二つの激震。(閉店と撤退。)   

2009年6月7日



☆激震、秋葉原の老舗喫茶「古炉奈」が閉店。   
今回のキーワードは「激震」。 当サイト周辺のPCマニア情報網に激震が走っている。 何が激震ですか?って?

当サイト的には 次世代スパコン開発中断へ NECが業績悪化で撤退なんてのが激震だったりする訳だが、 当サイト周辺のPCマニア情報網は こちらの話題で持ちきりだ。

まず、この話題だけで複数のメールを受信。 ある友人曰く、「結構客が入っていたのに閉店だそうです。ちょっと残念。こちらに来る機会があればどう?」 う〜ん、旧居の成田からだったら絶対に行くんだけど、静岡に移動してしまったしな〜。 さすがに新幹線では遠い。

別の友人曰く、「今後の待ち合わせはメイドさんのいる喫茶店にするしかないかも。」 う〜ん、べっ、別に行きたい訳じゃ無いけど、どうしてもとおっしゃるなら...

当サイトにとって古炉奈は空気みたいな存在で、 秋葉原での待ち合わせは先方から別店舗を指定されない限り自動的に古炉奈に決まっていた。 「待ち合わせはいつものところで。」でメールが通用したのだ。 (友人との待ち合わせは古炉奈、一人で行くときはサンボで昼食がスタイル。 もっとも、秋葉原での昼食というと一番有名なのは「じゃんがらラーメン」だろうけど。) 秋葉原の老舗喫茶店閉店というと過去には「東洋」の閉店もあったが、 利用頻度から考えると当サイト的には今回の方がかなり痛い激震だ。

秋葉原には喫茶店はいくつかあるが、正直な話当サイトは古炉奈の雰囲気が断然好みだった。 秋葉原の喫茶店は他の古参店舗では地下店舗に代表されるように窓の無い閉鎖空間が多く、 例外的に窓の広い開放的な雰囲気の古炉奈は貴重な存在だった。 加えて、ダイビル系の新参店舗は秋葉原にあってもアキバ喫茶店のイメージ無いしね。

アキバはIT街だが、喫茶店・飲食店に限ればドライな店舗に人気老舗店は無い。 意外にも人間的なお店がアキバ通に高い評価を受けている。古炉奈しかり、サンボしかり。 次店舗 「グランヴァニア」はレストランと言うことで待ち合わせには使いにくいし、 待ち合わせはやっぱメイド喫茶...いやいや、 ルノアールかドトール辺りでやるしかないのでしょうかね!? (と言うか、ここ静岡からでは秋葉原は遠くなってしまった。トホホ。)

ちなみに、正直な話、大都市圏(旧居成田市は田舎だが一応秋葉原へは通える距離。)以外での PC自作はネットショップを活用しないとかなり苦しい事がわかった。 PCパーツショップが無い訳じゃ無いのだけど、秋葉原並みの品揃えは難しい。 (人口から見てやむを得ない事情はあるが...) ネットショップは実物を見る楽しみが無いから、価格や品揃え的には問題無くともストレス解消にはならない。 人によってはネットショップで「ポチッとな」がストレス解消になる人もいるらしいが、 当サイト的にはやはりバーチャルじゃないリアル店舗がいいのだけどね。

☆この「激震」はLINPACK的にはかえって都合が良いが...   
という訳で、本題へ。 今回はもう一つの激震、NECの次世代スパコンプロジェクト撤退についてシロウトなりに考えてみた。

このNECの撤退、実は根が深くて、問題は技術的なところではなく経営的なところで決まってしまっている。 つまり、このサブプライム不況で本業の各種事業が縮小を迫られ、その結果、このような 戦略プロジェクトにまで資金を回す余裕が無くなってしまったのだろう。

この不況自体はNECの経営ミスによる結果ではないとはいえ、 正直な話このように夢のあるプロジェクトから完全に手を引いてしまうのは 企業イメージの点から見てもできる限り避けるべきだったように思う。 (ベクトル機そのものからの撤退の予兆とカスタマーに受け取られかねないことが懸念されるが、 そのようなリスクを承知でも撤退せざるを得なかったのであろうか?) 本来ならば、好不況の波があっても、他事業を支える好調部門があって、 それが社内の不調業種を回復まで支え相互に助け合うというのが総合企業のメリットのハズだが、 もはやそのようなビジネスモデルは過去のものとなりつつあるのかもしれない。

