九月の大連

☆「新学期始まる」
 
 中国の滞在を延ばして、日本で約二ヵ月の夏休みの後又中国語の勉強にやってきました。
 校舎の周りを歩いていると、今回は顔見知りの人が何人かいます。勿論新しい顔ぶれの人も大勢います。四年制のコースの人は今月が新学期になります。

 今回は午後の選択科目には「中国画」を選びました。墨絵を中心に、時々カラーの絵の具を使うそうです。生徒の中には中国人に英語を教えているアメリカ人の先生もいます。生徒は全部で十人ほど。別の学校から専門の中国画の先生が来て教えてくれます。選択科目にはそのほかに文法、二弦楽器、などがあります。

☆「中国の学生達」

 次は本校の中国人学生について、担当をしている日本人の先生の話。

 「中国の学生は大体は真面目な人が多いです。しかも経済的には皆さんとても苦労をしながら学んでいます。
 有る学生に聞いたところ、月二百元で生活していると言います。日本円で三千円以下ですね。これは勿論学校に納める費用は含んでいないでしょう。食堂のラーメンが二.六元ですから一日三杯で月二百元を超えてしまいます。
 有る男子学生が食堂で食べているとき、ご飯一皿とおかず一皿で食べていました。これは勿論日本の学生ではとてもやっていけない食事ですね。日本(外国の)の学生は一食十元ほどですから日に三十元、月にして九百元ほど使っているのではないですか、食事だけで。その中国の学生に聞いてみると、来年は妹が看護学校を卒業するので、そうすれば親からの仕送りも少し増えるかもしれないと言っていました。
 彼は卒業後日本に行って技術関係の大学に一年生から学びたいと言っています。語学だけでは現在は社会に役立たないだろうとの意見です。日本の進んだ技術を持って自国に帰ると言うことですね。
 そして日本でアルバイトをしながら大学院まで行きたいとの意見でした。そうすると、ここを卒業したとき二十二才ですから、それから日本の大学四年、大学院二年を出ると最短で二十八才になっています。そうして帰国したいとのことです。まあ、しっかりした意見とは思いますが、これは大変なことですね。若いからやれるかもしれませんが。
 彼に私のおかずを一品回したら喜んで食べていました。
 まあ、とても日本に行けないと言う学生が多数ですが、それでも心ではなんとか行く方法がないかなと願っていますね。
 
 先日はクラスの学生のアンケートを見せてもらいました。
 テーマは”将来恋人を選ぶときどんな人を選びますか”と言うものです。
 一番から二十番まで項目があって、全員の意見を集計した物です。
 一番から三番までは、相手の性格・個性・優しさのような項目が上っていました。これは多分日本と同じではないでしょうか。
 その次が相手の外見、などが来ていて、下の方に収入や親との関係がありました。
二十番目の一番最後が相手の政治表現ですね。これは思想というものですか。日本ではどうなんでしょうか。
 文革の頃は夫婦でも親子でも告発しあったことを思えば、世の中が安定してきているといえるのではないでしょうか。
 
 相手に望まない項目では、陰口を言ったり割り込んだり他人の意見を無視したりと言う項目が上の方にありました。
 公衆の前で抱き合ったりするのも嫌われていましたね。 
 こういう調査は、中国では日本のような学生自治会のようなものがないので全校ではなくて、クラス単位で学生が調査したものですね。この程度のことは学校側も黙認するようになったのですね。
 
 それから学生達に何故日本語を学ぶかと聞いてみたら、日中友好のためと言うんです。これだけだとあまりにも決まり文句のようですね。では、それは具体的にどんなことかと聞いたら、お互いがよく理解し合うことだと言います。よく理解するとはどんなことか、その中身を聞いてみました。中にはお酒を飲み会うというのもありました。まあ、多くは人間的な付き合いを広めるというものでしょうね。そこで相互理解を広めるにはどうするかと聞いたら、多くの意見が”相手のいやなことを聞かない”と言う返事が返ってきました。
 これは日本が侵略したことにふれないと言うことでしょうかね。今はそういう時代だと思っているようですね」
 
以上について、他の日本人の先生の意見は少し変わっていました。その先生の話。

 「彼等は今でも教室では日本へ行く目的は日本の進んだ技術を学んで祖国に持ち帰り中国の発展に尽くしたいと、ほぼ全員が答えます。これは七・八年前の国家主義の頃と全く変わっていません。あの頃は男も女もほぼ同じ服装でした。この四・五年の間にかなり色彩も豊かになってきました。それでもその意識は現在でも国家主義がまだ色濃いと思えるのに、恋愛の相手に政治表現がどうでも好いというのは、彼等自身矛盾に気づいていないように思えますね。本当にこの数年激しい変化ですね」
 
 更に此処で中国語を学ぶ、別の日本の学生の意見を付け加えておきましょう。

 「現在六千人からいる大学でクラブが全く存在しないと言うのは日本では考えられないことです。体育系も文化系もクラブ活動がないことについて、外国人にはとても信じられません。これは中国の学生に聞くと、授業の進歩が速く、内容が多くて土・日曜日も勉強しなくては追いつけないと言っています。日本では授業よりクラブ活動や他の生活の方が熱心という人が多数派では無いでしょうか。朝早くから教科書を読み、夜も十時まで教科書を読む。そして直ぐに消灯。これが土・日曜日も変わらないと言うのは、他の国と比べるとかなり異常ともいえるのではないでしょうか。それとも我々が遊びすぎなのでしょうか。日本が貧しかった頃は如何でしたか」

