一般公開見聞録(高エネルギー加速器研究機構編)   

2007年4月28日



さて、世の中はゴールデンウイーク突入だが、皆様はGWをいかがお過ごしだろうか?  当サイトは帰省をする前にサイトを更新しておこうと思う。 実は4月中旬に長野県の高遠まで桜を見に行ってきたのでそのネタでもと思ったのだが、 前々回で桜花見の話を分離独立させたので話が被ってしまう事に気がついた。 で、短編として一般公開見聞ネタを少々。

4月は花見もそうだが一般公開も花盛りの季節である。 ここ千葉や隣県の茨城でも一般公開は多い。 特にここ筑波は国立研究所がずらりと並ぶ研究開発のメッカであり、企業の研究所も多い。 また、つくばEXの開通で首都圏からの利便性も格段に向上し、今注目のスポットだ。 その中でも、今回は高エネルギー加速器研究機構 (以下、KEKと略記)の一般公開に行ってきたので紹介してみたい。

当サイトは成田住まいなので、つくばまでは車で1時間半と言ったところ。 通常は国道408号を使う場合が多いのだが、KEKはつくばでも北の果てにあるので国道125号ルートで行くことにした。 阿見町では125号のバイパスがつくばの中心部まで延長されて、成田からだと北側に行く場合はこちらの方が都合が良いのだ。

一般公開は約1時間の見学ツアー方式になっているので、朝早めに第一陣バスでの参加。 実際これは正解で、加速器というとマニアックな世界で一般公開もガラガラかと思いきや、 第一陣バスでさえ「奥に詰めてくださ〜い。」とドア側の人から声がかかるほどの大盛況。 これがもう少し見学客が増える時間帯なら、あぶれる人が出るかもしれない。

最近は科学離れを憂う声があるが、さすが研究学園都市だけあって住民の知的水準も高いということだろうか?

見学施設はBファクトリーフォトンファクトリーの2カ所である。 Bファクトリーは純正な加速器としての用途で素粒子実験を行うのがメイン用途、 フォトンファクトリーは加速器の性質を生かした放射光施設で、 神戸にあるSpring-8と同種の施設である。

☆CP対称性の破れから宇宙の起源に迫るBファクトリー。   
バスは最初にBファクトリーの実験施設にたどり着いた。

Bファクトリーは長さ3kmもある巨大な地下トンネルの中に作られている。 元々は電子・陽電子衝突実験を行う加速器「トリスタン」のためのトンネルなのだが、 将来の事を考えて大きめにトンネルを掘っておいたのが幸いし、 Bファクトリーの加速器もそのまま納めることができたらしい。

施設本体は地下11mに納められている。その最大の理由は地下だと温度・湿度が年間を通して一定だからだそうだ。 加速器で加速させるビームはお互いに反対方向に回っているのだが、これを衝突させるためには ビームの光軸が少しでもずれたらアウト。もちろん電子工学的なフィードバックはかかっているのだが、 物理的に加速器が熱膨張・熱収縮するのを防ぐのが基本だという。

一番重要なビームの衝突部分にはBelleと呼ばれる測定器が置いてある。 単純に測定器と書いたが、これには合計でなんと10万チャンネル以上になる複合センサー群がつながっているそうで、 測定対象や測定目的毎に種類の違ったセンサーが組み合わさった複雑怪奇な最新鋭計測システムだ。

写真に写っている階段からサイズがわかると思うが、これが測定器と言われてもちょっと信じがたい感じもする。 なんせ、中小企業の町工場ならスッポリ収まってしまうくらいのサイズである。

Bファクトリーの心臓部・Belle測定器
巨大複合センサー群で構成されており、各種センサーで衝突による素粒子の挙動を漏らさずキャッチする。

おっと、ここでBファクトリーの目的を説明するのを忘れていた。 Bファクトリーの名はB中間子と反B中間子を工場のように量産して非常に数多くの衝突実験を繰り返すために、 B中間子の工場という意味でBファクトリーと名付けられたのだとか。

Bファクトリーは電子・陽電子衝突によってB中間子・反B中間子を作り出し、その崩壊過程を観測することで CP対称性の破れを観測する装置なのだそうで...と言っても当サイトのトリ頭では何のことだかさっぱり???

