引っ越し先でぶらり。(三熊野神社大祭)   

2009年4月26日



☆SSDとNAND型フラッシュがぶつかる壁の困難度。   
ようやく引っ越し終了でネット更新に。

今回は他県ということで引っ越しは業者に頼ったので意外に早く終わったが、 4月は固定電話の移籍が非常に混み合っており 携帯以外でネットにつながらない状態で放置される羽目に。 今時ネット無しの生活というのはあり得ない訳だが、 そのあり得ない原始人的生活を3週間以上も強いられた。

ただ、ネットが無いと無意識のうちに早寝早起き生活になる事が判明。 テレビをあまり見ない当サイトとしては、暇なので11時頃には寝てしまう。 長生きしたいならばネット利用も善し悪しという事で、ある意味で貴重な体験だったと言えるかもしれない。 (そんな事情で更新の間が開いた。ご容赦くださいませ。)

という訳で、まずはいつもの余談から... とは言っても、今回は引っ越し先お祭りネタなので、余談がプチPCネタ。

前回、SSDネタについて書いたところ、別段当サイトのWeb内容を見たからという訳でもないのだろうけど、 偶然DOS/V POWER REPORT 5月号にNAND型フラッシュメモリについての技術ネタが載っていた。 お小遣いの関係で当サイト的にはPC雑誌は毎月1冊までと限定しているが、タイミング良しということで今月はこれに決定。 早速買って帰った。

記事内容はNAND型フラッシュの技術開発ネタなので当サイトのネタと違ってHDD側の話は書いて無いが NAND型フラッシュの容量単価改善ペースが維持の難しい領域に入りつつあるという点では 当サイトと認識が一致した見解だった。 SSDの将来はNAND型フラッシュメモリの進歩と一蓮托生であり、記事内容を信じるならば 少なくともSSDが去年の様に何の壁にも突き当たらずにひたすら伸びまくるという状況ではない という当サイトの判断には間違いなかったようだ。 (もちろん、ムーアの法則のように過去に何度も壁に突き当たっては それを突破してブレークスルーを成し遂げてきた法則もある。 なので、困難度が高いからと言って「黄(ファン)の法則」が必ず破綻するとは限らないけどね。 当サイトの予想は良い意味で外れて欲しいな、とも思う。)

という訳でいつもいい加減な話を書いては世間の失笑を買っている当サイトとしてはホッと一安心。 今春にSSDを買ったタイミングは悪くはなかったと思っている。 (実際、当サイトの予想通りSSDの価格下落は去年と比べると完全にスローダウンしてしまっているし...)

余談だけど、同氏の記事はPC雑誌に掲載されると、そのレジュメみたいな内容が 同時期にネットにも掲載される。だが、今回だけは雑誌記事のみで(当サイトの知る限りでは)ネット掲載は無かった。 出版不況もあって「PC雑誌を買って読んでいただけませんか?」という意味なのか、 他のライターの記事と内容がバッティング(あるいは矛盾)するからなのかはわからないが、ちょっと珍しい。

☆引っ越し先クイズ。   
という訳で、本題の息抜き系引っ越し&お祭りネタへ。

今期から勤務地が変わった当サイト。 「社長直轄の最重要プロジェクトからお声がかかって引き抜かれたのだ。」と周囲には吹聴しているのだけど、 普段から脳ミソの足りなさ具合がバレているので一人もだまされない。 逆に「あいつは無能なのでついに技術開発業務から社史編纂室に左遷されたのだ。」と思われている。 「社史編纂室」って...ステレオタイプ過ぎじゃないのかね。1)

という訳で、引っ越しとなったわけだが、今回は他県なので自分で引っ越しというのは無理。 引っ越し専門業者に頼むこととなった。

で、余談だが、引っ越し業者と言うとそれほど専門性の必要ない業務かと舐めていたが、 認識不足だった。当サイトの引っ越しには専門業者が2人来たが、一人は新人でもう一人が熟練者。 新人に業務を教えながら梱包とかやっていたのだけど、熟練引っ越し専門作業員の梱包術はすごい。

段ボールのアーティストと言った感覚で、段ボールとサイズの合わない家具や、 形状がいびつな梱包物を見事に包み込んでいく。

しかも、新人に「ここ、こういう順番で折り込めよ。取り出すときにガムテープのここを剥がすだけで一発で取り出せるから。」 とか言っていて、実際に取り出すときにはガムテープの1ヶ所を剥がすだけで一瞬で段ボールがひとりでにバラバラになった。 あれは幾何学的才能や立体形状の把握能力がかなり鍛えられていないとできない専門業務だな。 お見それいたしました...

