「ギネス」に何を望む

南方週末 07/08/23 呂明合




    琴の大演奏会


  このままで行くと10年後には中国はギネス登録の半分を占めるのではないか

 56年前アイルランドのシュウ・ピエールと言う人が考え出した記録簿「ギネス」。その登録目指して今中国は全土で”万人運動”が繰り広げられている。

 07年8月8日早朝、遼寧省胡芦島海岸で2348名の琴奏者がギネス登録目指した演奏会が開かれた。指揮者は王天一さん。その模様を現地の新聞報道は「一服の美しい絵図」と表現している。
 そして在中のギネス認証官の吾博士から確認書を受けた。
 当日の模様を伝えた新華社によると、演奏者は学生中心で炎天下四時間の練習が強行され、疲労のあまり琴の上に倒れる子供の写真が載っている。
 参加者の中には5歳の子供もいたが、家族と共に前日から宿泊して参加。
 現地周辺では全ての旅館は満席。1泊240元に暴騰。提供されるタオルは真っ黒、トイレの紙は無く汚いことこの上もない。
 演奏会への参加費は280元必要で、参加賞としてTシャツが提供されただけ。
 演奏用の琴は前日に海岸に設置することを主催者から要求されたが、夜には雨が振り出し、1台数万元もする琴を守るためにビニールで包んで保護。
 当日の朝、開演は9時だが実際の練習は6時半から開始、参加者のうち成人は600人、他は全て子供、最年少は4歳。練習開始頃から雨は止み太陽が顔を出した。指揮者の王さんは子供達の熱意が天に通じた、と説明。その熱意が通じすぎて太陽の光は過激なくらいに照りつけ、勿論会場には蔭を作る屋根はない。会場近くにはトイレが無く、周辺の縄張りの外で見守る家族達は子供達に水を飲ませないようにするのが精一杯の配慮。
 子供の中には嘔吐をするのも出、家族が驚いて背中をさすり、なお練習を続けた。

 実際の合同演奏は6分間。この計画を立てたのは現地のある企業。

この2日後、浙江省で5590人の「万魚遊泳」の活動が行われ、これも大規模として「ギネス登録」が行われた。

 この他、寧波で12658人の参加者による「集団お見合い」が行われ、これもギネス登録。まだまだある。
中国中央テレビ主催の「手話大合唱」というのに4796人参加している。
 この1年間に中国でギネスに登録申請されたものは3ないし4百以上に達する。

 中国のギネス登記認定官の吾さんは8月15日に洪水災害の真っ最中の朝鮮の平壌に呼ばれ、10万人参加の「体操演技、アリラン」を認定している。

 03年に放送中止となった「中国テレビ・ギネス」と言う番組を担当していた人の話では、中国全土の全ての地方政府が、観光地宣伝を目的にこの番組に参加したいと言う強い要請があったと認めている。

 先述の胡芦島の集団琴演奏の計画者の王さんというのは、実は市の副秘書長である。 胡芦島の音楽関係団体、学校などの関係者によると市と党による要請で協力しており、会場にはそれらの中心人物が多数参加していた。
 胡芦島ではさらにオリンピック前に2008名の琴演奏家と2008名の太極拳参加者の大型慶祝活動を長城で計画している。

それら大型活動によって、市の目指すところは文化の向上、経済力の発展などだと言う。 このような大型企画の例示は枚挙すればきりがない。いずれも党あるいは市が先頭になってその権力を使って企業を巻き込んで実行している。

雲南の「千人舞踏」は市政府文化産業局が企画し、深セン市の「1万人集団歯磨き」は教育局と衛生局が企画しメーカーも参加した。。共にギネスに登録された。
 3月の重慶での「1万人鍋料理」は市政府が計画。さらに「千人の公衆トイレ」と言うのもある。それはたぶん「世界一臭い」催しと形容されるだろう。
 今やこれらの大型計画は、全中国市政府にとって成功させるかどうかが重大な「メンツ」となっている。
正月や国慶節などの祝日の挨拶には「世界一の・・・」と話すことが当たり前の常用句と成りつつある。

