書籍紹介
 
「其の逝く処を知らず」
  阿片王・里見甫の生涯
  西木正明 著 集英社
   2001年7月初版 ¥2200円
 
  
「阿片王」
  満州の夜と霧
  佐野眞一著 新潮社
  2005年7月初版 ¥1800円
   

 日本が大陸侵略を始めた戦前のこと。
 ”満州帝国”(1932年建国宣言)という一つの国家を現地住民の総意無く建国するわけで、収入面で全く無謀の計画であった。 現地住民達は日本という国名さえ知らない状態で、当然税収入の道が確立しているわけではない。そこで日本の関東軍が目を付けたのが”阿片”と言う少量で高価な物質。
 其の売買で得る巨額な金銭で外国の地に国家を建設した。
 但し表向き日本という国家が”阿片”を取引できないので、その取引は民間組織を使った。その役を担ったのが”里見甫”(さとみはじめ)である。
 
 当時の中国で表向きは麻薬は禁止であったが、日本軍の旗があるところには販売されていたので、現地の人達は日本の国旗を「麻薬密売所」の印と考えていたようだ。
 麻薬吸飲者は清朝高官から一般庶民の低所得者にも広く浸透していたようで、その販売は中国人の裏組織が取り仕切っていた。里見は販売面ではその組織に任せ、阿片購入は三井物産や三菱商事を使い、管理は軍倉庫を使った。

 このことを本誌「阿片王」は、かすかな生き残りの人を頼りに探訪などで資料を作成してノンフィクションとして書き上げ、「其の逝くところを知らず」は極東裁判などの資料を基に小説風に書いたものである。

 そもそも阿片が中国大陸を侵すようになったのは、英国が東南アジアを侵略した18世紀頃からで、英国は中国に阿片を持ち込み、その利益で印度から香料を持ち帰った。
 清国と英国との阿片戦争(1840年)の頃には約1000万人が阿片に浸かった生活をしていたいう。
 
 里見甫は大陸に渡ったときは新聞記者としてスタート。日本が中国大陸を支配するに従い、関東軍が対外向けに報道機関を一つにしたとき設立した「満州報道通信社」の代表となる。やがて満州帝国高官の岸信介に頼まれて天津で阿片管理を始める。
 その頃は日本軍は北京にも傀儡政権を作り、その財政を支える必要もあった。
 さらに日本軍が大陸中央を支配するようになって南京にも傀儡政権を作った。(昭和13年)そこでその財政支援も里見の仕事となった。

 その規模は巨大で、上海に拠点を置きペルシャから阿片を購入している頃の取引利益は現在の日本円にして約30兆円を超える、と有ります。
 阿片販売の利益及び阿片そのものは、日本軍と敵の蒋介石政府と里見の企業が3等分したと言うことです。企業運営費の中には中国黒組織も含まれます。
 
 里見の私有財産は当然莫大になり、岸信介が昭和16年の国会選挙に出る費用など、多方面に提供しています。
 
 阿片吸飲者は体力が急速に衰え、廃人となっていき、しかし阿片無くしては一刻も我慢できない状態になります。

 小説「其の逝くところを知らず」の題名の意味は里見が戦後巣鴨収容所を開放されて、自分の死後のことを友と語ったときの話。
 三途の川を渡るとき地獄か天国かどちらへ行くことになるかを考えたとき、阿片を扱い大陸の中国人を廃人にしたことは地獄行を意味し、しかし大陸で軍から巨大な儲けを得たが、戦後自民党の黒幕となった児玉誉士夫などと対照的に里見は戦後自分の財産を残さなかったことで、その面では天国か、と死後の”逝くへ”が明確では無い、と言う話からです。
 
 以下は私の感想です。

 なかにし礼と言う戦後の歌謡曲作詞の世界を風靡した人が小説「赤い月」の中で、満州帝国の関東軍が麻薬で財政を支えたと言うことを小説の中で書いています。しかしその説明は極めて簡単でした。それに比べこの二つの書籍は、正に日本政府の行動そのものを資料を添えて明確に説明しています。
 里見の巣鴨での供述も多分今では見ることが出来るのでしょう。
 しかし日本人でこのことを知っているのは、当時の日本政府高官・或いは軍高官以外では稀少ではないかと思います。
 
 日本軍が大陸で犯した軍隊による大量殺人行為は50歳以上の人なら子供の頃親や兄弟から直接聞いて知っているでしょう。しかしこの阿片についてはほとんど語られていないのではないでしょうか。教科書に書かれているのでしょうか。
 今の自民党の阿部官房長官は岸伸介の孫ですね。麻薬のことをどう聞いたのでしょうか。