トップの決断力と現場の暗黙知。   

2011年4月17日



☆国難とも言える事態だが...   
今回は大震災対応による60Hz地域への長期出張でWeb更新が途絶えてしまったので大きなタイムラグがあるが、 日本そのものが大変な国難とも言える状況になってしまったので、 まずはその地震の話から。

太平洋沖地震の発生時には幸運なことに当サイトは旧居に移動中であった。 仕事をしていると長周期の揺れがユラユラと襲ってきて、 地震と言うよりはまるで酔っぱらったような感覚。

旧居での震度は4で一昨年に静岡沖地震で震度6弱を経験している当サイトにとっては何ともなかったが、 「数分もの長周期という事は震源地はかなり遠いはずで、それでここが震度4ならば震源地は大変な状況だろう。」 と周囲に話していたら、実際日本での観測史上過去最大のマグニチュード9.0。 津波警報で電車もバスも止まっていまい、自宅に戻ったのは翌日の深夜。 原発報道を見ると、とんでもない事になっていた。

当サイトは過去にエックス線作業主任者を取得しているし、 国家講習受講はこれからのためまだ有資格者ではないが、 第二種放射線取扱主任者試験には合格している。 このため、不安感を感じている同僚に現状の放射線量であれば自宅周囲では健康被害は無い事を説明していた。

放射線の影響には確率的影響と確定的影響があるが、 確定的影響には閾値があって、それを超えない限りは問題は発生しない。 胎児は感受性が高く例外だが、成人の場合は一番敏感なリンパ球でも自覚症状無しの精密検査レベルで100mSv程度。 (自覚症状ならば200〜250mSv程度。) しかも、これは短時間で照射を受けた場合であって、 積算量が同じでも弱い照射が長期間の場合は線量率効果が働くから余裕度はさらに増える。

自宅から原発側で一番近い観測点で情報が入手できるのは茨城県南部だが、 これを書いている時点では0.2μSv/h程度。 これに24時間と365日をかけても年間約1.8mSvだから、 この状況が半年以上続かない限り一般人の基準値である1mSvは超えない。 (1mSvは十分な安全係数を見込んだ値で、自然界から受ける平均年間線量よりも少ない値である。 実際に症状が現れる線量で計算すると年間でも全然問題はない。) つまり、幸いにして今のところ政府の言い分には(公表数値自体に虚報がなければだが)大きなウソは無い事がわかる。

問題は確率的影響で、これには閾値が無いか、あったとしても極端に低い値だから、この場合は積算線量で考える事になる。 そうすると1年や2年での影響は誤差範囲だが、 生涯このままの状況が続くとなると影響無しとは言い切れない可能性がある。 全身ガンの確率係数は0.05/Sv程度だから、仮に現在20歳の人が80歳まで60年間この状況が続いたと仮定すると、 1.8mSv/年×60年×0.05/Sv=0.0054だから、晩年には発がんリスクが0.54%程度上がる事になる。 つまり、一刻も早く閉じ込め復帰に成功して欲しいわけだ。(でも、報道によれば最短でも半年以上かかるわけだが...) まぁ、晩年には被曝が無くても約3人に1人がガンになるわけだから、この数値が高いか低いかは個人の判断によって違うだろうが...

その昔、趣味で作った秋月製自作GM計数管測定器を段ボールの奥から探してみたが...
あまりに古い機材なのでGM計数管が壊れていて、計測できなかった。トホホ。

しかし、これは原発から十分に離れているからこそ。 現場の緊急作業員が非常に苦しい状況にある事はよくわかっている。 現状は最悪のチェルノブイリ状態こそ回避できたものの、量が減ったとは言え放出が続いている状況。 しかし、何とか放出を防止するためにはここが踏ん張りどころでもある。 当サイトでできることは周囲の心理的不安を抑える事程度だけれど、 この状況下で必死で頑張っている現場の作業員、自衛官、消防士には敬意を惜しまない。

☆トップの決断力と現場の暗黙知。   
と言うわけで本題だけれど、状況が状況だけにあまりチャラチャラした話は書けないね。 なので、震災対応と原発問題から日本の半導体企業再生への問題点について考えてみた。

東日本大震災と原発報道を見て、当サイトが思ったことが2つある。 一つ目は、あれほどの大災害が発生しながら東北地方の治安がほぼ完全に保たれているという東北人の良識の高さだ。 通常、世界各国では先進国、後進国を問わずこれほどの大震災が発生すると治安が極度に悪化する場合がほとんどであり、 この違いはこの危機を乗り越える最大の動力源になると言って良いと思う。

