ユーザー事情とメーカー事情の乖離から脱却したいが...   

2009年9月23日



☆遠路はるばるPCパーツショップへ行った帰り道に...   
最近は気温こそまだまだ高いものの湿度が低く過ごしやすい。 ようやく秋本番到来というわけだ。 ある日、某PCパーツショップまで遠路はるばる新マシン用パーツを買いに行った帰りに 道ばたの田んぼで案山子を見かけた。 9月、このあたりは稲刈りシーズン真っ盛り。 PCパーツショップが遠い...そして秋葉原はさらに遠い超田舎暮らしはPCマニアとしては辛いが、 道ばたで案山子が楽しめるとは... 都会暮らし時代には決して味わえなかった花鳥風月の趣は、お金で買えない田舎暮らしの数少ない優位点。

で、これを見て秋の農村風景を見たいと思ったのだけど、フッと思い出した。 そう、ここ静岡県は旧居千葉県北総地方と違って山が海に迫っている。 千葉だと北総から房総半島の先にある大山千枚田まで車で2時間以上かけて行かなければならないが、 ここからならば結構近くに棚田という日本の原風景があったじゃないか...

と言うわけで、以前車で行ったことのある棚田まで再度出かけてみた。 場所は菊川市上倉沢にあり、千框(せんかまち)という。 当サイトはアマチュア写真家ではないしアート系の才能が皆無なので 相変わらず写真がダメダメ。 だけど、まぁその片鱗だけでもと写真を撮ってみた。 千框の棚田は上に行くほど一棚一棚が小さくて形も整っておらず、 いかにも棚田の原風景が残っていて味があるいいところだ。 「癒し効果で仕事疲れが吹っ飛ぶぜ〜。」といったところ。

PCパーツショップ帰りに偶然見つけた案山子(左)
で...日本の原風景が見たくなって、菊川市にある有名な棚田・千框(せんかまち)へ。(右)

この棚田、最下流の部分に水田の水を集めた貯水池がある。 この池はそのまま蓮池になっており蓮根栽培の場所ともなっているのだが、 初夏に行くと下に示したような美しい蓮の花を楽しめる。

この蓮の花、池の脇に賽銭箱のような箱とハサミが置いてあって、 確か一花\50だったと思うのだけど、セルフサービスで切り花として持ち帰りできるのでした。

千框棚田の最下部にある蓮池と蓮の花
これも風情があって良い雰囲気。ちなみに、この写真は8月初旬のもの。

ちなみに、この棚田は本来は現在よりも左右に広がって耕作されていたようで、 休耕田らしき荒れ地が反対側に広がっている。 元々の大きさは今より何倍もあったのだろう。 棚田は耕作機械による農作業がしづらい場合が多いので、 おそらく平地の水田よりも生産効率はかなり悪いと思われる。 なので、減反政策で真っ先に休耕田化してしまったのだろう。

棚田は風景としては味があるが実際の農業者にとっては風情だけでは食べていけない。 生産効率が低い棚田を風情だけで残せとは我々に言う権利はないわけで、 棚田を残すには収穫米に何らかの付加価値を付ける必要がある。 単に「お米」では同じ価格になってしまうもんね。 ここで収穫されたお米、棚田ブランド米として魚沼産コシヒカリみたいに高値で売れればいいのだけど...

下の方は刈り入れが終わり、上側(写真)はまさにこれから稲刈りの段階
千框は上側と下側で植えてある稲の品種が違うようである。

で、最後にまだ刈り入れが終わっていない部分の全景写真を掲載。 まぁ、当サイトの下手クソな写真で風情台無しという方は、 千框でググっていただければアマチュア写真家の手による出来の良い棚田風景が楽しめます。

☆当サイトの現状認識とPCユーザーにとっての理想像。   
さて、前回は息抜きネタだったので今回は当サイト的本ネタであるCPUネタで行きたい。 そして、読者様のご要望もあってCPUネタの中でも次世代CPUアーキテクチャトレンドについて考えてみた。

