは過去にPCマニアとしてコンピュータ系の話を書いてきたけれど、さすがに人工知能の話は書いたことが無い。 だが、勉強の関係で図書館引きこもりをしたときに、息抜きで読んだ図書館本に非常におもしろい本があった。 それは、人間の頭脳のメカニズムと人工知能の話を書いた本である。

人間の脳には、意思決定をする部分と、筋肉を管理する指令を出す部分があるが、これに筋肉への伝達神経を加えて 動作時間を調査したところ、なんと筋肉を管理する神経が意思決定をする神経よりも先に動作していたのである。 これは常識的には非常に驚くべき話で、脳の無意識部分が意思決定をして、意識はそれを受け答えていただけなのだそうだ。

だが、もっとおもしろかったのは、この話を聞いた一般人は聞かなかった一般人よりも統計的に意識的行動をやめて、 適当かつ感情的でいい加減な生活をしてしまう人が増えてしまうという話だった。 人間の行動を支配している第一要因が意識ではないと判明すると、知性的判断に意味が無いと思い込んでしまうのである。

だが、正直な話、当サイト自身もかなりの無能人間なのだけれど、さすがにこの行動の差異がいかにバカげた話なのかには気づいたのである。

考えてもみてほしい。今は上記の通り人工知能が急激に進歩している。 面識抜きで言葉上の対応だと、相手が人間かコンピュータかを判断しきれない状況になってきている。 天才科学者チューリングの提唱したチューリングテストにおいて、人間かコンピュータかを判断できなくなってきた話は直近で有名な話題だ。 当サイト自身はこれで人工知能が完成とまでは思えないでいるが、いずれ遅かれ早かれ人工知能が成立することは間違いない。

しかし...これらの人工知能が一般常識的な「意識」を持っているかを考えれば、それは完全に否定できる。 つまり、意識が無くても知性的な頭脳が成立する事は間違いない。 意識は知性成立の効果的な方式の一つではあるけれど、知性成立の必須項目では無い事は明白なのである。

これは逆も言えて、意識のある人間でも犯罪に手を染める犯罪者はいくらでもいる。 犯罪に手を染めるということは、仮に倫理観が一切無くても論理的に成り立つわけでは無い。 たとえば、倫理観の一切無い人工知能を作り上げたとしても、 コンビニで数百円の利益を得る事と逮捕されて人生を終わらせる事のリスク・リターンを評価すれば、 犯罪に手を染める人工知能はこの世に一台も存在しないだろう。 知性を倫理と無関係として判断した場合でさえ、犯罪がいかにバカげた判断かは論理面だけでも簡単にわかる話である。

しかし、実際にコンビニでひったくりをして逮捕される人はいるわけで、 これは意識があっても知性的にはイカやタコと同レベルの人間がいる事も意味している。

つまり、意識が無い事が知性の無意味化を意味すると考える人がこれほど多いという話は、 正直なところ「意識」こそが「知性」の必須要因という間違えた考え方の象徴に思えたのである。 (当サイトは受動意識仮説2)が人間の非知性化を意味しているとは全く考えていない。 意識が有るか無いかは知性の有無とは無関係なのである。)

よく聞く話として、意識が無い事が知性の無い事を意味する象徴としてゾンビの話が出てくるだろう。 では、当サイトがお聞きしよう。 人殺しをしようとした強い悪意識を持った犯罪者の人間と、身を捨てて命がけで被害者を守ってくれたゾンビがいたら、あなたはどちらが知性的と思いますか?

☆コンピュータと脳の最大の違いはエネルギー効率。   
ちなみに、当サイト的には「意識」とは知性をエネルギー効率よく成り立たせるための手段であると考えている。 非常に圧縮された情報で効率よく正しく対応できる事を成し遂げるための手段であると思えてならないのである。

「中国語の部屋」説というチューリングテスト否定論がある。 (この詳細についてはここをお読み頂きたい。) 意味を理解していなくても相手のあらゆるチューリングテストに対応できる(意味の理解できていない)情報があればチューリングテストには合格する。 これがチューリングテストの問題点だと言うのだが... 当サイトは、相手に対して正しく対応できることが知性の必須条件であり、その中身の意味を理解している事が知性の必須条件とは思えない。 「中国語の部屋」説は手段と結果を取り違えているとしか思えないのである。