で、「根が深い」と書いたのには意味があって、 要するに事業の可否が技術的な正しさとはあまり関係のない資本・収益関係で決まってしまうと言う、 経済要因が支配的となっていること。 当サイトはベクトル機に一定の分野では技術的優位性が残っていると考えているが、 もはや技術問題よりも経営問題の方が支配要因として強くなったと言うことだと思う。 x86が覇権を奪取したPC用CPUの世界や、サムスンが昔DRAMで採用した戦略と同じ状況。 (ISAとしてのx86に現時点でも一切問題無いと考える人はマニアはもちろんプロでも少ないと思うがいかがだろうか?)

当サイトはあくまでPCマニアサイトなので、スパコンの事業としての成立形態やビジネスモデルには 全然関心がない。なので、ここでスパコンの事業としてのあり方について考えてみる気はあまりしない。 だが、NECの撤退によってスパコン計画にどのような変化が生じるか考えてみる事は意味があるかもしれない。

次世代スパコンプロジェクトは複合機計画となっているが、 NECの撤退によって巨大単一スカラ機となるハズだ。担当は富士通。 この設計変更は吉と出るか凶と出るか、どうなのだろうか?

プロジェクトの成功失敗を決める判断基準はいくつかあるだろうが、 世間的な判断基準はLINPACK性能だろう。 当サイト的にはLINPACK性能はスパコン性能の一部需要しか反映していないので、 判断基準としては50点程度(理不尽なベンチマークとは思わないが、全分野の性能指標になっていないので。) と思っているが、まずはこちらで判断してみよう。

結論から言うと、LINPACKの場合は今回の設計変更はかえって効果的な変更となるだろうというのが、 当サイトの推定だ。理由は下記の通りである。

  1. ベクトル機はB/Fが性能ボトルネックになる用途で有効なアーキテクチャだが、LINPACKは典型的にB/Fに無関係なベンチマークである。 つまり、スカラ機の弱点が露わには表に出ず、ピーク性能の差を効率で逆転するというベクトル機の得意技が通用しにくい。 (これは、LINPACK効率の高いマシンがJAMSTECのES2(93.38%)とJAXAのFX1(91.19%)であり、 LINPACKではアーキテクチャの違いが高効率の主因ではなくなりつつあることでわかる。)
  2. スカラ機はメモリバンド幅に回すコストを理論ピーク性能に回せるので、同じ総コストならば理論ピーク性能を上げることができる。 つまり、LINPACK的には有利な設計変更である。
  3. 複合機はマルチスケール・マルチフィジクスク向けの設計とされているが、LINPACKは典型的な単一アプリである。 異なる機種のマシン間で同一負荷を綺麗に負荷分散させるのは難しく、どうしても効率が下がり気味になる。 つまり、単一機種化によりLINPACK最適化の難易度が大きく下がる。その意味で単一機種化は効率面で優位に働く。
要するに、スパコンの優劣は使用ジャンルによって判断基準が異なるというのが当サイトの主張だけど、 その判断基準がLINPACKの場合は今回の設計変更が逆に有利に働くという点だ。 おそらく効率面ではベクトル機より若干下がるだろうが致命傷ではなく、 理論ピーク性能あたりのコストが安いために総ピーク性能はそれ以上に上げることができる。 高B/F比アプリでは効率低下は致命傷だがLINPACKではそれが軽傷で済むし、 逆に複合機での効率はベクトル機どころかスカラ機にも及ばなくなるだろうから、 メモリコストを理論ピーク性能に費やせばトータルで差し引きすれば十分性能向上が可能となるという予想だ。1)

また、複合機で単一アプリを高効率動作させるという難易度の高い問題点が無くなるのも意味が大きい。 単一負荷を異機種間で均等に負荷分散させるというのは、まず技術的に難易度が高いという点の他に、 そもそもそのような技術開発をする意味があるのか?という点で疑問である。

複合機のメリットはマルチスケール・マルチフィジクスにあると言われているが、 この場合はこのマルチ間でアルゴリズムが全く異なるから負荷分散する意味がある。 同一スケール・同一フィジクスならば単一機種で行った方がソフトウエア開発予算も低く、 アプリの開発期間も短くて済む。単一アプリをわざわざ異機種間で負荷分散するように技術開発する意味は非常に薄い と言わざるを得ない。

