黄金の5年間、その秘密

08/02/28 南方週末 偉黎兵

 1989年代末から中国の経済は発達を始め、特に過去の5年間は10%を超える成長を見せ、経済成長の数字は2倍を示し、物価上昇率も最高は24.1%となっている。
 この大きな成長は「黄金の5年間」と呼ばれているが、その成長要因は何処にあるのだろうか。

1990年代末、中国は経済が成長を始めたとは言え、停滞した地方も多く、社会矛盾も急速に拡大し、誰もその後の成長を信じられなかった。あれから5年後には経済成長を示す数字は2倍となり、経済総量は世界第6位から第3位に躍り出た。現在中国人の平均GDPは2500米ドルとなり、それは他国でも信じられない数字のようだ。
最近のアメリカの調査では、4割が経済の主役は中国になるだろうと予測している。自国アメリカが経済の主役と信じる人は33%と減少した。8年前には66%がアメリカが主役だと信じ、それは今後も動かないと信じていたのに。
 
この異常な経済成長は中国人自身誰も信じがたいものがあり、全く隔世の感があるだろう。
浙江省などの発達した地域では自家用車が道路にひしめく状態となっている。通勤時間帯には交通混雑は大変なものだ。中国西部の農村でも農民の収入が増大し、バイクが走り回っている。
 この5年間は比較的平穏に、しかし確実に経済成長が生まれた「黄金の5年間」と言える。

 5年前に鳥インフルエンザが現れたとき、温家宝総理は経済成長が7%生まれることを確約し、そのことは投資や貸し付けが拡大して翌年の春には現実となった。
 だがこの急速・長期の経済成長をもたらした要因が何処にあるのか恐らく誰も把握していないだろう。

 黄金の5年間の牽引力

最近幾つかの研究が報告されているが、中国主席経済学者の梁紅さんの報告ではその要因は「外需」に有るという。WHOに加盟直後から対外貿易が爆発的に発展し、07年の輸出入総額は02年の3.5倍だ。輸出はGDPの2.43%から8%に増大している。WHOに加盟後世界から中国へ投資と輸入が入ってきて、中国経済成長を押し上げたことは明確だ。
 その頃WHOの経済は泡沫と言われる混乱期で、利率は6.5%から一気に1.75%に下降していた。アメリカでは不動産業刺激のため低利子貸し付けが始まり、中国への輸出奨励が始まった年で、まさに中国経済にとってこの上ない好機到来だった。

勿論外需だけが爆発的経済拡大の主要因ではない。中国国内でも丁度その頃、企業・不動産・金融の各改革が始まった年であった。90年代末から中国の国営と集団企業の改革が一斉に始められていた。それは国内資本の集中で大きな変化をもたらしていた。不動産投資の自由化、銀行強化の改革、資本貸し付けの大型産業への集中などがそれらで、不動産業界の膨張的拡大が生まれ、投資や金融界の活発化が始まった。
 不動産業の発展は土地の高騰を生み、都市が拡大し、各地方政府が放出した国有資産がそれらの発達を促進し、資金需要を補足した。
 上海や杭州などの発達した地方が最初に土地の高騰で資本を生み出し、その方式が全国の工業都市建設に採用された。

 それらの発展方式が自動車の産業にも波及し、02年には300万台が生産され、07年には880万台に急拡大している。06年度の自動車産業の生産高は1.55兆元に達した。土地と自動車で07年度には4兆元に達している。それは中国全消費の中心部分となっている。これら経済膨張の推進力を作ってきた地方政府の土地投機と投資促進が相まって鉱山、冶金、器械、セメント、ガス、電力、石油、等の重化学工業の持続的拡張・投資を可能にしてきた。

 外国貿易だけに注目が集まった面もあったが、国内消費も03年には9.1%、07年には16.8%と膨張し、それが国民経済成長に大きく貢献している。
 
 03年には都市で働く農民臨時工が大幅に不足する状態となり、其れは農民の収入を押し上げた。中央政府はその頃になって農業税も廃止した。

 中央政府の財政も改善され、地方政府への補助支出は4000億元から1兆元へ拡大した。それは内陸や西部の破産に近い政府にとって大きな支援となり、地方公務員の収入を支え、それが地方の消費拡大に役立っている。
 つまり都市化の拡大と重工業の発展、消費との結びつき、これらが「黄金の5年間」の発達の秘密である。

