農村学校教育に
     政府が出資不可能か


05/03/10 南方週末  無署名

 温家宝総理は今年の人民大会の政治報告で、「農村義務教育に政府が出資する」との提案をし、会場は一時雑然とした。すぐに翌日の新聞は「07年に全国の農村において義務教育に政府が出資」との記事を載せた。それを見た人達は、「3年後から農民も学校教育を受けられる」と大喜びをする姿が見られた。
 だが記者が詳細を検討してみると、これは眉唾のものであると考えられる面がある。

 アジア開発銀行の報告によると、地球上190いくつかの国家があり、その内170以上が既に義務教育に対して政府が出資している。発達した国家以外でもすでにアジアの大部分の国では、GDPが中国の3分の1以下の国でさえ、ラオス・ カンボジア・バングラディッシュ・ネパール、等全て義務教育は無料である。これから見ると中国はもちろん無料の義務教育を実施する経済的能力を持っていることになる。

 報告の真意は何処に

 山東省出身の代議員、張志勇さんは「私が教育関係で仕事を始めて16年、この間いつも”来年には無料義務教育が始まる”と、聞かされ続けてきた」と語り周囲の人達は愕然と肩の力を落としている。
 
 1986年に中国では「義務教育基本法」が出来た。9年制の義務教育法が出来て20年が経つ。この20年はあっという間に過ぎ去った。だが農村の暗い谷間に光は当たらない。教育基本法には「6歳以上の子供は性別・民族の区別無く無料の義務教育を受ける」となっている。
 だが無料の教育は現在まだ実現されていない。温家宝総理がこれを実現すると報告して会場が沸いたのも当然である。
 その報告では「今年から重点地区で生徒の本代と雑費および宿舎代を援助する」と発言した。この政策が実行されれば07年には全国の農村で無料の義務教育が実現するはずだ。
  
 だが記者がこの報告を詳細に読んでみると、中身はこうなっている。「全国には貧困県が592有り、07年までにそこの貧しい生徒に学費免除を実施する」。

 全国人民大会代表、師範大学教授の周洪宇さんによると、目標は先ず、1に中国の592の貧困県の貧困生徒の援助、2に農村貧困生徒の援助、3に全農村、4に都市という順番で無料教育を実行する計画である、と言う意味である。
 592の貧困県の貧困生徒が救われるのはそれは目出度いことだが、だが全国の無料義務教育が実現するのは遙か先と言うことになる。

中央党学校の教授、王さんは「現在農村の学校に来ている子供達はその内7%が途中で退学している。これを3%以下に抑えることが重要だ。農村も小学校に行ける生徒が多くなっている。だが中学校となると大変だ。さらにその上に行くとなると家庭が崩壊する可能性さえ有る」という。
 この教授は又次のように言う。「現在農民の年平均収入は2000元。一人の子供を中学に遣るには一人800元要る。二人いれば1600元必要だ。もちろんこんなことは不可能だ」

現在学校の費用の負担は、地元農村が78%、市が9%負担、省が11%、国家が2%となっている。これは子馬が大型車を曳く姿である。

中国の就学の実態の数字は、南方の海岸近くの都市では高校まで行くのが普通となっているが、西部の農村では10%が小学校に行っていない。30%が中学校に行けない、これが実態だ。

”県や農村の地元政府は、教育に予算を回せないところが大半であろう。”

 これが中国の関係者が言い逃れてきた方便である。では無料義務教育を実現するとしたら費用は幾ら要るのか、教育発展研究センターの周さんはそれを計算してくれた。答えは600から1000億元である。アジア開発銀行の計算では210億元となっている。
 中国の国家予算は年2万億元でこれから見ると決して難しい相談ではない。
アジアの他国の経済力と比べても中国は遙かに実力があるはずだ。

