三峡ダム希少植物保護園の行方


07/06/28 南方週末 曹均武



枯死した木の下の向氏




紫エンドウ



 約8000アールの面積に集められた176種、その数万株の貴重な希少植物。そこは「三峡ダム希少植物保護園」だ。
 3名の中国ではトップの植物学者が保存を呼びかけ、05年には総理の温家宝も保護の指示命令を出したが、07年6月で保存活動は停止した。

 最後まで残ったのは向秀発という、この企画の呼びかけ人とこれまで協力してきた44歳の男性一人(向氏の親戚)、この2人がついに現地を去った。
この5年間ダムの完成と共に埋没地帯の稀少植物保存の仕事を続けてきた。
 地球誕生以来数百万年を生き続けてきた稀少植物が完全に消滅する。植物学の見地からは極めて重要な保護園だ。

だがこの5年間の保存活動は全く悲惨なものだった。

 03年6月に三峡ダムは蓄水を始めた。人間と動物はその地帯から逃げることが出来た。しかし植物は逃げることも叫ぶことも出来ない。中には古代の氷河時代をここで生き延びた植物もある。
 中国国家1級稀少植物は8種有り、その内3種はここに生存する。2級植物は159種有りここには22種有る。3級は222種有りここに24種有る。それ以外に百年以上の生存を続けている樹木が多数有り「中国植物資源重要基地」と言われている。
 現在絶滅が心配される植物は300種有る。

1998年に李振宇と言う学者が国家林業局に保存建議書を提出した。
 この頃、この保存活動の中心になる”向秀発”さんは水産業の商人で、ダム建設と共に埋没する植物群を見ていた。彼はダムの近くに大きな池で養魚で商売をしていて、その収入は年間30万元に達した。たまたま北京に出向いたとき「中国科学院植物園」を見学した。
 そこで植物学者の李振宇に出会い、詳しい説明を受け、それ以来植物保存に没頭する人生を送ることになった。

 李氏が三峡ダムの稀少植物保存の話をしたが、規模が巨大で年間の必要経費が数千万元は要ると見られるその計画にはまだ乗り気ではなかった。
 
 だが帰宅以降の1週間、向氏は部屋に閉じ籠もり誰にも会わず考え続けた。
 「人生で一人の人間がこの世に何を残せるか」と言う見方で。

 ついに向氏は李学者に電話した。「三峡ダムの全ての植物を保存しましょう」と。

 中国科学院植物学者の客座教授、重慶薬用植物研究所の劉正宇教授、中国科学院植物研究員の金義欣氏の指導を得て、2000年より向氏は北京・上海・武漢・深浅・等の植物園を調査した。深浅の蘇鉄が黄色の花を咲かせているのを見たときには陶酔したという。
 周囲の友達は彼の姿を見て「ああ、ついに気が狂った」と言い合った。


 03年に保存場所は「万州五橋」と言うところに決まった。そこは保存に適した土地柄、温度などが備わっていた。
 02年8月、重慶市も植物園保存に参加を表明。国家林業局が313万元を提供した。 「重慶金園稀少植物有限公司」が保存活動の中心と決められ、その代表を向氏が担当した。
 03年にダムの蓄水が始まった。それに負けないように移菜が始まった。ヒマラヤから数千年前に飛散してきたと見られる植物もあった。 亜細亜大陸では三峡だけにしか見られない蓮系の植物もある。
崖柏というのは一時絶滅したと見られるものだ。
化石化したと見られる”へご”、高さ20メートル達するサルスベリ。世界最大の直径の古木。大きさでは世界で10種に入る巨木。それらが絶壁から、深い谷から移採された。 「今思い返せば蓄水の速度より私の仕事の方が早かったね」と向氏は得意げに語る。
 だが埋没した「江心島」では30回以上も捜索に行きながら目的の植物を発見出来なかった。

 02年、絶壁から巨木を採集しているとき向氏は墜落し肋骨を2本折り、また03年には蛇に噛まれ人差し指を無くし、等々で命拾いしたことが何度もある。崖から落ちて気絶して数日間谷で気を失ったこともある。その時小指は怪我で使えなくなった。
 何度も向氏について現地採訪をしたある新聞記者が「彼は本当に気が狂ったようだ」と記録している。

 02年末、中国科学院と国家林業局などが主催した「第5回全国生物多様性保護継続利用検討会」で、民間人で生物保護に卓抜した貢献者として、向氏が発言を指名されている。 こうして植物保護活動が山に差し掛かった丁度その時が実は活動が最後を迎えつつあるときだった。


 国家から出た313万元は植物園の基礎工事だけで底をついた。しかも国家の金銭はその使用目的が詳細に規定されていて、向氏自身の準備金から出費することが多くなった。
 費用はまるで流水のように留まるところを知らず出ていった。屋外作業、植物の移菜、作業員の賃金、等々。
 向氏は自分で経営していた養魚池を売りに出し、つぎに自宅や店舗も売りに出した。
 それまで協力してくれていた妻の呉石英さんは里帰りしてしまった。04年には夫婦の自宅が他人名義に変わった。

