戸籍は生存時には得難く、
   死亡時には消し難い


06/08/17 南方週末 編集部

 先週の本紙「無戸籍赤子の死」の記事は多くの反論や興味を引いた。編集部は湖北省の一人の警官から次のような体験記を頂いた。

 私は1974年生まれで湖北省の警官です、名は呉幼明と言います。この波港村に来たのは今年の2月、ここで住民調査を担当する中で、”戸籍”について多くの難しい問題を知った。それは一言で言えば、「戸籍は新しく生まれた人は得にくく、死んだ人は消しにくい」という現実です。これは治安や多くの社会問題となっています。

 無戸籍者は大学受験が出来ず、軍隊に入れず、公務員になれず、家を買うことが出来ず、結婚や社会保険なども受ける権利がありません。無戸籍者は「黒人」と呼ばれています。

 06年6月の村の調査で当村の死者で戸籍を消していない人は49人、新生児で戸籍を届けていない人は34人居ることが解りました。只この数値は私がまだ不慣れなことや、村人が統計に非協力的なこともあって不正確な数字とも言えます。
 だがこの数字を見た幹部が何も言わないところを見ると、もっと上級者でないと解決できない問題のようです。
 中国には明確な戸籍法がまだ無いことがその根本としてあるようです。
 1958年に「中華人民共和国戸籍登記条例」が出来ています。その後50年経って社会は大きく変わりましたが法律は改正されていず時代遅れの感があります。
 例えば21条には「反革命分子」という項目が載っています。しかしこの言葉は歴史的な残物で、97年の人民共和国刑法にはこの「反革命罪」は削除されています。戸籍法が何故改善されないのか、その理由を私は知りません。

 家族が亡くなった場合、何故積極的にそれを登録しに行かないのか、その理由は次の2点にあるようです。
 1 登録に行くと20元程取られます。その手続きもだらだらと時間が掛かります。家族にとって戸籍に変動があっても別に差し障りがないので、出費を避けるためにそのままにする家がある。
 2.農民は普通家の中で死にます。警察は死亡届を出すとき医者の死亡証明を出せと言います。しかし普通農村では死者が出ても医者に診せないので死亡証明がありません。そこで登録に行きません。

 96年から98年に私が担当した農村では、年末に纏めて各家庭調査を行い、各家の死者数を登記しました。その時は8,9人が無登記で亡くなっていました。

 新生児誕生時の戸籍登記が何故少ないか

 新生児(2人目以降)を登記しないのも農村では普通です。2人目の場合、計画出産局から罰金を取られます。そのため登記を嫌がります。
 新生児誕生には両親の結婚証明や戸籍、医者の証明、計画出産外(2人目)かどうかの証明などが必要です。
 計画外かどうかを公安は厳重に調べます。公安の内部規定になっていますが、国家の成文法ではありません。
 70年代末から計画出産が義務づけられました。それは中国の人口抑制計画に大きく役立ってきたと言えるでしょう。当然それに反した家族には罰金を科すのは仕方のないことです。ただ両親に罰金を科すのは仕方ないですが、その生まれた子供が戸籍を貰えないのは当の新生児には責任のないことで理論的には矛盾しています。
 
 戸籍が実態と離れている問題

 戸籍の登記受付は厳密に行われているのに、同時にその登記が極めて適当な部分もある。例えば自分の出生日を「お釈迦」と同じにして「私は佛の生まれ変わりだ」と念じる人が居る。
 或いは商売に必要な名義の偽の届けを拵えて他県へ出かけた人が居た。
 殺人犯が偽の登記をして軍に勤務した例もある。法的処罰を避けるために公安に化けた人もいる。
 
 死者が出たことを知ってその戸籍を買い取って他県へ出かけている人もいる。
これらを見破ることは現在の公安では大変難しい。  

 06年7月の「黄石日報」では、ある若者が乱暴狼藉を働いた。しかし戸籍がないので実年齢が解らない。中国では年齢によって処罰が変わる。特に16歳とか18歳位は殺人や泥棒の刑罰が大きく変わる。そこで少年の骨格などを医学判定して17歳とし、10日の拘留と決定された。
 この医学判定には大きな出費が出た。公安の内部規定が自身の仕事を複雑にし浪費を生じさせている。
 18歳未満かどうかで死刑の適用が変わる。医学判定は正確ではないので、公平という面でも問題が起こる。

 中国の人口についても大問題の筈だ。最近の新聞によると60歳以上の老人は11%を占めて1.43億人だ。これはアジア全体の半分を占めると報道されている。  
 だが私の経験から推測すると、68万個の村に20人が死亡届を出していないなら、全国で1360万人以上が死んでいる筈だ。その殆どは老人のだろう。
 
 さらに新生児を届けないので中国には実際は若者が統計よりも遙かに多いはずだ。
 つまり中国の人口老齢化はまだ不充分な数字に依っていると言える。

 06年は中国の全国公安が人口の実数を掌握しようと決めた年だ。
 中国の誰もが公安の仕事を信頼出来るように戸籍登記が公平に解決されることを望む。
 呉幼明  06/08/13記す

********************

訳者注:
 無戸籍者を「黒人」というのは、黒が”無い”を示すことで理解出来るでしょう。日本とは文字の使用法が違います。

 「反革命」という項目が無くなったのは中国にとっては大変大きな進歩です。文明開化に相当します。
 建国後50年程はこの言葉に誰もがびくびくして生きてきました。誰もがこれを適用されたからです。毛沢東以外は。周恩来も江青にとっては「反革命」でした。「反革命」を社会から抹殺することで平和が来るという国家思想でした。

 1989年の天安門に集まった学生達も「反革命」でした。反革命は時の政府が決めます。反論する方法、機構がありません。数多くの貴重な人材を失ってきました。
 97年に削除されたと言うことは海外との交流が増えて民主主義的な装いを取らざるを得なくなったのでしょう。
 マスコミも含めた国民的議論の末削除しないで、時代遅れだから消すというのは理論的に間違っています。
 国家の基本思想だったのだから、何故それが”愚かしい行為”だったかを国民に説明すべきです。「反革命」で良民を死に追いやった党幹部が全国に無数に生きています。
 
 村では「家族が死んでも医者に見せない」のが普通という言葉が日本人にとっては信じられないでしょう。医者が来れば金がかかります。人の命の何と軽い国でしょうか。
 日本では明治以前でも最後は医者に診せたのではないでしょうか。

 この記事を投書した公安は、赤子が殺された悲劇を、親が殺さざるを得なくなった悲劇と中国社会の病理を殆ど感じていないようです。 

 このような中国で「公正」とか「公平」と言う言葉が空しく聞こえます。