一般公開見聞録(JAMSTEC横浜研究所訪問編)   

2008年10月1日



このところようやく夜が涼しくなって、よく寝られるようになってきた。 ついこの前まで寝苦しかった熱帯夜から一気に11月初旬の寒さなんだそうで。 日没も早くなって、秋の夜長はインターネット... いや、早速三日坊主なのか? 挫折本の勉強をせねば!

と言うわけで、最近の夜はノータリンの当サイトにしては珍しく配位子場理論について勉強中なのだ。 ところが群論をよく理解していない当サイトは対称性に関する議論の部分でまたも挫折寸前で、 それを理解するために今度は群論の入門本を読んでいる最中だ。先はまだまだ長いの〜。

と言うわけで、最近の週末は秋葉原で遊び呆けるのはちょっと止めにして、 当サイトにしては珍しく久々に真面目な時間を過ごしている。 週末の外出も挫折本再読のエネルギー充填効果を狙って大人の社会見学系で過ごす時間がメイン。 最近は一般公開ネタがJ-PARC、KEKと2連投となっている訳だけど、今回も久々のJAMSTEC再訪問の話である。

実は一般公開ネタ3連投はマンネリ的なので先日出張の帰りに買ってきたAtomマザーでAtomネタとも思っていたのだけど、 一般公開ネタは公開日から時期を外すとネタの新鮮度が落ちるので、まず先にこっちを書かせてくださいな、というわけ。 (んっ、秋葉でAtomマザーを買ってきたって話は「秋葉原で遊び呆けるのは止めにして...」と 今書いた事と矛盾するんじゃないかって? いや、深い突っ込みは無粋ってことで...)

☆海洋国・日本の将来を担う。   
と言うわけで、今回はJAMSTEC横浜研究所の訪問記。 地球シミュレータの次世代機への更新が来年3月なのだそうで、 地球シミュレータに会えるのはこれが最後の一般公開らしいので久々に訪問してきた。

さて、ここでまず地球シミュレータの話に入る前に他の正統派研究の話に触れておこうと思う。 (でないと、また「スパコン・オタクは〜。」とか言われちゃう。)

JAMSTECというと地球シミュレータが有名だが、そもそもの研究範囲はかなりの広範囲にわたる。 日本は周囲をすべて海に囲まれた海洋国家で、陸続きの国境は1mも存在しない。 その意味で海洋の研究は日本の未来を支えていると言っても言い過ぎではないだろう。 そもそも、地球は陸地よりも海洋面積の方が断然広いわけだしね。

最初に見たのは海底地震計。 地震国日本では地震に関する研究が重要なのは言うまでもなく、 また、最近の日本は地震の活動期に入ったと言われている。 しかも、東海地震にしても東南海地震にしても、海洋プレート上が震源域になっている訳で、 陸上に設置した地震計だけで問題が片付くわけではない。 その意味で海底地震計は日本の震源域をカバーするためには必須の設備なんだね。

この地震計、データを蓄積すると自動浮上するシステムになっているわけだけど、 タイマーを使ったスイッチか何かになっているかと思ったら、 接合部の金属腐食を逆用した機械式分離システムとなっていた。 海底固定用のおもり部分と本体が腐食しやすい金属で接合されていて、 一定の時間が経過すると接合部が腐食して離脱・浮上するというシステムだ。

この一見ローテクに見える方式は、実は超高信頼性が要求されるシステムではよく使われる概念である。 たとえば、ハイテク技術の塊とも見えるロケットにおいても、フェアリング部分(ロケット先端の衛星をカバーするノーズコーン部) の分離機構には電気式の分離システムは用いられていない。 ノイズなどで誤動作する確率が高いからだ。 このため、ロケットでは化学燃焼ヒューズ式分離機構が使われていたりする。

要するに海底地震計も同様で、深海の圧力に耐えなければならない超高信頼性システムとしては、 海水の進入で簡単にショートする電気式よりもこちらの方が信頼性が高いというわけだ。

海底地震計(左)と海洋表層二酸化炭素分圧自動計測計(右)
日本は海洋国家なので、地震データにしろ地球温暖化データにしろ、海上でのデータ収集が必要不可欠。

お次は海上を漂流しながら海洋表面での水中二酸化炭素濃度を自動計測するシステム。 海は二酸化炭素の大きな吸収源なので、地球温暖化予測の精度を高めるためには その挙動に関するデータ収集は欠かせない作業となる。

この装置、1年間もの間、海上を漂いながら水中の二酸化炭素濃度を測定し続ける。 測定データは衛星通信アンテナ(写真の透明な半球形カバーの中にあるのがそれ。)で、 衛星を通じて報告されていく高度な自動計測システムだ。

