台湾:「非情都市」時代から現代へ

       台湾映画「非情都市」感想記

 「非情都市」は候孝賢監督が創った台湾の1947年頃の時代を描いた映画です。
 私が台湾へ行った頃にこの映画を知り、ずっと見たいと思いながら探すことが出来ないでいましたが、先日偶然にビデオショップで見つけました。
 小津安二郎監督の映画とよく似た手法で、あまり会話が無く、時々説明文が入るという進行でした。
 世界大戦終了後、日本が50年の統治を終えて引き上げ、代わりに中国の支配が始まり、大陸からは国民党軍が上陸してきます。そして2.28事件と言われる大量虐殺が始まるのを描いています。
 映画の初めは、引き上げる日本人が台湾の娘に世話になったと言って、着物を置いていくところがあり、やがて中国の統治に変わり、世相が混乱し、日本が残した物資を闇値で売ったり、大陸と麻薬で商売する人が登場したり、台湾人の仕事が次第に減って行き、「このままだときっと何かが起きる」情勢になります。それは台湾人から起こすべきだと主張する人達がいたのですが、動いたのは国民党軍でした。

 大陸から来た国民党は台湾人に対し「日本の教育を受けたやつは奴隷教育を受けたのだ」と台湾人を罵ります。それに対し台湾人は「大きなお世話だ。俺たちが好んで受けたわけではない。俺たち台湾人に相談もなく下関条約で日本に売り渡したのは誰だ」と言い返します。
 (日清戦争で中国は台湾を日本に割譲、それから50年日本統治となる)

 この映画は人物中心にその動きを描くと言うより、時代や風俗を表す絵はがきを並べていくような構成で動的なスリルがあるわけではありません。しかし当時の時代がどんなものだったのかが良くわかります。

 私が一番驚いたのは当時の台湾人の生活水準です。これは当時の(今から50年前の日本)と同じような生活、家屋の形、着ているもの、人々の態度です。
 これらの文化水準ははっきり言って大陸とはあまりにも違いがあります。もちろん中国大陸が圧倒的に低いのです。大陸では、現在でも家屋の中には家財道具が何もないと言う家が見受けられます。
 (この家屋の中に家財道具がほとんど無いというのは、社会主義政権の特徴でしょうか、計画経済の特徴と言うべきでしょうか、1993年のキューバでも同じ風景がありました)
 50年前の中国は大変な貧しい状態で新しい国造りがスタートしました。それからの50年近い中国の一般民衆の生活はほとんど改善されて居ないと言うことが、この映画と現在の中国からよく分かります。
 台湾も日本が統治する前は(今から100年前)大変な状態であったことはほぼ解っています。たとえば山地先住民が居ました。その中には首刈り族が居ました。平地の生活も熱病があり、人種や種族或いは趣味の違いなどで襲撃しあう、常に戦争状態だったと聞いています。
 その島全体を一つに統治したのが日本でした。教育も警察も税金も総て一つの法律で統治しました。これが台湾人にとって差別的なものを含んでいたとは思いますが。
 しかし日本の統治の50年で大陸とは比べべものにならないまとまりと文化の高揚を達成したのはこの映画ではっきりと解ります。
 それとこの映画にはやくざ風の人も登場しますが、しかし男女ともに対等に話しあっています。大陸はどうでしょうか。

 パールバックの「大地」と言う小説の中に、汽車に外国人が乗って来たり”お偉い人”が来たら、中国人はすぐに通路に座り込む、また常に下を向いている態度などが出てきます。この小説には革命でこの奴隷状態を変えたいと青年が言うところがありました。
 しかしその状態は中国の農民を考えると現在でもあまり進歩していないのではないでしょうか。
 これと比べ50年前に台湾人が頭を上げて話し合っているのを見て驚きました。

 台湾人にとって、この映画が描いた時期以降38年という地球上最長の戒厳時代が続き悲劇の歴史を経験します。
 しかし蒋介石とその子供蒋経国の戒厳令の軍事統治を得ながらも、しかしその間の経済発達は大陸よりは圧倒的に早かったようです。

 私は1996年に台湾の台東と言うところの山地先住民の家屋を見る機会がありました。また台南の山の家にも行きました。それらは日本と比べてやや貧しい感じがしましたが、一通りの家財があり、台湾独自の結婚式の綺麗な衣装の写真が飾られていました。共に、大陸の貧しさとは比べものにならないことが、今ではハッキリと分かります。
 
 最近の中国の新聞によると李登輝元総統を非難して「彼の父は日本警察に所属し、スパイの役割をしていたのではないか、李登輝自身は一時共産党に入りすぐ脱党している。その脱党が少し遅ければ、彼は国民党に殺されていたのだ」と言う記事がありました。
 その非難の意図するところは、台湾の住民が良い指導者に恵まれなかったと言いたいのでしょうか。
 李登輝は台湾人です。彼が蒋介石親子を受け継いで総統になり、民主化を大きく進め台湾経済を確実に発展させたのは誰が見てもハッキリしています。
 (現在台湾は大陸に比べ公定レートで4倍くらい上)