二つ目は、原発事故における初動対応のあまりの稚拙さ。 初動体制が稚拙だったために、「漏洩する。→作業員が現場で作業する時間が制限される。→漏洩防止措置が遅れる。→漏洩が止められない。」 というブラック・スパイラルになってしまっている。 初動対応が適切であれば、「漏洩抑制。→作業負荷低減。→封じ込め措置の進捗。→漏洩さらに低減。」 という良いスパイラルになり、ここまでの漏洩はあり得なかったハズである。

なぜ初動対応が稚拙だったかというと、東電本社側が原子炉のベントと海水注入に非常に消極的であった点が報道されている。 海水注入は廃炉を意味するわけだから、トップが決断を嫌がったわけである。 この2点は日本の企業の優位性と問題点を象徴しているように思う。 ここで、日本企業と海外企業の優劣の差について考えてみよう。

日本の企業は韓国企業等に負けっぱなしというのが経済誌の報道だけれど、 この報道は半分正しく半分間違っている。 確かに半導体分野や液晶分野などでは完敗に近い。 しかし、日本と韓国の貿易収支は日本の圧勝であり、 韓国の貿易黒字の半分以上に相当する金額が日本一国に対する貿易赤字として消えている。 最終製品ではないため目立たないが、日本では作れるが韓国で作れない製品はいくらでもあるのだ。

それらの分野が何かと見てみると、それは素材や電子部品といった中間財の分野である。 では、韓国企業に完敗の産業分野と圧勝の産業分野では何が違うのであろうか?

当サイトの見解の一つは、トップの判断力と現場の熟練度の重要性が占める比率の差異だ。

ここで、まず韓国企業に負けている分野について考えてみよう。 半導体産業、液晶パネル産業、いずれも設備投資に対するトップの決断力が求められる産業である。 そもそも、過去日本製DRAMが世界を席巻していた頃、まだ半導体産業は設備投資よりもむしろ (投資ではなく技術的な)ミクロンルールの先進度と歩留まりの良否が収益を決める時代であった。 そして、日本企業はそのどちらでも世界トップ水準であった。 DRAMが容量1Mクラスの頃、某韓国企業が東芝のコピーラインを作ったのは有名な話だ。 しかるに、日本企業が負け始めた頃と半導体産業における設備投資額の肥大化が始まった時期は 一致しているように思える。

また、品質をそれほど求められないPC用途中心にDRAM需要が移行していった時期と 日本企業の凋落が一致しており、日本製DRAMは過剰品質が問題であったという専門家の指摘もある。 この場合、どの製品分野を中心に製造するかは現場の人間が決めることではなく、 これまたトップの決断力が要求される話である。

つまり、DRAM産業で考えた場合、研究開発力や製造現場の熟練度が産業力を決める時代には日本企業が世界を席巻し、 トップの判断力が産業力を決める時代になると一気に衰退していったわけである。

まぁ、酷評だけならサルでもできるわけだから、例外的に良い例で考えてみよう。 日本のDRAM産業の衰退が始まった時期、経済誌ではSoCが日本の次世代半導体産業の基幹になるという主張がでた事がある。 この際に、当サイトでは「いや、むしろメモリ分野こそ反撃の可能性あり。」と書いたことがあった。 で、現在の半導体産業の中で韓国企業と互角に戦っているのはどの分野か?というと、 負けが込んでいる半導体分野で最も善戦しているのはNAND型フラッシュ分野での東芝である事は今や誰の目にも明らかだろう。

東芝の善戦はなぜ可能だったのか...というと、当サイトは以前東芝とシャープの液晶パネルに関する提携について、 ここでトップの決断力について書いたことがある。 シャープとの提携の結果、東芝はNAND型フラッシュに設備投資を集中できたというわけだ。

で、当時この記事を書いた後で、じつは当時の東芝社長がBlu-rayとHD-DVDの戦いにおいて、 極めて即断即決で撤退を決断したことがあった。

このときの市場の評価は極めて良好で、撤退表明直後に東芝の株価は一気に高騰した位である。 当時、当サイト自身は「いくら決断力に優れているとは言っても、負けは負けなのだからさすがに株価高騰は無いのでは?」と思った。 だが、株式価格というものは市場の期待値できまるものなので、「最悪の事態に陥る危険を即断即決で回避した。」ということは、 良い意味で予測を裏切ったというわけなのだ。 要するに、被害が致命傷になる前に撤退を決断できる決断力が当時の東芝経営陣にはあったわけだね。