という訳で、次世代スパコン計画の表向きの性能指標であるLINPACK性能という意味に限れば、 今回の設計変更は「激震」どころか「朗報」であると予想するのである。

☆「名」は取りやすくなったが、「実」はとれるのか?   
では、今回の設計変更はまさに朗報なのであろうか?  当サイトは、「いや、単純にそうとは言えない。」と考える。 その根拠は下記の通りである。

今回撤退が決まったベクトル機は、以前地球シミュレータとして使用されていたSXシリーズの後継機だ。 地球シミュレータは地球温暖化予測シミュレーションがメインミッションだった。

地球シミュレータ計画に対しては当初「ベクトルパラレルは死んだも同然。」との主張が、 主に海外のスカラ機ベンダーからなされていた。

この主張が正しかったかどうかは、メインミッションの成果であるIPCC第四次評価報告書に現れている。 気候変動を科学的に分析する第一作業部会の成果で主導的な役割を果たしたのは地球シミュレータでの シミュレーション結果であることはこの分野の専門家で無くてもわかる周知の事実であるからだ。

もし「ベクトルパラレルは死んだも同然。」という主張が正しければ、 IPCCでの成果はスカラ機を使っていたアメリカが日本より高い貢献をしていなければおかしい。2) でなければ「死んだも同然」の技術にすら勝てなかったという事になるからだ。 (純粋に学術的なレベルではアメリカの気象学は世界に冠たるレベルであるわけだしね。)

もちろん当サイトはあらゆる分野でベクトル機が優位と主張している訳ではない。 低B/F比分野でベクトル機を使用するのはコスト面でも消費電力面でもバカげている。 しかし、全ジャンルでスカラ機さえあれば問題無いとする主張には真っ向から反対する。 事実として、IPCCでの成果の優劣を説明できないからだ。

とすると、今回のNECの撤退はどのような状況の変化をもたらすのであろうか?

当サイトの判断は優劣の分野差が拡大するというものである。 優位なのは低B/F比分野。典型例はバイオ関連に代表されるMD。 劣位なのは高B/F比分野。典型例は地球温暖化予測に代表される流体シミュレーション。 誤解を恐れずに一言で言えば、得意分野と苦手分野の差がより大きくなる。 効く分野はより効果的に、苦手分野はよりダメになるということだ。

もちろん、複合機の場合は性能配分をどうするかという問題があって、 スカラ機とベクトル機の理論ピーク性能配分次第で問題の現れ方が異なってくる。 理論ピーク性能比で半々なのか、予算配分ベースで半々なのか、 計画が変更となってしまった現段階では想像でしかわからないのである。

だが、仮にベクトル機への配分が少なかったとしても、 現状での最大規模ベクトル機であるES2よりも高性能である事は間違いないだろう。 そして、複合機であるからにはスカラ機の部分も性能向上に寄与できるようなプログラミングが行われるはずである。

つまり、MD等に代表される低B/F比分野での貢献度が上がる代わりに、 地球温暖化シミュレーションに代表される高B/F比分野での貢献度が落ちるという事だと予想する。

さて、この予想だが当否はどうだろうか?  当サイトの考え方にはプロアマ問わず賛成反対の意見があって、意見が分かれている。 従って、予想の当否は「事実を持って語らしめる」のが一番の上策だろう。 要するに第5次IPCCの第一作業部会の報告が行われた時点で日本の貢献度を見ればよい。

第3回から第4回での日本の貢献度は格段に増したが、それは地球シミュレータの成果が大きな役割を果たしている。 それは第4次報告書では日本の気候予測モデルが多数採用されている事で明らかだ。 しかし、現段階の地球シミュレータセンターの次世代機であるES2は旧地球シミュレータの後継機ではあるが、 理論ピーク性能ベースでは飛躍的発展を遂げたものではなく、 あくまでメンテナンス費用の削減や消費電力の削減を目的とした旧機種の更新機種である。 つまり、ES2は現行シミュレーションベースの機種更新であり、 本来ならば温暖化シミュレーションのブレークスルーは次世代スパコンが担うものであった。

