技と匠の炎を見た。(本編)   

2009年1月12日



さて、お正月休みも終わり、厳しい新年が始まった。 PCマニアの方々は当サイト同様に製造業勤務の方が多いだろうから、 世界的景気後退+円高のダブルパンチで大変な状況の方々がたくさんいらっしゃる事と思う。

と言うわけで、新年初のネタはいきなりの非PCネタである。 いや...新年早々ネタ切れという訳でもないのだけど、 年頭挨拶で書いたネタは、放置してネタ切れの時に掲載という対処をすべき内容ではないと思った。 今年はかなり気合いを入れて仕事をしないと食べていけない年になると思われるので、 ここは自分に活を入れる意味でもネタの記憶が薄れないうちに書いておこう。

ちなみに、前回に今年の新年挨拶を書いたら、会社の先輩にして愛読者の一人から 「もうPCネタを止めにしてああいうネタを扱うサイトにした方が読者にうけるんじゃないの?  うちの会社をリストラされても観光ガイドとして食べていけるんじゃなの?」なんて言っておった。 いやいや、なんせ当人がこの性格である。客商売は絶対に無理でしょう。

と言うわけで、新年最初のネタは非PCネタながら関の打ち初め式見学の本編である。

☆関鍛冶伝承館に行く。   
岐阜県関市と言えば多くの方が刃物の名産地として記憶されていると思う。 特に名刀「関の孫六」は有名で、こちらならばほとんどの人が一度は聞いたことがあるのではないだろうか?

とはいえ、具体的に関市の位置を知っている人はおそらく少ないだろう。 岐阜県関市は名古屋からほぼ真北約35kmに位置し、車では下道で1時間半位。 高速もあるので当サイト的なぶらぶらドライブが苦手な人は東海北陸自動車道の関インターで降りれば一発だ。

関市は郡上八幡など飛騨への入り口付近にある町で、 濃尾平野が飛騨の山々へ切り替わる境目に位置する。 当サイト的には、これ以上近いと旅行気分が味わえないし移動で疲れる距離でもない、ちょうど良い移動距離だね。

歴史的にはなぜ関が刀剣の名産地として栄えたかというと、関には優秀な刀匠が居ただけではなく、 この辺りは良質な炭(日本刀鍛錬には松炭が良いとされている。)の産地だったり、 焼き入れに適した土(焼き入れの際には焼きを入れない部分に土を盛る。)を産出したり、 長良川の近くで水運に恵まれているとか、戦国三英傑(信長・秀吉・家康)の支配地域、 つまり勝ち組支配地で需要が伸びる地域に近いという天の時、地の利、人の和があった。

打ち初め式は毎年1月2日に行われている。 (これ以外にも3月、4月、6月、11月の第1日曜日と10月の刃物まつり期間中には、 同じく古式日本刀鍛錬を見学することができる。) 中部地方ならば打ち初め式の古式日本刀鍛錬は新年の地域版ニュースで必ず放送されるので、 実際に見たことはなくても鍛錬の様子をテレビで見たことのある人は意外に多いのではないだろうか?

当日はどれくらい混雑するか全然見当がつかなかったので、30分前には到着するように早めに出撃した。 予定通り現地には開催30分前の9時半位に到着したが、おもしろかったのは熱心な愛好家が良いポジションを 早朝からゲットしているのに対し、そう言う人たちとは違った地元らしき一般客は様子がわかっているらしく、 開催直前にもう一度人が増えるのである。

それはなぜかというと、開催されても直後から鍛錬が始まるわけではないからだね。 つまり、ポジションの良い席は早朝からアマチュアカメラマンでいっぱいだけど、 後方から立ち見でもOKならば直前でも見学はできる。 鍛錬場は階段状の座席(ゴザが敷いてあります。)になっているので、 後方からでもそれほど視界が悪いわけではない。

ただ、火を扱う関係上屋根こそあるものの室内ではない。 町の中にあるので寒風が吹きすさぶ訳では無いが、窓のない状態なのでお正月ともなればかなり寒い。 座席確保するのだったら、その前にまずトイレに行っておくことをお勧めする。

日本刀鍛錬場には日本刀マニアやアマチュアカメラマンが集まる。
後方からの立ち見でも良いならば直前に来ても見ることはできるけど、良い撮影ポジションをゲットしたいならばお早めに。

☆とても絵になる古式日本刀鍛錬。   
で、開催時刻AM10:00になると...