で...これと真逆なのが東電の原発に対する初動対応なのだ。 後の漏洩被害に比べれば断然小さなリスクであるにも関わらず、廃炉によるコスト負担を恐れるあまり決断を先送りとし、 レベル7、推定被害総額1兆円以上で経営破綻の危機という破滅的な状況に至ったわけだ。

トップを取り巻く周囲は通常は出世希望のイエスマンだらけになるわけだが、 東芝の経営陣は「HD-DVDはBlu-rayに勝てる。」と言っていただろう周囲のイエスマンの言動を鵜呑みにしない決断力があり、 東電の場合は同様の決断力に全く欠ける状況だったのだろう。 (もっとも、時代がずれているとはいえ東芝自身も原発にも関係があるわけだけどね。)

では、逆に日本が韓国に圧勝の分野での状況はどのようなものなのだろうか?

はっきりしていることは、トップの投資決断力が低くても相対的に問題が少なく、 逆に現場熟練工の腕の差で歩留まりや品質が決まるという分野である事だ。 たとえば、半導体産業ではどんなに優秀な技術者を採用しても10年前の古い製造設備で最新設備と同等の性能を出せと言われてもそれは不可能である。 だが、素材産業や部品産業では現場熟練工の腕の差が生きやすく、10年前の古い設備でも最新設備と同性能を出すことは場合によっては十分に可能。 現場熟練工の暗黙知は設備の優劣に匹敵する高い付加価値を持つのである。

この証拠は、日本に圧勝と経済誌で書かれている韓国企業が この分野では未だに日本企業の熟練工を必死で引き抜いている状況からもわかるだろう。 設備投資だけで優劣が決まるのならば、日本人技術者を引き抜く必要性はないからだ。 (特に二次電池産業の素材部門などが暗黙知優位の代表例である。)

要するに日本企業はトップダウン型になると極めて脆く、ボトムアップ型になると韓国企業に対してすら圧勝という状況になるわけである。

☆優秀な人材が上に行かない官僚主義が日本企業最大の弱点。   
では、日本企業ではなぜ優秀な人材が上に行かないのであろうか?

当サイトの認識では、日本企業は上に行けば行くほど自浄作用が働かなくなる人事システムにあると考えている。 たとえば、反例として良い例がこの記事である。 内容は一見すると悪い内容に見えるかもしれないが、当サイト自身はある意味でうらやましい面があると思った。 それは、トップ経営陣であろうとも成果が出せなければ責任を負うことになるという、 まともな人事システムが機能していることを意味しているからだ。

もし同様な業績不振が電力業界で発生したら経営陣は入れ替わるのであろうか?  今回の原発事故のような隠しきれない事故でも発生しない限り全てを隠蔽しようとし、能力の高さではなく 官民癒着の力関係で人事が決まっていたであろう事は、今や誰にでもわかる状況になった。1)

通常の民間企業でも、癒着とまでは言わないまでも業績ではなく派閥の力関係などで経営陣が決まることが多く、 その結果、実務能力ではなくイエスマンであることが求められて、 優秀な人材が上に行かなくなるイエスマン・スパイラルが回ってしまうことになる。 海外企業ならばその場合は会社が倒産してしまうので成り立たないが、 日本の場合はなまじ現場熟練工が会社を支えているためにそれでもかろうじて何とかなってしまうのである。

当サイト自身としては、能力主義も完全な人事体制ではなく問題点は多々あるとは思っているが、 少なくとも官僚癒着人事やイエスマン人事よりは数段優れている事は誰にでもわかる事だと思う。

これを今回の原発問題で言うならば、まず現在の保安院メンバーは今回の事故を想定できていなかったわけだから、 事故を想定できていた人材と委員を入れ替える事が事故再発を防ぐ最重要課題である。 能力のある人材を判断する基準として最善な判断基準は、事故の予測能力であるからだ。 (「想定外」の事故というのは予測能力が低ければ低いほどいくらでも起こりうる。 つまり、それは予測能力の低さを意味するものなのだから、「想定外だから許される。」 と考えるのは技術者としてはあるまじき発想である。2))

