適正競争のありがたみ。(キマンダ経営破綻で思うこと。)   

2009年1月25日



☆旧年末に2GBDDR2メモリが1枚\1000で買えた。   
新年気分もようやく終わり、厳しい仕事が始まった。 当サイトも製造業勤務なので不景気と円高のダブルパンチに苦しんでいる。 (メールをいただいた読者の皆様、最近メールの返事が遅れ気味で申し訳ございません。)

この苦境、バブル崩壊の時のように日本だけの問題ではなく、世界規模の需要縮小である。 それを象徴する記事がWebに掲載されていた。 ドイツのDRAM製造大手キマンダが経営破綻したというのである。 (これらの記事をご参照ください。)

DRAMベンダーの苦境は 史上最低価格となったDRAMのDDR3への移行は2010年に持ち越し などの記事によく現れているが、この記事の掲載から昨日の今日で経営破綻とは... 現在の市況はまさに悪夢というのは、その通りだと思う。 (当サイトは去年の年末に2GBのDDR2を最安値で2枚買って野口英世様2枚で済み、 驚くほど安かった。後藤先生の記事にもあるとおり、我々PCマニアにとってはまさに天国だけどね。)

この激安品、おもしろかったのは超激安メモリなのに相性問題が全く生じなかったことである。

通常、激安メモリは相性問題が多いというのが当サイト的経験則。 激安メモリは安酒と同じであり、あとで後悔することも多い。 安い品には安いだけの理由があるというのが当然であり、 動作不良品ではないが相性問題で格下扱いされた品種が激安メモリに流れてくるのだろうと、 DRAM業界の裏事情を想像しているのである。

しかし、今回の品は何の問題もなかったということは、 相性問題のないまっとうな品種さえ需要減で激安市場に流れてくるという市況悪化の反映なのだと推測している。 これが当サイト的に肌で感じたDRAM市況の厳しさだ。

秋葉原で最安値をつかんだDDR2メモリ。
2GB1枚につき野口様1枚で買えるのは、まさに天国だが...これで良いのか?

☆得をしているようで損をする。   
さて、DRAMに象徴されるこの価格下落、PCマニアにとっては本当に天国なのであろうか?

現状ではこの買い手市場はまさにPCマニアにとっての楽園である。 しかし、長期で見ると難しい問題を抱えている。 一つは先ほどの後藤先生の記事にあった開発遅延の問題。 これは同記事にすでに解説されているのでここで扱うのはやめにして、 もう一つの問題点について考えてみたい。

それは市場の淘汰が進むと製造ベンダーの数が減って、 その結果寡占市場となって競争が進まなくなり、 景気が回復したときに価格が下落しなくなることである。

今は未曾有の大不況だからこんなことを言う人は一人もいないが、 だからこそPCマニア界の異論者たる当サイトで一言言っておきたいことがある。 今、大安値をつかんで大喜びしている訳だけど、 その結果最終的には大高値をつかまされる可能性も十分にあると思うのだ。

事実、DRAM自体がそうである。 DRAM市場では韓国勢が優勢だが、韓国勢がなぜ成長戦略的に成功したかというと最大の理由は 不況期に大規模な投資攻勢を行ったという的確な投資判断によるものである。 当時は負けていた技術力に関しては、日本人技術者の引き抜きによって穴埋めをしたし、1) 某社の製造ラインが東芝のコピーラインだったのはNHKの特集で報道されたとおりだ。

しかし、不況が終わってからはどうなったか?  韓国勢は大幅な利益を得て日本勢をDRAM市場撤退へと追い込んだ。 その結果、ライバルが減ってシェアが大幅にアップ。 DRAMは韓国勢のお家芸となり、驚異的な利益率を達成。 日本勢は優秀な技術者を抱えていたにもかかわらず、 稚拙な経営判断2)によって苦杯をなめた。

そして、この際にはbit単価の低下ペースが大きく鈍った。 価格下落最大期に投資できるかどうかが、その将来を左右したのである。

しかし、逆に言えばどうだろうか?

価格下落最大期に日本勢が撤退しなくても良い市況だったならば、 下落期の下落率は緩まったかもしれないがその後も長く下落期が続いたと想像するのは 間違った考え方ではないだろう。 現に今回のキマンダ経営破綻によって、おそらくはDRAM市況の暴落状況はかなり緩和されると思われる。 高騰に転じうるかはこの景気状況だから不明だが、 少なくとも今までの暴落がストップし円高還元分以上の価格下落はもはや起こらないだろう。 おそらくはDDR2-2GB1枚\1000が直近の最安値になると思われる。 (この判断にはかなり強い自信がある。)

☆CPUでも状況は同じ。   
さて、この話はDRAM市場だけの話ではない。 他の半導体市場も同じだろう。

一つはCPU市場である。 今、製造業はいずれも経営的に厳しい状況にあるわけだが、 不況期に強い経営はキャッシュフロー型経営だといわれている。 つまり、CPUではintel、メモリならばサムスンといったいわゆる勝ち組が有利な状況にある。

では、業界2位以下の企業はどうだろうか?