刀匠やその弟子の方々が多数入場し、最後に刀匠の長がいらっしゃって祝詞を捧げる。 それが終わると地域の代表の方々が挨拶。 挨拶が終わるともう既に30分ほど経過していて、 そこから本題の古式日本刀鍛錬が始まる。

火入れ式(左図)を行い、一礼して古式日本刀鍛錬開始。
ふいごで風を送り込んで熱量を増やしていく。

まず最初は火入れ式だ。 これも古式に則っり、短い鉄棒を何回も叩いて加熱し、これで枯れ葉のような燃えやすい物に着火し炭に火を入れた。 まさかチャッカマンを使うわけにはいかないだろうし、どういう方法で火を入れるんだろうか? 神社の神事みたいに木棒をこすり回して摩擦熱で火を付けるのだろうか? と思っていたが、なるほど鉄の鍛錬に合った古式ゆかしい方法だね。

火入れをしたらふいごで風を送り込んで炭全体を均一に燃える状態にしていく。 煙が出るのは最初に着火用の枯れ葉(のようなもの)が燃えるからで、炭に火が入れば無煙だ。 火が入った後には刀匠の皆様が再度一礼。

で、鉄が熱くなったら鍛錬開始。ただし、1回目の鍛錬は熱い鉄がはっきりと見える方向は マスメディア専用席となっているので当サイトの写真は後ろからの撮影のみとなった。 お正月を代表する有名な儀式なので、NHKを始め中京テレビ等各社マスメディアが大勢来ていた。 (刀匠の方が気を遣って、マスメディアが帰った後に再度鍛錬してくれました。)

さあ、お待ちかねの古式日本刀鍛錬開始だ。
素材としての鉄を鍛える折り返し鍛錬の段階なので、まだ日本刀の形はしてない。

☆当時の最先端ハイテク技術。   
この鍛錬は折り返し鍛錬というもので、鉄を日本刀の形にする前の段階である。 熱い鉄を打ち延ばしては折り返して、また打ち延ばす。 そうすると日本刀の長軸方向に積層構造ができあがって、靱性が増す。1)

また、鍛造することで折り返し表面から不純物が叩き出されて鉄の精錬度が上がる。 日本刀の原材料である玉鋼(たまはがね)は、たたら製鉄法という特殊な固相反応法で 作られる。このため当時としては画期的に不純物が少なかった。 だが、それで妥協しないところが匠の技で、鍛錬で製鉄時のかすを除去しさらに高品質とするのだ。

日本刀を象徴する表現に「折れず、曲がらず、良く切れる。」というものがあるが、 この折れない、曲がらないという相反する特性を同時に成り立たせるためには、 この事前の鍛錬が欠かせない。

なぜかというと、折れないためには鉄を柔らかくして脆さを減らす必要性があるが、そうすると簡単に曲がるようになる。 曲がらないためには鉄を硬くすればよいが、そうすると脆くなって限界を超えると簡単に折れる。 「折れない。」と「曲がらない。」は一方だけなら簡単に実現できるが、 両者は一見似ている特性のようでじつは両立させるのが非常に難しい特性なのだ。

このため、日本刀は刃先、芯金(内部)、棟(後部)、鎬(側面)で鉄の性質を変えている。 今日で言う傾斜複合構造というハイテク技術なのだ。 しかし、構造が複雑になるほど鉄が均一で不純物の少ない高品質材でないと製作意図通りの特性にならず、 簡単に破綻が生じて折れたり曲がったりするようになる。

PCマニアなので半導体でたとえてみると、シリコンではドナー・アクセプターを入れる前に極限まで純度を高める様子を想像してみるとわかりやすい。 どうせあとから不純物を添加するんだからと低純度シリコンを使って高品質ウエハが出来るかというと、 そうではないのと同じ事であろう。

ちなみに、溶鉱炉は鉄鉱石を溶かしながら銑鉄に還元するので原理的に不純物が多い。 このため銑鉄は転炉や電気炉によって再度精製されてようやく高靱性の鋼になる。 現代では各種微量添加物や黒鉛球状化剤の進歩によって鋳鉄でも比較的高靱性の材質が作れるが、 砂鉄を溶かす事無く鉄に還元できるたたら製鉄技術と折り返し鍛錬を組み合わせる事こそが、 当時の技術水準としてはもっとも高品質な鉄を作ることができた。言わばいにしえのハイテク技術なのだ。

☆匠の技は見た目よりも相当な重労働でもある。   
若手の刀工が重い槌を振り上げて、右から順に振り下ろす。
簡単にやっているように見えるが、外形寸法から想像して相当に重い槌だろう。

大きな槌を振り回すのには相当な体力がいるのだろう。 三人並んで槌を振るう刀工の方々は比較的若手の人が多いようだ。 (重さは、後日ググってみたところ約7kgとのこと。) 逆に、小槌を手に熱い鉄を操作する方はいかにも熟練の刀匠という貫禄で、 おそらくは若手刀工のお師匠様なのだろう。

