ぶらぶらドライブ片道100km(那須烏山市、山あげ祭)   

2007年8月6日



さて、世間はお盆休み突入直前だが、皆様はいつ頃からお休みだろうか?  当サイトも帰省してしまう前にWebサイトを更新しておこうと思う。 毎年、お盆の頃には非PC系お祭りネタで一息入れるのが当サイトの恒例である。 今年はどこを紹介しようかな...

激務の某プロジェクトが終了したおかげで、今年は去年と違ってちゃんと週休二日で休める週末が多い。 去年は「月休2日制」なんて揶揄されるような生活だった事から考えれば天国のような状態だ。 (もっとも、おそらく今年は年収が100万近く減ってしまうんだろうなぁ。 当サイトは「出世・給料よりも休暇」派だから、それでも去年よりはマシな状況とは思うけど...)

と言うわけで、今年は嬉しいことにお祭り見物も遠出が出来る。 とは言ってもさすがに宿泊で行けるほどお金持ちではないから、日帰りでしかも下道ぶらぶらドライブが前提だけどね。

で、当サイトの行動半径だが、気軽に出歩けるお手軽バージョンだとここ成田から下道で50km圏位。 秋葉原はこれの西端に当たる距離。 気合いを入れた場合だと100km圏位であり、関東平野一円位かな?

今回紹介するのは山あげ祭。 開催地の那須烏山市はこの100km圏の北端に当たる場所で、片道3時間強。 正直かなり気合いを入れないと行けない距離だ。 だが、以前から是非行ってみたいと思っていたお祭りなので、ちょっと無理をして行ってみることにした。


☆ぶらぶらドライブ片道100km。   
下道で100kmも走るとなるとドライブ経路の選択も重要となる。 なんせ往復で6時間以上車を走らせる訳だからね。

今回は道路の太さも判断して国道356号から294号を使ったが、実はこれは大失敗だった。 なぜって、確かに筑波山の麓の県道41号を使うよりずっと道は広いのだが、 走っていて景色が良いわけでもなく、ドライブが全然楽しめないのね。 ただ目的地に向かって移動するだけの走行になってしまった。

と言うわけで、真岡市からは益子・茂木経由に経路を変更。 これが正解で里山の新緑を楽しみながらドライブできる。 復路は国道123号から県道41号を使ったけど、 こちらも筑波山を背景に里山の新緑を楽しみながら気分良くドライブできてグーだね。

そうそう、国道294号はドライブを楽しめるような道ではなかったわけだが、 沿線の真岡鉄道ではSLを見ることが出来た。 見えたのは走行中(294号と真岡鉄道は併走区間がある)、しかも今回は一人旅。 なので残念ながら写真は撮れなかったが、鉄道マニアではない当サイトから見てもSLってのは古き良き時代のレトロな味があっていいね。 294号を使ったおかげで偶然遭遇した思いがけない幸運である。

新緑ドライブも終わり、那須烏山市に到着したのは約3時間後。 現地では駐車場がわかりにくいので事前に情報を集めていくことをお勧めする。 当サイトは佐々木製作所東という無料駐車場に車を止めたが、 ここは普段は月極有料駐車場として使用されている関係で初めての観光客は入りにくい雰囲気があり、 すぐお隣の和紙会館の駐車場では車体が被って出られない車が出るくらいの激混み満車状態であるにも関わらず、 こちらだとそこそこ空きがあるという状況だった。 (山あげ祭は移動しながらの野外劇なので、市街地の中心部は自動車乗り入れ禁止になるので注意。)

なお、東京から行く場合は烏山山あげ祭り号という直通臨時列車が出るので、 これを利用するといいだろう。この臨時列車は今では珍しくなったディーゼル機関車が客車を引っ張るという運用形式だけに 鉄道マニアにも人気があるそうで、沿線にはカメラを構えた鉄道マニアが列を成すそうだ。

那須烏山市は宇都宮から北東に約30km。 山間の盆地にある人口約3万人の古い街並みだ。 ただし、町の規模は小さくても伝統のある歴史を誇る。

山あげ祭の発祥は今から約450年前の永禄三年のこと。地域に疫病が大流行し、 当時の烏山城主・那須資胤(なすすけたね)が病魔退散を祈って八雲神社に牛頭天王をお祀りした際に 奉納されたのが由来とのこと。最初は今日のような形式ではなかったようだが、 時代と共に洗練されて今では日本一の野外劇とまで言われるようになった。

