十一月の大連 

☆「教室に暖房開始」

 十一月の半ばまで教室に暖房が入りません。外気が五度くらいなので、教室の位置によっては足下がとても冷たく辛抱しきれないこともあります。それで出来る限りその部屋は座布団を持参して日の当たる方の席をねらいます。十一月半ばになると大連市全体が一斉に暖房を開始します。暖房は石炭を焚く方式で、街角には石炭の集積場が所々見られます。そして空には薄黒い雲が一面に広がります。
 三月から互相互学をしてきた二十二才の男子学生がもうすぐアイルランドに留学します。そのお別れ会をしました。前期は二人の男子学生と互相をしてきましたがそのうち一人は八月にイギリスへ行きました。九月からは代わって女学生が加わり一緒に三人で勉強してきました。
 この女学性は日本語の進歩がとても早くて、男性を明らかに追い抜いてしまいました。
 多分その理由の何割かは男性がアイルランドに行くことになって英語の方に身を入れたからでしょう。
 女性は日本に行きたいと言っています。

 この二人の日本語の力は私の中国語のレベルより少し低いので私にとってとても好い相手になりました。こちらの方が少し上手ければ中国語を使った話題の時間が多くなっていっそう私に有利なのです。
 彼等は交代に中国の歴史や漢詩や社会の出来事などを説明してくれます。その中国語が私の耳を理解されることなくほとんど素通りしていきましたが、その言葉の流れの中から必死になって単語を掴もうとする努力が語学の練習にはとても大切な気がします。
 私は彼等に対し、簡単な彼等の教科書の中から、日本語文章の一部とそれを少しだけ変化させたものを多く話して、聞く力を増やす方法を採りました。

 まあ青年は誰も真面目で好感が持てるものですが、この二人は特に好青年でした。
 今年の九月の半ば頃のことです。中国が台湾を攻撃するかもしれないと教えてくれました。それから新聞を注意して見ていると、軍隊が台湾を目指して沿岸に勢揃いする姿が連日報道されました。
 そして解説記事では、「解放は速いほど利益が大きい」と主張しています。ついには十月一日の建国五十周年に間に合わせるべきだとの意見も載り、これはひょっとして実行するかもしれないと言う気になりました。多分ほとんどの中国人は戦争開始と思ったのではないでしょうか。しかし台湾で大地震が起こり、そのことはあり得なくなりました。
 (有る年輩の中国人は、それでも台湾攻撃があり得ると言います。その理由はWTOに加盟すると中国の農・工業が外国産業に圧倒されるからです。そこで台湾を攻撃すれば、西欧がWTO加入を延期させるだろうとの考えです。つまり中国政府の真意はWTO加盟延期に有ると言います)
 とにかく、外国人にこのような話をするのは、当人がかなり客観的に世界を見ているからできるのではないかと思います。

 互相の学生に、君が外国へ行っている間に、祖国で一大変革が起こったらどうするの、と聞いたら、これまでの中国の要人は皆外国にいるときにそのような経験をしたと答えました。
 その二人が何故外国へ行くのか、中国にいれば少なくとも年七パーセントほどの経済成長があり、彼等青年は企業の中で大きな役割を発揮出きるのに。これは何度も聞いてきた問題です。
 二人の答えは、中国では就職した企業が何年持つか誰も解らないからだという返事でした。
 その企業のトップは国家から任命されて、北京からやってきて、企業運営よりも招待付けになって夜は毎日高級料理店で食事をし、外国高級車を乗り回して、しかもそれは永遠に続くからと言う返事です。幹部が遊ぶ金は国営の企業のもので私たちのものだと言います。この辺の答えは、五年前の中国人にはできない答えでしょう。
 かなり公共の考えが生まれている気がします。年輩の方で市や国家や国営企業の予算に疑問や関心を持つ人はほとんど居ないのでは無いでしょうか。「公共の物は私たちの物」なんて言う考えを年輩の方が聞いたら卒倒するのでは無いでしょうか。
 ついでに、年末に大連だけで五万人の失業者が出るとの新聞記事が有り、五万人の人員削減後、その企業は人件費を減らして健全経営が出きるかと聞いてみると、全く経営態度は変わらないだろうとの返事でした。解雇を出す企業のほとんどが金属・鉄鋼関係です。

