「法 院 」も一つの職場

05/05/12 南方週末 秋風

 法院は裁判で訴えるところ。だがもし貴方の訴える相手が法院なら問題は複雑だ。
 しかしこの複雑な問題が今中国では頻繁に起こっている。

 05/01/07の日付の「貴州日報」は、農民の臨時工に対して政府機構が36件の未払い工事があることを暴露した。未払いの政府機構の中には公安や法院が主となっている。
 具体的に言うと、ハルピン市で請負工事をしている企業が法院の改修工事をしたところ工事代金を支払わない。99年以来その未払い数は増えるばかり。法的な支払い有効期限も迫り企業は慌てた。そこで昨年4月法院を訴えた。要求金額は56万元、被告は法院である。
 今年の海南省でも似た訴訟が有った。建築工事会社が海南省中級法院を告訴している。 被告が法院で審理が法院で、これで公正が保たれるのか。原告は個人であれ、企業であれ、法院の中にはいること自体その心中は穏やかではない。

 これらの根本には法院が「お金」に困っているという事情がある。だが問題はそれだけではない。そこには中国独特の「職場」の構成がある。これを「単位」と呼んでいる。

 それは建国前の戦争時代から徐々に形成され、計画時代に確定し、しかし現在になってもまだ至る所に見ることが出来る。
 「単位」は職場であり、小さな社会であり、
行政機構があり、日常生活の必需品一切を自給している。建国前は軍事組織もあった。
 法院の場合も審理の部門が主であるが、その組織に含まれる職員や家族の生活を全て自給している。日用品や賃金支給、宿舎、官舎、家族の学校、有る程度の産業機構、等々を含む。
そして法院長は裁判だけで無く、この「単位」全体の指導を行う。
この関係から法院自体の経済的、法律的紛糾事件がママ起こっている。我が「南方週末」が集めた資料によると、ある法院は6.2億元の赤字を抱えている。その赤字は支払い相手が銀行であったり建設企業だったりしている。これは法院自身が「司法の公正」を破っている。本来は法院は被告になっては行けないのが司法の根本原則だ。
 また法院は全国の法院と同族意識があってその絆は固い。こうなると何処へ訴えても、原告は公正裁判を期待出来ないし、安心出来ない。

 中国のこの矛盾を解決するには法院事務官達がその仕事に専念出来るように、組織的財政的支援が別の部門から与えられるべきであろう。
 法院の「単位」が経済的に黒字になって初めて安心して審理に当たる、もし赤字になれば被告になる、これは根本的な矛盾であろう。
 
中央政府は昨年7月「国務院投資改革法」を提出した。これは「代建制度」と呼ばれている。法院の職員の生活一般を他から経済的支援するというもので、司法独立に一歩近づくものと見られている。

 中国で法院が「独立・中立・理性的・信用」などの目で見られる日がこれで来るのだろうか。

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訳者注:
 中国社会主義を理解するにはこの「単位」について知ることが不可欠です。それでこの記事を訳しました。
「単位」はソビエトとも言われ、今のロシアが1917年の革命前後に始めました。
 中国もその思想を建国時に受け入れました。これの良いところは「小さな政府」で、自主的な運営が可能と考えられたこと。治安の安定した地方から建設が可能なこと。軍事組織を持ち独立自営の区域を拡大することに役だった。
 同時に「計画経済」の上からの命令に順応しやすく、企業の行動が「単位」内に制御される等があります。
 一つの職場の「単位」でも、その家族を含めるので10万人という大所帯のところが普通です。その境界は今でも金網で囲われています。
 現在の「一人っ子」政策の推進のために、結婚した若夫婦はここで出産許可を貰います。
 悪い面もいっぱいあります。単位内の悪習を取り除くために中央が旗を振って取り締まり月間を儲けたりします。しかし権力が指導者に集中しているので、表向きだけ協力して悪習(賄賂や個人的身内だけの昇進など)が減ることはありません。
 中央の呼びかけを真面目に信じて悪習の事実を表沙汰にした人は、追放されます。追放されると住宅も食券もなくなります。勿論司法は独立していないので訴えるところが有りません。

