マルチコア化戦略の失敗がPC用CPUベンダーを救っている。   

2012年5月13日



まずはいつもの余談から。 GWは当サイトにとって数少ない癒し所なので、お祭り見物に行ってきた。 なので今回は息抜きネタを書こうと思ったのだけれど、 前回も非PCネタである一般公開ネタだったので、お祭りネタは次回か次々回に延期することとした。 なので、今回の余談は実家からお祭り以外で出かけたプチ観光地「窯垣の小道」の風景である。

窯垣の小道とは愛知県瀬戸市の旧市街にあるレトロな小道だ。 この愛知県瀬戸市、陶磁器を東日本では「瀬戸物」を呼ぶことでよくわかるが、 古来から窯業の町として知られている。

窯垣の小道とは、通常は石を積んで「石垣」とするところを 不要となった焼成炉の陶製部材で組み上げた「窯垣」とした小道である。 使用している陶製部材は、炉に陶磁器を乗せる陶製板の「エブタ」、エブタを積み上げる台座となる陶製丸棒の「ツク」、 窯の炎が直接製品に当たらないようにするための隔壁となる「エンゴロ」など。 これらの部材が使い尽くされた後に、石垣の石の代わりに使われたというわけなのだ。

瀬戸物の町、愛知県瀬戸市の窯垣の小道。
石の代わりに、窯で使われた陶製部材で組み上げられているのが特徴。

それにしても、なかなか味のあるレトロな風景ですな。 仕事疲れが癒されますよ。

今では陶磁器産業自体は中国製などの安物に追われており、 付加価値の高いアート系以外では衰退傾向にあるのが残念。 だが、京セラや村田製作所に代表される日本のハイテクセラミック産業が高い技術力を持つ背景には これら陶磁器産業の歴史が下地としてある。 この分野では今でも韓国メーカーが日本人技術者を必死に引き抜いている事でわかるとおり、 レトロとは言ってもその歴史は形を変えて日本経済を支える技術力の根幹となっているのであった。

Haswellで行われる絶対性能から低消費電力化へのトレンド転換。   
と言うわけで本題へ。 今回はCPUの開発方針におけるトレンド転換について検証してみた。

当サイトの過去の予想にはいくつかの項目あるが、 現段階で重要度が一番高いと考えている予想は 「近い将来、CPUの最重要評価指標が絶対性能から低消費電力化と低価格化に移り変わる。」 という予想である。 この予想は2010年3/14にこのネタとして書いているから、もう2年以上前の話。 当時はマルチコア化が最重要と言われていた時代だから、 当サイトの意見はかなりの異論(まるで地球温暖化詐欺師のような扱いだったね。)と思われたようだ。

まず、当サイト的には性能指標としてはコア数の重要度が(PC用途では)きわめて低い点を指摘してきた。 何度も繰り返し言わせていただくが、最重要なのはコア数ではなくシングルスレッド性能である。 しかし、そのシングルスレッド性能も現段階では最重要指標であるが、今後も無限に最重要指標であるというわけではない。 ユーザーが使用するアプリがルーティンワーク化すると、CPUに必要な演算性能が伸び悩むからだ。

逆にUltrabook構想で明らかになったように、バッテリーの保持時間をいかに長くするかが最重要課題となっていく。 なぜならば、現状の動作時間で放置すれば、いずれタブレットに市場を奪われてしまうからである。

このトレンド転換が近い将来発生するという当サイトの予想は、 Ivy BridgeのCPU性能がほとんどアップしておらず、逆に消費電力は大きく減っている事で的中している事がわかった。 ただ、1回のみの的中では時代のトレンドとまでは言えない可能性もある。 と言うわけで、Haswellでの低消費電力化がどうなるかは、直近で当サイトがもっとも注目するポイントだったのだ。

で...その結果はと言うと...

Haswellの設計思想が報道された時点で、低消費電力化はさらに加速して実現される事が明らかとなった。 つまり、Haswellでは設計思想の中心点が絶対性能向上ではなく省電力化に移ったことがPC雑誌記事に掲載されたのである。

代表例としてはWinPC-6月号の記事がわかりやすいだろう。1) Haswellではアイドル時の消費電力を1/20に下げる構想なのだそうだ。 また、ほかにも低消費電力DRAMであるLPDDR3対応とか、液晶パネル・セルフリフレッシュ対応などが発表されている。

もちろん性能もある程度は上がるのであろうが、 優先順位が絶対性能から低消費電力化に移り変わったことは間違いない。 つまり、時代のトレンドの転換点はHaswellが登場する2013年の段階で完全に確定するということである。

