中国女子サッカーの花形の
        生活は凄惨


06/10/12 南方週末 鞠靖




     04年10月4日アジア大会で孫雲転倒


 中国の女子サッカーの花形、”馬暁旭”の月収は1500元。これが公表されて国民は驚愕している。記者が調べてみると一般の選手の月収は100元である。

 訳注:都市サラリーマンの平均月収は約1000元。最低賃金は280元。100元では食事さえ出来ないので、食費などは別途支給されているのでしょう。

 女子サッカーの責任者”孫雲”の説によると、重量挙げで金メダルを獲った”雛春蘭”は退役後「浴場の按摩士」に就職しているという。多くの退役選手は就職さえ難しい状態らしい。 
このことは挙国体制で推し進めてきた運動競技を応援してきた国民にとって真の驚きでもあり、いっそのことそれらが遊技として考えればニュースにもならず人々が心配する必要もないのだが。

 馬暁旭の身長は1メートル72センチ。日本の「中田英寿」に似て髭さえ見える粗暴な顔立ち、女子選手とは一見しては分からない。
 彼女は今、もと所属していた「大連実徳クラブ」と、他のあるメディアから契約を申し込まれている。
 メディアを通して中国の女子サッカー部の実情を公開させようと言う意図があるようだ。
 彼女は今年18歳、今年になって彼女は中国サッカー団の救世主と考えられ、一月前の国際試合でも大きな役割を果たしている。
 どの試合でも彼女に立ち塞がる相手は地球上には居なかった。

 中国サッカー団が国際試合に登場したのは99年の対アメリカの試合からである。
そこでも国際大会では2位の地位を得て世界を驚かせた。両国の国家主席、中国の江沢民とアメリカのクリントンも激賞した。
その後も徐々に頭格を現し、今年のアジア大会で1位、世界青年杯で2位を獲得している。
 正に今や中国にとって花形である。

 そして国際大会が終わって彼女はマスコミの前で公言した。「私の月収が1500元というのは”自分自身にとって情けない”。月収3000元は欲しい」と言ったのだ。

 普通の人がこのように公言すればそれは笑い話で終わるだろう。しかし彼女の言葉はマスコミの人達を愕然とさせた。

 何しろ彼女は今”飛ぶ鳥を落とす勢い”だ。04年世界青年杯で2位、06年にはアジア杯とアジア青年杯で2つの金メダルを獲ったが、それらの試合の功労者となっているからだ。中国の以前の”サッカーの星”孫雲を凌ぐ選手と見られている。 
 
 中国の男子サッカーに比べ女子部は超絶級と見られている。その道の人に言わせると中国の女子団の7,8名は世界一流だとの事だ。 しかし男子部員の待遇と比べると雲泥の差がある。このような差別は誰も信じがたいものだろう。
 
 だが結局彼女は大連実徳クラブと契約を交わした。その中身については公表しないと誓約したようだ。大連クラブの総経理は「双方の秘密です」と言っている。

彼女を採用したいと発表していた中国女子サッカー協会の主任、張建強氏は「彼女の昨年の月収は500元です。今年は1500元、それだけでも他の女子選手に比べればかなり恵まれている。大連クラブとの契約は1500元でしょう。それは選手の中では最高額です」と言っている。
 確かに他の選手達は彼女の得た契約金を羨んでいるようだ。

 ロシア女子との試合で主力選手として活躍した岳敏選手は高校3年生で月収は200元。出身地の武漢の試合で彼女は唯一国際級の選手だが、その月収はやはり他の選手を抜きんでていた。指導者の説明では「他の人は100元だから、貴女は特別です」と言われたという。

女子サッカーは市場が無いのか

 女子サッカー団の国家的人気選手達の悲惨な収入は体育関係のほんの一例であろう。
10月6日、中国国内の最高水準の大会が浙江省で開かれ18チームが参加した。
 この試合の成績で国際大会出場選手が選出される。
 会場に設定された場所は何処も客足は全くない。入場券が売れ無いどころの話ではない。誰かに見に来て貰いたい程の寂しさであった。
 10月10日は近くの小学生が団体で見学に来たが、周囲は閑散たる様子。最終戦も両者チーム付属の応援楽団が応援席に居たがその他の姿は見えない。

国内大会がこの様子であるが、しかし国際大会もほぼ同じ様子だった。今年の5月、アジア杯が天津で開かれた。朝鮮チームとの熱戦が行われたが、入場料の売り上げは300元のみ。 それを見て9月の国内を南北に分けての対抗試合は入場料販売はせず招待のみとした。しかし見に来てくれた人の数は千人以下であった。
 これらの経験で女子サッカーの責任者達は経済的幻想は全く持てないと言っている。