で、最初に一言申し上げておきますけど、当サイトはCPUアーキテクトでも何でもないので、 間違い・勘違いも多いし、決して頭から信じて読まないように眉につばつけてお読みください。 また、当サイトのネタには絶対の信頼度レベルからほとんど自信のない「たぶんこうじゃないかな〜。」 というレベルまでいろいろあります。1) けど、新CPUネタの信頼度はあまり高くないと自分でも思っておりますのでその点でもご注意をお願い致します。 (こんな事は書かなくても文章レベルや文体から見て誰でもアマレベルと一目でわかると思っていたのだけど、 最近ご感想メールのプロ比率が上がってますので...)

というわけだが、新アーキテクチャというと当サイト的注目はAMDのBulldozerだ。 最近はintel製CPUについてのネタばかりで、当サイト的にもちょっと不公平かな?とも思っていたのだけど、 Bulldozerまでは現行品の小改良ベースだからネタにしにくかった。 一方intelはNehalemでアンコア部分に大幅変更を行っているし、Atomという全然別の設計概念に基づくアーキテクチャも作り出した。 開発リソースの規模の違いは比較にならないわけで、AMDにとっては苦々しい状況だろうけれど 当サイト的にはやはりintel製品ネタに食い付かざるを得ない状況だったわけだ。

そんな中で打倒i7/5/3の本命であるのがBulldozer。 本来今年出てくる予定だったのに開発が大幅遅延してしまったのが残念でならないが、当サイト的な注目度は大きい。 で、今回のネタであるがBulldozerのアーキテクチャ予想をするという方向性だけではなく、 まず当サイト的な理想CPUを考えるという考え方でも検討を行ってみた。

では、まずPC用CPUの理想型とはどのような物だろうか?

当サイト的に第一優先なのはシングルスレッド性能。 これは長期的に当サイトの意見を読んでいただいている方には重々ご承知の事と思う。

なぜシングルスレッド性能重視派かというと...判断の根本原理は非常に単純である。 それは単純に逐次処理は並列処理と違って並列化が不要で高速化に理論的限界が無いから。 あぁ、書いてしまいましたけど、あまりにも単純な話に笑っている方いるかもしれませんね。

実際の実装問題を無視して考えれば、 理論ピーク性能が同じならば命令レベルであってもスレッドレベルであっても逐次実行は並列実行よりも絶対優位の関係にある。 なぜならば、並列実行は依存関係があっては行えないし、数学的に本来内包される並列度以上の高速化は原理的に不可能。 命令レベルでハード的にやるにせよ、スレッドレベルでソフト的にやるにせよ、並列性の抽出限界という壁がある。 一方、逐次実行には理論的な限界は無い。実際には逐次実行でも依存関係の影響があるが、それはあくまで現実の実装の問題。

HPC分野のように膨大なデータ並列性がある場合とか、サーバー用途のように膨大なスレッド並列性がある場合は マルチコアでも問題ないと思う。しかし、PC用途は本来存在する並列度が相対的に低い上に、 フローが複雑なので並列性の抽出も難易度が高いと思う。 たとえばItanium2のようにコンパイラが命令レベルの並列性を抽出する場合において、 データ並列性が高いHPC用途では(メモリバンド幅がボトルネックにならない場合においては)そこそこ上手く行っているのに、 実際のサーバー用途では全然売れていないのはなぜだろう?  当サイトの判断では、抽出できる命令レベルの並列度の違いによってHPC用途ほどの性能が出ないからだろうと想像している。 つまり、シングルスレッド性能重視派という当サイトの立場は逐次実行と並列実行の関係を 原理原則に従ってスレッドレベルに当てはめただけなのだ。

原理原則を離れた方針というのは現実問題を抱えたときにやむを得ず行うものというのが当サイト的な頭の中にあって、 それがプログラマに大きな負担を強いるマルチコア化に対する拒絶反応の根本となっている。 まぁ、その筋のプロから見たら論理があまりにも単純すぎて失笑ものかもしれませんが...