ちなみに、当サイトはここでHaswellではμOPキャッシュを使用した命令デコーダーの共有化を行うであろうと予想した。 その理由もまたx86系CPUで電力を消費する最大要因が命令デコード系であるからだ。 共用すれば、それほど大きくない性能低下で消費電力を大幅に減らせるからである。

この予想、過去の報道によれば残念ながら当サイトの命令デコーダー共用説はHaswellでは的中していなさそうである。 だがこの予想には結構自信があって、おそらくはポストHaswell世代で的中するだろうと思っている。 命令デコーダーの肥大化と高消費電力化は数少ないx86系CPUの弱点であり、 μOPキャッシュはその弱点を解消できる数少ない解決手段であるのだからね。

あと、もう1点言うと、低消費電力化がマルチコア化の進行では行われないという予想も的中していた。 Haswellのコア数はPC向けではデュアルとクアッドだけである。 もし、低消費電力化を楽して行いたいのならば、コアを単純にしてその分コア数を増やせば良い。 しかし、これは「アプリの対応が進行しない限りPC用途でのコア数増大は無意味。」 という当サイトの考え方とは全く矛盾する方向性である。この方向性での成功は万に一つもあり得ない。 だから、現状でのアプリの対応状況を正しく認識できていれば、 Haswellでコア数が増やされないのは当然だという当サイトの意見には皆様にも賛成して頂けると思う。 そして、この考え方こそが今回のネタの根本となる基本思想になるのである。

ともあれ、HaswellはPC用CPU開発の一大トレンド転換点となるCPUだ。 (ちなみに、当サイトが予想した前回のトレンド転換点はSandy Bridgeで実現されたGPUのワンチップでの混載。)

マルチコア化戦略の大失敗。しかし、今ではこの失敗こそがPC用CPUベンダーを救っているのだ。   
ところで、PC雑誌系では過去にマルチコア化の進行を大推奨している時代があった。 コア数増大こそが時代のトレンドだという主張である。 また、これはCPUベンダーの希望する方向性でもあった。 なぜならば、単純にコア数を増やす方向性は開発費用を抑制したまま高額商品を売れる話だからである。

この方向性が戦略的に崩壊したことは今やPCマニアならば誰にでもわかる話となったわけだが、 じつはおもしろい事が発生しているのである。 つまり、現段階ではこの失敗こそがPC用CPUベンダーを救っている側面があるのだ。

利益率の高い製品を宣伝で売ろうとする戦略は、CPUだけではなくじつはOS販売でも過去に発生している。 つまり、Vistaの失敗である。この失敗以降、Windowsはなるべく軽いOSになる方向性へと方向転換している。 (当サイトもこれは正しい方向性だと思っており、高く評価している。)

しかし、いくら軽いOSとは言っても、それがマルチコア対応で成し遂げられているわけではない。 シングルスレッド性能が低いCPUでは体感速度が遅いことに代わりはないのである。

とすると、ARMのWindows参入が発表されている今、 もしWindowsがマルチコア化でも劇的に高速化する状態だったら何が起こるのだろう?  それはARM系CPUが現状のシンプルなコアのままでコア数を増やすことにより、 相対的に安いチップで一気にWindows市場を奪っていくと思われるのである。 (従来アプリの対応もマルチコア対応させたエミュレーションでやればよい。)

だが...OSやアプリの高速化がマルチコア化では実現できない現状ではどうだろうか?  シングルスレッド性能がx86と比べて低いままで捨て置くと、 いかにコア数を増やしてもユーザーから良い評判は得られないと思う。

つまり、ARM側がWindows参入を本気でやるつもりならば、 シングルスレッド性能アップに本気で取り組むより他に勝算はない。 (余談だが、ARM版Windowsでは過去のアプリの継承を放棄しているが、 これはコア数が多くてもエミュレーションでは対応不能なことを事実をもって証明していると思う。 従来アプリの対応性はビジネスユースでの販売に生死の差をもたらす最重要要因なのに、 それを放棄するわけだからね。)

ただ、もともとシングルスレッド性能がx86系より低かったARMは開発ペースが相対的に速いとはいえ、 シングルスレッド性能アップには多額の開発費と開発時間が必要となる。 お客様が求めているのだから明日から生産...という訳にはいかないのである。 なので、ARM側がこの必要性に即対応という事にはできず、 その結果シングルスレッド性能が必要という状況こそがx86の存続を救う側面があるのである。