 この六年間の投資、1800万元は無駄だったのか

 中国女子サッカー協会の主任、張建強氏は「各企業に賛助を申し込んでいるが、実情を知られて全く反応はない」とこぼしている。

 江蘇華泰女子サッカークラブの総経理の蔡氏は「女子サッカーは投資の対象にはなりません。入場券が売れない、テレビ放送がない、選手の人気を紹介する場がない、これなどの原因で経営としては成り立ちません」と言っている。

 ではこのような状態で、それでは誰がこの運動を創ろうと言い出したのか。
 長春華信女子クラブの所有者、朱海峰氏は毎年300万元を投資してきた一人だ。6年になる。
 10月10日の大会では”解放軍チーム”を1対0で破った。その時彼は選手達を一人一人抱きかかえて祝福した。夜には祝宴を開き各選手に8千元の報奨金を出している。
 彼は涙ぐんで記者に「私が出した報奨金を見た選手の一人は”このような大金を貰ったのは初めてなので直ぐに故郷に返り両親に差し上げたい”と言うのです」と語った。
  
彼は現在35歳で、93年にタクシー会社から出発して企業活動を始め、現在は長春の50大企業に数えられている。
 
 訳注:個人で企業設立が許可されたのが92年。(農業は82年)

 彼がサッカーに投資を始めたのは純粋なサッカー狂のため。
「学校では規則で勉強大事としてサッカーは体育でも練習させて貰えなかった」と言っている。彼は男子サッカー部も創設し、たまにはそこでボールを蹴っているようだ。かなり自信もあるようだ。

 この長春女子サッカー部員に聞くと、「普段は午前から練習、午後も練習、夜も練習」と言っている。
 彼が投資している年間300万元の中に球場使用料や宿舎などの費用は入っていない。
 宿舎は2人1部屋、ホテル並みの待遇をしている。
 「私が提供しているのは只単に”健康と喜び”の為です。他に如何なる利益もありません。他の人には理解出来ないでしょう」と語る。
 彼は球場を6周蹴って回る。或いは歩行機で1万メートル歩く。体重が以前は85キロだったのが現在は70キロに減ったと言って喜んでいる。

 このような個人の趣味でサッカーに投資している人は例外であろう。 
 
 今年の全国大会で、それまで上から3,4番を続けていた”江蘇華泰”チームが連敗を喫し、この番狂わせでチームの主要賛助企業「華泰証券」が来年もこのチームを経営するかどうかを決めかねている。
 この証券の蔡総経理は「嘆きの声を発したい」が選手達を責める気はないと言う。
 この公司が毎年出資している金額は300万元。しかし、本当の所有者は「江蘇省国家資産管理部」である。

中国の運動競技で女子サッカーの1位は金メダル4個の報奨金に等しい。2位で金メダル2個、3位で1個と計算されている。
陸上も1種目の優勝が金メダル1個分だ。その褒賞がサッカークラブ育成を励ましている。
 蔡氏によると、彼のチームは国内では上から5番目程度。選手達は年間1000元貰い、保険料などを払っても900元程の収入があると言う。
 「選手達は部屋代や食事代は出していません。貰った金は全て積み立てることが出来るでしょう。収入は大きくはないが確実に貯蓄出来るはずです」という。
 また「女子サッカーは中国の他の種目の選手達と比べると決して窮乏とは言えないでしょう」とも言う。

国際サッカー協会女子委員会執行委員の張建強氏は「中国政府が女子サッカーに傾注している精力は恐らく世界一でしょう」と力説する。
 彼によると「女子サッカー選手の待遇が公道に反した貧窮な待遇というのは見当はずれだ。女子バスケットや重量挙げなどから比べるとその待遇はかなり恵まれていると言える」と言う。

体育の意義

 中国政府が毎年女子サッカーに投資している予算は1千万元を超えている。ただ重点都市は少し恵まれているが、それ以外の都市はその恩恵をほとんど受け取ることが出来ない。
 上記張建強氏は「女子サッカー」は今後とも継続してその発展に投資することが必要だが、「何の目的か」を明確にする必要があるという。
 一般家庭で一人っ子の女子が居る場合、親はその子をサッカー選手にするであろうかと、疑問を呈する。

 例えばアメリカでは小学校からサッカーには人気があり一つの体育競技として公認されている。選手の層が100万人を超えているのではないか。
 中国とアメリカを単純に比較することは出来ない。その背景の文化・社会体制が違う。 アメリカは「趣味として楽しむ」が主だが中国は専業職として育てる方向だ。
 これは例えば江蘇華泰クラブの総経理も「中国では女の子にサッカーをさせようとする親は居ない。本人からの希望者など出てこない。これが決定的に違う」と言っている。
 