いや、当サイトも一応は化学系の技術者なので普通の一般人よりは少しは科学に通じているハズなのだが、 いやはやなんともお恥ずかしいことだが、さすがにここの解説は少々無理っぽい。

ちなみに、化学の世界では大学の必修科目では電子・陽子・中性子レベルまでしか習うことはないし、 選択科目で放射線化学を専攻すればもう少し進んで各種の核崩壊位は習うのでニュートリノや陽電子程度は習うが、 さすがに中間子は出てこないね。

解説を見るに、要するに「物質と反物質の性質はお互いが全く逆の性質を持つ訳では無く、ビミョーに性質が違う。」 という事を言いたいのだと思われるが、間違っていたらごめんなさい。 (電荷と空間を逆にすれば粒子と反粒子は同じ性質を示すハズだが、 B中間子と反B中間子ではこれが例外的に成り立たない事をBファクトリーで証明しようとしているらしい。) ちなみに、CP対称性のCPはチャージ(電荷)とパリティー(空間対称性)の頭文字から取っている。

この領域になると物理法則は完全に量子論の世界になるので、同じエネルギーの粒子を同じ方向から衝突させても、 発生する崩壊過程は毎回異なったものとなる。ただし、異なる崩壊も発生確率は量子論に従うので、 多くの崩壊を観測してその統計を取れば理論が正しいかどうか検証できるというわけだ。

で、肝心のCP対称性の破れだが、現段階では99.99%以上の確率で破れが証明できたのだそうだ。 (あくまで確率的な話なので、CP対称性が破れていなくても0.01%の確率で同様な崩壊過程が発生する可能性がある。) 現時点ではその確率を更に高めるべく日夜ビームの衝突実験が行われている段階だ。

見学当日も実はビームの衝突実験は行われているようで、下記の通り複合センサー群Belleのデータがリアルタイムでパネルに展示されていた。 写真だから動きがないが、実はこのパネルの表示は時々刻々変化している。 (右と左で表示が微妙に違うのがおわかり頂けるだろうか?) センサー群は1秒間に500回以上の崩壊過程をキャッチできるのだそうで、 その中から重要な崩壊過程をセレクトしているにも関わらず、そのデータは年間100TBにもなるのだそうだ。

Belle測定器の崩壊過程検出結果が時々刻々リアルタイム表示される。
たるさんを含む見学客はパネルを見ながら先生の講義を受けている最中。

この科学的成果なのだが、CP対称性の破れは素粒子の話に留まらず、宇宙の起源にさえ迫るものだそうだ。

従来の理論では粒子と反粒子は電荷とパリティーを入れ替えれば同一の性質を持つので、 宇宙が無からのビッグバンで生成したとすれば宇宙の中での粒子と反粒子の数は同じハズ。 つまり、従来説なら宇宙には我々が生きている通常粒子の世界と同量の反粒子の世界があるはずである。

これはSFなんかでよくネタになる世界で、反物質からなる世界と我々の物質の世界が出会えば、 対消滅により大爆発して互いに消滅してしまう。 しかし、このとき消え去ってしまう物質と反物質の量は等量なので、 初期の存在比率が1:1だと反応後でも宇宙の中でのお互いの存在比率は変わらない。 つまり、対消滅・対生成があろうと無かろうと、粒子と反粒子の数は絶対量が変わるだけで比率としては変わらないわけだ。

しかし、観測によれば宇宙の中では物質が反物質より圧倒的に優勢で、これは従来理論では説明不可能な観測結果らしい。 そして、このCP対称性の破れこそが観測結果を説明でき、宇宙を物質の世界たらしめた要因となるのだそうだ。

ちなみに、このCP対称性の破れを説明できる新理論を編み出したのは日本人研究者なんだそうで、 そのお名前をとって「小林・益川理論」と呼ばれている。 近藤効果で有名な近藤淳氏や、アハラノフ・ボーム効果を実験的に検証した外村彰氏とともに、 日本でもっともノーベル物理学賞に近い方々と見られているそうである。

☆たかが光源、されど光源のフォトンファクトリー。   
次にバスが走っていたのはフォトンファクトリーである。 フォトンファクトリーは一部施設がBファクトリーと兼用になっているため、 Bファクトリーのお隣に建物がある。 ただし、お隣とは言ってもなんせ外周3kmもの施設だから車でないと辛い。

Bファクトリーは先に述べた通り「B中間子の工場」という意味だが、 ではフォトンファクトリーはというと「フォトン(光子)の工場」という意味である。 素粒子実験施設なのに素粒子ではなく光のための施設とは...と一見思うのだが、 実はその光の発生システムに加速器が使われているのである。

左は放射光施設に電子ビームを送り込む線形加速器の建物。
右はBファクトリー沿いの道だが、加速器は地下にあるので地上に見えるのは冷却水の配管程度。

加速器は円形なので、それに沿った道路も曲がっているのがわかる。ちなみに正面の山は筑波山。

光を作り出すメカニズムは、電子が軌道を曲げるときに発生する放射光だ。 電子は強力な磁場で軌道を曲げられると、接線方向に光を発生する。 つまり、フォトンファクトリーは一言で言えば電球や蛍光灯と同じ単なる光源であり、本質的にはでっかい電球と思えばいい。

しかし、ただの光源ではない。 その強度はレントゲン撮影で使うX線の1億倍にもなるそうである。 また、光のコヒーレンシーも良好でレーザーに準ずる。 つまり、光源としての強度と品質が電球より格段に良好なんだね。

