敵は己自身にあり。   

2012年10月22日



☆癒しの佐原大祭と各種図書館風景。   
まずはいつもの余談から。

TOEIC受験対策で過労気味の毎日が続いている。 以前の資格試験は自己意識による受験なのでやる気が出たが、今回は自発的ではないので戦闘モードにも入れない。 自分でやる気を起こした場合は「逃げ」に走ると自分自身に対する怒りが爆発するのだけれど、 今回は事実上の強制なのでサボりにも自分自身に腹が立つことがあまりないのだ。

で...直近のPC系趣味で遊んだのはWindows8のインストールのみという状況。 これがおもしろければ息抜きになるのだけれど、 インストールして思ったのはタブレットとPCは画面サイズがかなり違うので 同一状況で最適条件を両立させるのが極めて困難だと言うこと。 マウス操作で最適な操作状況とタッチパネルで最適な状況を両立させるのには、 残念ながらまだまだかなりのブレークスルーが必要な段階だね。 (一方だけ対応できれば良い状況ならば十分に合格点なのだが... できれば酷評は避けたいのだがWindows8は「二兎を追う者は一兎も得ず。」の代表例になってしまうような気がする。)

というわけで、正規版インストールに移行したはメイン機のみ1台であり、 2号機、3号機を8にアップデートするかどうかは???な状況。 PCいじりでは勉強疲れが解消できなかったので、久々に癒しのお祭り見物に行ってきた。

佐原の秋祭り。
勉強疲れを癒すにはこの癒し風景がベスト。

いつもながら、佐原の大祭は本当に風情あるお祭りである。 とても良く癒されるね。 特に写真の通り夜の部は圧巻で、さすがに山車祭りの本場だけのことはある。 おかげさまで、かなり血圧も下がった感じですな。

土日の引きこもり図書館。
左図は佐倉南図書館。右図は酒々井町立図書館。

で...癒されてストレスがかなり減ったので、翌日は勉強のため再び図書館に引きこもることにした。 自宅だとPCいじりの誘惑に負けてしまうためである。 いつもならば成田の図書館なのだけれど、もう毎週の話で場所的に飽きてきたので 今回は気分転換として隣の市町村の図書館にも行ってみた。

勉強はもちろん1日限りではないのでいろいろと足を伸ばしている。 代表2例を写真に掲げたけれど、他にも稲敷市立図書館とか千葉中央図書館とかにも行っている。 でも、せっかく図書館に行くのだからいろいろな本を読みたいのだけれど、 結局英語学習本しか読めない状況なのは何ですかね?  図書館に行く本来の意味とはちょっと違うのではないですかね? (しかも、書店の英語本はTOEIC本の割合が非常に高いのであるが、なぜか図書館では1〜2冊しかない場合がほとんどなのである。)

☆自分自身がライバルとなる製品群は原理上出てこない。   
というわけで本題へ。と言っても、こんな事情なので本腰を入れて複雑な考察をする暇がないので、 時間稼ぎ的な薄ネタですみません。今回は常勝パターンがひっくり返る事情について考えてみた。

今PC界での大問題はタブレットやスマホによるPC市場の縮小傾向にある。 これに異論を唱えるPCマニアはこの世に一人もいないであろう事は誰にでもわかる。 だが、なぜタブレットがPC市場を奪っていくのであろうか?

当サイトは10年前にタブレットの普及を予想し、その予想を的中させることができた。 だが、それはPCがタブレットという形態に置き換わるという予想であって、 PCの進化の一環としての予想だったのである。

しかし、タブレットはPCのライバルであって、タブレットがPC自身の進化形と考える人は誰もいない。 当サイトの予想はタブレットという製品が時代を置き換える事は予想として的中させていたが、 PC自身がタブレットに進化していくと考えていて、PCとタブレットがライバル関係になるとは考えていなかったのである。

前書きでWindows8の話を書いているのだけれど、 画面サイズと操作方法の話は確かに原因の一つである。 だが、これは技術開発という意味では重要ではあるが、第一の理由ではないと思う。

この事を今回は考えてみたのであるが、この意味を明らかにする要因は実は当サイト自身が経験している事に気づいた。 それは、当サイトがPC用CPUのマルチコア化を時代のトレンドとしては完全否定していた当時の状況に見いだすことができる。

当時、当サイトの主張はマルチコア化は直ちにやめてGPU混載へ方向転換した方が良いという主張であった。 しかし、この意見はPC雑誌などからボロクソの反対内容を掲げられる羽目となった。 マルチコア化が間違った方向性であると断言していたサイトは、当サイト以外にはほとんどなかったからである。

当サイトが以前から書いている通り、マルチコア化戦略の選択は進化のトレンドがシングルスレッド性能アップ要求から コア数要求に変わったからではない。また、マルチコア化は当時の最先端技術という訳でもない。 それはシングルスレッド性能アップの停滞が導いた、やむを得ない消去法による選択でしかなかったのである。

しかし、売るからには利益率の高い製品を売りたい、 そんな利益優先主義が顧客要求対応という製造業必須の重要項目を軽んじてしまい、 ご都合の良い自己都合判断を招いてしまったのだ。

これが最終的に何をもたらしたかというと、PCと携帯という別個の独立した市場を 「スマートフォン」と言う形で競争市場へと巻き込み、 また、PC用CPUと組み込み用CPUという別個の独立した市場を競争市場へと巻き込んでしまっている。

今やPCはタブレットに市場を喰われて従来の成長率を維持できなくなってしまっている。 タブレットがPCと独立した市場ならば何ら問題ではないのであるが、 ユーザーの用途がかなり被っている(と言うか、PC用途から低価格&使いやすさでルーティンワークを抜き取ったのがタブレットの勝因。) という状況が致命傷なのである。

☆敵は己自身にあり。   
では、ここで一つ質問を...