おもしろかったのは、水中の二酸化炭素濃度を計測するシステム構成。 海水とpH指示薬をガス交換膜を通じて平衡ガス濃度とし、 そのpH指示薬の色をLED光源と分光光度計を用いて自動計測するという構造。 1年間も海洋上を漂流しながら計測するシステムなので、 いくら測定精度が高くても消費電力の大きい測定装置ではダメなんだそうで、 低消費電力と測定精度を両立させた苦心の成果がこの測定システムなのだそうだ。

地球深部探査船「ちきゅう」

そして、入り口付近に展示されていた船の模型は地球深部探査船「ちきゅう」。 この船は強力な掘削機能を持っていて、海底の岩盤を掘り抜いて最終的にはマントルまで到達する能力があるそうだ。 マントルは科学的には存在が証明されてはいるけれど、マントルの現物を取り出してみたことは未だかつて無いそうで、 その成果が期待されている。 (マントルは火山から吹き出す溶岩とも一見思えるが、そもそもマントルは固体であり、マグマとマントルは全然別物なんだそうだ。)

おもしろかったのは、掘削現場が深海部なので通常の海底油田のような足場が使えないこと。 このため、海上を漂いながら位置を1点に固定するという高度な位置制御機能を持っている。 GPSと海底に設置したトランスポンダで位置を詳しく計測しながら、 船体各所に設置されたスラスタ(360°向きを変えられるスクリュー。)を使って海上の1点にフィードバックをかけて、 艦の位置を動的に固定する事が可能なのだそうだ。1)

ともあれ、この船の掘削探査能力はダントツの世界一なのだそうで、地震発生のメカニズム解明や 地球物理学の貢献などで大きな期待が寄せられている。 (こちらの一般公開も機会があれば行ってみたい。)

☆地球温暖化研究分野では今でも世界1〜2位の性能。   
お次は当サイト的なお目当ての地球シミュレータである。 なぜ今回JAMSTECまで出かけたかというと、システム更新で地球シミュレータは来年3月に次期システムに更新されるのだそうで、 本機を見学できるのもこれが最後というわけ。

この地球シミュレータ、現在ではTOP500において第49位。 LINPACK性能だけを見れば、もはや世界の頂点に近い存在ではない。

しかし、HPC分野においては使用するアプリによって機種毎にその性能は大きく乱高下する。 地球シミュレータはその名の通り全地球レベルでの地球温暖化を研究するために作られたが、 その分野のアプリでの性能はどれくらいのだろうか?

このあとの講演でその答えを知ることが出来たが、回答は衝撃的なものだった。 講演者の方曰く、(この分野のアプリならば)「おそらくは今でも世界1位。悪くても2位は確実です。」とのこと。

実際、これには証拠があって、海外のスカラ型スパコンが2007年に気象予測アプリで8.76TFLOPS(実効効率7.8%)を出したが、 この気象シミュレーション論文のSC07での発表「WRF nature Run」において、 ワールドレコードは地球シミュレータがAFESで記録した26.58TFLOPSであると記載されていた。 ライバルの側が2007年の段階では世界最速と認めていたのである。

だから、2008年の現在で「悪くても2位。」と言うのには一定の信憑性があるわけだ。 (2007年の段階で世界最速だったのは間違いないところ。)

LINPACKだけを見るとBlueGene/Lが出現した段階で大幅に負けているわけだが、 LINPACK性能がすべてのHPCアプリに対して代表例として通用するならば、 気象シミュレーションアプリでもこれらのスカラ機を使って地球シミュレータよりも遙かに高い実効性能を達成できたハズである。

しかし、海外のスカラ機勢がよってたかって2007年の段階でも地球シミュレータを抜くことが出来なかったという事実は、 地球シミュレータの基本設計の正しさを証明していると言えるだろうし、 最適なスパコンとは各分野各様であるという当サイトの主張の正しさも証明して頂いている形だ。 (スカラ機に有利なTOP500の評価だけを見て日本の凋落どうのこうのと言うのは一面的な見方であろう。 要は何を目的に使用するか次第。)

それにしても、ドッグイヤーとも言われる進歩の早いこの世界では平均的なスパコンの製品寿命は5年程度と言われている。 そんな中、2002年稼働開始という通常ならばとうに引退しているハズの老兵マシンが、 特定分野のアプリとはいえ未だに世界1位または2位の地位にいるとは... いやはや、基本設計というのは大事だ。

