大繁盛の集団離婚


06/05/25 南方週末 曹鈞武

 
 結婚は本来は人生の重大問題の筈だ。西洋では牧師の前で「終生変わらぬ誓い」を立てる。中国では親戚友達の前で「子を育て老いるまで共に」生きることを誓う。
 このあり方は今後も永久に変わらないはずだった。

 重慶市郊外の”人和鎮”と言うところで1000組の夫婦が仮の離婚と仮の再婚を繰り返している。
 まるで一つの劇が演じられているようなように見えるが本人達は真剣そのものだ。

  2005年1795組の夫婦がこの劇を演じて婚姻届所にやってきた。
 この鎮の人口が2万人程度なので、この動きは正に「ギネス記録」ものだろう。

 そこに秘められた事情は開発のための強制立退と住宅問題だ。

 その再婚劇の時、年齢の差や容貌などは全く考慮されていない。

 05年12月鎮政府主任の60歳の女性、魏さんが数十年連れ添った夫と離婚届を済ませ、すぐに再婚した。再婚相手は20歳少しの大学生だ。
 その奇怪な行動に驚いた人達が、ことの真相を聞きにやってきた。

 魏さん曰く。「皆さん政策を研究していますか。結婚したら部屋一間をもらえるんですよ」
と言う。その政策が出たのは00年のことだ。 周辺は”土地開発”と指定され強制立退きが執行されることになった。その場合世帯ごとに一間の居宅を受け取ることになった。
 その条例によると、既婚者には一部屋、離婚した人にも一部屋を提供し、その部屋面積の価格に相当した費用を受け取る、と言う中身だ。但し鎮の戸籍が必要。
 
 これを解釈するに離婚後再婚すると、部屋が一つ増えることになるらしい。
 その1部屋の追加分面積を売ることで庶民にとって大金が舞い込むという。
 
 鎮で結婚している住人の立ち退き費用が21000元、ただし50歳を超えた男性、あるいは40歳を超えた女性は養老保険となる。

 鎮の住人、45歳の葉蘭さんは夫と3人の子供が居る。
彼女の場合立退き料が夫婦で42000元、住宅取り上げで30000元、農作業収穫物補償金が3000元、鎮の集団財産3000元、計78000元が入る。
 しかしその金を手にした後仕事が無くなる。そこで上記の離婚劇を調べた。
 離婚・再婚を繰り返して得られる部屋分相当土地面積を市場で売ると15万元にもなるのが解った。
 それは法律が出来たときと現在の急速な土地代上昇が原因している。
 このことを知ったとき既に結婚登記所は連日まるで市場のように人で終日混雑していた。
 
 05年末、連れ添った夫、郭強さんと先ず離婚届を済ませた。この行動に出るまで2人は毎日逡巡した。世間の動きを熟視した。

 知人達が教えてくれたところによると、鎮政府の幹部達は皆既に離婚しているという。いま再婚相手を必死に探している状態だという。90歳の村長夫人も離婚を済ませ再婚相手を探しているという。
 幹部のすることに間違いがないだろう、こう考えて葉さん夫婦は離婚を決意した。

 離婚届の場

 婚姻届所は毎日大騒ぎだ。一応離婚の原因を聞かれる。葉さんも友達に聞いておいた。
 「夫婦間の感情がもつれて破滅」これに尽きるとのことだった。

 婚姻届所は連日大満員で、70歳を超えた高年齢者で歩くのが不便な人も多い。そのような人達は孫などに手を引いて貰ったり、背中に負ぶって来る人もいる。もう周辺は大騒ぎとなる。
 ところが鎮は本来は小さな区域だ。受付の係は登さん一人が担当だ。それではとても受付に間に合わなくなった。
 そこで余所から2人の応援が来ている。でもそのようなことではまだまだ不充分のようだ。

 葉さんは早朝に来たが順番が来たのは午後だった。係の登さんに離婚の原因を聞かれ、「感情が不一致で破滅」と応え、葉さん夫婦は大笑いした。

 この時の様子を周辺の住人が「離婚の盛況は空前です」と表現している。

 上級の高新区の党委員会が実態調査に乗り出した。その結果、離婚を強制阻止は出来ないと言うことに落ち着いた。
 
その調査で解ったことの一つは、鎮住民の生活は、一人当たり2.1万元で3年程生きていける。上記強制立ち退きの法律は00年に発布されている。と言うことは、もう既に生活不能な住民もいると思われるとのことだ。