たとえば、意味を理解しないですべてを非論理的にではあるが、結果としてすべてを正しく対応できる頭脳があったとしよう。 行動的には一見知性的に見えるが、非知性なのか?  もっと言うならば、言語を理解できない脳は質問も一切理解できないから、回答もできない。 その場合、「知性」は全く存在しないのか?  それならば、人間以外はすべて知性が無いのか?  (犬や猿は人間よりレベルが低いというだけで、かなり弱いながら若干の知性はあると思う。しかし、犬や猿に言語は無いぞ。)

もう一つ別の例えで説明してみよう。 整数1〜100000の内で、偶数が何個あるか?と聞かれたとしよう。 2で割れるのが偶数なのだから偶数と奇数は交互に並んでおり、普通に考えれば一瞬で半分の50000個であるとわかるだろう。 では、この理論がわからない人が、「1は2で割ったら0.5で偶数では無いから奇数ですね。2は2で割ったら1なので偶数ですね。 3は2で割ったら1.5で偶数ではないから奇数ですね。...100000は2で割ったら50000なので偶数ですね。 えぇ〜っと...ですから、偶数の数は50000個ですね。」 と絨毯爆撃的に計算したら意味を理解していないのであろうか? 

逆に、質問者が数桁の大きな整数について「素数ですか?」と質問したと考えてみよう。 たとえば972747だった場合、相手が人間ならば「わかりません。」と言うしかない。 しかし、スパコンが相手ならば「972347は素数です。」と答えられる。 素数判断は偶数・奇数の話とは違って判定が非常に非効率である。 一見すると非常に効率が悪いと思われる「エラトステネスのふるい」ですら、 素数論では高効率な方法と判断されているのである。

要するに、現段階では論理的に効率よく素数を見いだす数学的手法は見つかっていないのである。 (もっと言えば、このような数学的判定手法が「存在する。」という事自体が証明できていない。 一つの数式で素数かどうか判定できる公式は存在するが、その計算量は指数関数的に膨大で、 「エラトステネスのふるい」の計算量ですら上回る。 効率的な素数判定式は存在しない可能性が高いというのは当サイトだけの意見ではなく、多くの数学者の主流意見もである。)

さて、この回答を見て「わかりません。」という回答が「知性」であり、「972347は素数です。」と答えたら非知性なのであろうか?  もちろん、「あなたの言うこの素数質問も、チューリングテストには意味が無い事の証拠の一つである。」という意見もあることだろう。 しかし、当サイトの考えは逆で、これは「思考」が計算量とは無関係に論理「のみ」で決まるという考え方の間違いの象徴であると思えるのである。

もちろんスパコンの知性度はトータルでは人間よりも低い。 しかし、この素数の件だけに限って言えばスパコンは人間よりも知性的であると判断すべきなのである。

この「偶数の件」と、「素数の判断の件」と、「言語の件」を比較して考えてほしいと思う。 「言語の件」は質問に正しく対応できていればよく、意味を理解している事が必須条件ではない。 「中国語の部屋」説は「結果」と「手段」を取り違えて考えているように思えてならず、本当に疑問なのであった。3)

というわけで、当サイトの意見をまとめておくと... 「意識」とは「知性」を非常にエネルギー効率よく成り立たせる手段であって、 「知性」の本質では無いという意見。 エネルギー効率がめちゃくちゃに悪くはなるだろうが、「意識」の無い「知性」は絶対にあり得る。 逆に言えば、現代のスパコンは人間の脳に近い能力を持ちつつあると言われているが、 エネルギー効率的には桁外れに人間より低効率であることがわかっている。 従って、「意識」を研究しても人工知能問題を本質的に解決する事は難しいが、人工知能が開発された上で 「意識」を研究すれば非常にエネルギー効率の高い人工知能スパコンが実用化できるのでは無いか?と考えているのである。

☆PC進化のペース低下に合わせたサイト更新。   
まぁ、これらはその分野の専門家から見れば低レベルの余談なのであろうから、毎回書くことには意味が無い。 また、PCの進化ペースは下がってしまっているから、当サイトの更新ペースも従来通りに戻すことは難しい。 だが、当サイトのサイト更新も2年近くやっていないわけだから、 低ペースとは言え趣味としてサイト更新を復活させようと考えている。