 このため現在台湾企業は安い人件費を求め大陸に大量の投資と工場移設をしています。
 
 つまり台湾人は大陸の社会主義政権が自分たちにとって得るものはなにも無いことを長い歴西の中でよく知っているのだと痛感しました。
 たとえば大躍進政策などで大陸で大量に餓死者が出ていたとき、大陸から逃げて行く人達が居て、香港経由でアメリカやカナダに行くのですが、一部台湾にも逃げた人がいるようです。そして大陸で何が起こっているか、少なくとも日本よりは情報が多かったと思います。
 私が95年に台湾で聞いたのは、”大陸で大量の餓死者がでた、その数は1千万人だ”、と言っていました。

 そのように大陸とは大きな文化的政治的隔たりを持った台湾ですが、しかし今回立法院という議会選挙で野党国民党が勝利したと伝えられています。(与党民進党も議席は増えた)
 では台湾人達は大陸との関係をどう思っているのでしょうか。

 04年12月25日の毎日新聞に台湾の「中国時報」論説委員の張慧英と言う女性が次のように述べています。

 ” 国際世論は選挙結果を見て、台湾市民が陳政権の独立路線に歯止めをかけ、両岸の戦火が薄れたと読む。それは間違ってはいないが、いささか単純化しすぎた分析だ。
 なぜなら台湾の人々にとって「台湾は主権を持つ独立国家であり中国に隷属しない」というのは共通認識だけではなく、命を懸け最後まで絶対に守るというものだからだ。”

 文化・生活水準が高いが故に大陸に大量投資をし、経済的に重心を移している台湾。独立を心の上で堅持しながら、しかし大陸の政権は武力で独立を阻止すると叫んでいるこの状況下、混乱を避けたい。この複雑な実体の中で、この張と言う人は台湾の将来が簡単ではないが、しかし失えない大切なものを明確に指摘しています。

 私が変だなと思うことがあります。それは現在民進党よりも李登輝元総統が一番熱心に独立運動をしていることです。
 そもそも台湾人が国民党軍にあれほどの虐殺をされながら、今でも国民党に投票するのか不思議です。国民党は職場や学校に細胞活動があり、集票活動を熱心にしています。しかし国民党が存続できるのは圧倒的な資産で殆どの大企業を握っているからです。
 李登輝の経歴からいえば、その国民党のこれまでの活動がいかに不正と収賄と暴力に支えられてきたかをほんの少し暴露すればよいのではないかと思います。
 私が97年に台湾を去るとき国民党議員が大量に暗殺されました。当時の新聞はその真相を書くことより、議員の不正経歴を詳しく掲載しました。当時の台湾で国民党の不正は日常茶飯事だったようです。
 
 だが、そうして国民党が急速に減少しても問題はそれでも解決しないでしょう。私が99年に中国のテレビで見たシーン、それは福建省の台湾に面した海岸にずらっと並んだ戦車の列です。そして新聞には台湾の解放は早い程良いという、マスコミの操作でした。社会主義国は他国侵略を「解放」と呼びます。

 一つの国民の将来を考えるとき、中国政権の考え方に一つの大きな特徴が有ることが分かります。それは社会主義政権になれば全ての矛盾の根本的解決が行われ、その社会は毎日が平和で誰もが安心して友好的に生きていけるという大きな前提を「欺瞞を承知で」掲げていることです。(現在欺瞞でないと主張する人は居ないでしょう)
 戦後北朝鮮へ帰った人達は「北の国は人類理想の国」と聞かされて帰国しました。その真相を知るのは帰国後直ぐだったでしょう。そのことは最近北から返った人達が証言しています。中国もまた同じ理論で国民を動員しようとしました。
 私は25年前ほどに北朝鮮の映画を見ました。そこでは花が咲き乱れ人々は楽しく暮らしている、と言うのが、最後の結末でした。
 中国は、台湾が中国に戻れば誰もが幸福に暮らせる、と言う言い方をします。
 この様な考え方は明らかに一種の「宗教」です。欺瞞に満ちています。

 例えばある国が理想的なものであったとしても、如何なる国家も、地球は動き環境が変化し、人々は日々成長しており、それに対応する一歩先を人類は常に必死になって探していくのが、生命有る者の社会の永遠の生きる姿でしょう。
 (人間自身も常に挑戦する姿勢が必要で、前向きな姿勢を怠った瞬間から脳細胞や身体全体の組織が死滅していきます)  
 今台湾の民進党は、少なくとも日本は勿論、中国の政権党よりは真面目で、国民のための進路を必死に追求しているのではないでしょうか。地球上の多くの国が中国の脅迫で台湾と貿易を取り止めています。しかし台湾は島国故、輸出でしか生き延びられないと言われています。もし独立するのなら、北京オリンピックまでに達成しないと、中国は世界の目を意識せず台湾攻撃をすると言われていて、李登輝や民進党の無理が生まれたようです。日本は同じ島国でありながら戦後大きく成長出来たのはやはりなんと言っても独立国家だったからでしょう。 
 台湾の生きる道は今後どうなるのでしょうか。場合によっては中国政権によって侵略・破壊されるということもありえるでしょう。そのような「非情」なことも歴史上には数多く起こっています。