高輝度・高コヒーレンシーという用途では放射光以外にもレーザーという優秀な光源があるが、 レーザーは遷移状態間のエネルギーレベルで光の波長が決まってしまうという致命的な弱点があり、 光の波長を自由には選べない。これは分光測定などではかなり致命的な弱点であり、この点では放射光が断然優位。

またX線領域でのレーザーは今のところ研究開発段階であり、実用性のあるX線レーザーは現時点では無い。 放射光はその意味で研究開発の死命を制する力があり、「たかが光源、されど光源。」というわけなのである。

光の波長は極端紫外光からX線領域での使用がメインである。 見学用の通路から進行方向に向かって主に左側が極端紫外光の測定施設で、 右側がX線の測定施設となっている。

「夢の光源」放射光施設フォトンファクトリー(X線施設側)
こちらはX線測定施設が多い側である。X線の輝度が高いため厳重な遮蔽シールドで防護されている。

X線を使った測定装置は1台ではなく、蓄積リングの接線方向に何本ものビームラインが設置されており、 その先に目的毎に異なった各種の測定器が設置されている。 Bファクトリーが基本的にはCP対称性の破れを検証するという一つの明確な目的のために運用されているのに対し、 フォトンファクトリーは基本的に汎用で、あらゆる用途に向けていろいろな測定装置がつながっているわけだ。

当然、ユーザーの専門分野も多彩である。 物性科学、半導体工学、金属工学などは言うに及ばず、最近ではバイオ関連や薬学関連の研究も多いのだそうで、 また、企業との共同研究が多いのも特徴だ。産業分野への応用力が高く、純粋に人類の知的到達レベルを高める目的の Bファクトリーと組み合わされているのは科学と産業応用のバランスが良い使い方だと思う。

X線を使った測定器は写真の通り強力な遮蔽シールドで防護されている。 ちなみに、シールドにつながるパイプは加速器のリングではなく光を取り出すものなので、 この中にはX線が通って来るけれど蓄積リングの電子ビームは走ってはいない。 電子ビームの走るパイプは、写真に写っているパイプの根本部分にある。(この写真では視野外。)

「夢の光源」放射光施設フォトンファクトリー(極端紫外光施設側)
こちらは極端紫外光施設が多い側である。極端紫外光は空気を数cm進むだけで減衰するので防護施設は簡易だ。

廊下の反対側には極端紫外光を使った測定器が多数設置されている。 紫外線というと海水浴で日焼けするアレだが、日焼けの元となる紫外線は紫外線の中でもエネルギーの低い方である。 ここで使用する極端紫外光とは紫外線の中でもエネルギーが高く波長の短い紫外線である。

ここのラインはX線用のラインと比べると巨大な防護シールドが無い事が特徴だ。 極端紫外光は空気に触れると急激に減衰してしまうので空気中を進むことができない。 これは空から地上まで到達できる日焼けレベルの紫外線とは異なる性質で、 このため極端紫外光施設の心臓部はすべて真空ライン中にある。

極端紫外光はフォトンファクトリーの強力な紫外光をもってしても 空気中を数cm進むだけで人体に無害なレベルまで急激に減衰するのだそうで、 このためX線装置のような遮蔽シールドが必要ないのである。 また、この性質から極端紫外光は別名「真空紫外光」とも言われている。

それにしても、全くの専門外でチンプンカンプンだったBファクトリーに比べ、 こちらのフォトンファクトリーには当サイトのお仕事には馴染みのある測定器が多い。 仕事柄、説明員のお話もほぼ完全に理解できる範囲である。 もちろん放射光施設を使って行うようなハイレベルな仕事なんて自分ではやったことは無いが、 光源が放射光施設と違うというだけで基本的な測定原理が同じ機材がいくつかあるのである。

もっとも、大学時代に授業では習ったが実機は見るのも初めてという機材もいくつかあって、 これはこれで非常に勉強になった。(XAFSとか...)

放射光施設というと神戸にあるSpring-8が有名だが、 フォトンファクトリーとSpring-8では得意とする光の波長領域が違うのだそうだ。 さらに波長の短いX線領域ではSpring-8が断然優秀であるが、 極端紫外光はフォトンファクトリーも優秀。 ちなみに、さらに長波長側を得意とするUV-SORという施設もある。 (UV-SORは愛知県岡崎の分子研にある。)

また、Spring-8にはここフォトンファクトリーで開発された新技術が多数応用されているのだそうで、 Spring-8があれだけの成果を出せるのもフォトンファクトリーで培った技術力があればこそらしい。

放射光施設は「夢の光源」とも言われ、物性科学、バイオなどの領域では スパコンと並んで技術開発の帰趨を決する力があると言われている。 日本の放射光施設はレベルにおいても充実度においても世界で一二を争うレベルであり、 今後もその地位を維持すべく改良を重ねていく事になる。

国際競争力低下が叫ばれている日本であるが、底力はまだまだ十分ということだろうか。 見学に行ってちょっと嬉しくなった。