つまり、もし当サイトの見解が正しければ日本がベクトル機でトップクラスのマシンを持たないことにより アメリカのスカラ機の貢献度が増し、その結果第5次IPCC評価報告書では日本から主導的立場を取り戻すことになるだろう。 (あるいは富士通の技術がアメリカのそれに勝れば主導権は維持できるかもしれないが、 基本アーキテクチャが同じスカラ方式であるから現状より差が詰まる事には間違いない。)

という訳で、もし第5次IPCC評価報告書で第4次と同様に日本の主導的役割が維持できたり、 ますます優位性が増せば当サイトの主張は間違いだったという事になる。 逆に、アメリカに主導的役割を奪還されたり、されないまでも寄与の差が大きく縮まるようなことがあれば 当サイトの主張は正しかったと言うことになる。 要するに次世代スパコンの完成後に、高B/F比分野での日本の貢献度が上がるのか下がるのかを見れば 当サイトの予想の当否がわかるというわけだ。

NECの撤退により、LINPACK性能というTOP500での「名」は取りやすくなったが、 本来の目的である学術的成果ではおそらく分野による優劣の差が拡大する。 低B/F比アプリが多いジャンルのように優位性が増す分野もあるが、 研究分野によっては肝心の「実」をとれなくなる事が懸念され、 なおかつその分野が数少ない日本勢の優位なジャンルを含む というのが今回の最大の問題点だと思うのだ。

☆スカラがベクトルを「死んでいない。」と認めた瞬間から...   
さて、今回の撤退は経営の立て直しという技術と無関係のところで決まってしまったわけだが、 これ以外の技術的要素は全然無いのだろうか? 

当サイト的に考えてみると、短期的な要因としてはこれと言って見つからなかったが、 長期的要因では別の要因も考えられると思う。 それは、ベクトル機とスカラ機の差別化が難しくなるという時代のトレンド変化が始まったと言う点だ。

スカラ機側から見た過去のベクトル機の評価とは「ベクトルパラレルは死んだも同然。」 というキャッチコピーに代表されるように非常にネガティブなものだった。 この言葉の意味は下記のような異なる2種類の内容を含んでいると考えている。

  1. ベクトル機を買う事には意味が無いと言うネガティブキャンペーン。
  2. サーバー用チップに流用できるHPC用チップ開発の正当化。
1.は文言そのものだから説明不要だが、2.をちょっと考えてみよう。

この言葉が流行った時代にはアメリカのメーカーは米国政府から補助を受けて 新型スパコンの開発を行っていた。いわゆるASCIプロジェクトである。 このプロジェクトの開発成果をいわゆる「売れる」市場規模の大きいコンピュータに適用するためには 科学技術専用機であるベクトル機では意味が無い。 典型例はサーバー用途である。科学計算分野ではベクトル機とスカラ機が戦っているが、 サーバー用ベクトルコンピュータというジャンルは無いからだ。

つまり、プロセッサ開発をスカラCPUで行えば開発成果をサーバー用商用プロセッサに流用できるが、 ベクトル機ではそれはできなかったわけだ。

このため、スカラCPUのみで全科学技術計算を網羅できると主張することは、 政府からの補助が事実上の商用プロセッサ開発費用につながる有利さを含んでいた。 「ベクトルパラレルは死んだも同然なのだから、 もうベクトルプロセッサを開発することには技術的に意味が無いのだ。」と政府に説明できるわけだ。 実際、ASCI計画で使用されたプロセッサの多くは科学技術計算専用プロセッサではない。

また、米国政府としてもASCI計画は計画本来の目的以外にIT分野でのアメリカの覇権確立の 意味合いがあっただろうから、おそらくは状況を知りつつも黙認したのではないだろうか?