この野外歌舞伎、舞台は一カ所ではなく烏山市の各所に移動しながら行われる。 当然、祭りを仕切る当番町(今年は鍛冶町)は大変で、演舞を終えると舞台をバラして次の開催場所に移動させ、 また舞台セットを組み上げて演舞する。 それが終わるとまた次の開催場所へ...といった具合にこれが1日5〜6回続くわけで、 当番町はお祭り期間中この暑さの中大変な重労働になるわけだね。 (本当にご苦労さまです。)

お祭りマニアの情報によると、奉納余興として行われるこの野外劇は歌舞伎そのものだけではなく、 舞台の設定も見所なんだそうである。歌舞伎のできばえだけではなく、いかに早く正確に舞台設定を行うかも 競われるんだそうだ。と言うわけで、今回の訪問で見た中で舞台設定から演舞終了まで全部見ることが出来た 午後2時開催の「戻り橋」を例に、全部の行程を紹介してみたいと思う。

☆トラブルも何のその。   
この前には仲町の会所前で「戻り橋」をやっていたのだが、 当サイトが烏山に到着したのはちょうどこれの演舞が始まった直後。 従って、残念ながらこちらでは舞台設定までは見られなかった。 これが終わって一息入れた後、次の開催場所である山あげ会館前まで移動した。

お囃子を奏でながら御拝となる山車がやってきた。
その後から舞台のパーツを乗せた台車が凄い勢いで走り込んでくる。

開始予定時刻は午後2時だが、舞台設定が始まったのはもう開始時刻1時間前を切っている1時10分頃。 御拝と呼ばれる山車がお囃子を響かせながら山あげ会館前にやってきた。 山あげ会館前の広場にはまだ何も用意されていない状態であり、時間的に大丈夫なのか?とも思える状況だ。

と、その後から舞台セットを搭載した台車が若衆に引っ張られて、もの凄い勢いでやってきた。 まず、御拝の位置決めをして、それに合わせて舞台セットを搭載した台車の位置を合わせる。 この台車、移動の際には舞台セットの移動用だけど、そのまま舞台の台座になるように上手くできている。

舞台を組むため、まずは位置決め。
上に乗っているリーダーが「あと30cm奥!」と指示をすると、台車が奥へと押し込まれる。

まず最初に舞台セットの位置決めが行われる。 なんせ普通の舞台と異なり奥行き方向にも長い構造だから、 最初の位置決めがマズイとうまく組み上がらないからだろう。 万が一そうなったらやり直している時間はない。

舞台セットのパーツには名前が書かれていて「これ、波!」、「これ、橋!」と、 間違えないように名前を呼びながら手渡していく。 名前を言って手渡されると、必要な場所に手際よく運ばれて組み立てられていく。 日頃から練習しているのであろう。かなり手際がいい。

館の部分は低い状態で組み上げられ、一気に立ち上げることが可能な構造。
現代のプレハブ工法にも通じる江戸期とは思えない合理的な発想に基づいている。

館のセットは折りたたんだ状態で組み上げられ、写真の通り組み終わると高く立ち上げられる。 そして、筋交いをはめ込んでロックすると完成だ。 現代のプレハブ工法にも通じる合理的な構造で、 少ない手数で複雑なからくりをミス無く正確に組み上げるための工夫だろう。

この館は台座部分より上側が回転できる構造になっていて、さらに各種のからくりが仕込まれている。

中山は順調に組み上がっているが...大山でトラブル発生。
連日連夜の演舞で大山の一部が故障。とっさの応急修理が続く。(右図)

で、その奥側の大山はと言うと...んっ、全然組み上がっていないぞ。

実は大山のメカの一部が連日連夜の演舞で故障してしまったのだ。 こういう想定外の事態こそ真の実力が試される時。 大至急の応急修理が行われた。(右図) 写真では音は伝わらないが、この作業では電動木工工具がもの凄い騒音を出しており、 懸命の修理作業中。周囲の若衆も心配そうに見つめている。

組み上がった中山を高々とあげる。
山あげ祭の由来となった山があがる姿は、舞台設定のまさに山場だ。

そうこうするうちに中山が組み上がった。 写真の通り、中山が高々とあがる。 山あげ祭の名の由来となった作業で、舞台設定の山場だ。

山は那須烏山の特産品である和紙で出来ている。特に鍛治町の山は 和紙ちぎり絵の手法が取り入れられているのが特徴なのだそうだ。

☆日本一の野外劇開始。演目は「戻り橋」   
普通の舞台と異なり、山あげ祭の舞台は前後の奥行きが長いのが特徴である。 このため、普通の舞台には無い独特の奥行き感が生まれるわけだ。 ここで大山が上がらないのは痛いが、応急修理は間に合うのだろうか?