それはさておき、実はPC用CPUには「シングルスレッド性能が高められる内はシングルスレッド性能を高めてきた。」という歴史的経緯がある。 当サイト的な低レベルな原理原則感と同じ感覚だったとは思えないが、結果的には 過去のCPUアーキテクトも典型的なシングルスレッド性能重視派であったことは歴史的事実である。 マルチコア化が始まったのはPentium4(正確にはPrescottコア)でシングルスレッド性能向上がコケて以降であり、 それ以前にはマルチコア化はやろうと思えばできたにもかかわらずまったくやる気がない状態だったのだ。

当サイトは、やれるところまではシングルスレッド性能向上で行くという方針は 今もってまったく正しい判断だったと考えている。 先ほどCPUアーキテクチャネタはあまり自信がないと書いたが、ここで一つだけ絶対の自信がある予想を掲げておこう。 今CPUのシングルスレッド性能向上はいわゆる「3つのウォール」によって極めて難しい状況にあるそうだ。(当サイトも異論無し。) しかし、ブレークスルーを成し遂げる天才の出現だけは事前に予測する事は不可能。 そこで、もしクレイやジーン・アムダールのような天才技術者が現れて「3つのウォール」突破に成功したとしたら...

その場合、ある程度コア数を減らしてでも必ずその技術は取り入れられる。これは絶対に間違いないところだと思う。 CPUがPC用途向けである場合、もし「いや、コア数を増やせば問題なく性能は上がるのだから、今時そんな技術は時代遅れですよ。」とか、 「コア数を減らす位なら、そんな技術はパスです。」なんて事になったら土下座してお詫びする事になるが、 当サイトはお詫びの可能性について何の心配もしてない。

だから、(PC用途の場合)シングルスレッド向上はやれる内はやり通すべきである。 ただ、Prescottの失敗はそれがやり通せなくなる瞬間を見抜けなかったという一失だけなのだ。 (あるミクロンルールで瞬時に上手くいかなくなってしまう概念かどうかも当時は明らかではなかった。だから、 当時PCマニアの評価はボロクソとも言えるものだったが結果論でPentium4を叩く意見にはあまり同意できなかった。)

一方のAMDはデュアルコア化の保険をかけていたからこの危機を乗り切った。 (一方のintelはノートPC用CPUが保険となった格好だ。)

が...新コアの開発がintelよりワンテンポ遅れたのが逆に幸運につながったと当サイトは考えている。 上手くいかなくなる可能性を見越して保険をかけておくという慎重な開発姿勢は賞賛に値すると思うが、 デュアルコア化はあくまで保険であってAMD社内でも本流ではなかった。 なぜならば、実は同時期にシングルスレッド性能向上を狙った次世代CPU(K9)の開発を中断している。 このことから、製品化レベルに達していなかったと言うだけでintelと同様な判断ミスはしていた事が後に明らかになっている。

そして、この事実からもう一つの重要ポイントが予想できる。 それは消費電力を抑えることの重要性だろうと考えている。 これは今でこそ当たり前となっているが、Core MAが出てきた頃にはPCマニア間での着目度は低かった。

当サイトでは現時点での手持ち最速コアがT7200となっている。 (まだ組んでいないという意味ではCore i?がありますけど。?が5か7かは近いうちに...) このコアはソケットがマイナーなためLGA775よりCPU換装のフレキシビリティーが無いという欠点があった。 しかし、それを承知でなぜT7200を買ったかというと、当サイトはPrescottコアが失敗した時点で 低消費電力の重要性を高く評価するようになったからだ。 正直に言うとその重要性についてはPrescottコアが問題を起こすまでは見抜けていなかったが、 間違いとわかった時点で考え方を直ちに修正した。 で、それ以降は低消費電力性を高く評価するようになったというわけだ。