 葉さん夫婦が洋々として帰宅途中、友達の劉さんと出会った。「無事離婚してきましたよ」と葉さん。劉さんは話を聞いておめでとうと言って喜んでくれた。しかしその後は黙り込んでしまった。
 その理由を聞くと、劉さんの夫の戸籍は隣村でこの劇に加わることは出来ない。従って離再婚演劇で一儲けは出来ない、ということだ 
 葉さんは劉さんに「貴女、直ぐに夫の戸籍をこちらに移しなさい」と言って慰めたのだった。

 葉さんの離婚はスムーズに終わった。そして再婚手続きを考えているとき、鎮の党幹部がスピーカーを持って連絡に歩いた。
 「結婚と再婚で居室1個を受け取る手続きは12月23日をもって受付終了とします。現在考慮中の方は大至急完了してください」

 そして幹部の話によると、この大騒動劇で部屋の要求があまりにも多く出たので、それに見合った部屋が不足しているという。
 他方再婚相手を捜している人々にとってその相手を捜すのが大変な問題となった。全体が動いていて誰が独身か掴めず選択が困難になった。そこで考えられたのが”都市の解雇者”から選ぶことだった。
中国では国営企業の被解雇者は何処にでもいる。(但し未婚のこと)
 適当な候補者には賞金が賭けられた。その金額が最初は6千元だったのが直ぐに1万元を超えた。
 賞金を求めて候補者が大勢が名乗り出た。

 葉さん達も再婚を急いだ。だが葉さんは見も知らない人と届けを出すことに決心が付かないで居た。そこで先ず夫だけが届けを済まして先ず1部屋を確保することになった。
 夫の郭さんが解雇組の中の一人の女性と結婚の約束が出来た。再婚した後直ぐ離婚が成就すればその女性に1万元を渡すことを約束した。
 締め切りの前日、郭さんは解雇組の女性と婚姻届に行った。その日は特に行列が長かった。人々は金儲けの期待がありながら、しかし家庭事情は相当揉めているところがあるようだった。
 
 管理する地元政府の方も大変だった。副主任の徐さんの分析によると、12月のひと月前の11月、離婚率は人口の20%を超えていた。その勢いが今遙かに超えて急増している。多分既婚者の95%がこの離婚騒動に参加することになるだろうという。
 
 だが役所にとって恐ろしいのはこの劇を通して余所者が戸籍を取得し、住居取得の申請がさらに増えることだった。
 
 今人口の大部分が演じている大騒動は仮の離婚・再婚を通して住居所得による金儲けである。しかし必ずこのような騒動の後には争いが生まれるだろう。鎮全体が動揺し、中には反目も生まれ、その結果として”相互和解”のある社会として継続できるだろうか、そこが心配になり出した。社会的後遺症が残らないだろうか。
 もしそのような現象が出てくればそれは管理する政府側の問題となるだろう。

 登記所の登さんはこの忙しさを逃れる方法として隣にあるコピー屋を指定してそこで書類を全て完成してから登記に来るようにして、手続きを早めた。
 こうすれば離婚再婚の原因など対話することなく書類の手渡しだけでことが済む。一人10分で完成だ。1人で1日60人ぐらい出来るだろう。
 
郭さんが登記に来たとき隣の80歳になる李さんと一緒だった。李さんは体が弱く孫に背負われてやって来た。しかしその人混みで気が遠くなって倒れてしまった。何とか気が付いたときは「私は今どこに居るのかね、こんな大勢の人が何しに集まっているのかね」と孫に尋ねる始末。
 周囲の人達は始めかしこまっていたが一気に笑いが起こった。
 
 登記所から出てきた人達は鎮の人は右へ、余所者は左へと別れていく。お互いに結婚届をしたばかりで直ぐ別れる。相手の名前さえもう忘れた人が多い。

問題がその後発生

 地元政府は再婚登記で得た住居を市場価格で買い取るが、その値段は1平方メートル当たり1800元にする、と発表した。
 予想の3分の1以下程度になる。
既に10数万元で新しい住宅を購入している人もいる。
 この騒動に関係した人達が政府の役所に集まった。「我々を弄ぶのか」「上級政府はこの事を知っているのか」等と騒いだ。
 役員の一人は「世の中にそんな儲かる話があるはずがない」と説得する。
 そして「政府は住民の利益を考えて法律を作り制定している。そしてこの地域の発展を第一に考えている」と弁解した。
「政策の揚げ足を取って儲けるような話を政府が認めることは出来ない。条例の抜け道を探して一旗揚げるなんてけしからん」という警告の言葉もあった。