☆「互相の小学二年生の女の子」

 私は互相互学を小学二年生の女の子としています。(中国では九月が学期初めで、九月に二年生になりました)
 私がピアノを教えて、代わりに彼女が私の中国語をテストします。
私が小学二年生の教科書の一部を読み、聞き取れれば、その子が「対」と言います。
 最近は一度でパスすることが多くなりました。はじめの頃はその「対」の返事が嬉しいものでした。
 彼女の教科書は勿論すべて漢字です。内容はクイズもあります。歌もあります。物語はレーニンが出てきます。人の家に遊びに行って、食器を割り、他の子供は黙っているとき、レーニンだけ正直に白状します。

 その家庭で聞いた話。
 小学二年生までは帰校時親が迎えに行きます。これは交通事情が悪いため交通事故が多いからです。
 もし両親が働いている時は近くの老人に頼みます。
 半年の学費は約二七〇元ほどです。これには参考書なども含まれています。平均月収の三分の一ほどです。
 九三年頃までの参考書は白黒でしたが、現在はカラーになっています。
 子供向けの雑誌もやはりその頃から発行されるようになりました。
 ある三十歳の中国人の学校の老師が、自分の高校までは雑誌類が無く、今の子供はテレビや雑誌が有って知識が豊富だと教えてくれたこともあります。
 各家庭に一人の子供に対し、両親と両親のそれぞれのお爺さんお婆さん計六人が子供の教育に懸命です。こうなると中国全体で激しい競争になります。
 午後街で遊んでいる子をほとんど見かけません。これは日本と同じように各種の塾へ行っているからです。
 そのためほとんどの子供は友達がいません。
 そんなこともあって、私が家族と一緒に外へ食事に行って別れるとき、子供が半泣きになって寂しがる様を見せることがあります。
 その子の友達も少ないからでしょう。日本では如何でしょうか。
 
 昨日の当地の新聞によると中国全体では文盲が十五パーセントになったと書いてあります。
 おそらくこれは世界でも珍しい高識字率でしょう。朝日新聞の中国特集では一九八七年に義務教育制度ができたと書いてあります。それからすごい勢いで学校教育に子供達が参加していることになります。それを可能にしたのは一人っ子政策と経済の発達でしょう。

 その子の話に戻って、私も中国の民謡歌集を買ってきて時々その家で弾きます。全四冊有ります。その中に本当に気に入った曲が何曲かできました。特に台湾の映画から選ばれたものは感動的な曲が多いですね。
 その家庭で最後に私が何曲か弾くと、その子供が「いい感じ」(好聴)と言ってくれます。勿論すべて知っている歌だそうです。
 実はその子との会話も有益ですが、練習が終わった後、その家で食事をごちそうになります。そのときは子供はテレビに夢中なのですが。
 話題が何であるかが解っていれば、大体理解できます。しかもその約一時間の聞きっぱなしが実に私の聴力を高めたのです。自分でもどんどん伸びるのが解りました。
 
 今お母さんは日本について紹介した雑誌を懸命に読んでいます。
 先日は中国の週刊誌に載った次の物語は本当ですかと聞かれました。
 日本の結婚式で、参加者に好い印象を与えるために、高級公務員や大金持ちを呼んできて挨拶をさせ、いかにも付き合う相手が豪華と思わせるのが日本人のやり方だという記事です。物語の男主人公は最初の恋人に親戚を紹介した段階で、自分の親戚が貧弱だという理由で交際を断られます。

 一応最近は日本でもこんなやり方があるのかと、寮の若い人達に確かめました。でも誰もそんなことは考えられないと言うことだったので、その通り相手に伝えました。

 それともう一つはもし家族が日本に移住した場合、中国人の子供は学校で虐められないだろうかと言う心配です。
 これは有りますね。都市か農村かで違うかも知れませんが、以前私の知っていた中国人の子が保育園で虐められた話を聞いたことがあったので、その通り伝えました。
 
☆「街角の物売り」

 街角で果物や野菜などを小母さんが小さな籠を抱えて立ち売りをしています。ところがその小母さん達が籠を抱えて全速力で走っていくのに時々出会います。いったい何が起こったのだろうと思っていると、後から公安の車が追いかけてきます。小母さんは車の入れない細い道を探して見えなくなります。
 これは実は無届けの商売なのです。税金を払わないことと食品の安全に問題があるとのことです。それにしても細かいところまで公安が警戒しているという感じがします。

☆「日本政府からの送りもの」

 ここで中国人に教えている日本の先生方は文部省から派遣されている人達が半分以上います。そこへ文部省からパソコンが一台送られてきました。操作の方法が解らないと言うので見に行きました。これを使って生徒の試験の結果を記録したり、出来れば問題集も作りたいとのことでした。ところが中身を見て驚きました。ものすごく古い形で、しかもハードディスクもメモリーも小さくて使い物になりません。文章を書くソフトが入っていません。私はソフトのcd・romを持っていたのでコピーしようかと思いましたが、とてもその余裕がありません。ゲームもできません。どうして海外で働く人にこんな不要品を送って来たのでしょうか。