現状のAMDとintelの性能評価は、平均的なPCマニア評価ではintelの方が上という意見が多いと思う。 だが、当サイトはAMDとintelの性能差はコアの基本設計年次が新しい分程度の差であって、 開発年次の差を補正すれば別段飛び抜けてintelの評価が高いわけではないと考えている。 最近のCPUはコア本体に抜本的改革を施さなくなって久しいので コア本体のアーキテクチャはどちらも改良に改良を重ねる形になっており、 開発時期の優劣差が今でもそのまま残っているような印象だ。

で、それでも世間の評価がintel寄りなのは、やれクアッドコアだ何だと言っても要するに 実態としては多くのPCユーザーがそれほど大きな負荷をかけて使っていないためではないのだろうか? という疑念をぬぐいきれないでいるのだ。 (i7出現以前では、両者は負荷が重いほど性能差が詰まる傾向にあったから。)

しかし、intelの低消費電力性に関しては高く評価しているのが当サイトの立場。 Atomの低消費電力性については書くまでもない。 低消費電力の背景ではミクロンルール的には投資余力の大きいintelに有利だったものの、 微細化による省電力化は以前より寄与が減っているし、 AMDは低消費電力化に有利なSOIプロセスを使っているのである。

しかし、結果を見ればNet BurstからCore MAに切り替わって以降はintelとAMDの優劣の立場が完全に入れ替わった。 つまりこれは低消費電力設計でintelがAMDに対し一定のアドバンテージを保っている証拠だと思う。 (もっとも、AMDは性能面での対抗策よりもこちらでの巻き返しに力を入れているようで、 このところ差が詰まりつつあるような印象も少々あるけれどね。)

今後のパソコン市場はノートPCの比率が上がる一方で、 デスクトップPCは自作市場以外では遅かれ早かれいずれは消え去る運命。 実際、秋葉系ではない通常の家電量販店ではノートPCの売り場面積が デスクトップのそれを圧倒的に凌いでいる。

とすれば、低消費電力性の価値は今後も上がる一方のハズである。 PCマニアは性能さえ高ければ何百Wの消費電力でも許してしまう傾向があるが、 市場全体を見れば低消費電力化の意義は高まることはあっても下がることはないだろう。 (電源容量が大きい事を自慢げに語るPCマニアの感覚は、正直今や時代遅れのような気がするんだけどなぁ。 「俺のPCはこの性能でも電源たったの200Wで動くんだぜ。」という感覚が時代の流れだと思うのだけど...)

サーバー市場でも低消費電力性は重要なアピールポイントになっている。 べつに地球温暖化対策とか大げさなネタを取り上げるつもりはないが、 PCマニアにおける低消費電力性の価値はその重要性以上に過小評価傾向にあると思う。

というわけで、当サイトの現状認識のメインは下記の通り。

  1. PC用途の場合、最も重要なのは現在でもシングルスレッド性能である。 マルチコア性能は高いに越したことはないけれど、 対応ソフトを使わない限りシングルスレッド性能を犠牲にしてまでコア数を増やす意味はほとんど無い。
  2. 本来内包される並列度の高いHPC用途やサーバー用途と異なり、PC用途でのマルチコア化はプログラマに負担をかけすぎる重大問題がある。
  3. 低消費電力性は一般的なマニア感覚以上に重要。これ抜きに今後のトレンドは語れないと思う。
☆製造側の事情としてのマルチコア化。   
ところが、いわゆる「3つのウォール問題」でシングルスレッド性能が上がらなくなって以後、 業界全体がひたすらコア数を増やすという間違った方向性へと走ってしまった。 マルチコアはやむを得ない苦肉の策であるにも関わらず、 コア数さえ増やせば性能は問題なく上がるという認識になってしまったのだ。

ちなみに、アマチュアである当サイトですらこの認識不足は簡単に見抜くことができた。 ということは、その筋の専門家であるアーキテクトがそれを見抜けていないはずがない。 つまり、「これからはコア数が増えるので問題なくCPUは進化し続けられるのだ。」という主張は、 問題がある事を承知の上で行われてきたある種の宣伝であると当サイトでは考えるようになった。 いずれアプリがマルチスレッド対応を進めていくので、言い続けていれば近い将来に嘘ではなくなると考えていたのであろう。

では、なぜ重大問題を承知で宣伝する必要性があったのであろうか?