 もし農民に無料教育の機会を与えれば、それは農民家族の支出の減少、或いは収入の増加を意味している。

 世界と比べてみると、平均で国家収入の5.25%を教育に出している。日本など発達した国家では5.5%だ。それに対し中国は現在2.3%。中国の今後の目標は4%となっている。
 この10年すこし、中国の経済は猛烈な勢いで上昇した。GDPの巨大化といえる増大は世界を驚かせている。それに連れて政府予算も大きく膨れている。だが、だが、ああ、教育予算は本当に貧しい。これは単に教育だけの問題であろうか。

 記者は精華大学の副主任の李木盾さんに聞いてみた。
記者:地球上の国家の順番を考えたとき、中国は個人的秀才を育てようとしているのか、それとも国民的水準を上げようとしているのか。

 李:日本は明治維新に、それは幕末の国内戦争があり国家としては経済的に大変困難な時代であった。その時日本は政府として教育に重点を置いて投資した。
 中国近辺の国家もこれに似たような政策を採っているのではないか。従って他国を参考に考えても、金銭が有るか無いかの問題ではないと思う。

 教育部の有る高官も記者の質問に対し「これは将に国家の姿勢の問題でしょう。これまで国家は道路や科学などに主要な投資を行ってきた。それは見返りがすぐ現れるからです。それに反し教育はその成果がすぐには現れないのです。
 これには中央政府の教育部にも問題があります。教育部は金銭の要求をすることを怖がってきた。現在中国政府財政部の懐は大きい。だがそこから幾ら出して貰うのか、欲しい考えはあっても口に出すのは難しい。
 しかし、03年に”農村教育”について建国以降初めて会議が開かれた。そして今回人民大会でも農村教育について報告がされた。これらは共に大きな新しい動きが起こっていると考えるべきでしょう」と言う。

 
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訳者注:
 1992年中国の留学生が私の家に遊びに来ました。私の母、当時90歳が新聞を読んでいるのを見てびっくりして言いました。
「ええ、日本ではこんな年寄りが新聞を読めるのですか?」

 彼の話によると1989年の天安門事件について、当時は放送も電話も新聞もない時代で、ほとんどの中国人があの事件を知らないでしょう、と言いました。「第一、新聞があっても誰も読めないよ」と。(放送はあったが政府が禁じた)
 
 私の母は明治38年生まれ。父は少し前。両親とも小学校を出ました。でも母が新聞を読んだのは戦争が終わって、その後もずっと後です。60歳くらいになって初めて。夫が死に、6人の子供が全部育って家から出て行った後で、新聞を読む余裕が出来たそうです。多分日本の女性は家事育児に追われ新聞を読む余裕無く年を取る、これが普通だった時代だと思いました。
 でもその母も、夫の「女に教育は要らない」と言う考えに反対して娘を学校へ遣りました。
 多分、明治政府も教育が重要だと考えたようですが、日本の社会全体が子供の教育を大切だと考える素地があったのではないでしょうか。 
 では中国ではそのような教育重視の素地がないのでしょうか。

 中国の農民は教育を大切に思い、生活を向上させるには教育しか頼れないと考えています。それは多くの農民が年収2000元の内から年800元も出して子供を学校に出しているのを見れば解ります。
 やはりここには中国の社会体制が関係していると思います。つまり独裁体制では他の意見が出てこないと言うことでしょう。それと計画経済でしょうか。(実質、計画経済が終わって経済成長があるのにまだ教育投資しないのは何故でしょうか)

 今年の初め読者から頂いた手紙の中に「ソ連は建国時に世界の中で最初に福祉を実現させることを宣言した」とありました。中国も福祉や学校教育に資本主義諸国よりも進んだ政策を実現することを建国時に宣言しています。
 しかしソ連が崩壊するとき、世界の中では日本が福祉先進国となり、ソ連が福祉後進国となっていました。中国はさらにもっと遅れた国となっています。この原因はその社会体制にあることは誰が見ても明確です。
 根本的に問題があるのでしょうが、誰にも明らかなのは政府と違う意見が出せないことではないでしょうか。
 「ああ、無情!」