という訳で、引っ越し先へ同行。 引っ越し先が何県か?は簡単なクイズということで、ヒントの写真をどうぞ。

引っ越し先第1ヒント。
海に面した県なのだ。

第1ヒントは「海」。

えっ、何ですか? 「日本は海洋国家だから海に面していない県の方が断然少ない。 それじゃ、ヒントにならないでしょう。」ですって?

いや、確かに海に面していない県は奈良県とか長野県とか群馬県とか少数派なんだけど、 あとで生きてくるヒントなんですな。 灯台の外観で何県かわかった人はかなりの海釣りマニアなんでしょうけどね。

では、第2ヒント。周囲を見渡すと、こんなステキなにっぽんが...じゃなかった... こんなすてきな風情ある風景が...

引っ越し先第2ヒント。
新芽が伸びてきて、新茶の季節。とても良い雰囲気。

これ、皆様おわかりでしょうけど、お茶畑。 新茶の最盛期はGW頃で、4月は新茶の茶摘みに向けて新芽の季節。 写真の通り、若々しい新芽が芽吹いている。

ここは日本三大茶所の一つで、「色は○○、薫りは宇治、味は狭山。」と讃えられている。 宇治や狭山は第1ヒントの海が近い訳じゃ無いし、銘茶の産地から 宇治と狭山を差し引いたら○○がどこかはだいたいわかりますよね。

これで皆様想像が付いたと思うのだけど、最後にとどめの一枚。 この写真で何県かわからなかったら日本人じゃないよ。

引っ越し先第3ヒント。
これでわからなかったら日本人じゃないよ。(笑)

「Oh... Beautiful Mt.Fuji. Beautiful cherry blossoms.」というわけで、 日本人の心のふるさと富士山。

ここで最初の第1ヒントが生きてくる。 富士山の麓というと静岡県か山梨県というわけだが、山梨県は海に面していない。 という訳で、新居は静岡県なのでした。

この静岡県、住むのは生まれて初めて。 仕事の件はここには書けないので無視するが、プライベートでは住み心地はとても良い。 気候は温暖で風景はお茶畑に代表されるように牧歌的、住民は心優しく温厚で情に厚い。

だが、ただ一つだけ少々不満があった。 それは県内に秋葉原(東京)や日本橋(大阪)や大須(名古屋)に相当する電気街が無いこと。 ネットでパーツショップを検索している最中なのだけど、状況は厳しそうだ。 秋葉原に行く機会はなかなか無さそうで、 近くなった実家(愛知)に帰省する際に大須に寄るか、ネット通販を活用するほか無いのかなぁ? (残念ながら一般公開ネタも減少しそうな雰囲気だしね。)

☆小さな城下町に祭りの花開く。(三熊野神社大祭)   
という訳で、静岡最初のネタはお祭りネタ。 引っ越し当日は静岡祭りの真っ最中だったのだけど、 当サイトが最初に選んだのはこちらのお祭り。三熊野神社大祭である。

三熊野神社は遠州横須賀で行われる。 横須賀は浜松市から東へ約20km、袋井市の南岸にあり、横須賀藩4万5千石の歴史ある城下町だ。

町の規模こそ大きくはないが城下町の風情を残す古式ゆかしい町通りが残っており、 その旧道を「した、した。」のかけ声をかけて山車 (この地方では山車ではなく「祢里」(ねり)と呼ばれる)が練り歩くお祭りだ。

旧道と新道の分岐地点で順番を待つ山車。

最初に入ったのは横須賀城址から一番離れた旧道部分で、 山車が練り歩く順番を待っていた。 新道と旧道の分岐地点には二宮金次郎の銅像があったのだけど、 今日だけは半被姿でした。(笑)