一つは、性能向上がストップして価格勝負になってしまうと利益率が下がってしまう問題があるからだ。 どこかのサイトで「PCの電卓化」について語られていたが当サイトも同感で、 性能向上が不要になってしまうと市場規模が同じでも価格競争によって利益は減ってしまう。 Atomは製造原価の安さがズバ抜けているので価格が安くても利益は出しているという話もあるが、 一般論としてはAtomがPC向けにバカ売れする時代は作り手側にとってはありがたくない時代。 つまり、製造する側にとっては困った話なのだ。

二つ目は、サーバー用途では逆にマルチコア化が非常に効果的であることだ。 つまり、マルチコア化の優位性を宣伝し続ければサーバー用途に設計したCPUをハイエンドPC用途に転用して売ることができる。 これにより、設備投資の次に大規模投資となる研究開発費をPC用CPUとサーバー用CPUである程度共用することで開発費用が下がると言われている。 これも当サイトオリジナルな意見ではないが、強く同意できる見解である。

当サイトでは今後のCPUのあり方としてGPU混載を提唱した。 これは現実のものとなりつつあるが、GPU混載CPUは(今のままのGPUでは)サーバー用途には非常に不利だ。 なぜって、サーバーにはGPUは不要だからね。

当サイトは某社のサーバーを見たことがあるが、グラフィックにはシーラカンスのような非常に古いチップが使われていたのが印象的であった。 マシンによってはグラフィックチップが無く、メンテナンス時にグラフィックチップ搭載のメンテナンスユニットを接続するタイプのものもある。 つまり、GPU混載CPUは現状のままでのGPUでは無駄なトランジスタがダイの多くを占めるプロセッサになってしまうわけで、 サーバー用途転用への柔軟性に乏しい。というわけで、GPU混載は製造側から見れば決してありがたい話ではない一面もあると当サイトでは考えている。 (最近流行のモジュール化という概念は、この問題点を少しでも緩和しようという対策という面もあると思う。)

三つ目は、ムーアの法則に従って搭載可能なトランジスタ数が増えることと言われている。 ムーアの法則では搭載可能なトランジスタ数は18〜24ヶ月で2倍になる。 つまり大雑把に言えば遅くとも2年でコア数は2倍にできる。

このため埋め草が必要なのだが、回路構成をどんどん複雑にするよりは単純にコア数を増やす事の方が簡単である。 SoC化では対応に上限があって、今でもメモリコントローラが搭載されているから、あとはGPUとサウスブリッジが搭載されれば行き詰まる。

しかし、マルチコアならば理屈上は上限が無い。 現実にはキャッシュのコヒーレンシーをどう維持するかとかの各種問題があるとはいえ、 有効に使えるかどうかを無視すれば100コアだって1000コアだって可能。 トランジスタが余った分はひたすらコア数を増やせばよいからだ。

もちろん、進行がゆっくりとは言えOSやアプリのマルチスレッド対応は徐々に進行している。 だから永遠にマルチコアが無効とは当サイトも考えてはいない。

だが、ハードウエア上でのマルチコア化の進行ペースと、ソフトウエア上でのマルチスレッド対応ペースに大きな乖離があって、 ソフト側の対応ペース以上にハード側のコア数増加ペースが早すぎるのが問題なのだと当サイトでは考えている。 シングルコアにおける命令レベルでの並列実行は並列性の抽出もハードウエアが行うから、プログラマの負担はコンパイラ開発者止まり。 しかし、マルチコアともなれば高めているのは潜在的性能だけであり、それを生かすも殺すもプログラマ次第。 現状はまだまだ増えるコア数が生かしきれていない状況なのだ。