 発達の影響

 最も目立った変化は上海から杭州・南京方面で生まれた。土地も労働力も電力も不足していた地方が現在は重化学工業地帯となり、独自の研究開発組織も持つようになっている。その周辺の地方では労働密集型の産業が採用され、工業化への道を模索している。
 四川、重慶、陜西省や東北の地方では90年代末には寂しい地方であったが、広州や上海などの発展を研究している。

 山西省、内モンゴルなどのエネルギー豊富な省では当然大きな経済成長をしているが、現在は電力と重化学の発展に力を注ごうとしている。これら地方の特色は無数の小企業が炭坑・ガス田を経営していることで、強大な国家或いは省企業に押しまくられつつある。

 だが事態は喜ばしいことばかりではない。農民達は異口同音に政府を賞賛しているようだが、2000年以降の都市では若者の就職が困難となり、土地の高騰を誰もが憤慨し、賃金の抑制を非難している。翌日の仕事がない事への不満は市民の夢を破壊し、「剥奪された感じ」を強烈に抱いている状況となった。

 より多くの人達が土地の高騰、教育機会を奪われ、医療費の高騰に煮えくりかえる状況となっている。これが中央政府に対し全国民の社会保障を求める大きな動きを醸しつつある。

 今、若者達は「不動産不買運動」を作ろうとインターネットで呼びかけている。だがそれらは地方政府と不動産業界の結束によって押さえ込まれ、土地の暴騰を見守るばかりだ。 そこで90年代には嫌がられていた公務員という職が理想に成りつつある。実際多くの若者が親のすねかじりで生きている様と成っている。

 07年の太湖の大量の青藻発生で人々は環境への影響を考えるようになった。90年代には既に山西省晋祠老泉が採炭により枯渇したのを受けて、環境との調和を考えるようになってきた。最近の全国至る所での汚染の爆発的蔓延での企業との衝突、土地強制追い出し政策による政府との衝突、これらが中国の主要な社会的衝突を形成している。

 中央政府は既に高度成長に限界があることを察知し、「科学発展観」を養成し、国民間の「調和」が必要だと訴え始めた。その評価方式で公務員の成績を査定するという。国家戦略に躍り出た「調和」だが、現在政府と資本との間で同盟が成り立っているが、それは局地的一時的な同盟で終わることが多く、平穏な社会が到来し全国民的な「調和」が生まれるかどうかは問題視されている。

 4割のアメリカ人が、中国が将来の世界経済を指導するかもと言う気持ちを持つようになったが、そのことは逆にアメリカ経済の後退、或いは混乱を暗示している。それと同時に中国では経済発展に伴って環境悪化が拡大することに警鐘している。

 注:農民の平均収入の伸びは財政収入とG   DPの伸びには遙かに及ばない。
  ここに上げた数字は国家統計局による

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 訳者注:
 上海から蘇州・南京・杭州などを結んだ地帯を「長三角」と呼んでいます。そこが中国経済の中心だと表現されていて、平均年収は2万元だそうです。8年前は月1000元弱でしたから、約2倍近い伸びのようです。

 この記事では農民達は政府の経済政策を賞賛していると書いています。彼等の人権待遇からすれば信じられない表現ですが。
 そこで最後の注でGDPとの比較が記されています。多分記者も気が退けたのでしょう。

 しかし中国全体が経済的に大きく発展しているのは事実です。都会にビルが林立し車社会に成りつつあるのも事実です。
 当然そのことが日本との経済的結びつきを増加します。日常に私達の周囲に中国商品が増大するでしょう。

この成長が国民の土地強制追い出しで生まれていることは、単に悲しいことだけでは無くて、出来つつある社会に「信用」が出来るかどうかに大きく関係しています。
 支配者にとっては「調和」が必要ですが、近隣の者にとっては「信用」が大切です。
 安心して中国産品を食べられ利用できるかは国民の待遇にあると思います。
 農民自身に農業組合を作らせ、農民の将来を自分で決定させることが信用と責任感の基本ではないでしょうか。
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 話は変わって「南方週末」のことですが、3毎週木曜日に発行されていますが、3/20日現在まだ「3/13日」の紙面が発行されていません。こんなことは初めてです。
 新聞が定期に出ないと言うことは何か異常が発生したのではないでしょうか。