ところが、この主張は「コンピュートニク」3)の発生で一気に失墜してしまう。 地球シミュレータが地球温暖化シミュレーションにおいてスカラ機の6倍近い高効率で稼働し、 ベクトル機では不利なLINPACKベンチマークでさえ約2年半世界の頂点に君臨した。 死んだも同然のハズだった技術に負けてしまったのだ。

おそらくは、建前上「ベクトルパラレルは死んだも同然。」という考え方を訂正せずとも、 それ以降徐々にベクトル機の優位性をスカラCPUに取り込んでいくという 設計思想の戦略転換を行ったのではないだろうか?  事実、最新のx86-CPUはベクトルプロセッサの利点を取り込むことが開発方針の一つになっており、 要するにスカラ側がベクトル機のテクノロジを「死んでいない。」と実質的に認めたのだと思う。

状況証拠はいくつもある。 それは、最近のスカラCPUの開発動向だ。

各種Web記事をお読みの方々にはおわかりだろうけど、 最新のCPUではSIMD演算が強化されるのがトレンドとなっている。 また、SIMDは先生によってはショートベクトルと呼ばれているが、 そのショートもだんだんとミドルに向かって伸びる傾向にある。

科学技術計算分野でのベクトルプロセッサの優位性はいくつかあるが、 デコード負荷が低いというのもその一つだろう。 科学技術計算ではループ処理は最大負荷のホットスポットの場合がほとんどだから、 ループ処理の最中に1命令づつデコードを行うスカラ機は デコーダーの負荷がボトルネックになってしまう場合があると思われる。 しかし、SIMDならば並列度を上げれば実質的なデコード能力の強化と同じ意味になるからだ。

もっとも、厳密に言えばSIMDとベクトルは同じではないし、 SIMDの強化だけみれば地球シミュレータ出現以前から時代のトレンドではあった。 だが、メモリのバンド幅強化は最新のトレンドとなりつつある。 それ以前では、キャッシュを強化すればバンド幅強化などと言う経費のかかる手法は不要となるという 考え方が主流であり、実際intelはバンド幅ボトルネックとなるFSB方式を採用し続け、 その結果HPC分野でAMDに覇権を奪われてしまった。

しかし、時代のトレンドはメモリコントローラ内蔵へと進化しintelもメモリコントローラ内蔵が正解であることを認めた。 スカラCPUでは低下する一方だったB/F比も、最近になって低下傾向にようやく歯止めをかける方向性へと変化し始めた。 事実、Corei7ではこの強化が奏功しFSBのバンド幅ボトルネックが解消。 AMDの牙城となっていたHPC分野で反撃ののろしを上げることができた。 intel製CPUがHPC用途でAMD製CPUに対して劣勢だったのは、FSBがバンド幅ボトルネックになっていた のが最大の理由というのが当サイトの理解である。

そして、次世代CPUでは貫通ビア技術が適用され、さらにここが強化される。 キャッシュがあればメインメモリのバンド幅は不要という考え方が正しいならば、 このような措置は歩留まり低下や開発コストアップを招く筋の悪い手法と言うことになるが、 バンド幅強化は最新のトレンドだ。 高B/F用途でも効率が低下しにくいというのがベクトル機のメリットだが、 これによりスカラ機でも効率は低下しにくくなるハズである。

また、これは当サイトの予想の範囲で現段階では事実ではないが、おそらく将来のx86-CPUでは キャッシュを部分的に無効化してメインメモリと直接アクセスする命令が追加・強化されると予想する。 ベクトル機の特徴の一つにキャッシュに頼らないメモリレイテンシの隠蔽技術(マルチバンク同時アクセス)があるが、 スカラCPUのメモリレイテンシ隠蔽技術としてはプリフェッチ機能の強化だけでは不足だと考える。 つまり、ベクトル機のメリットを擬似的に取り込む必要があるからだ。

そしてとどめがGPUの混載だ。

ベクトル機とは言っても、そのプロセッサ内部にはスカラCPUが必ず含まれている。 つまり、ベクトルプロセッサとはスカラプロセッサ+ベクトルアクセラレータと考えても大雑把には問題ない。 ベクトル化率という形でアムダールの法則がベクトル機に適用されるのも、 典型的にアクセラレータとしての特性を象徴している。

その意味でGPU混載プロセッサは、内部構成がベクトルプロセッサにかなり似てくる。 また、GPUは高B/Fなメモリシステムが必要という点でもベクトルプロセッサに似ている。 もちろん全く同じではないけれど、従来のトレンドであるデュアルコア、クアッドコア、オクタコアといった 単純な同一コアでのマルチコア化とは全然進化の方向性が違うのは確かだ。

