出稼ぎ農民の妻達


05/05/05 南方週末  胡国慶

  記者は(旧)正月が済んで
から陜西省農村を回った。
これらの地方では農民の7割
が出稼ぎに出ている。家には
老人や子供、或いは妻らが残
されている。
 残された妻達は農業と家庭
と、その中には子供のしつけ、
老人の介護など、男子さえ苦痛
な重労働がその女手に背負わ
されている。 だが彼女たちの
不満はこれらによる重労働だけ
にではない。夫と離れている気
持ちの上の孤独である。

 記者が建国村のスエさんを
訪ねた。夫は深浅に出稼ぎに
行っている。
 村の誰もと同じように彼女
も大きくなって都会へ出かけた。
98年、23才になって村へ戻
り結婚した。翌年娘が誕生。
夫と会えるのは正月の数日
だけ。彼女は性格が内向的
で、ついに寂しさが重なって
精神異常となった。家具を
叩いたり人を叩いたりする。
その病気の治療に家にある
全ての財産を消費した。
 見かねた夫が2年間出稼ぎ
を止めた。その間は病気が
治まっていた。好転を知って
夫が出稼ぎに行くと又発病し
た。

 28才の牛玉翠さんは「私は
寡婦と同じです」という。結婚
して4年、2人の子供が出来た。

訳注:(農民の場合最初の子が女だと、2人まで出産が許される)

 出産の時は二度とも夫は帰宅しなかった。正月に帰ってきた時、親戚が訪問しあう。夫の友達も来る。すると夫は外へ酒を飲みに出かける。帰ってくるとすぐ寝てしまう。そこには夫婦生活はない。「都会の人達は出稼ぎに行っていても帰省休暇がある。そのための交通費も出る。私達農民の出稼ぎは臨時工だから帰省の交通費さえ出ず工面が苦しい。だから何処の嫁も夫婦生活がほとんど不可能でしょう。私は結婚して4年、夫と一緒に家にいたのは60日にも成りません。」と言う。

 この村の党幹部に聞くと、村政府には毎日のように出稼ぎの家を守る妻達が離婚の許可請求に来るという。その理由は、夫がほとんど帰省せず、お金が無くなり、子供も学校へ上がる年になった。だが女手一つでは遣りようがないと言うことだ。

 別の女性、仮名、は結婚したが夫が出稼ぎで寂しくて耐えられず、有るきっかけで四川省の若者と駆け落ちした。その若者も出稼ぎに行って家には一人となって3年、その若者とも別れて元の村に戻ってきた。以前の夫と再び一緒になったが、夫が考えて2人共に河南省へ出稼ぎに行くことになった。
  
 記者は都会へ出稼ぎに来ている人を訪ねた。東莞市のある玩具製造所。ここに陜西省から出稼ぎの女性が1661名居る。34才の曹さんに話を聞いた。
 曹さんはこの企業に第1番目に入社した。その働きがまじめと言うことで、女子寮の管理を任された。夫は別の地方へ出稼ぎに行っている。今は男の子一人と暮らしている。
 曹さんは勤めて長く、月収は2000元になる。そこで子供を小学校に入れることができた。その学費は彼女の収入の半分以上を占める。子供は寮に入っているので、小遣いにも別の出費が出る。子供を農村に戻せば学費などはずっと安くなる。だがやはり農村の学校は設備や先生など不満が多い。
 将来子供が農村ではなく都会で生活することを考えると、義務教育程度は受けておかないと生活そのものが苦しくなるだろう。
 「故郷のことを考えると誰も生活はとても困難です。正月だけ少し帰省して、そしてお金を貯めます。今私は預金が少ししかありませんが、でも先日思い切って子供のためにパソコンを買ってやりました」

会社は、彼女が他の出稼ぎの娘達と出来る限り接触を増やして、娘達の寂しさを和らげることを期待している、という。

 王尼(仮名)さん、彼女もここで働く。故郷の父が病気で倒れ3万元かかり、それで出稼ぎに出た。彼女は1日も学校には行っていないので、夫は彼女の就職の為に市内の某所で20元を出し卒業証明書を買った。そして入社した。

 4月15日、夫は再び別の服装会社が女子臨時職員新規募集しているのを知って、妻を面接に行かせ、試験を受けた。彼女は字が書けないが、たまたま、試験管が同じ故郷の顔なじみで、代筆をして貰って合格した。
 帰宅後、代筆の試験管、焼さん(仮名)を2度食事に招待した。夫婦は待遇が改善されることで手を取り合って喜んだ。
 
 記者はこのような多くの農村から来ている女性達の将来を想って心が痛んだ。これまでも、これからも、多くの困難が待っているだろう。都会へ出ている人も、農村で一人夫の帰りを待っている人も。






 
 
 
 

 
洋県金水村の楊さん。家族は全て出稼ぎ、4才の孫と暮らす
 洋県の柳さん。夫は出稼ぎ。女の子供2人と老人2人の世話をし、5畝の田畑も彼女の仕事だ。
 佛坪県西河村の蔡さん。夫は出稼ぎ、臨時工のわずかな実入りで暮らす.。14才の中学2年生の娘が、昨年白血病で有ることが解った。それまでも苦しいのに、さらに医療費は捻出できない。まだ病気のことを娘には言えず、ただ娘が日々衰えていくのを眺めるだけだ。この目でその命の最後を見届けてやることしかできない。