余談だけど、重い槌を何度も打ち付ける関係で刀鍛冶の仕事は相当にスタミナを消耗する。 このため、ここ関市では古来からのスタミナ食である鰻屋が栄えたのだという俗説がある。 俗説はともかく、関市は鵜飼いで有名な長良川に近く良質な鰻の産地であり、 古来からおいしい鰻屋が多い事は事実だそうだ。 刃物だけではなくおいしい老舗鰻屋が多いのが関市の隠れた魅力というわけだね。

途中で中央から折り返して接合する。
これを繰り返すことで高純度、高靱性となる。

閑話休題。 鉄が打ち据えられたら、途中で折り目を入れて折り返す。 そして側面から少し叩いて形を整え、再度鍛錬が始まる。

とにかく何回も何回も熱い鉄を叩く。 カン、キン、カン、キン、と小気味よい音色が心地良い。 時々パン!と何かが破裂する音がするときもある。 特に炭から取り出した瞬間は、槌で叩くとシュバッといかにもそれらしいという火花が散って、 周囲から「おぉ〜。」という感嘆符が聞こえてくる。

冷えたらふいごで炭に風を送って再度加熱。
舞い上がる炎が雰囲気を醸し出す。

鉄が冷えたら、また炭に入れてふいごで風を送る。 すると炎が燃え上がり、これまたそれらしい感じ。 そう言えば外人さんもたくさん来ていて、大喜びでした。

ふいごを操作するのもなかなかの雰囲気で、見ての通りだ。 焼き入れ時ほどではないにせよ鍛造では鍛錬中の鉄の温度が重要なハズで、 これを温度計を使わずに見た目だけできっちり判断するのが熟練の技である。

☆いい写真を撮るのが難しい。   
そして、炉から取り出して最初の一撃では美しい火花が散るので、 何とかきれいに写真に撮りたいと思っていたのだけど、 ほんの一瞬のことなのでなかなかうまい写真が撮れない。 まさにシャッターチャンスなのであるが、肉眼で火花が散ったのを見てからシャッターを押してももう遅いのだ。

再度熱くなったら、またひたすら鍛える。
まさに鉄は熱いうちに打てだね。

結局、刀工の手の動きを読んでシャッターボタンを先押しして、あとは運任せにするしかなかった。 F値を変えながらシャッターボタンを押しまくったけど、結局うまく撮れたのは上記右図の1枚だけ。 F値を絞ってシャッタースピードを下げればよいかというと、シャッター速度が下がる(デジカメなので実際はCCDの動作時間が長くなる) ので火花はきれいに写るのだけど今度は刀工さんの姿が早い動きでボケてしまい、 体がボケボケだったり、手の写っていない心霊写真みたいな出来になってしまう。 と言うわけで、思った通りにはなかなか撮れないんだな、これが...

当サイトはアマチュアカメラマンという訳ではないが、このときばかりは写真の腕が上がっていない事に後悔の念が甚だしいね。 最前線に陣取っていたアマチュアカメラマンの方々はどう写していたのだろうか?

ともあれ、1回目の鍛錬では熱い鉄が見えるベストポジションはマスメディア専用席になっていたわけだけど、 報道陣の取材が終わったあとにアマチュアカメラマン向けにもう1回鍛錬を行っていただけたのは気の利いた非常に好感が持てる心遣いであった。

☆刀匠だけではない熟練の技。   
さて、古式日本刀鍛錬の打ち初め式が終わったあとは関鍛冶伝承館の見学である。 (古式日本刀鍛錬の開催日は正午までの開館ながら無料で見学できるのがありがたい。) ここは一種の日本刀製造の博物館でもあり、打ち初め式の時には職人さんが匠の技を実演していた。

日本刀の製造というと刀匠があまりにも有名だが、 これ以外にも白銀師、柄巻師、鞘師、研師といった極めて専門性の高い匠の世界がある。

柄巻師さんと研師さんによる熟練の技を一般公開中でした。
まさに匠の世界。他にも白銀師と鞘師という仕事がある。

白銀師というのは刀を鞘に固定する金具(はばき)を作る職人さんで、 このはばきのおかげで刀身は一切鞘に触れずに中に収まっている。

なぜ、こんな高度な納め方が必要かというと、刀身が鞘に触れてしまうと 鞘を痛めるだけではなく、抜き打ちの際にカタカタと音がして敵に気配を悟られて不覚を取るから。

実際、たとえはばきがうまくできていても抜き始めてからは刀身ははばきで押さえられている訳ではないので、 居合を習い始めて初心者の内は抜刀の際に刀身が鞘に当たって音を立てる事がある。 これを「鞘鳴り」といって、居合の練習で鞘鳴りがするのは非常に恥ずかしいこととされている。 鯉口を切って2)抜き打ちする際には、刀身は鞘から全くの無音のまま抜き放てるのが理想なのだ。 (実際には鞘鳴りが無くても完全に無音という訳にはいかず、居合いでは鯉口を切ることで敵に抜刀を悟られるという前提になっている。)

