痛みを感ずる神経


06/11/09 南方週末 宋志堅

 今「検察の周辺」と言う雑誌を読むと本当に驚く様な、心を寒くさせる記事が羅列されている。
 例えば「証券市場の体制問題」では、株式市場には既に1万元以上の欠損が出ている。
「賃金不払い問題」には、出稼ぎ農民に対して数千億元の不払いがある。
「為替に関して」では、中国の外貨貯蓄は6千億元以上に達している。
「環境汚染」では、中国人の3億人が生活用水で重大な汚染水を供給されている。
等々と続く。
 この筆者は「問題を発見する機構がないこと」、「メディアの監督機能が欠如していること」などで、総じて現在の社会には「痛みを感じる神経が欠陥していること」で、その回復を訴えている。

 私は上記に幾つかの問題を追加したい。
 中国の古代の詩に「春が来て揚子江の水が暖くなることを最初に鴨が知る」と言うのがある。
 これは一般庶民が生活の中で問題の発生を感じると言うことであろう。
 証券市場の問題は最初に投資して大損をした人達が感じたであろう。賃金不払いは汗水を流した農民達が身にしみているであろう。
 汚染された水の川岸に住む人達が先ず敏感に感じているだろう。
 どの問題も社会のそれぞれの場所で庶民が直接の痛みを感じている筈だ。
 普通の人間ならその痛みが末梢神経から中枢神経と伝わり、その対策の行動に移り、被害が拡大しないように対策を立てる。

 如何に対処するかについては、2つの言い方がある。一つは「指の一本が痛くても他の9本の指がある」と言う言い方だ。つまり少々の問題を先送りする考えだ。
 もう一つは、どの指が痛くてもそれは頭から離れず何とかしようとする考えで、それを陣痛と呼び「陣痛」は避けることが出来ない、と言うものだ。
 社会の発展や改革には避けがたい陣痛が伴い、そこにはいくらかの犠牲を伴うことが多い。
 ただ、痛みを感じる神経が有れば、問題を取り除こうとする「社会的機構や監督機構」などが存在し直ぐに公平な対策が取られるはずだ。
 ただ痛みの種類によっては利益の感じ方が異なると言う現象が起こり対策も違ってくる。
 湖南省で「李大倫」事件の調査後判明したのは、無謀な成金の背後にはそれを助けた官僚が居る、と言うことで、それは地元では誰一人知らない者はいないという事だ。同時に最近の巨大な官僚を巻き込んだ腐敗の影には必ず「不動産業者」が絡んでいる。
 彼等官僚が一般庶民を強制転居させるとき、多くの場合に庶民は「陣痛」で苦しんでいる。しかし官僚にとってそれは「陣痛」ではなく「快感」となっているのだ。

 官僚は庶民を追い出し不動産業者に利益をもたらした後高らかに叫ぶ。「職場を増大した、税収も増える、政治成績も上がる」と。
 官僚の神経が、人間として正常ならば感じるはずの「痛み」が判らず、ただ「快感」だけを感じる。

 そのような神経が社会の中心に蔓延っていれば如何なる「社会的機構や監督機構」等は何の役にも立たないであろう。
 痛みを感じ中枢に伝える神経系統が、今完全にその役割を失っていると言える。
 
 河南省の数名の出稼ぎ農民が6千元以上の不払い賃金を法院に訴えたとき、それがメディアに報道されて初めて党幹部が登場することとなった。
 党の対応が出た以上、今後は庶民の痛みが直ぐに中枢に伝わる良い環境に変化すると私は期待している。

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 訳注:
 次は「李大倫」でインターネットで検索した結果です。

 李大倫、56歳。
 湖南省、人口456万人のチェン洲市の党書記長。数多くの腐敗が露出して、06年6月9日解職。

 チェン洲は非鉄金属の産量が中国一。全市内には556の炭坑があり、その内政府の安全許可証を取っているのは21のみ。
 ここは昔から党幹部が炭坑とつるんで金儲けをしていることで有名。
 昨年全国の炭坑検査があり、賄賂を貰っている幹部多数が判明。上級幹部3名、中級幹部19人、この数字は全国最大。

 02年に大水害が発生、死者20人。温家宝副総理が現場に来て事後を指揮。一時518個の鉱山が停止命令。残されたのは30鉱山。その鉱山は幹部が一人22株(1株100万元)を貰っている。当然この腐敗と李大倫は大いに関係している。

 しかし李大倫は土地不動産関係からの暴利が多いと言われる。
 住民強制立ち退きで始まった工事では予算1.6億元の工事を2.3億元で発注。
  
 中央国務院から地元に補助として支給されている1畝当たり25元を農家に実際には9元しか払っていない。
 当地の面積は70万畝あり、計1120万元が消えている。

 李大倫の指揮で強制立ち退きの現場はその他幾つもある。

 03年12月29日、チェン州で党副書記が泥棒に殺される事件が起こった。その泥棒は直ぐに逮捕され即死刑となった。しかしこの事件から「全国住宅公営積立金」の使い込みが摘発されることになった。
 殺された副書記と同じ場所にいた住宅公営積立金の主任李氏を調査の結果、廈門で数千万元の公金を賭博で使い込んでいたことが発覚。この件も李大倫が絡んでいる可能性がある。

 同市党紀律委員会の曹錦春と共謀して炭坑経営で莫大な利益を得た。
 その事件は有る記者が暴露するとして50万元を曹に要求。しかしこの事件は逆に曹が告訴して記者が11年の刑罰と確定。

 市の街はずれに「幸福花園団地」を建設。1棟700元で国営・私営企業等に購入を強要。街の一等地の価格が500元だった。
 その販売を請け負った不動産会社の経営者の一人は李大倫の息子。その息子はカナダの留学帰りだ。
 その会社の販売事務所は党本部の中庭にある。
 有る個人運転手がそれを買って幹部に昇進。

 李大倫は性格が傲慢な人。議会で発言する時、原稿を書かせそれを棒読みする。ある時原稿の書き間違いがありそれを字面のまま読んで爆笑され、原稿を書いた人を解雇。

 彼の発言中あくびをした党書記をも解雇。
しかし翌日その解雇された書記が前日徹夜の仕事をしていたことが判って、その発言を撤回。
以下略_______

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 訳者注:

 私は約5年程中国の新聞を読んできて、その社会には上からの伝達があるが、下からの伝達が無い矛盾を痛感しています。
 人間の社会機構としては欠陥社会ではないでしょうか。
 一般庶民の痛み心が上に伝わらず、党幹部の”政治成績”を上げる方向で社会が動いています。
 李大倫の悪事も地元の人は全てご承知と書かれていますが、党以外の人は告発する手段がありません。

 そしてついにこの記事のような本来は痛烈な批判が、社会の根本欠陥を指摘している記事が、報道されるようになってきました。それは21世紀に入ってからです。

 でも、この記事の最後の部分は党に頼り過ぎていると言う感じがしますが、社会主義である以上国民の基本的権利がないので仕方ないのでしょう。
  
 ”訳注:”で調べた李大倫の記事は現在では簡単に検索出来るようです。このような社会問題が誰にも伝わることは、党にとっては恐らく恐怖に近い社会的・時代的変化ではないでしょうか。