 この学生達は外国へ行って二年間語学の勉強をし、その後正式の大学に入学します。順調にいって二十八才に学業を終えることに成ります。
 女性の場合、数年前まではそんな年令になると近所の人達があの女性は身体に欠点があると噂をしあったものだそうです。でも今は大都会ではそんなこともなくなったと言います。
 私は欧米の学校と中国の学校との違いを少し説明しました。
 日本もそうですが欧米は大学だけの勉強も大事ですが、もっと広い社会的な問題や、文学やスポーツや男女交際や等々、青年ならではの問題を経験することがとても大事に思われていると言いました。
 彼等はこの話に真剣にうなずいていました。勿論テレビを見てある程度は知っていたのでしょう。

 中国では朝から寝る間際まで読書だけです。勿論授業の体育はあります。しかしクラブがありません。(もっと古い大学にはあるそうです)
 しかしその活動は恐ろしく制限されていますね。
 はじめここに来て学生達の勉強熱心さがすばらしいと思って居たのですが、ただ四年間それだけというのもなんだかむなしくなってきました。土曜・日曜も同じように図書室で教科書を読んでいます。
 学生が新聞を読まないと言うのは日本も同じでしょうか。

☆「海難事故」

 寮にいる学生にとって唯一のメディアである食堂のテレビニュースを見ないで、今問題になっている三百五十人が遭難した海難事故も知らない人が大勢居るとのことです。
 この事故は日本でも大きく報道されているのをインターネットで見ました。最近は室内に電話回線が来たので、インターネットで日本の新聞を見ています。
 
 この海難事故について、実は一ヵ月に二回発生しました。この航路は十月初めに私が一往復乗った航路です。
 事故の一回目は十一月半ば大連から煙台への夜間航路で、航海中火事が発生し船は沈没しました。でもこの時は救助船が来て乗客五百人ほどの内ほとんどの人が助かりました。死者は二名だけです。
 このときの事故を知っている人は中国人でもほとんどいません。というのは新聞に小さく載っただけです。これが日本の場合だと連日一面トップの大事故だと思いました。
 火事の原因は客の寝煙草だそうです。この時は海が静かで救助の方もやりやすかったのでしょう。

 そして二回目は十二月初めです。この時は大嵐の夜で波が非常に高く、船は出航したものの到着地点の煙台の堤防には接岸できずに引き返す途中で浅瀬に乗り上げて沈没しました。この二回目の事故は連日の新聞テレビで報道されました。この時は乗客五百人ほどの内ほとんどが救われなかったようです。
 汽船は日本から買ったものだというニュースも流されました。後で聞くと、船長は出航が危険と主張したそうですが、公司の責任者が強行出航を命令したそうです。でもこの責任の糾明は来年まで持ち越されて行くそうです。
 さて一回目の事故の後、新聞では次のような記事が報道されました。
 船に火事が発生し沈没していくのを、煙台側の小さな漁村で村の党書記が深夜これを発見し、村に残っていた党組織の古老達と連絡を取り合いこの党組織が中心になって救援活動に走ったので犠牲者が少なかったという記事です。これが美談として表彰されています。この救援記事の方が事故発生の記事より大きく報道されました。これは美談として。

 しかし美談の裏に責任を追及されるべき別の問題が何故論じられないかと言うことを痛感しました。このような大きな事故の場合、誰が発見しようと、救援に対して大きな力を発揮するべき公的な消防とか海上保安局とか海上救援組織が存在しないのでしょうか。この航路には大型汽船が夜間何便も往復しています。当然事故を想定した救援組織が存在して当たり前ではないでしょうか。何故小さな村の古老達の党組織が活躍したことが表彰されるほど光るのでしょうか。これでは助かったのは偶然のような気がします。
 