山車はここから三熊野神社に向かって練り歩いていく。

旧道を山車が1列に並んで練り歩く。

ここ遠州の山車は祢里(ねり)と呼ばれ、当サイトの旧住居である千葉県下総地方の山車と違って車輪は2個。 最初の写真をご覧頂くとわかりやすいのだけど、構造的には大八車を大きくしたような構造だ。 従って、前後方向の静的安定性は無い代わりに左右の方向転換は自由自在。 機動力が高くカーブを曲がるのは得意だ。 このため、山車は直進するのではなく、車体を左右に揺らせながら練り歩く。

かけ声は「した、した。」と言うが、これは大名行列の「下に、下に。」を模したものだそうで、 大名城下町らしいかけ声だ。

山車の上には歴史上の故事にちなんだ各種の人形が乗っている。

山車の一番上には歴史上の故事にちなんだ各種の人形が乗っている。 関東だと一人のみという山車が多いのだけど、ここ遠州では故事に出てくる人物全員が多いみたいだね。

もっとも、歴史上の故事には弱い当サイト。 武田信玄と上杉謙信の一騎打ちの故事や、義経と弁慶の五条大橋の故事のように簡単にわかったものもあったけど、 知識不足、教養不足でわからないのもあった。

山車は曲線を活用した優美なデザインである。

山車には地区ごとにお酒や振る舞い物を積んだ台車が後に続き、 景気づけに振る舞い物を配っている。 ちょっと偉いなと思ったのは、この台車には分別されたゴミ袋が搭載されていて、 ゴミもその場で分別して回収されていたことである。

小さな城下町に祭りの花開く。

という訳で、引っ越し最初の週末は旅先気分でお祭り見物。 もっとも、本来ならばまだまだ引っ越しの積み荷をばらして部屋の整理をしなければならない。

これらは本棚を組み立てて本を並べたり、PCをセットしたりと以外に時間と労力を必要とする作業。 最低限暮らせる状態にはしたとはいえ、お祭りに行った4/4はまだまだ部屋の中は無茶苦茶な状態で、 お祭り見物はある意味で現実逃避だったのかもね。 (4/26の段階では、ようやく整理整頓完了。)

☆高天神を制する者は、遠州を制する。   
ともあれ、静岡最初の週末は城下町横須賀のお祭り三熊野神社大祭で引っ越し作業疲れを癒す事ができた。 ちなみに、城下町なので横須賀城址にも行ってきたが、 せっかく遠州に来たのだからと有名な高天神城址まで行ってきた。

この高天神城、武田氏と徳川氏の間で何度も激戦が行われた遠州の要衝。 高天神を制する者は遠州を制すると言われた、 戦国マニアならば知らぬ者のない城である。

城址は見かけは近所の里山の上にあるように見える。 下から見上げると山城というよりは平山城風で、とても難攻不落の堅城には見えない。 しかし、実際はこれぞ山城という堅城。 この写真からは想像も付かない見かけと違ってとてつもなく急峻な山なのだ。

当サイトは搦め手門から上ったのであるが、 外見と異なり嶮岨な山道を通らなくては天守閣跡までたどり着けない。 通路の山道の横は崖となっており、あの崖の上から矢を射かけられたら避けようがない状況で、 これなら少数の守備兵でも容易に守りきることができるだろう。

という訳でものすごく急な崖道を上りきると、一気に眺望が開けた。 頂上からは周囲を見晴らすことができて、浜岡原発とかよく見える。 静岡県なので当然お茶畑も見えて良い雰囲気。

高天神城は一見すると近所の里山みたいな山にあるが...
実はとてつもなく急峻な要害にあり、「高天神を制する者は、遠州を制する。」と言われた堅城である。

お城自体には建物は残っていなくて、頂上には西の丸に高天神神社がある以外は建物はない。 しかし、逆にそれが山城らしさを強調していてわかりやすい。 平城のように政治的築城要因は一切無く、実戦主体で落城しない事を主眼とした戦国乱世の城なのだろう。

今回は引っ越し完了報告を兼ねたお祭り息抜きネタだったが、 次回は当サイト本来のネタに戻る予定。 静岡県民生活...どうなりますことやら。



1)
どちらも両極端なホラ話で、実際は出張の交通費削減を狙った何の変哲もないごく普通の出向。出世でも左遷でもない。