ワイルド・スワン

張 戎(チアン。ユン)
     講談社 土屋京子訳   上下各千八百円

 著者は今年四十才の中国の女性。九二年英国で出版。彼女の祖母と母と彼女自身の人生を生々しく綴ることによって中国の解放の問題点を激しく訴えている。時代で言うと千九百三十年代の清朝末期から天案門事件まで。 今まで全く知られていなかった中国の近・現代史、風俗がはっきりと見えてくる。というのは読み終わって数日してからの感想で、読んでいる途中は何という劇的で過酷な生活を中国の民衆が強いられているのだろうと驚きの連続だった。特に社会主義になって毛沢東の大躍進政策が始まってから文化大革命のすむまでは庶民の生活は聞くに絶えないと言う感じでの非人間的・希望の無い殺戮が延々と続いて本を投げ出したくなる中身である。
著者と家族と中国の公人は本名と写真入り。

これを読まずに中国や社会主義を語れるかと言う見栄を切ってもオーバーではないだろう。特に驚いたところを幾つか記しておこう。
千九百五七年頃からの大躍進政策の下で約三千万の人が餓死をしたというところ。当時の人口は七億強。農業工業は勿論、学校から役所までが仕事をなげうって道に落ちている鉄葛を拾って鍋で溶かして毛主席に報いることをあの広大な中国の全土で何年もやり続けた結果の惨禍である。餓死者の数は現政府の発表で、かなり少な目だそうである。(日本が大戦中に中国人を殺した数が約一千万人)
 千九百六十年代の半ば頃私は「人民中国」を読んでいたが「何々に学ぼう」と言うスローガンガ毎回大きく掲載されていた。労働者や農民の顔も明るく輝いて写真になっていたのを覚えている。この運動を通じて毛は神様になっていったのだ。
 そして文化大革命の始まりである。作者の父が高級役員として糾弾され気違いになっていく所は読むのが辛い。そして国家主席の劉少奇がアメリカのスパイとして何の国家機関の審査もなしに文革少組代表の周恩来の署名で処刑されていく。周恩来自身もわが身を守るために何の選択もできなかったのだろうか。彼は自分の姪の俳優が処刑されるのも黙認している。
とこんなわけでどのページも驚きの連続である。

 今まで社会主義とは何だったかと批判的に感じた人もいたが、スターリンについては述べていても誰も毛については書いていないのはどうしてだろう。スターリンが人民を殺した数より毛の方がはるかに多いのに。

 この書を読んで何を学ぶべきであろうか。
 地球上にまだ本当の社会主義が試されたことがないのだから、と言って今まで同様に反省も無しに社会主義実現を叫ぶべきだろうか。

 社会主義は資本主義の無駄を省いた「生産計画」と「人類解放に向けた権力機関」のあり方を標榜していた。しかしそのことが全て裏目にたどりついたのが既存の社会であった、ということをこの書が問いかけていると私は思う。
 現在の中国も、何の肩書き地位もない登小兵が全ての実権を握っている。日本で言う総理大臣でも国会議長でもすぐに左遷できる。これが下々の大衆になれば紙屑よりも軽く処理される。それを無駄の無い統治機構と言えるだろうか。
 生産も人権も広範な大衆自身が参加する膨大な努力と無駄の積み重ねが常に保証されるそんな社会が人間を人間らしくする社会ではないだろうか。