その後の鎮は大騒動になった。土地は”開発”のために強制的に取られた。そして住居を売って儲ける話が消えてしまった。
 
 葉さんはこれまでの生活を想い出す。栽培したキノコ類を都市に持っていけば100元程になった。周辺の人達は皆同じように野菜類の栽培と豚の飼育などで生活してきた。1996年には野菜類の基地として羨望されていた土地だ。
 今、葉さんは都会へ清掃関係の仕事で臨時工として出稼ぎに行っている。月300元になる。
 彼女の両親も一緒にやってきた。ニンニクの皮むきで1日10元程稼ぐ。
 彼女の場合は年齢により月に175元の養老保険金が入る。記者が重慶市の最低生活費を調べてみると月195元となっていて、この保険は違法のようではある。

 葉さんは死なない程度に生きていけると今考えている。

大体、鎮の女性達はそれぞれ仕事を見つけているようだ。その職種は時間単位の子守や清掃の仕事だ。
 だが40歳を超えた男性の場合仕事がない。それまでは畑に行けば何かが採れた。しかし今は男どもが道の真ん中に集まって雑談しているだけで、天を仰いでいる。

政府側も慌てた。そこで住民を集めてパソコン教室を開き、卒業後は「電子商店」を開くよう勧めた。
 そして普段農作業の農民達がやって来た。ところが彼等は字が読めない。「ここに何が有るのかね、さっぱり解らない」と言っている。
 
 葉さんが夫に電話してみると、仮の結婚届をした女性と一緒に住んでいるという。約束の1万元が出せず、その女性が出て行かないようだ。葉さんは「お金が出来るまでその人と居なさい」と言っておいた。

 ところが今年の春節(中国の正月)がやって来ると突然夫が消えた。仮の女性と共に。その行き先は深セン市でそこで仕事を探すということらしい。仮の女性も一緒で、1万元が出るまで離れないようだ。
葉さんにとって、これまでの春節は老人や孫と一緒に楽しいものだった。そんなことを想いうかべている彼女は昼間は笑顔が浮かんでいたが、夜更けて周囲が静かになると悲しくなって涙を出している。

 孤独になった例は鎮にはその他数多く見られる。畑が無くなり仕事が無くぶらぶらしているだけでいると夫婦の仲も淡泊になるようだ。

 その最悪な例として1つの殺人事件が起こった。
 仮の離婚届をした妻が本来の夫を棄てたことがあり、それを知った夫が刀で妻を斬り殺したのだ。その後その夫はビルの屋上から投身自殺した。
 現在、鎮の夫婦達はほとんどが実質は夫婦でも法律上は夫婦ではない。
 隣村出身の劉さん夫婦だけが法律上も正式の夫婦だ。それ以外の家族は何処の家も如何に現状を維持するか、不安と嫌疑の毎日が続いているようだ。

役所も黙視出来ず、元の夫婦に戻るよう再婚登記を援助することになった。だがまだその登記に行く人は少ない。

 段夫人は少し前に癌と診断されているので将来が長くないと考え、病床の場で再婚を家族に依頼した。その届け書類が来ると彼女は泣き出した。 近所の人達もそれを見て涙を流して喜んだ。
 (文中の名前は仮名)

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訳者注:
 訳していて私はこの記事が1000年程昔の話かと疑いました。喜歌劇の書き直しかとも思ったりしました。でもこれは今年の中国での実話です。
 日本人では信じられない人が多いでしょう。

 こんな悲劇(反面喜劇)が起こるのは、民主主義が全く発達していないからです。
 あまりにも政府が独裁だからです。法律上、政治上に反対意見が出ないことが前提になっています。本当に国民を馬鹿にしています。
 ここには書かれていませんが今年中には”人和鎮”は観光地帯として生まれ変わり、政府役人はGDPを上げたことで成績優秀として表彰され出世します。追い出された2万人が路頭に迷います。

 50数年続いた社会主義ではどんなことが起こるのか、必ず後生の良き参考となるでしょう。
 これほど国民を愚弄した話は恐らく人類史上も希ではないでしょうか。

 でも何故日本の新聞はこのような記事を紹介しないのでしょうか。