中国の最高選手が退団して就職する場は”浴場の按摩”で、一般の選手は就職さえ難しい。さらに言えば、結婚となると相手を見つけることはさらに困難でしょう、とも言う。

 今年8月、中国サッカ−界の最高選手孫雲選手は上海市がサッカー協会の副秘書として採用した。賃金は4000元。彼女はさらに地元スポーツ新聞の解説蘭なども請負い、収入面では満足している。
 
 彼女の今の気持ちには「顔立ちの良さ、金銭、文化」の3点が欠けていることを気にしている、と漏らしている。
 
 中国は、出来れば女子サッカー部員達に学問の機会を与えることが出来ればと、考慮中だ。彼女たちが大学に入れば、そこでクラブが出来る。選手達もそれに大きな期待をしている。

 02年、協会は大学対抗試合を計画した。幾つかの大学がそれに応じた。

 最大の期待は勿論オリンピックで、そこにこそ「国家を挙げて」という希望がある。それが恒常化すれば、選手達は”選手の指導者、管理委員、審判員”等の道が開ける。
 だがこれまでのところ、高飛び込みや競泳や体操などの種目に関してはまだそのような一連の繋がりはない。選手達は学問の機会もない。
 多くの選手の中から実に少数の人だけが国際級の注目選手として奮闘するということになっている。

 99年に世界杯で2位に到達したときの指導者、馬元安さんは「今のところ選手が大学に行くことは夢だ。出来れば学習が主で運動が従という形が望ましいのだが」と言っている。
 サッカー関係者の共通の願いは「体制の整備」にあると言っている。

 4月アメリカへ視察に行った蔡氏は「球場でサッカーをやっているのは8割以上が女子だ。その熱意は中国の100倍以上高い。男子はほとんどが野球やバスケットやラグビーをしたがっている。女子のサッカーは趣味としての位置づけと見た。そこには功利を求める、金銭や名誉欲などは見られない。中国では大学に入るため、良い生活のため、に集中している」と言う。
 さらに彼を驚かせたのは「女子の試合があると老若男女家族揃って応援に行く。試合を見ながら食事をしている。帰りには写真を撮っている。まるで楽しみに来ているようだ。中国では選手にとってどの試合も一生を左右する決定的な必死の場です」というところ。

 サッカーだけではない。中国政府は毎年体育界育成に巨費を投じている。だがその割に一般の子供達に運動の機会が増えているかどうかは別問題だ。国民体育の基礎としてはほとんど意味をなしていない。

 例えば南京市、この大都市でサッカーをしている少年を捜そうとしても先ず不可能だろう。
 南京市はそこで大会が開かれた直後競技場周辺に鉄柵を巡らし誰も入れないようにしている。

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 訳者注:
 日本やアメリカなどの資本主義国家は国民の生活を向上させて、その中から選手を拾い出します。
 勿論その実現の道は大変長いものかも知れません。

 中国の場合は国民の生活をそのままにして国際的に名を挙げることを第一にします。
 内陸では電気や水道さえまだ来ない状態で、選手を見いだす役員が地方を回り、飛び抜けて運動能力のありそうな子供を親の許可も得ず「名誉なことだから」と北京へ連れて行きます。
 その選ばれた子供が国家としての大きな投資と期待を受けてやがて”国際級大会”で表彰されることで「国家栄誉」を世界に宣伝し、国民の生活も上がったと見せかける方法を採っています。それは一見早道のようで、しかしここに記されているように、国民体育の基礎を向上させることには何の役にも立っていません。
 
 オリンピックの世界で圧倒的な数のメダルを取りながら、しかし生活の中でスポーツを楽しめる生活水準を上げることを、「国家」として置き去りにしています。後回しにしています。

 国家の名誉を第一にするために選手には個人としての人格が無視されています。卓球選手団では恋愛した人を除外しました(04年1月)。高飛び込みでは広告に出た人を除名しました(05年2月)
 
 私の知人でサッカー狂の人に聞いた話ですが、世界には中国以外にはまだプロの女子サッカーは無いそうです。アメリカも一度出来ましたが経済的に成功しなかったそうです。

 中国では「プロの可能性」さえ検討せず国家主導で創りました。北京オリンピックを狙っているのでしょう。
 しかしそれは国家の予算としては大きな負担で、当然国民の生活水準向上は後回しになるでしょう。
 中国人にとって「北京オリンピック」がそこで選手の一生を決定する残酷物語の場として行われようとしています。 
 
 この「個人よりも国家を尊重する」が社会主義の基本思想で、そこに社会主義崩壊の必然性があるのでしょう。
 建国時には「個人の幸せを求める反動は殺せ!」と言う言葉が氾濫していました。