マルチコアがコア数に比例して性能が伸びる使用環境ならば、当サイトもマルチコアを高値で買ってもよいと思っている。 ユーザーの需要に応えられる製品に正当な対価を支払うのは継続的に技術開発を行う原動力になるし、 設備投資負担や開発費負担の大きい半導体産業では価格が下がって利幅が急減すれば技術革新速度の低下に直結するだろう。 だから、単純に価格が安ければいいとは思わない。 だが、それはユーザー需要を無視して良いという意味じゃない。

以上をまとめると下記の通り。

  1. 無理を承知でマルチコアの優位性を主張するのは、性能競争を維持して価格競争に陥るのを防ぎたいから。
  2. 同じく、PC用CPUとサーバー用CPUの開発費用を共用したいから。
  3. 同じく、ムーアの法則で増えるトランジスタ数を容易に吸収できる設計だから。
  4. ソフト側のマルチスレッド対応ペース以上にハード側のコア数増加余力が大きすぎるのが問題。 マルチコアの普及は実際にはアプリの対応状況が支配する。
☆ユーザー事情とメーカー事情。サーバー用途では一致、PC用途では乖離。   
というわけで、現状のPC用途ではユーザー側の事情とメーカー側の事情には大きな乖離がある。 コアが1つの時代にはPCユーザーが求める性能がそのまま複雑で高価な設計のCPUに一致していたから、 両者の間に乖離がなかった。つまり、この問題点を同時に解消できるように設計するのがベストなのだが、難易度は極めて高いと思う。 逆に、サーバー用途では乖離が少ないので、PC用CPUに比べてサーバー用CPUの今後を予想するのは比較的容易なのではないだろうか?

サーバー用CPUから派生品を作って高く売るという戦略はコア数の需要乖離によってだんだん上手く行かなくなってきていると思う。 実際、AMDの新コアAthlon II X4はCore i5-750の低価格戦略に対抗するためとはいえ、完全に投げ売り状態だ。 デュアルとクアッドで価格差がほとんど無くなれば確かにあえてデュアルコア版を買う意味はないが、 本来クアッドを高く売るための「マルチコアの優位性」主張販売戦略なのだから、 安値での投げ売りは成長戦略的に何らかの誤算があった証拠といえる。

実際、PC用クアッドコアは全然売れ行きが伸びない状況らしく、下手をするとVistaの二の舞になる可能性がある。 当サイトは全然売れないのはオクタコア以降であり、クアッドコアは想定通りには売れない程度の 「終わりの始まり」段階かと思っていた。 だが、現状は当サイトの想定以上に厳しいようだ。 今のところクアッドコアが売れないのは当サイトの主張が正しいからという意見の他に、 「単にサブプライム不況の影響であって、不況だから低コア数CPUで我慢しているだけ。 景気が回復すれば売れるようになる。」という意見もあるにはあるが、どちらが正しい意見なのであろうか?  不況が原因ならば景気が回復すれば売れるようになるわけだから、景気回復後の売れ行き状況には当サイトも注目している。

で、PC用CPUではどうやって問題点を解消するか?