というわけで、はばきは単なる金具ではなく、非常に高度な技が必要な匠の世界なのだ。

柄巻師は刀を握る柄の部分を作る職人さんである。 この部分は握ったときに刀が滑らないように滑り止めの役目をしている。 しかし、いくら滑らない方が良いと言っても凹凸がありすぎては手の内に馴染まないし、 見た目にも鞘や刀身の美しさを引き立てる美しさも必要。 写真の通り一見地味な作業だが、 実用面と美術面を両立させる非常に高度な腕前が必要な匠の世界である。

鞘師は鞘を作る職人さんだけれど、今回は鞘師さんだけ当サイトが行ったときには残念ながら公開が終わったあとでした。 ちなみに、鞘は刀身に合わせて作るので1本1本完全カスタムメイド。

研師はその名の通り刀身を研ぐ職人さんだけど、これも写真の通り実演を行って頂いた。 見学したのはあら研ぎ(下地研ぎ)の段階。これが終わると鞘師さんへ刀を渡し、刀身に合わせた鞘ができあがると 刀が戻ってきて仕上げ研ぎに入る事になる。

「研ぎ澄まされた...」とは名刀の代名詞的表現だけど、鍛え上げられた日本刀の切れ味も、 研師の熟練の技があってこそ引き出せる。 また日本刀の美しさの一つに刃文の美があるが、刃文の美しさを生かすも殺すも研ぎ次第である。 かなり神経を使う仕事であり、実際1本の刀を完全に研ぐのに丸々5日間位かかるのだそうである。

名刀「関の孫六」として知られる二代目兼元。
すばらしい機能美。

そのような気の遠くなるような経緯を経て日本刀ができあがる。 関鍛冶伝承館では数多くの刀剣が展示されているのだが、 関と言えばまずは「関の孫六」であろう。実際、ここでは 関の刀剣の代表作として「関の孫六」が展示されていたので、 紹介しておこう。

関の孫六は通称で、正式には二代目兼元という。 日本刀の分類にはいくつかあるが、業物一覧ではトップランクの最上大業物の一つに数えられている。 (当サイトは日本刀通という訳では無いが、一応居合を習っていたので基礎的なことはわかる。)

それにしても、日本刀とは戦場で敵を切るための武器であるのだから本来は美しさは必要ないのだが、 「折れず、曲がらず、良く切れる。」を追求した結果がこの美しさとなれば、 まさに機能美の象徴とも言えるだろう。 館内を見学していたお客さんの一人が「こんなのみているとゾクっとするね。」と言っていたが、 まさに身震いする怖さと紙一重の美しさだ。

ちなみに、現在の関では日本刀だけではなく実用的な刃物も多数製造されているので、 関鍛冶伝承館の2階展示室では包丁やナイフ、カミソリといった各種実用品も展示されている。 事実、戦乱の時代とは違って日本刀の作刀だけで食べていける職人さんはトップクラスの技を持つごく一部の匠だけなのだそうである。 多くの方々は包丁のような日常品を作ることを糧としつつ、スキルアップのためや、関の伝統を受け継ぐため、鍛錬を続けている。 (あるいは趣味としてやっている方もいるのだそうである。)

関と言えば海外ではSEKIブランドとして知られ、ドイツのゾーリンゲンと並び称される世界的刃物の名産地だ。 古式日本刀鍛錬を見学しているとその意味がよくわかる。 当サイトも正月早々「やる気」を頂いて、自身の研究に向けてスキルを鍛錬してみようと思ったのでした。



1)
折り返した回数を「練」と言い、用途にもよるが通常は十数練程度。 もっとも、やればやるほど良くなるわけではなく、百回折り返すと層状構造が2100個できるので、 計算上は層間が鉄原子1個より薄くなってしまい層状構造の意味が無くなる。何事もやり過ぎはダメらしい。

2)
刀は下を向いたときに刀身が勝手に抜け落ちないようにはばきで鞘に固定されていて、 本来は安物時代劇のように最初から一気に刀を抜くことは出来ない。 このため、まず鞘を握って親指で鍔を押して刀身と鞘を分離する。 これを居合用語で「鯉口を切る。」という。 刀身を納める鞘の穴の形が鯉の口に似ている事からそう呼ばれる。

なお、一気に抜く必要は無いがさらに無音で抜きたいときは、 親指で鍔を押すのではなく鞘を強く握って手のひらの横方向への圧力を鍔にかけて押し出すやり方もある。