たとえばAMDは市況悪化の直撃を受けて大幅な赤字に悩まされている。 買収したATIの事業を唯一の例外とすれば社内事業のほとんどが総崩れの状態であり、 intelがAMDの得意分野であるサーバー用途やHPC用途に反撃を仕掛けたこともあって 非常に厳しい経営状況にあることは間違いないだろう。

しかし、苦境に追い込まれているAMDにもし万が一の事があったらどうだろうか?  おそらくはCPU価格は劇的に下がらなくなり、その価格はずっと高止まりすると思われる。 また、市場競争がなくなれば独占市場になり、その結果技術開発などの投資をしなくても 市場を支配できるため技術革新の速度が低下してしまう。 技術革新ペースが鈍るのは研究開発投資が難しくなる不況期の話だけではない。

研究開発投資は競争を勝ち抜く上では効果が大きいが、投資金額も設備投資に次ぐ大きさのため 投資せずに勝ち抜けるならばあえて投資する必要性はないとも言える。 良いか悪いかを別とすればだが技術革新は経営の重要な手段ではあるが決して目的ではないのである。

もう一つはSSD市場だ。

今PC界の最新トレンドはSSDの急速な普及であることは誰でもわかるだろう。 しかし、当サイトはちょっと異なった見解を持っている。

SSDのこの急速な普及は急激な価格下落によるものだが、 この急激な価格下落はNAND型フラッシュメモリの急激な価格下落によるところが大きい。 いや、それだけと言っても言い過ぎではないだろう。 メモリコントローラの改良と言った技術革新が無いわけではないが、 間接的効果である事は火を見るよりも明らかだ。

しかし、この価格下落...永遠に続くのであろうか?

現状のNAND型フラッシュ市場の価格暴落はDRAMと同じ状況によるものであり、 キマンダ経営破綻のような大きな変動が起これば価格下落ペースは急速に萎んでしまうことが予想される。 そうではないとしても今の下落ペースが永遠に続くと見ること自体が妥当ではない。 今まで急速な下落ペースが続いていたのはNAND型フラッシュメモリの市場が拡大してきたから 許される状況であり、今の価格暴落は市況が急速に萎んだ直後の余剰製品による、いわば末期症状である。

しかし、この市況が永遠に続くわけではないだろう。 不況による撤退や、そこまで行かなくても不況に合わせた生産量調整が行われれば 価格下落ペースは大幅に鈍っていく。そうすればSSDの価格下落ペースも急速に低下していくだろう。

このようにSSDの市況拡大は現状のペースをそのまま将来に拡大して説明して良いものではないと思う。 NAND型フラッシュ市場はDRAM市場ほどではないにせよ過当競争状態であり、 何か万が一の事態が起これば一夜にして状況が一変する危うさを含んでいると考えた方が良い。

要するにDRAMにせよ、CPUにせよ過当競争で価格の暴落が起きれば、 一度は安く物が買えて得をするように思えるけれど、 結局のところ反動が強く跳ね返ってきて後で損をするのである。

我々PCマニアから見たベストな状況とは常にほどほどの適度な過当競争状態であって、 製造している企業には失礼な言い方で恐縮ではあるが 「製造ベンダーは生かさず殺さず。」が理想的な状況なのだ。

☆行き着く先は派遣社員の雇用状況と同じ。   
ここで話を変えて、派遣労働の話をしてみたい。

派遣労働の規制が緩和されて企業は業績が上がった。 日本は賃金が世界で一番高いというフレーズのもとで禁止されていた分野での派遣が解禁され、 その結果、企業の内部留保は貯まりに貯まって貧富の格差が拡大した。 これは、正社員にも裁量労働制という事実上の残業代カットを法案化しようとしていた事でもわかる。 今や日本が全世帯中流中心の国というのは過去のことで、 今では先進国中でアメリカに次ぐ世界ワースト2位の格差社会に凋落してしまっている。

しかし今、企業は消費者が商品を買わなくなってしまったことに打撃を受けている。 典型例は若者が自動車を買わなくなったことである。 これは若者が車を買えるだけの収入を得られない貧困層化したことが最大の理由であろう。 (一部に「若者が車に興味を示さなくなったことが最大の理由。」という説があるが、 これは低賃金を維持したいための取って付けた理由付けであると思われる。 なぜならば、車に興味が無くなったのならば若者の自動車免許取得率は低下するはずだが、 実際には若者の自動車免許取得率はまったく下がっていないからだ。)