 04年6月国家環境保護局などから視察があり、植物の移菜は進んでいるがそれを囲う「園」の建設が遅れていることが指摘された。 それは工事の人間が2人しか居ないためだった。
 保護植物園は公道に面していないので移菜はまったく骨の折れる仕事だ。高さ20メートルを超す特殊な楓を運んだときは4日掛かった。

 05年4月国家植物学の専門家達が温家宝総理に、この仕事は国際的な価値があり人と自然との調和をつくりあげる重要課題でありこれまでの支援は少なすぎる、として国家の更なる支援を要請した。総理の支持が表明され、重慶市も協力を表明。重慶市は園への公道建設などを表明。
向氏はこれで全ては順調に進行すると期待して興奮した。しかし実際は何も動かなかった。

 07年6月現在、園に近づくには1時間ほど歩いて山を越えなければならない。全ての計画は「望まぬ赤子の出生」のような形でどこも動かなかった。

 向氏自身の財産は使い果たされ30万元以上の負債が残った。手入れが行き届かない園内では雑草が生い茂り脆弱な希少植物に絡みついている。  
もう何も工事は進まなくなっている。国家が投じた数百万元も無駄だったのだろうか。現地に残った職人は向氏に「貴方にはお金が残ったはずだ」等と疑っている。

06年重慶に大干ばつが発生、山から下りて買っている水の価格が暴騰した。向氏が自分の子どものように大切に育てている希少な樹木が枯れ出した。20メートルを超える高木もオウレンボクという落葉樹も枯れ出した。湿原地帯に生える植物は当然枯れ死状態になっている。
 向氏が林業部に泣きついたが「今はどこも水不足だ、当局も救助のしようがない」との回答だった。
 数千株の植物が枯死した。三峡ダムで200万年前の氷河期を生き延び、第3期、第4期という地球環境変化に耐えてきた希少植物たちが死滅していった。
向氏について採訪を続けてきた記者が書いている。
 国家機関・地方政府の機関、彼らが発した支援救援の声明は”天下の宝刀”のように人々は期待する。しかし実際は”神頼み”のように当てにはできない、と。

ある時調査に来た政府高官が園内から一塊りの石をポケットに入れて帰ろうとした。それに気づいた向氏は必死になってそれを取り返した。「命をかけて集めた石です」と主張して。
また別の高官が来て園の運営経費が必要なら養殖植物を販売したらどうかと助言したことがある。向氏は「売るつもりで集めた植物などここにはありません」と答えている。
重慶市が援助を現地の区に命じたところ、区の方は「そんな金がどこにあるか」と返答している。

6月7日に希少植物保護園から重慶市林業局宛てに文書が送られた。
「これまで政府よりの投資はほとんど到達せず、園の建設は途中のまま停止しています。希少植物の保護は崩壊状態に至りました。出来たらこの状態を認識し改善して頂きたい」

 2週間して重慶市林業局は区の担当者に書類を送った。
 「当局は原則として管理規程により区以外の要求を直接受け取ることは出来ない。このことを希少植物保護園に連絡されたし」と記されている。
このことを知って向氏は「ああ、植物保護は政府の仕事ではないんだ」と嘆いている。

 南方週末記者は区の林業局に採訪した。担当の呉鳴飛氏は「実際のところ当方としてはどの部門が担当すべきか判定できないでいる。それで区政府に対応策を決定して頂きたい旨上訴した」とのこと。

 07年になり現地では工事請負人達は賃金が出なくなったので次第に現場を去って行った。昨年の不払い分を向氏の親や兄弟に請求している人たちもいる。
 6月始め、向氏は各公共部門に手紙を送った。
「植物園は既に荒れ野に変わりました。泥棒や虫の予防、火事の予防など危険が一杯あります」

 重慶市の林業局員が調査に来た。その時の指示は「2台の消化器を提供する」だった。
 温家宝総理が支持援助を表明して始めて具体的に実現した「物」です、と向氏は言う。
「総理自ら視察に来ないと何も進まないでしょう」とも言っている。

 夏が来て相当の雨が降った。昨年枯死したはずの巨木のサルスベリが新しい芽を出しつつあるのが分かった。人生と命をかけて育ててきた植物は「本当に堅固だなあ」と彼は喜んでいる。


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 訳者注:
 この記事もいかにも社会主義らしい官僚主義の表れとなっています。
命令を下からは受けない。組織系統を守らないと受けない。社会に、人の世に何が必要かで判断せず、自分の立場維持だけで行動する、その典型が描かれています。余りにも時代遅れの社会です。

 それにしても地球環境から考えて大変惜しいことです。全ての生命体は相互に依存し、関係を持って生きています。人間の要求だけで絶滅させて良いのでしょうか。中国政府は1つの国家としての責任を果たせないのでしょうか。
崖柏
蓮ワラビ