もしPC市場の勝者がWintelではなく最初からAppleだったら、スマホやタブレットはジョブズのブレークスルーとなったのであろうか?

当サイトの意見は、おそらくはNo。 もちろん、今となっては「それでもやったはずだ。」とApple系企業は主張するだろう。 だが、当サイトはそうは思わない。 なぜならば、自分で自分の市場を大きく共食いしていく事になるからである。

これはPC市場に限った話ではない。 どんな市場分野でも起こる話である。 つまり、ある市場分野で勝者の企業があって、 今後のトレンドとして自分の市場規模を縮小させてしまう製品群が主流となるだろうと予想された場合を考えてみよう。

このときには経営者の判断は2つに分かれると思う。 一つは「こんな状態になったら利益が減ってしまうから、儲かる方向性へとユーザーを誘導しよう。」という考え方。 もう一つは「放っておけばライバルに市場を奪われてしまうから、 市場規模が減ったとしても新製品をこの方向に対応させて最悪の状況を防いだ方が良い。」という考え方。

当サイト的には後者の意見が正しいと考えているわけだが、 これは正しい、正しくないという問題ではないと思う。 つまり、正しい、正しくないに関わらず、普通の企業では後者の判断はできないのだ。

なぜならば、その理由はどの企業においても社内で出世競争が行われていて、 後者は絶対に出世成功に結びつかないからだ。

理由を説明しよう。 後者の判断ができる戦略的目利き経営者が居たとしよう。 トレンド転換に対応できる新製品を開発して市場変化に対応できたとする。 すると、何が起こるか?

素早く市場変化に対応できたのであるから、ライバル企業の躍進を防ぐことができている。 しかし、市場規模は成長力が低下するから、利益は少し減ってしまう。

最悪の事態は回避することができた訳なので「神の視点」からは正解なのであるが、 社長はこれを正しい判断と考えるだろうか?

この判断をした経営者のライバルとなる経営者はこう言うだろう。 「こんなバカげた判断をしたために、市場規模が減ってしまったではないか!」 これは本心でこう考える人も居るだろうが、本心では状況をわかってはいても ライバルを蹴落とすために承知の上でそう言ってくる人も多いだろう。

正しい判断をした経営者は判断失敗でライバル企業が大躍進した状況になって初めて自分の主張が正しかったことを証明できるので、 自分の正しい判断が自分の判断の正しさを証明できなくしてしまっているのである。

だとしたら、ダメ元でも「こんな状態になったら利益が減ってしまうから、儲かる方向性へとユーザーを誘導しよう。」 という判断をするしかない。上記説明の通り、自己否定的判断はそれが的中しようが外れようが、 「自分の出世」という意味では何の役にも立たない判断となってしまうからである。

つまり、正しい、正しくないという話とは何の関係も無く、企業が出世を業務意欲にしている以上は 自己否定的商品は原理上出てこないのだ。

いや、もっと言うとこれは社長でもできない判断だ。 なぜならば、経営者と社長の関係を、社長と株主の関係と考えれば同様だからだ。 社長が正しい判断をしてライバル企業による市場奪取を最小限に防いだとしても、 それが株主から正しい判断と評価されるとはとても思えない。 利益が減る事態は、最悪の事態を防ごうが何をしようが、 「最悪の事態を防いだ。」という効果が明白にならない限りは評価してもらえないからである。

逆に言うと、「最悪の事態」が市場から事前に大きく心配されている状況ならば評価を得る事もできる。 (たとえば東芝のHD-DVD撤退表明等が典型例である。) タブレットが必ずPC市場を奪っていくという事態が事前に市場関係者に理解されていれば、 PC市場の停滞を招く状況だとしてもタブレット市場の確保と市場拡大に合意は得られただろう。 ただし、これは市場関係者にこれを事前に理解されるように説明するのは格段に難しく、 なおかつその判断が必ず的中すると言うわけではないのであるから、 経営者自身に極めて高い決断力が求められる。 (「言うは易く行うは難し。」の典型例だね。)

HD-DVDの場合は撤退表明前に既にHD-DVDの敗戦が明白化していたから株主から高評価されたわけだが、 現状で勝っている側がこのような判断をすると、それがいかに正しい判断であろうとも「何を弱腰な!」と言われてしまう。 先ほど書いたとおり、自らの正しい判断が自らの判断の正しさを証明できなくしてしまうからである。

では、Wintelを判断ミスから復活させる方向性はどこにあるのだろうか?

それは、この話から簡単に導き出す事ができる。 今のスマホやタブレットを完全に否定する次世代のブレークスルーは、 原理上Apple系やGoogle系からは出てきにくいと考えられるからである。 今はPC市場を彼らに奪われている訳であるから、奪われた市場を復活させるブレークスルー商品群は自己否定にはつながらない。

要するに、Windowsをタブレット系の操作体系にしたりする対応は単なる時間稼ぎでしかなく、 ポストタブレット市場開発に専念する事が本業なのである。 Appleは今でこそ最優良企業であるが、タブレットがまだ開発段階であった時代には経営危機さえ噂されていたことがある。 この事態を思い出せば、今の段階で苦戦の側にも的確な戦略思考さえあれば十分な復活が可能なことは間違いないと思う。

当サイトの意見としては、今不利な側に不幸中の幸いな状況として 「タブレットが高付加価値を維持できる期間はPCのそれに比べると想定外に短い。」という予想がある。 今苦戦が伝えられている側は「社外競争的に見ても社内競争的に見ても、戦略的優位な製品を開発しやすい状況。」とも言えるのである。

市場を支配する企業における最大の敵は己自身にあるのだ。