☆「猛烈な勉強」

 話は中国の学生の勉強熱心に戻ります。どの程度学業に専念するかはとても難しいところですが、日本の場合、スポーツをやると学業を忘れてスポーツだけというのも多く見られますね。
 でも自分に可能性があってその開発に挑戦というのは、青年時代には必要なのでしょう。
 中国ではオリンピックに出る人は小学生時代の最後の頃から決定されていて、その道の訓練を受けて行きます。高校や大学のスポーツ選手の中から優秀な人が選抜されるということはないそうです。
 この学校でもサッカーは、熱心に外国人と交流試合をやっています(私達のこと)。でもその中から秀でた選手がオリンピックやプロの選手に引き上げられるというのはあり得ないことだそうです。
 オリンピックの選手は一日二時間しか勉強しないそうです。これにも善し悪しがありますが。
 
 こんな話をして、私はアイルランドに行く互相にイギリスの映画「霧のロンドンブリッジ」の紹介をしました。戦争に行った夫を待つ若い妻が、お金に困って初めて霧深いロンドンブリッジに男を待って立っている姿、、。
 何でこんな話をしたかというと、まあどこに行っても人間の悲しみや喜びや臭いがあると言うことを知ってほしかったのですが。
 彼は十二月一日北京から飛行機に乗ります。
 
☆「もう一人の互相互学の学生」

 私には「互相」をしているもう一人の四年生の女学生が居ます。彼女は日本語がほとんど不便なく話せます。従ってこの学生との時間は日本語を話している時間が長くなります。
 この学生は半年後には日本へ行く予定です。 
 この互相の場合、丸三年間毎朝日本の短波放送を聞いたり、学校の近くにあるビデオ映画館で日本の流行のビデオを見たりしているので日本のことは好く知っています。マスコミに登場する人名などは私よりも知っていることがあります。
 私の授業で解らない中国語の部分をこの学生の日本語の説明で教えられ大変助かりました。
この学生の薦めで「東史郎日記」中国語版を買いました。東史郎従軍日記です。日本から大連に上陸し陸路上海に行き、途中現地の中国人を殺しながら、揚子江に沿って南京まで行き南京大虐殺に参加します。南京は最後の一部分ですが、その部分の日本軍による虐殺の描写の内、又その一部分が日本の裁判で争われています。
 中国人を爆薬ごと郵袋に詰めて池に放り込み爆殺するところです。命令した上官の実名が載っています。この部分の描写が間違っていると言うことで「東史郎」氏は最高裁で敗訴しました。

 東史郎氏は現在八二才だそうで、中国のテレビにも好く登場します。私のいる大学の中国人の校舎でもこの本は山と積まれて販売されていました。
 日本の裁判の報道をインターネットの日本の新聞で見ると、東氏が負けたことによってこの本全体が事実でないような印象を受けますが、勿論長い長い従軍記全体は全て事実でしょう。東氏自身戦争の時は(この日記の中では)皇国史観を肯定し、日本人のアジア人に対する優越観を持って参戦しています。
 
(以下は最近の新聞から)

☆「国家転覆煽動の首謀者を逮捕」十一月五 日(二十二ミリ角の特大文字)

 今年三六才無職の劉某、国家高等教育を受けた大連住民。
 数名の人間と秘密裏に連絡を取り、昨年十一月二八日集会を持ち、「中国民主党」を結成。その後頻繁に仲間と連絡を取り、外国記者と会談し政府への不満を発言。
 これは党の指導を受けない違法活動であり「国家転覆罪」である。よって昨日逮捕。

(このニュースは日本では四日前の朝日新聞に報道されたという人がいます)
 文字の大きさからしてブラックユーモア(悪ふざけ)と言う日本人もいます。どうも時代感覚がずれているような気もします。でも新聞の日付は千八百年ではなくて千九百年になっています。 

☆「不思議な赤子、引取り人命訴訟」
(十一月六日 一ページ全面記事)

 山東省の農村で赤子を農家に預けて母親が逃走。預けられた農家は直ぐに村に届けを済ます。受け付けた党の書記は違法な出産か、または赤子を買ってきたのではないかと疑って届け出た農家の劉を逮捕。白状させるために暴行を加え、更に青竹で殴打。これらは数人が目撃。将に死にそうになって釈放帰宅。これが昨年の十月七日。
 その後劉氏は精神異常となり病院への入退院を繰り返す生活。十月十七日、墓地で服毒自殺。劉氏は村では評判の高い優秀な教師であった。 
 家族が裁判に訴え、十一月二日結審。
 加害者の党書記宋は徒刑三年、賠償一万七千元。致死に対する罪は無し、精神障害に至らしめた罪も無し。これらは民事事件ではなくて村の政府も関係し、公的機関が賠償に応ずるべき事件ではないか。しかしこれも無し。すすり泣きながら記者に訴える家族哀れ。これは公正な裁判であろうか。記者署名 北客