要するに過去にマルチコア化戦略に失敗した状況が今ではARMのWindows参入に対するバリアになっており、 ある意味でx86系CPUベンダーを救っているのだ。

x86系ではシングルスレッド性能アップよりも低消費電力化の方が大きな成果が出しやすい。   
だが、Windowsを使用したPCではなく、OSの軽いタブレットではシングルスレッド性能の相対的に低いARMでも戦える状況だ。 ARMのWindows参入を防いだとしても、タブレットという形で丸ごとPC市場を奪われてしまっては意味がない。 だからこそ戦略的方向性がこの時点で低消費電力化に入れ替わったのだろうと考えている。

パーソナルユースだと、ルーティンワーク用途でしか使わない一般ユーザーではまだ価格面でx86系は若干不利ではある。 だが、タブレットでも要求性能が上がっている結果として動作時間の短さが大問題となっている。 この状況下ではx86だろうとARMだろうとこれまた低消費電力化が必須項目。

つまり、低消費電力化がノートPCの動作時間の長時間化のために行われているというPC雑誌の内容には当サイトも賛成だ。 当サイト自身は過去に低消費電力化の要因を低価格化対応(電源コストや放熱コストの削減)にあると読んできたが、 現段階では当サイトの意見は2次的な要因であって主因ではなさそうである。

また、この戦略の優位性はパーソナルユースよりも特にビジネスユースでさらに明白になると思う。

ビジネスユースでは趣味性が必要無い分だけ価格に対する重要度が増える。 つまり、パーソナルよりも価格の重要性は高い。 しかし上には上があって、ビジネスユースで最重要なのは価格ではなく過去のアプリの継承性である。 ビジネスユースでは経費削減のため古いアプリを非常に長期間使う場合が多く、 その結果、いくら安くても過去のアプリが動かない状況では万に一つも売れない状況になるからだ。

だから、消費電力が減って現状での負け要素が減れば、 ノートPCがタブレットに負ける状態はビジネスユースではほとんど発生しないことになる。 必勝要素が従来アプリの対応状況だとすると、 すでに勝っているシングルスレッド性能で勝ち幅を増やすよりは、 負け要素の消費電力面での差異を詰める事の方が優先順位が上がると思う。 他条件で引き分けならば、従来アプリ対応状況で必勝だからである。 (価格面ではそれでも若干負けるだろうが、ビジネスユースでの優先順位は従来アプリの対応状況の方が価格よりも格段に高い。)

また、シングルスレッド性能アップは絶対性能が高いほど難易度が高くなるから、 同じ性能アップを目指してもx86系ベンダーよりはARM系ベンダーの方が優位な状況になるだろう。 デヴィッド・A・パターソン先生の言うところの「3つのウォール。」に近づいて開発難易度が高まっているのは明らかにx86側であり、 同じマンパワーを投入してもARM側の方がベースラインが低い分だけ開発ペースが速くなるからである。

ならば、消費電力的な工夫を従来あまりしてこなかったx86系では、 同様に考えれば低消費電力化の方がARMとの勝負に勝ちやすい側面もあると思う。 ARMよりも低消費電力化に力を入れてこなかったx86の方が、 同じマンパワーを投入してもベースラインが低い分だけ開発ペースが速くなるからである。 (AMDの現状でのシングルスレッド性能が低いので、 intelの場合はシングルスレッド性能面での接戦が直近では発生していない状況となっている事も助け船となっている。)

つまり、開発ペースという意味でも低消費電力化の方がシングルスレッド性能アップよりも 難易度が低いと当サイトでは考えているのである。 効果が同程度ならば、スピード感をもって開発できる方向性が正しいと考えるのが当然のビジネス感覚であろう。

結論としてまとめると...今までの最優先課題がシングルスレッド性能アップであったPC用CPU。 その優先順位がシングルスレッド性能アップから低消費電力化へと移り変わる時期が今となった理由は、 ライバル企業が同じPC用CPUベンダーからタブレット系CPUベンダーに移り変わる時期に来ている事が 最大要因だと思っている。もし、タブレットの普及がなかったとすれば、 絶対性能から低消費電力化へのトレンド転換は(遅かれ早かれ、いずれは起こることとは言え) もう1〜2年遅くなっていただろう。



1)
最近、PC系雑誌の長期低落傾向が止まらないようで、もう実質的には2雑誌になってしまった。 貧乏人の当サイトも毎月どちらか1冊を迷いながら買っているのだけれど、 皆様も少しでも余裕があれば立ち読みではなく買ってあげていただければ幸いだ。 でないと、この世からPC雑誌が消えて無くなってしまうからね。 もし、万一そうなったら...PCマニアとしては悲しすぎ... (普段から買っているからこそ、提灯記事に対する購入拒否という懲罰も有効となるわけだし。)