貴州省書記が誘拐され
      2100万元の要求


07/05/10 南方週末 孟登科

 貴州省威寧の町は4月14日午後に起きた誘拐事件の噂が渦巻いている。

 記者がこの町のタクシー運転手に聞くと「恐ろしい事件ですね」という。
 ある幹部は「初めは単なる造り話と思っていました。しかし近頃テレビでの党報告が全く行われないので本当だと思うようになりました」と語ってくれた。
 4月13日に党の教育作風改革大会が開かれて、王炳栄書記が重要談話を発表した。その直後から書記の姿が消えたようだ。

 内情を知る幹部が教えてくれたところによると、その日の夜8時頃、書記が住んでいる宿舎の部屋で拘束されて身代金2100万元の要求が来たという。翌日の昼前に救出されたが棍棒で殴られた傷が重症で病院に送られている。
その病院に記者が行ってみると、病院は党から箝口令が敷かれていることを知らないようで、書記の頭の傷が酷く20数針を縫ったこと、しかしまだ血痕が出ており貴陽の大病院に転送された、と話してくれた。

 身代金の要求を受けた党幹部は、王書記が酒好きなので又酒の上の冗談だろうと思って聞き流したまま居たという。翌朝になって再び身代金催促の電話が入り、それで初めて公安が動いたという。
 犯人は全くの素人で、手間を掛けずに逮捕された。党は直ぐに箝口令を敷いた。
 党書記の誘拐など余り例がない、しかもその要求額が小さな町にとっては天文学的な数字であること。
 それで大事件だろうと推測したようだ。 

記者が党本部に行くと事務主任は「この事件は”単純”な誘拐で、犯人と王書記は面識がない」と、”単純な”を繰り返し強調した。
 だがこの説明を現地の人達は誰も信じない。
 このような小さな町で何故このような大金を要求したのか。金が目的なら他の大きな街の富豪を狙えばよい。犯人が党書記を狙うのは危険で困難極まりないはずだ。
 
 党書記は現地の人ではない。この町の改革に他の街から転勤してきて現在は仮住まいで、党の武装隊宿舎の2階に住んでいる。そこに行くには厳重な電子錠が掛かっている。入り口には終夜守衛が居る。如何にしてそこを通ったか、まだ謎のママだ。実際犯人は書記の部屋で夜を過ごしている。もし金銭を受けとったとき、如何にそこから出るのか、それを考えていたのだろうか。
 この小さな町の書記が2100万元という大金を直ぐに出せるはずがない、と言う疑問もある。等々、極めて基礎的な疑問が多い。

 地元政府と公安はこの事件を全く隠している。地元の人達は誰が犯人か、金額は幾らなのか、等に興味を集めているようだ。
 記者が調べてみると、犯人の名前は”呉勝利”という。38歳、湖北省大治市の人。現在当地で拘留されている。犯人の消息は湖北省の公安で確認されている。
 大治市公安の資料によると家族とも犯罪者は居ず、呉勝利が現地の書記を誘拐するなど想像も出来ない人柄のようだ。
 大治市の同じ住所に居る”呉勝利の伯父”の話でも、「彼は余り目立たない人だ」とのこと。
また隣家の叔母さんの話によると、彼は鉱山の貨物車の運転手だったが、1年前の工場合理化で賃金支払い停止処分となっている。
 11歳の男の子と、あまり帰宅しない妻がいる。
 工場の仲間達に聞いても、彼の影は薄く、最近は余り見掛けないという。
だが、彼を知る人達の感想は誰も「人柄が良く、事を起こす人ではない」と言う。
 犯行を起こした威寧の町で鉱山に投資して失敗したのでは、と言う憶測もあったが、そのような大金を持つはずがないと言うのが、知人達の一致した見方だった。記者は念のため鉱山登録を調べたが彼の名前はなかった。

 弊害の蓄積した町  

 記者が八方調べるうち解ってきたのは、この”威寧の町”が弊害の蓄積した町、中国有数の貧しい町と言うことだった。「誰かこの街に現れると必ず問題が発生する」と表現する古老が居る。
 この町は不法に設立された小鉱山が無数にあり、事故が常時頻繁に起こっている。
 06年に、「5.2炭坑内部の特大ガス爆発」が発生し、15人が死亡し中国全体の注目を集めた。 
 地元政府は事故直後に400を超す不法な小炭坑を閉鎖した。町長は責任を取って辞任。その直後の6.7に再びガス爆発が起こり5人が死亡している。

そうして、この町では簡単に不法鉱山を停止させられない事情が浮かんできた。小鉱山
といえど各鉱山から利益(月約4万元)の1割が市政府に届けられている。
 党と政府が鉱山営業に関わっているのが不法営業をのさばらしている主因だ。ある党幹部はその不法炭坑経営に参加している。
 これらの悪徳関連市政を改革するために転勤してきたのが誘拐された”王炳栄書記”だ。

5.2特大ガス爆発事故の鉱山の経営権を持っているのが町の公安局大隊長の”馬超”氏で、自分の負担は無く株の50%を持っている。
 前党書記だった王彦敏氏は不法経営の炭鉱から車両通行代を徴収していた。

 この町は鉱山資源が豊富で、地下浅くで簡単に採掘出来る。「ちょっと掘れば炭坑が出る」と言われている。一番盛んな頃では、数万の炭坑があった。
 党幹部は”懐への届け”が常時で、農民には仕事が回って来る、鉱山主は金が貯まる、と良いことずくめだった。