要するに今の若者を低賃金で酷使する事を合法化して我が世の春を謳歌した結果、 購買力の低下という反動が企業に跳ね返ってきているのであろう。 何事もやり過ぎはいい結果をもたらさない。

何が言いたいかというと、企業が若者を酷使して大儲けを企んだ結果が企業自身に跳ね返ってきている現場と、 我々PCマニアがDRAM価格の暴落で濡れ手に粟の状況を謳歌しているのは、立場が逆なだけで事情は同じということだ。 今は我が世の春を謳歌していても、いつか必ずその反動が揺り戻す。 当サイトはDDR2-2GBを\1000で購入して大喜びであったが、キマンダの経営破綻に代表されるように 最近の行き過ぎた状況を見るにつけていずれその報いが跳ね返ってくると思うようになった。

☆適正な市況変動と乱高下は違う。   
ものが安く買えた方がユーザーにはありがたい状況には違いない。 しかし、正当な設備投資と正当な研究開発さえ行えない状況が正しいかと言われれば別問題である。 過当競争は最終的に寡占市場をもたらし、その時点で価格競争は無くなってしまう。

この状況に対して我々PCマニアに何ができるとかというと、 価格暴落期には需要を高めるべく激安になった製品を がんばって買うくらいの事しかない。けれど、 企業が倒産してしまうくらいの市況の乱高下は 一時的に低価格品が買えたとしても、長期的には決して 我々PCマニアにも良い結果をもたらさないと思う。 価格は安いに越したことはないが、正統な製品に対しては正々堂々と適正な対価を支払うべきだ。

適度な市況変動は競争を促して価格競争を促進するが、 このような市況の乱高下は願い下げである。

正統な市場競争、正統な研究開発、正統な技術革新のためにはライバル企業の存在が欠かせない。 その意味で我々PCマニアは今こそPCパーツを買うべき時であろう。 これはジョークでも皮肉でもなく、本気でそう思っている。



1)
DRAM分野ではないものの、当サイトは某韓国メーカーに引き抜かれた技術者を具体的に知っている。 某研究所では日本語が公用語として通じたのは有名な話だ。

そうそう、余談だが「韓国メーカーによる日本人技術者の引き抜きは今ではあまり行われていない。」 という記事が数年前の経済誌に出ていたが、これは明白な誤りである。 当サイトの仕事は半導体関連とは一切関係ないが、半導体関連で引き抜きが行われていた頃には、 当サイトの周辺では韓国メーカーによる引き抜き話はほとんどなかった。 しかし、当サイトの知り合い技術者で引き抜きが本格化したのは数年前のことであり、 一昨年辺りからはパッタリ話がなくなった。 (引き抜かれた技術者の専門分野から見て、おそらくはPDP関連の技術を欲していたのだろう。 話がなくなったのは液晶に対するPDPの劣勢が伝えられた時期と一致するから、話のつじつまは合う。) また、MLCC(積層コンデンサ)関連の技術者が日本企業から引き抜かれたのも有名な話だが、 これも半導体関連の引き抜きが減って以降に起こったことだ。

半導体・液晶分野では日本勢に追いついたから引き抜きは必要なくなったというだけのことであり、 技術的に遅れている分野では引き抜きは今でもある。 当サイトの知り合い関連での引き抜きは一昨年辺りから急に聞かなくなったが、 おそらくはこれからの成長分野において今でも引き抜きは行われているのであろう。 経済誌の記者は半導体・液晶関連しか取材していなかったため、このような誤りを犯したのだと思われる。

2)
典型例は「今期は収益が赤字だから設備投資しない。」とか、 「他社が設備投資を抑えているから、うちも抑制だ。」といった判断である。 長期展望が読めずして経営判断を誤る、と言うか経営判断をしないようでは経営者の資質は無いと思う。 この程度の経営判断で問題ないならば、自分だって経営者としてやっていく自信はある。

このように、経営判断力では当時から韓国勢が圧倒的に優勢だった。 当時の韓国が「稚拙な現場技術に優秀な経営。」とすれば日本は「優秀な現場技術に稚拙な経営。」だったと言えると思う。 そこに日本人技術者の引き抜きで現場技術が同等になれば、経営力で勝つのは当然の結果である。 (当サイトは身近で起こった事もある韓国への技術流出を苦々しく思っているが、 別に韓国人に偏見があるわけではないので優れた経営判断力は素直に褒めるべきだろう。)

不幸中の幸いは、最近は日本人経営者にも投資決断ができる経営者が出てきたことである。 シャープの液晶投資、東芝のNAND型フラッシュ投資... 100年来の不況到来によりいずれも現状は苦境に立たされているが、これが最終的に投資判断ミスと言えるかどうかは DRAM不況期に大規模投資攻勢をかけた韓国メーカーの前例を見れば一言でミスとは言い切れまい。