今でさえ当サイトの過去記事を読む人が居るのならば、 気分転換分(年数回程度?)だけでも書き換えた方が良いのかも?  意味の無い低レベルな話題も、その筋の専門家が息抜きとして毎回お読み頂いていたわけだから、 学者さんの息抜き記事という意味だけでもわずかながら効果はあるのかもしれないね。

仕事の状況が変わって自分の仕事と重なる部分は一切書けないから、 現段階ではPCの話でもハードウエア系の話題は書きづらい。 だが、一般公開ネタとかお祭り見物ネタならば問題は無いので、 ぜめてこれ位は書いた方が良いのかもね。

いや、このやる気復活もこれだけの長い閉鎖期間後にさえ当サイトにアクセスしてくれた皆様のおかげです。 ありがとうございました。



1)
磁気モーメントは軌道角運動量とスピン角運動量をg因子を用いて統合した値となる。 軌道角運動量は原子核を回る電子という古典論的説明でもできるが、スピン角運動量は古典論だけではまったく説明不可能である。

2)
ただし、受動意識仮説には一つだけ当サイト的疑問点がある。 この仮説が正しいとすると、意識を管理する部分の脳だけが病死した場合、意識は無いが問題なく生活できるゾンビ的脳障害が起こりえるはずである。 しかし、無意識だが問題なく日常生活できるという脳障害を聞いたことは今までに一度も無い。

3)
中国語の部屋に出てくる「中国語を理解できない外国人」に対して、 「○×△■」と中国語で書かれた紙片には「▲□●×」と書き加えて回答しろ。」として適応していれば、 思考していないのにチューリングテストに合格できるからチューリングテストは意味が無いと主張されている。 だが、この主張が正しいとは思えないのである。

なぜならば、これによって正しく合格できるために必要な情報量は、質問言語の可能な組み合わせを情報量として考えれば、 ほぼ無限に近い膨大な情報量になるからである。 この無限に近い情報量に「非思考」でも対応できる回答用情報量を処理しようとしたら、 これは現段階では世界最速のスパコンでも全く不可能であり、それどころか宇宙人のスパコンでも不可能であろう。 しかし、この絶大な情報量を記録情報の読み出しだけで処理できるスパコンが仮にあったとしたら... この仮想スパコンは質問者の質問だけでは無く、あらゆる行動に対しても無意識中でもすべからく正しく対応できる事になる。 要するに行動的には人間と全く同レベルな無意識ゾンビなのである。 だが、あらゆる問題に完璧に正しく対応できる「無意識」は非知性なのであろうか?

「弱いAI」は非知性だが見かけ上はチューリングテストに合格できている。 しかし、上記の素数に対する質問を行ったらどうだろう?  事前にこのような質問が来るとわかっていて人間による対策処置がプログラムに成されていれば見分けがつかないだろうが、 そうで無ければ数値的な回答と解析条件に対する回答を無矛盾で答えることは困難なのでは無いだろうか?

たとえば、「972747は素数ですか?」と聞けば、「弱いAI」は数学的に「素数です。」と答えるだろう。 その時点でも知性体ではない事はまだバレないが、人間では無いことは一瞬にしてバレる。 (つまり、人間は宇宙人のような完璧な知性体では無いからね。) では、もし弱いAIが「わかりません。」と答えたとしよう。 その場合は次に「3は素数ですか?」と質問する。 その条件に設定された弱いAIは「わかりません。」と回答し、やはり人間では無いとバレる。 事前にこの質問が来ることがわかっていて人間が素数と判断できる上限値を想定して見極め上限の素数値が入力されていない限り、 人間と弱いAIが区別できない事はあり得ないだろう。

「意味を理解する。」とは情報処理の高効率化であり「知性」の有無の本質では無いと思う。 「意味を理解していない知性」はとてつもなく非効率となるので実際にはあり得ないだろうが、 「原理上でも知性では無い。」と考えるのは間違いである。 「知性」とは相手の質問に対して結果として完全に正しく対応できていれば「意味」の理解にかかわらず成立する。 「意味」なるものを理解できている事は非常に高効率で効果的ではあるが、絶対的な必須条件ではないと思う。