 また司法の独立・或いは議会は「社会主義」では必要がないと言うことで、国民の人権が無視され、ソ連や東欧が崩壊しました。
 (ソ連・東欧の崩壊の基礎は計画経済でしょう。しかし西洋の生活をテレビで見て、人権の尊重を知り、東欧の人達が立ち上がったのが直接の崩壊原因でしょう)
 
 中国では21世紀になって初めて問題が認識され初めました。従って国民の「人権」が極めて遅れていることが原因した事件が、これまでも頻繁に起こっています。

 勿論「司法の独立」は中国の独裁社会では不可能です。
 この記事では「法院が被告になることは原則的な矛盾」だと書かれています。
 ではもし中国の独裁のまま「司法の独立」をしたらどうなるでしょうか。
 私が翻訳したこれまでのほとんどの記事は「国家」や「党」や「政府機構」そのものが加害者でした。被害者は何時も国民一般でした。従って国民が原告になり被告はいつも国家または党となります。そこに「公正」が存在出来るわけがないでしょう。

 話が変わりますが、6/11日に河北省定州市で土地追い出しに抵抗した農民達が襲撃を受け、6人が死亡48人が重軽傷を負った事件が映像として放映されました。わたしはその映像を6/19(日)朝に見ました。
 現地の農民が撮影したものをアメリカのcbsが買い取ったようで、その映像が全世界に流されました。
 発電所建設のため土地を追い出された農民が穴を掘って抵抗し、それを工事を請け負った企業の手配で数百人が棍棒を持って農民を襲撃し、農民を殺しながら強制立ち退きさせました。勿論それを命じたのは発電所計画者の市政府か、或いは「単位」かもしれません。
 党幹部たちの出世のためなら農民の命が如何に軽いものか。この事件も司法の独立がないため公正な裁判は不可能でしょう。

また北京南駅で「直訴村」に集まってくる人達を地方政府の役人が見張っている姿もテレビで見ました。腕を組んで立っているその数は巨大な群衆に見えるほどの数でした。
自分たちの地元から直訴に来る人達を連れ戻すためです。
 
 もう一つ別の話。
 6/24(金)の毎日新聞によると、戦争中、中国から強制連行され北海道で働かさせられた人が、その補償を訴えていた事件で、高等裁判は地裁の判決を覆し要求を却下しました。その理由は中国には、ぞの国内で中国政府が国民に災害を与えても弁償する法律は1987年まで無かったため、もし日本人が中国で政府の被害を受けても補償を受けることが出来ず、「相互保証」の原則が適用されない、というものです。
 確かに新中国建国後は、中国人は政府の暴力的迫害を受けました。その数は無限大に近いでしょう。未だにその補償は有りません。「名誉回復」という事はあります。
 特に建国直後の「右派追放」は全く一方的でした。本来建国に必要な有能な人が「党」に批判的という理由で生活の基礎を奪われ遠方へ追放されています。ほとんどが知識人です。また10年目の「大躍進政策」の被害は未だに報道を規制しています。
 その被害者の中に実は日本人も沢山いました。戦後帰国出来なかった人達がその中心です。敵国人と言うことで殺された人も居ますし、追放や財産没収などの迫害を受けました。勿論これらも補償の話はありません。本来なら法律上弁償を明確に規定すべきです。ただし、その国情の中で日本人と知りながら匿ってくれた中国人も多くいました。
 そのような相手国の実態を知った上での話すが、では今回の高裁の判定が正しいでしょうか。私は間違っていると思います。
 相手国が無法で非人間的で法律が無いから、日本でも補償しなくて良いなどと言う理屈は世界に通用しないでしょう。
 そんなことが通ったら、中国人を強制労働させた人が反省するでしょうか。
 法律の目的の一つはそれを守ることで自分の国の民主主義が発達することです。他国の事情で法律の適用を変えることは日本自身の為になりません。
 常に世界に通用する行動発言をして頂きたいと思います。このままなら日本人として全く恥ずかしい「法治国家」です。