☆「狂った賭博師の末路」
 十一月十日(一面記事)

 金奨培、五五才、党総書記。湖北省の三個の企業社長を兼務。
 貿易関係の仕事をする傍ら、香港に足繁く通い、博打に手を出すこと次第に頻繁になり、遂に一.四億元(約二十億円)をつぎ込む。
 当然これらの企業は倒産。
十一月四日武漢市人民裁判所で死刑確定。
全財産没収。
 香港で彼の賭博人生に関わった女性の名前も実名で登場。

☆「秘密党建設し国家転覆計画」
十一月十一日

 山東省斉南市で陳建国氏を逮捕。彼は三四才、某会社社員。九六年にも一度反革命煽動罪で逮捕。刑期三年。九八年九月釈放。今年七月秘密裏に「中国自由党」を建設。公有制、社会主義を否定。その悪行を達成するため香港で米国人と接触、経済援助の約束を取り付け、政府転覆活動を開始。海外で組織発展を目指したため、先日人民検察委が逮捕。

☆「海南省では全国最大規模の詐欺事件」
 十一月十九日(大文字の見出しのみ)

 海南省では七.八億米元(約八百億円)をだまし取った一団を逮捕。
 上海利江貿易公司社長粛洪琳、上海万源貿易公司社長林建新、三亜恒唱貿易会社社長陳躍亮、等。九十七年から今までに海南・関東・上海・天津にまたがった大規模な詐欺事件が発覚。
 
☆「日本の朝日新聞」十一月二九日から

 中国福建省の港湾都市アモイを舞台にした建国以来最大の密輸事件の捜査が大詰めを迎えている。中央指導部は民間企業と税関の癒着の背後に政府、党、軍、警察の高官を巻き込んだ深刻な腐敗構造があったと受け止め、大規模な特別調査グループを派遣、内部調査を急いでいる。捜査がどういう形で決着するかは、直々に指揮に当たる朱鎔基首相の、今後の政治的な威信を占う上でも重要だとの見方も出ている。朱首相は昨夏、南部の沿海各地を視察後、北京で異例の密輸取り締まり会議を招集。国民経済に重大な影響を与え、基幹産業にも打撃を与える石油、自動車、繊維原料などの組織的な密輸の摘発を指示した。これに呼応し、江沢民国家主席も人民解放軍傘下の企業に対してビジネス禁止令を発した。これは大規模な密輸の背後に軍系企業の存在が指摘されたためだった。以後、広東省湛江や汕頭で税関ぐるみの密輸が摘発されたが、規模や罪状がけた違いなのがアモイ事件。密輸の総額は四百億元(約五千億円)以上で、「建国後最大規模」(香港誌・亜洲週刊)とされる。
  
 以上です。学生の中に法科の人がいて聞いてみました。中国では一九八八年に刑事法が成立して、このような「裁判」が可能に成ったと言います。

 中国に来たとき最初は人民日報を少し見ました。でも全く、報道ではなく党の連絡だけなので、地元の大連日報に替えました。しかしこれも少し事件を扱っているだけなので九月からは互相の学生の薦めで「半島朝刊」に替えました。一面は党の宣伝が主ですが中身はかなり自主的な構成が見られます。
 それからTVを見た人の話ですが、農業の出来高報告書に対し「骨董無形」な、という文字を頭に着けた画面を写した処もあったそうです。これも党の指導で水増しされているのですが、ただ水増しが大きすぎるそうです。
 なおこの二週間ほど「法論功」のことがTVや新聞で毎日報道されています。中国政府はその活動を黙視しない、と言うきつい口調が続いています。日本のオーム真理教の画面が常に横に並んでいます。本校の中にも「法論功」に対する闘争宣言の字幕があります。
 しかし実体についてはなにも報道されないのでなにをしているのかさっぱり解りません。多分日本の報道では明らかでしょうね。