ところで、この地球シミュレータはこの3月で新型機に置き換わる。 現段階で1位または2位の性能ならば、機種更新は必要ないのではないか? と思われるだろうが、更新には2つの理由があるそうである。

一つは機種更新によって消費電力が減るので運用コストが安くなると言うこと。 地球シミュレータの数少ない弱点に高消費電力が指摘できるが、 新型機に更新することで電気代を安く抑えることが出来る。

もう一つの理由はメンテナンス費用の削減。 地球シミュレータは他のスパコン同様の製品寿命を見込んで元々5年の契約でメンテナンスを行っていたのだそうで、 その契約期間を過ぎた今ではメンテナンス費用が実費となり、非常に高額になってしまうのだそうだ。

それもそうだ。地球シミュレータは2002年の技術水準で作られている。 今の半導体プロセスよりずっと古いプロセスルールなわけで、 保守契約終了後にメンテナンスを行うと言うことは、 高いお金を出してわざわざ古い世代のチップを調達することを意味する。 (最新プロセスのマスクはより新世代の新機種チップ用しかないわけだし。)

ちなみに、このメンテナンス費用の高額な点を見て一見すると地球シミュレータは故障率が高いと思われるかもしれないが、 実はこれは誤り。故障率という意味では地球シミュレータは平均的なスパコンより低故障率である。 (稼働率は平均的なHPCシステムよりも高く、システム停止は年1回も無い。) 保守メンテナンス費用が高額なのは、あくまで稼働当初に想定された保守契約期間を過ぎて稼働している事によるとのこと。

これ、なまじ高性能なだけに当初の想定以上に稼働期間を長くできたことが逆に裏目に出ているという、ちょっと皮肉な結果ではある。

と言うわけで、地球シミュレータの機種更新は性能アップがメインと言うよりは、 むしろ維持管理費用の削減が主目的と言える。 新機種の性能は理論ピーク性能で約3倍、実効性能で約2倍だそうだが、 これはこの分野での世界トップという地位をさらに数年維持するのが目的。 地球温暖化シミュレーションにおいてさらなる画期的成果を目指すポジションは次世代地球シミュレータをもってしても ちょっと無理なんだそうで、その目的は京速計算機プロジェクトに移行しているのだそうである。 (理研のプロジェクトとは次世代機開発に向けて連携しているとのこと。)

地球温暖化研究アプリでの性能ならば地球シミュレータは今でも世界1〜2位の性能。
右は地球シミュレータで実行していた地球温暖化研究アプリのコード(のごく一部)

このあと、地球シミュレータの各種アプリでの実績も報告されていたが、 ちょっと潔いなと思ったのは効率が低かったアプリの件もちゃんと報告されていたことである。 (通常、この手の講演では成功例だけに絞って発表する場合が多い。) 地球シミュレータは多くのアプリで効率がスカラ機よりも高く、特に地球温暖化研究アプリではスカラ機の8倍以上の 高効率で動作するわけだが、もちろんすべてにおいて万能なスパコンというのは存在せず、 地球シミュレータにも一部苦手なアプリはある。

例示されていたのは自動車の衝突シミュレーションや、構造解析アプリなど全25種類中3種類のアプリで、その効率は4.0〜8.8%であった。 確かに高効率を謳うベクトル機としてはあまりよろしくない効率である。(この中には最適化を行っていないアプリも含まれる。) もちろん、上記で示したとおりスカラ機の場合は効率7.8%で論文が書けるレベルなわけだから、 この効率でもスカラ機ならば十分に合格点な効率となる。 だが、地球シミュレータでは40%以上というスカラ機では例外的にしか発生しえない高効率のアプリがたくさんあるので、 この効率では不合格扱いになってしまうという。(ベースとなる基準が違うのである。)

逆に、成功例の事例としては多く例がある。代表例を2〜3例示すると、 個人的におもしろかった例としては海流予測で船を潮流に乗せることで最大9%の燃料消費量削減効果を確認したとの結果が報告されていた。 最近は石油価格高騰で漁船の操業中止とかが社会問題化しているが、これを使えば大自然の海流エネルギーを使って燃料費削減が可能となる。

また、新幹線の騒音解析の例とか、航空機の騒音解析とかが例示されており、やはり流体系に強いマシンであることがわかる。 航空機騒音の例では、着陸形態での複雑な形状でシミュレーションを行うことは従来の計算機では実質不可能なんだそうで、 世界初のシミュレーションなんだそうである。(効率も高く43.9%を達成。)

もっとも、何と言っても最大の成果はIPCCにおける地球温暖化研究への貢献だろう。 IPCCはこれによりノーベル平和賞を受賞しているからだ。

IPCC第四次評価報告書が書かれる以前に地球シミュレータはTOP500では世界最速の地位から脱落しているわけだが、 結局の所は地球温暖化研究において地球シミュレータでの研究成果以上に高精度・高解像度の温暖化研究論文はもたらされなかった。 「ベクトルパラレルは死んだも同然。」などと言われていた陰で現実には何が起こっていたのだろうか...