野外歌舞伎の演目は「戻り橋」
京の一条戻り橋で猛将・渡辺綱が絶世の美女・扇折小百合と出会う。

ここで開始時間となり、大山が上がらないことをお詫びした上で野外歌舞伎「戻り橋」が始まった。 (以下、有名な歌舞伎なので内容は皆様承知として紹介しますが、ネタバレに敏感な人は読まない方が吉なので注意。) 主人公は頼光四天王の一人・渡辺綱。演じるのは地元の中高生。 愛宕山の悪鬼が渡辺綱に挑む話だ。

渡辺綱の猛将ぶりに力の戦いでは勝てぬとみた悪鬼は一計を案じる。 扇折小百合という絶世の美女に化けて色仕掛けで渡辺綱を罠に嵌めようとするのだ。

悪鬼は絶世の美女に化けて色仕掛けで渡辺綱を罠に嵌めようとする。
(渡辺綱は刀の柄に手をかけて油断していない様子。)

絶世の美女・扇折小百合に化けた愛宕山の悪鬼が渡辺綱を口説くが、 渡辺綱は油断せず隙を見せないので手を出せない。

と...ここで、応急修理をしていた大山が上がった!

応急修理が功を奏したのだ!  後ろ側に居た地元の方から「大山が上がると(舞台が)引き締まるね。」という声が上がる。 芸術系に才能のない当サイトにも差がわかる。大山があがると奥行き感が全然違うのだ。

何というか、立体視の感覚かな? 背景が三重に奥側にかなりずらして配置されているために、 普通の舞台背景と違ってのっぺりした感じがしない。 (写真だと望遠撮影のため圧縮望遠効果で奥行き感が少なくなってますが、実際は前後間隔は100m近くある。)

応急修理が功を奏した。
大山が上がり、舞台に奥行き感が生まれる。

大山も上がり、ここから野外歌舞伎はクライマックスへと進んでいく。 ゆっくりとしたテンポから徐々に緊迫感のある展開へと変わっていくのだ。

渡辺綱が美女を悪鬼の化身と見破り、斬りかかる。

色仕掛けが通じないので悪鬼は手を出せずにいたが、ついに渡辺綱に見破られ、大立ち回りとなる。 腰の業物を抜き放ち悪鬼に斬りかかると...

正体を見破られた悪鬼はその真の姿を現す。
背景は美しい山々だったが、一瞬にして一天にわかにかき曇り雷鳴が轟く背景に...

正体を見破られた悪鬼は絶世の美女の姿から、おどろおどろしい真の姿を現す。 このとき舞台セットは一瞬にして雷鳴が轟く風景に切り替わる。

正体を現した悪鬼と渡辺綱の死闘が演じられる。
悪鬼も妖術を駆使して渡辺綱に襲いかかる。

このとき、舞台セットは江戸期とは思えない発想で舞台設定が切り替わるように作られていて、 次々と切り替わるシーンに対応出来るようになっているのが凄い。

例えば、一例を挙げると悪鬼と渡辺綱の死闘シーンの終わり部分では...

死闘も終わりに近づくと館の背景が炎に変わり、館が炎上する。
それだけではなく、炎上した館はついに崩れ落ちる。

まず、館の背景が切り替わって館が炎上する(左図)訳だが、これだけでは終わらない。 右図を見るとわかるけれど、館の壁が中央から折れ曲がり前方に飛び出しているのがおわかり頂けるだろうか?

この後、炎上した館はそのまま燃え尽きて崩れ落ちるのである。(下図、渡辺綱の足下に崩れ落ちた館の屋根が見える。) 壁の部分で折れ曲がるように出来ているのは、この演出のためだ。 いや〜、ホント良くできてるわ。

ついに渡辺綱が悪鬼の右腕を切り落とす。
右腕を切り落とされた悪鬼は雷雲に乗って空の彼方へと逃げ去る。

正体を見破られた悪鬼は妖術を駆使して渡辺綱に襲いかかる。 しかし、真っ向勝負では渡辺綱にかなわず、 ついに右腕を切り落とされて雷雲の彼方に逃げ去るのであった。

渡辺綱の手には切り落とされた悪鬼の右腕が掲げられている。(右図) 雷鳴が轟き渡り、野外歌舞伎の山場シーンだね。

右腕を切り落とされた悪鬼は雷雲の彼方に逃げ去るわけだが、 このとき悪鬼役の方は舞台から徐々に中山へと移動し、 最後は中山がくるっと一回転して雲間に消え去る。 これも悪鬼がだんだん後方へ、かつ上へと移動しながら姿を消すことで、 雷雲の彼方へと逃げ去るシーンが上手く演出できているね。