 ただし常時事故が発生していた。そこで国家安全局が動き出し、06年6月1日から監督を強めたのだ。そしてその年の4月に王炳栄書記が現地にやってきて、改革の”鉄腕”を振るいだした。

 不法鉱山を取り締まり、経営に参加している党幹部を辞めさせた。1年もしない内に王書記は誰もが恐れる”改革者”と称されるようになった。1年で廃止された小鉱山は2千を超えた。人々は「やり方が徹底しており、もう鉱山の再開は不可能」と称した。 

 こうして党幹部や地元政府の役人達の利益が”燃やし尽くされた”と言われるようになった。ある幹部がそっと教えてくれたところによると、「事故も多かったが利益も多かった。しかもそれは何十年と続いてきたことだ」と言って、「上層部は誰も心理的に穏やかではない」、と言う。

   王書記へ報復の噂

 こうして町中に「王書記へ報復」の噂が聞かれるようになったという。
 書記が誘拐されたことを知った人達は「きっと何処かの鉱山主が報復したんだ」と囁いているようだ。

 王書記が鉄腕を振るったのは不法鉱山だけではなかった。彼は政治そのものも整理を始めた。多からずの幹部が腐敗を暴かれ罪名をかぶった。 
この町の役人が多すぎるのもその蓄積した弊害の一つだ。国家では一人の正局長に一人の副局長と決めているのに、この町では6人ないし7人の副局長がいる。
 これに王書記長は鉈を振るった。そして「男53歳、女は50歳を超えれば幹部を降りる」原則を作った。
 ある50歳を過ぎつつある女性幹部は「こんな大胆なやり方はこの町の歴史上初めてです。この基準で降格される幹部は数百人はいるでしょう」と話してくれた。
 その女性幹部は、「この町には実は以前からこの規則が有りました、それが実行されなかっただけです。ある副局長は大変な身銭(賄賂)を切ってやっと地位を手に入れたところです。それが今更何でむざむざと手放されましょうか」と教えてくれた。


 また別の幹部が記者に教えてくれたところによると、「これまでの役所改革とは人事の調整の名の下で人を動かし、見返りに賄賂が幹部の手に入ることです。しかし今回の改革は全く賄賂を目的にしていません」ということだ。
 従って今度の改革を快く思っている高級幹部は絶無だろうという。
 「50歳を超えた幹部達は正に氷の上に立たされた状態です。強い反対意見が渦巻いています」とのことだ。

多くの幹部達の意見は「王書記は余所者で当地とは関係が薄いからこんな事が出来るのだ」と言い合っている。
ある会合で王書記に電話で直接批判され、「これでは生きてる心地がしない」と言う話などが出ているという。

  ある予言

 王書記が来たとき最初に「王書記は只では済まないだろう」と予言して有名になった人が居る。副町長の李来昌氏だ。彼は記者に「別にはっきりとした根拠はなかったが、まあ、事実が証明しているね」という。
 そして「犯人が捕まったし、これでもうこの地には揉め事はなくなるよ」と公言している。

 威寧町はチベット系イ族の自治区だ。近辺には20以上の少数民族が住んでいる。貴州省と雲南省との境、この辺りは昔から治安が悪い。近年大きな4件の捕り物がこの地であり中国では有名となっている。
 いっそ大規模の移住でもしない限り治安が良くならないのでは、と考える人が多いところだ。

 公安は記者の採訪を受け付けなかった。流言が流されるのが怖いという。
 記者は王書記が入院している病院へ採訪を願ってみたが書記の妻が「まだ病状が重くとても無理です」と断られた。
 現在この事件は検察院が調査中とのことだが、当分町の人達の話題の中心になり続けるだろう。
 
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訳者注:

私の翻訳に 02/07/26 「李昌平」というのがあります。彼は中国の農村が何故日本や韓国や台湾などと比べ何時までも発展しない遅れた生活かを分析し、農民が幹部を養う構造を指摘しています。
 新中国建国以降、年と共に管理する党と役人が増え続け、彼等を養う農民の出費のみが増え続けているのです。

 それともう一つの中国社会主義の欠陥は農民に自主組織を持たせないことです。
 この指摘はそれ以外にも幾つか出てきています。この記事の事件も結局その構造に行き着くのではないでしょうか。

 農民達を支配する党と官僚達が甘い汁を吸う収奪の国家構造が中国を支配しています。

 さらに具体的な問題は、農民に移動の自由を与えていないことで、弊害の積もった土地を改革する方法も脱出する方法も、知ることが出来ず、報道規制で他の世界ではどうなっているのかを知る方法も奪っていることです。

 鉱山資源が豊富な土地で何故町全体が貧しいのでしょうか。
 もし党幹部が素手で鉱山経営権の半分を手にしないなら、鉱山からでる利益を党と役人が貪るように私有しないなら、町全体が豊かになっていくのでは。

 ただし王書記のように、1党支配の独裁構造をそのままにして改革すると、この記事のように殺されます。
 私には理解できませんが、中国人がこの記事を読めば真犯人が解るような文章になっているのかも知れません。   

 社会主義の構造的欠陥を書いたこのような記事が良くも報道出来るようになりました。