まず、ユーザー側にはシングルスレッド性能を高めて欲しいが、メーカーとしてはマルチコアを進めたいという事情があるのだから、 シングルスレッド性能はマルチコア化で高める方向性が考えられる。 当サイトの以前の予想に従えば、それはコアのユニットをできうる限り共用するという方向性だ。

また、当サイト以外で指摘されている方向性としては、投機的マルチスレッドとかPARROTなんてのもあったね。 厳密に言えばPARROTはマルチコアではないが、ホットスポットの最適化処理と最適化前の逐次処理をマルチコアにより並列化して行うことで 最適化の負荷が本来の処理能力を落とすことが無くなるという指摘があった。 個人的にはPARROTアーキテクチャは非常に興味深くて是非実現して欲しいと思っていたのだけど、 残念ながらついに製品化されなかった。 性能面で若干問題があることを承知でCrusoe搭載ノートPCを買ってしまった事のある当サイトとしては、 この手の技術的興味津々なアーキテクチャについては製品化されていれば間違いなく最優先で買ったのだろうけど... (研究は進んでいるのであろうか...)

全部考えるのは当サイトの能力では難しいから、次回は当サイト自身のアイディアであるユニットの共用で考えてみよう。 (投機的マルチスレッドについて意見を聞きたいという依頼をいただきましたので、その次に考えてみます。それまでもうしばらくお待ちください。) なんだかBulldozerの予想ネタまで全然たどり着かなかったけど、 前置きのつもりで書いていたことがどんどん長くなってしまったので今回はここまでですみません。 次回は早めの更新としたいと思います。

もっとも、余談に書いたとおりパーツを購入するために遠出したわけで当サイトのフラッグシップが近々更新される予定。 なので、ごく普通のPCマニアサイトみたいに自作PC更新ネタで一息とするかもしれません。 それにしても、シングルスレッド性能重視派でクアッドコアをほとんど評価していない当サイトがクアッドコアCPUを買ってしまうのだから、 PCマニアの心中での論理的帰結と物欲の葛藤は凄まじい。と言うわけで、 PCに思い入れのある秋葉原需要とPCをツールとしてしか考えない一般市場需要との乖離って、たぶん相当に凄まじいものだろうね。



1)
絶対の信頼度を誇る(?)というネタとしては先に示したとおり 「アプリのマルチスレッド対応が進まない限り、単純なマルチコア化はPC用途では必ず失敗する。」 という主張を掲げることができる。

一方、ここの余談で一度書いたけど 「周波数掃引方式によるスプレッドスペクトラムが本当にEMI対策になっているのか?」 という当サイト的疑念は当初あまり自信がなかった。 なので、「もう少しちゃんと勉強した上で当サイトの見解を述べてみたいと思う。」と書いたが、難しさ故にその後ネタとして扱っていない。 (言い訳になるが、その筋のプロですら激しく論争中という非常に難易度の高いテーマなので仕方ない。) 当サイト的にはあまり自信のない意見の典型例である。

ただし、当サイトの掲載から1年半たった現在、この論争の行方はプロ間では「真の意味でのEMI対策になっていない。」 という意見に徐々に傾きつつあるようだ。 日経NE 8-24号に「忍び寄る1GHz超ノイズ」という特集記事があって、p39の「EMI対策のエース、SSCGに「待った!」」という記事がそれである。 これを読めば、「全積分強度を考えれば本当にノイズレベルが下がっているのか?」という当サイト的疑念が 決して根拠の無いものではないとご理解いただけると思う。同記事ではスペクトラムアナライザのRBW設定値について書かれているが、 全積分強度をスペクトラムアナライザで見ようと思ったらRBWを掃引周波数以上に拡大する必要性がある。 しかし、その際にはノイズの周波数分布が見えなくなる(シグナルではなくRBWを決めるフィルタの通過帯域を見ている事になる。)から、 通常はそれ以下に絞る。(当サイトのスペクトラムアナライザのRBWも掃引周波数以下に絞っていた。) この差でピーク強度が下がっているように見えるというわけだ。

ちなみに、先に書いたとおりあまり自信はないが、当サイトの意見は「直接拡散方式のような場合はEMI対策になるが、 周波数掃引方式の場合は真の意味でのEMI対策としては疑問。」というもの。 この論争の行方には当サイト的に大きく注目している。地味だけど技術的には結構重要な課題だろうね。