もし、ベクトルプロセッサの技術が死んだも同然であるならば、 今後も単純にプロセッサ内部のコア数を増やしてゆけばよい。 しかし、デュアルコアまで普及したマルチコア化もクアッドコア化は遅々として進まない。 そこで、ベクトル機系の技術を取り込むことで閉塞局面の打開を図っているわけだ。つまり、 非常に大雑把な見方ではGPU混載とはベクトルテクノロジのCOTS化であるとも言えるかもしれない。

要するに、「ベクトルパラレルは死んだも同然。」という主張は、 NECやクレイと言ったベクトル機を扱う企業からみた場合は「勝手に言わせておけ。」という立場だったはずである。 言わせておけばスカラ機の苦手分野が放置されるわけだから、その分野でのベクトル機の優位性を維持できるからだ。 (事実、ベクトル機を侮った結果、第3回IPCCまでのアメリカの主導的地位は第4回IPCCでは失われてしまった。)

しかし、スカラ機の側が「コンピュートニク」という過去の失敗に学び、 ベクトル機の長所を認めてその利点を取り入れ始めた現在、 本家ベクトル機の側は中長期的には差別化が難しくなるという苦境に立たされているのではないのだろうか?

当サイトの立場は「ベクトルパラレルは死んだも同然。」という主張は誤りであるという点に代表されている。 現在のスカラCPUの開発方針は、もしこの主張が正しければ死んだも同然のゾンビ技術を取り入れていることになるからだ。 つまり、当サイトは単純なマルチコア化の進行から脱却するAMDやintelの開発方針転換を正しい方向性だと見る。 (当サイトはGPU混載が正しい方向性であると2005年にはすでに主張していた。) 単純なマルチコア化の進行は効く用途と効かない用途で性能向上に大きな乖離があり、 ベクトル機の技術を取り込むことでこの乖離を緩和できると見るからだ。

地球シミュレータ計画は大きな成功を収めたが、人間のなす事であるからもちろん問題点も含まれている。 スパコンの教科書を勉強したところによると、その問題点とは演算能力に対する二次データ処理能力の不足、 ミドルウエアの機能不足、ネットワーク設計が保守的な点などだそうだ。

しかし、当サイトは地球シミュレータ計画最大の失敗は別の点に隠されていると考えている。 それは、「アメリカを本気にさせたこと。」だと思うのだ。 コンピュートニクという激震はアメリカを本気にさせ、ベクトル機のメリットを抽出し、 それをスカラプロセッサが取り込み始めたことの予兆の第一歩になったと思う。

どのようなアーキテクチャを採用するにせよ、この激震から逃れる方法は一つしかない。 それは、「日本が本気になること。」であろう。 迷走状態を阻止し、どのような方針でいくにせよ一本筋の通った設計方針を貫くことだと思う。 さもないと、近い将来日本はスパコン技術を持たない国になって国益を損なうことは間違いない。 後を引き継いだ富士通には是非是非がんばってアメリカからの地位奪還を果たしていただきたいものである。



1)
ただし、公式には理論ピーク性能も予算総額も変わっていないようだ。全部スカラになるのならば、総予算が同じならば 理論ピーク性能が高くならないとおかしいわけだが、なぜだろうか?

2)
スパコンの成功・失敗は当然ながら可能な限りは学術的な成果で評価されるべきである。 もっと具体的に言えば論文である。 ただ、学術的な成果は分野が違うとうまく比較できないから、 各種分野のスパコンをまとめて比較する上で便宜上LINPACKが基準となっているわけだ。 (同じ分野ならば2PFLOPSと1PFLOPSでは前者が勝ちだが、 A分野の2PFLOPSとB分野の1PFLOPSのどちらが優位かと言われても、 分野が違えば状況も難易度も違うから判断不能だ。「将棋の名人と囲碁の本因坊のどちらが強い?」 と聞くようなものである。)

3)
地球シミュレータ完成当時、その性能はずば抜けていた。 この衝撃を人工衛星打ち上げで旧ソ連に後れをとったスプートニクショックになぞらえて アメリカのHPC関係者は「コンピュートニク」と呼んだ。 このときのアメリカ政府の不快感はすさまじく、危機感がHPC開発への大規模政府支援につながった。 支援計画の優先順位はアメリカの全科学政策の内で優先順位2位だったから、その危機感のほどがうかがえる。 しかし危機感で本気になったアメリカの努力は奏功し、その結果現在のような地位回復に結びついている。 つまり、同様に日本も本気になれば復権は可能なはずである。