IPCC第四次評価報告書のうち、第一作業部会では日本の貢献度が最も高かったことはよく知られている。 もちろん第一作業部会の成果はスパコンの能力だけで決まるものではないとはいえ、 もしLINPACKでの結果が地球温暖化研究でもそのまま通用するのであれば 理論ピーク性能やTOP50Oの上位機種数では日本を遙かに上回るアメリカの貢献がダントツのトップでなければならず、 IPCCでの日本の貢献は前回よりも逆に縮小していたハズである。2)

そもそも地球温暖化を最初に指摘したのはアメリカの研究成果によるところが大きかった。 にもかかわらず、現実に起こった事と言えば、学問としての気象学においては世界に冠たるレベルであったアメリカが IPCC第四次評価報告書ではついに日本を超える貢献を示せなかった。 逆に日本は第3回IPCCに比べて飛躍的に貢献度を増している。

ベクトル機は時代遅れという主張は結局正しかったのだろうか? 答えはノー。 ベクトル機を時代遅れとあなどり、COTSプロセッサですべての分野をカバー出来ると考えたミスにより、 温暖化研究での主導的地位を失ったのはアメリカの方だったと言える。

☆クジ運の悪さに泣く。   
さて、この地球シミュレータ、見学用窓からの公開は誰でもOKなのであるが、 内部に入っての見学ツアーが企画されていた。

1回12名のこのツアー、「おぅ、これは早速申し込まねば。」と思ったのだが、希望者が多く抽選制になっていて、 クジ運の悪い当サイトは開催時刻毎に3回も応募したがすべて外れ。 こればっかりはどうにもならないが、相変わらず天運には全然恵まれていないな〜。

と言うわけで、世界最強の温暖化研究マシンを身近に見るチャンスは潰えたのでした。トホホ。

もっとも、地球シミュレータの能力を持ってしても地球温暖化研究に終止符が打たれたわけではなく、 人類が持つ温暖化の知見は大自然そのものの真理全体から見ればまだまだ遙かに小さいそうだ。 たとえば、北極海の氷がどんどん溶け出していることは皆様ニュースでよくご存じだろうけれど、 この消失スピードは温暖化予測を遙かに超える速度で進行しているのだそうである。

研究に終わりはなく、地球シミュレータに限らず世界各国の温暖化研究シミュレーション用コンピュータには まだまだやるべき仕事が残されている。 (たとえば、次世代地球シミュレータでは100年後ではなく、もう少し近未来についてのより詳細な予測を始めようとしているとのこと。) と言うわけで、当サイトの支払う税金もほんの少しは貢献しているであろう次世代地球シミュレータにも、 元祖地球シミュレータに劣らない立派な成果を期待したいところだ。

というわけで、JAMSTEC訪問編はこれで終わり。

余談だけど、JAMSTECからの帰り道途中には横浜中華街があって、訪問の帰り道には中華街で油条を買うのが当サイト的な楽しみなんだ。3) 毒餃子事件もなんのその、メタボ健診の件は本日だけは目をつぶって、帰りには油条を10本も買って帰ったのでした。



1)
ただし、スラスタは自艦の位置を一定に保つのは得意だけれど、その逆に高速航行は苦手。 高速航行はこの船の性質上必要がない能力なんだけど、曰く「ママチャリ並みの速度しか出せない。」というのがちょっとお茶目。

2)
これがマイナーな学問分野ならば計算機資源が配分されなかっただけという可能性があるが、 IPCCは全世界すべての温暖化研究論文を扱うのでマシンタイム配分の問題でもない。

3)
中華街には油条を売っている店が何軒かある。 今回は残念ながらちょっとイマイチのお店でしたけど、当たりのお店で買えばもうおいしさ満点である。 シンプルだけど食べ飽きないおいしさはインド料理のナンと同じ。中華街がもっと近ければなぁ... そうか! もう火気厳禁の寮住まいじゃないのだから、自炊して自分で作ればいいんだ。

JAMSTEC訪問の帰りには中華街に寄るのが当サイト的楽しみ。
シンプルで食べ飽きないおいしさの油条。他に大根餅などもお勧め。