 これに対し中山大学の非物質文化遺産研究所副主任の宋さんは「民族文化の発展を目指したものではなく、政治支配の道具となっている。伝統文化が低俗化しつつある」と嘆いている。
 それらの大型計画の中に学生や若年者の姿が増えつつあることが、中国の文化水準が発展しつつあることの証拠として歓迎すべき面であろうか。
07年8月の1059人の「サックス合奏大会」の参加者は10歳から20歳までの高校、中・小学生であった。
 03年8月の海抜2600メートルの西寧での「琴演奏大会」の参加者は平均年齢11歳である。


これらの計画へ学校や教師から参加要請されると、学生もその父母も抵抗できない。

 インターネットのブログにはギネス登録数で中国に勝てる国は無いだろう、と記されている。10年後にはギネスの半分以上が中国での登録と変わっているだろう、と記されている。
 そこの記載例として「5000人の腕立て伏せ」、「1万人の焼き肉大会」などもある。

中国のギネス記録担当者の吾さんはこれらの傾向をイギリスの報道陣に対し「現在中国は経済発展していることの反映です。発達した国家に追いつこうとしているのです」と説明している。

中国上海のギネス事務所の話によると登記申請費用は個人2000元、団体1万元、企業3万元である。

 02年7月北京の小学校が「縄跳び大会」で申請しようとして3万元が出せず、賛助企業を探し出して実行にこぎ着けた例がある。

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   中国人は何故「大、全、多」が好きか

07/08/23 吾震光 南方週末

 中国ではギネスだけでなく、学校教育の時から「大、全、多」の文字が並ぶ。
 「中国の国土は世界一、人口も世界一」等々。そして中国人は大きくなって「人口は世界一だが生活水準は112番目(2006年)」と言うことを知るようになる。

 現在は至る所で身近に「・・・大型大会」の看板を見かける。それらが世界記録に登録されると宣伝されている。
一方でそれらの大会場の建設に如何に莫大な税金が投資されているかに目を向ける人はいない。立派な飛行場の建設の宣伝はあるがそこへやって来る外国人との生活の落差には誰も目を向けない。

 似たような現象に各都市では大高層建築、大型建築などが続出している。そこには規制とか企画制限というものはない。ある建築士が言っている。「高層建築、大型建築は空気汚染の密度を上げ、空気の対流が無くなり、災害時の救助は危険となるなどの諸問題がある」と。

 だがこれらは今の中国の一大潮流となって動き出している。
 文革の時もこれに似た現象があった。「人口は多いほど可能性大で、土地も多いほど多産だ」。 

 インターネットの上ではどの地方政府も「大型広場完成」「大劇場登場」などの宣伝文句が並ぶ。それは地方政府の誇示の手段となっている。そのことで公務員は出世の道を早める。人々は大型建築の出現を「政治成績塗り替え手段」と陰口を言っている。このまま行けばどんな政府が出現するのか。

 中国では「大・全・多」の文字氾濫の一方で「精巧」「先進技術」などのことが置き忘れられている。この30年間で電話機は極端に進化し小型化された。小型精巧の傾向を見失っていないか。

 中国の現在の傾向を「爆発心態」と称する学者が居る。大・全・多に目を奪われているその背景は精巧を作り出すことの出来ない自信のなさにあるという。

 以前放送された「大国の台頭」というのがあった。
 そこで登場した国々は「人海戦術」や「大規模・・」で国力をつけた国はなかった。
 かって地球の半分を支配した英国、あるいは東アジアに凌駕する日本はともにそのことを証明している。科学技術、教育、それらが強国の土台とされた。
 英国でのギネス挑戦の特徴は自我の極限の追求である。
 ここで中国も一度静かに反省し、現在の「大・全・多」の終局にもたらすものは何かを考えるべきではないか。

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 訳者注:
 文革時にも・・
 当時はマルクスが神様で、1人の労働の価値×人数が社会全体の富と考えられて、生めよ増やせよの政策がとられ、多産主婦には報奨金が出た。人口急増を警告した北京大学総長は「反マルクス主義者」として追放。その警告を聞いていれば現在の「一人っ子政策」は必要なかった。

 土地を拡大するために数十万人の学生を投入して山林を伐採したことが現在の砂漠拡大を生んだ。

 ”ギネス登録が地方幹部の政治成績向上になる”
 ここにはギネス登録の項目しか出ていませんが、住民を追い出す土地開発でGDPを上げることが中国ではこの10年の大潮流。