入れ替えを行うことで、当事者は予測能力を高めようと努力するきっかけになるだろうし、 入れ替えが行われなければ、技術力などは出世に役立たずトップに対してイエスマンであることのみを求める 現在の官僚体質が続くことになるからだ。 (と言うわけで、今後の人事が今回の問題を事前に予測していた人物を担当者にするかどうかを、 我々国民は十分に監視する必要がある。)

実際、報道によると研究結果から原発の安全性に対して問題点を指摘し設備の改善を求めた2名の専門家が過去にいたそうだ。 コストを理由に東電側が改善のための設備投資を拒否したところ、この2名の専門家は直ちに辞表を出して抗議したというが、 これは数少ない朗報だ。このようなプロ魂のある人物こそ原子力保安員に選任されるべきなのであろう。 (これと同様な状況になったときに当サイト自身が上司に辞表を叩き付けることが出来るか?と考えれば、正直頭が下がる。)

また、派遣社員問題に見られるようにブルーワーカーでは競争力維持のため 給与低減はやむを得ないという意見が一部経済評論家の意見としてある。 だが、では日本の経営陣に対してアメリカのような有能経営陣引き抜きや成果を出せなかった経営陣の解任が なぜ主張されないのか?という強い疑問が当サイトにはある。

影響力の高低を考えれば、市場原理に基づいた雇用の不安定化がある程度許容されうるのは、 まずはブルーワーカーではなく、経営トップで無ければおかしいと思う。 「派遣を認めなければ企業は利益を失い海外に行くだけ。」 と言う意見は、「無能経営者を解雇し、優秀な経営者をトップに就ける人事体制が無ければ企業は利益を失い海外に行くだけ。」 という意見と同様なのだが、なぜか前者のみが主張され、後者が主張されることは無い。 本当に不思議だ...

この考えが間違っていないことは、韓国企業が日本人技術者や熟練工を次々と引き抜いているにもかかわらず、 日本人経営者をまったく引き抜いていない事で簡単にわかる。 日本人経営者に利益に結びつく人材がほとんどいないことを直接的に表している事実だからだ。 優秀な経営者の引き抜きなどはアメリカでは日常の出来事なのに... なぜ日本では経営陣引き抜きをグローバルスタンダード扱いしないのであろうか?

要するに、ただ上から下を叩くだけで業績による職位上下が機能していない状況を改善し、 能力主義を平社員の給与削減の理由付けではなく本当の意味で正しく機能させることが重要。 優秀な人材が経営陣になる人事システムの構築が日本企業再生への近道なのだ。

なんですか? そんなことをしたら当サイトのような口先人が最初にリストラされるでしょうって?  いやいや、そうは言ってもそのような人事システムが簡単に構築されるとは思えませんよ。 と言うわけで、しばらくは口先で食べていける事は間違いないから、簡単にこんな事が書けるわけですな。 (イエスマンじゃ無いので出世はできないですが...)

ちなみに、次回からは通常のPCネタに戻る予定。



1)
まず、電力業界でのケースで考えれば、その最大の原因は官僚との癒着にある。 実例で言えば、過去に原発の記録改ざんを内部告発したアメリカ人技術者の実名を原子力保安院は あろう事か電力業界に漏らしていたと言う事実がある。 これはたとえて言えば、ヤクザの犯罪を警察に告発したところ、警察がヤクザ組織に告発者の名前を通知していたようなもの。 モラルハザードもここまで来たかという最低レベルに腐りきった状況だったのだ。

ただし、官民癒着の場合は立派な犯罪なのだから、これらに関わった者を徹底的に駆除して行くことで状況は良くなると思う。 癒着は利益優先原理に従って日本の技術力を殺してしまっている。 問題は、官民の癒着がある限り原発に限らずあらゆる分野で我々国民に危害が加わる可能性があることを理解し、 癒着に関係した人物を徹底的に駆除して行くことが日本再生の最短コースであることを正しく認識することであろう。

2)
想定外の津波...とよく言われるが、津波被害は本当に想定外か?

当サイトが福島第一原発の絵図を報道で見て驚いたのは、非常用発電機が防水構造になっていなかった事だ。たとえば、通常型潜水艦では耐圧殻中にディーゼル発電機があって水深数百mまで潜れるわけだから、 津波が何mであろうとも耐えられる構造にすることは現在の技術でも十分に可能だ。 そう考えて調べてみたら、アメリカの原発では実際にそのような事態を想定して 防水構造の耐圧建築物中に非常用発電機が設置されているそうだ。 つまり、今回の原発事故は決して想定外のものではなく、 原発設置の設備投資を抑制しようとしたために発生した人災なのである。