☆真夏の炎天下、毎回舞台移動。   
と言うわけだが、この演舞が終わった後も2時間後には別の場所での公演が待っている。 若衆は直ちに舞台を分解し、台車に乗せて次の会場へと移動しなければならない。 先ほど書いたとおり組み立てには1時間弱かかる訳だから、分解と移動で1時間強しか猶予はない。 時間的にはギリギリの設定であり、かなり事前にちゃんと訓練をしていないと このような短い運用スケジュールでは運用できないと思う。

しかも、この夏場の炎天下に1日中朝から晩までの長丁場なのね。 歌舞伎を見学しているだけの我々でさえ熱中症対策にペットボトルが欠かせないのに、 地元の方々は休む暇無く移動、組み立て、演舞、分解の繰り返し。 本当にご苦労様だと思う。

ちなみに、当サイトは復路片道3時間の遠距離走行が控えているので明るい内に帰路についたが、 夜の部はまた別の幽玄さが楽しめるらしい。 山あげ祭会館ではコンピュータ操作の小型模型による祭の説明が楽しめるが、 これが結構良くできていて夜の部も機会があれば是非見学したいものだと模型を見ながら思った。

会所前で演舞された時の「戻り橋」
道路が微妙に傾斜しているので、脚立無しではこんな視野になってしまう。
背の低い人や写真を撮るのが目的の人は脚立は必須。

余談だけど、お祭りマニアのサイトに写真を撮る場合は脚立必須と書いてあったが、 これは実際その通りである。背の低い人はもちろんのこと、背の高い人でも 舞台セットをすべて視野に納めるためには\200を支払って有料席を確保するか、 当サイトのように最後尾から脚立に登るしかない。

山あげ会館前はまだ視界が良いが、会所前は会場の道路が微妙に傾斜している関係で 背の低い特に女性は後ろからだと歌舞伎が見えない。 こういう場合は脚立とまでは行かなくとも、高さ30cm程度の踏み台があるだけでも相当によく見える様になるだろうね。

ちなみに、当サイトが脚立を持っていったのは\200をケチったわけではなく、 有料席だと座席指定のため視野が一点に固定されてしまうため。 \200はこの手の有料席としては良心的な価格であるし、 写真を撮るのがメインの目的ではない場合はこちらがお勧めだ。 (ただし、会場によっては観光バスツアー客が団体予約している場合もありますけど。)

いつものごとく、現地で食事をして帰路には地元の酒屋で地酒を買って地域経済活性化に少しだけ貢献し、 旅行の基本である露天温泉を探しながらドライブを楽しむ事にした。 烏山付近で露天温泉に入ってしまうのは居眠り運転の元となる可能性があるので申し訳ないけど止めにして、 以前よかった筑波山の温泉を狙う。

前回は筑波山の西側山麓にある温泉だったので、 今回は山の東側を狙い、入ったのは「ゆりの郷」という アルカリ性単純泉。当サイトは温泉マニアという訳ではないので 露天風呂でありさえずれば泉質には特にこだわりはないが、 ここは源泉湯が約30℃なので微温湯好きの当サイトにピッタリなのだ。

で、到着したらポンプの故障で源泉湯が閉鎖。露天温泉は加温湯だってさ。 加温でもいいんだけど、関東の熱湯は苦手なんで露天温泉の湯温が気になる。 なんせ住んでいる寮の風呂は関東の熱湯相当の温度設定なんで、わざわざ加熱が切れる時間帯に風呂に入っている当サイトなのだ。1)

って、心配しながら入った露天風呂だが、湯温は大丈夫な範疇でホッとした。 露天温泉は丘の中腹にあって周囲の里山風景を見下ろす事が出来る。 あぁ、こういうのが露天の醍醐味だねぇ。ふぅ〜。

と言うわけで、祭りも予想通りのすばらしさで露天温泉も満足ぅ〜。 上出来な週末で仕事疲れを癒してきたのでした。



1)
個人的な感想ですけど、関東って風呂自身より風呂上がりを重視している気風なんですかねぇ。 当サイトにはあの湯温はほとんど魔女のバアさんの鍋でグツグツ煮られている雰囲気で、 正直に言うとお風呂が楽しめる温度とは到底思えないんですけど。

嗜好ってのは本人がベストと思っていれば他人が口を挟む問題ではないってのは了解しているとはいえ... リラックスするためにはいる風呂で心の準備と忍耐力が要求されるってのにどうしても納得がいかないのですが... 関東のお風呂ってなんであんなに熱いのかねぇ?